第37話 後日談 めくる日を過ぎれば・・・5『那奈子の力』
山を登る途中、突然イノシシが現れた。その時、那奈子の取った行動は・・?そして四話で終わるとは一体なんだったのか・・・
山頂までの道程は、右を行ったり左を行ったりと、蛇のようなジグザグな道を四人はへとへとになりながら登って行った。時々休憩して体力の回復を図る中、那奈子は静歌の体調を特に気にしていた。今の所静歌は、汗だくで体全体が震える様子はない。寧ろ疲れた気配が微塵もなく、飯子達の汗をハンカチで拭いてあげたりして、逆に静歌に看てもらっている状況であった。
登山道を歩いていると、蚊がブーンブーンと鬱陶しいほど飛んでいたり、鋭い切れ味の草があったりと色々大変だった。四人はしっかりと軍手に登山用の靴を着用して、虫よけスプレーを体中に万遍なくかけていたお蔭で被害はほとんどなかった。だが『帰れるの山』の中腹付近で、四人はある動物と出会った・・・
「イノシシだー!!??」
飯子の発した第一声にびっくりした一十三と那奈子は、飯子の向いた森の方を見入る。静歌は胸ポケットに忍ばせた小刀を構え臨戦態勢に入っていた。
―フゥーンッ・・・フゥーンッ
イノシシは草木をかき分け鼻息荒げながら、那奈子の前にノシノシと現れた。イノシシの目は怒りに満ち溢れ、それに呼応するように体全体が怒りに震えていた。大きな鼻息が音を立てて出ていき、イノシシは一旦歩みを止めた。そして少女四人をギロリと睨んだまま固まった。静歌は先んじて言った。
「私が仕留めます。皆様は下がって」
「いえ・・ここは私が・・・」
静歌達は驚いた。一番イノシシの近く、いや目の前にいるはずの那奈子が、自ら進んでイノシシに歩み寄っていく。飯子は「危ないって」と止めようとするが、飯子はその場から動くことが出来ない。何故なら一十三や飯子は今イノシシの怒りに怯え、完全に体が固まってしまったからであった。動けるのは静歌と那奈子だけ。だが二人は違う行動を取った。警戒心を露わにして、イノシシの攻撃を待つ静歌。イノシシ相手に何の躊躇いもなく歩み寄っていく那奈子。静歌は問いただした。算段はあるのかと。那奈子は怒るイノシシに、和やかな顔で近づきながら答えた。
「はい」
その声は半分上擦ったようだが、半分は確かな自信があった。どんどん近づいていく那奈子に、イノシシの息もどんどん荒くなっていき、ついには地面を蹴り始めた。
―グゥルルル・・・
いつ那奈子に突っ込んでもいいという威嚇行動である。まだ突っ込まないのはイノシシがまだ我慢しているということ。だが那奈子はイノシシの威嚇に臆することなく、ついにイノシシの鼻のすぐ前まで接近すると、ゆっくりとしゃがんだ。飯子は見ていられず手で目を隠した。那奈子の行動に一十三も訳が分からず右往左往する中、静歌は冷静に那奈子の動向を見守る。
すると、那奈子は左手を出してイノシシの顎に触れた。
―ふぁあっ
瞬間。那奈子の体は瞬く間に目の前のイノシシに変身した。一十三、飯子、イノシシ、静歌は何が起こったのか分からず、一分ほど目が点になっていた。
「ここからは葉奈子が説明しよう」
「!」
「お前何時から!?」
那奈子の後ろに、ライトサイドテールの葉奈子がいつの間にか立っていた。見た目は那奈子だが、髪の結びや目つきが少し吊り上っている所が違うポイントである。飯子と一十三は那奈子がイノシシに変身したことに驚いていた所に、さらに追加で葉奈子がすぐ傍に現れていたことに、二段階の驚きを見せた。静歌に至っては、前の那奈子との戦いでどんどん変わっていった那奈子を見ていたので、そこまで驚きはしなかった。というより、これが今の葉奈子の姿のかと感心するほどだった。静歌は冷静に葉奈子に問いかけた。
「で?那奈子様に何が起こったんだ?」
「那奈子は自分と同じ存在を何体も生み出すことが出来る能力がある。那奈子の国ではそれを【氛之从】と呼んでいる」
「那奈子って別に国から来たの?」
飯子はそもそもそこが気になったが、葉奈子は話が長くなると言って流した。
「氛之从は那奈子の母の能力であり、那奈子はその力を受け継いだ。でも那奈子自身の能力は別にある」
「それが・・・」
「生き物限定で、触れたものと同じ形に変身できる能力【氛之変】。そして触れた者が生き物なら・・・」
―フンフンフフン
―フフンフッフッフゥン!
―フフンフフフン?
―フフーン・・フンフン
―フフッフーン
まさに目の前でイノシシ同士の会話が行われていた。
「触れた者の話し方で話すことが出来る。氛之変は葉奈子と那奈子が今の関係になった時に生まれた那奈子の力」
「それじゃあ・・葉菜子ちゃんは?」
一十三が恐る恐る訊くと、葉奈子は少し悩んでから答えた。
「葉奈子はまだない。・・でも皆の力になれたらいいな」
葉菜子は少しだけ笑っていた。一十三は葉奈子の言葉は嘘ではないのだと、葉奈子の顔を見てそう思えた。飯子も、前の葉奈子と今の葉奈子は違いをはっきりと確信した。その時、那奈子とイノシシの会話は終わった。那奈子は目を二回瞬きさせ、舌を出して唇を二周すると、ボンッと忍者の様に元の人間の那奈子に戻った。安堵する四人を余所に、突然イノシシは那奈子に向かって突進した。
「ちょっと!!??」
動揺を隠せない飯子だったが、よく見ると・・・
「もう!そんなに舐めないでください・・・」
―フフンフンフフフン!
イノシシは愛らしい顔に変わったかと思えば、那奈子の顔を舐めまくっていた。那奈子の方も擽ったそうに顔を顰めながら、イノシシを優しく抱き寄せている。那奈子とイノシシに何が起こったのか分からずに固まっている四人に、今度は那奈子から説明を始めた。
「私がどうして怒っているのかを、イノシシ・・じゃなくて、【ファリケンボー】さんに尋ねると、この場所はファリケンボーさんの縄張りだそうです」
「ふぁり・・何?」
突然出てきた名前に戸惑う静歌に、那奈子が続ける。
「イノシシさんの名前です。「俺はこの森一番の荒くれ者ファリケンボーさんと呼べ!」らしいです」
「・・そう」
イノシシの真似をする那奈子を見て、静歌はこれ以上訊くのを諦めた。ファリケンボーの由来やらを聞きたいわけではない。因みにファリケンボーの由来はイノシシ語で『世界一カッコいい俺、参上!』という意味である。
「私達が登山したい旨を伝えると、ファリケンボーさんは快く許してくれました。その代わり・・・」
「「「その代わり?」」」
口を揃えて聞き返す三人に、那奈子は一言。
「「一日俺の妻になれ」と言ったので、私はいいですよと言いました。それから」
「えええーー!いいの!?」
大声で驚く飯子に、那奈子は穏やかな表情で答えた。
「そうしないと、山に登らせてもらえないだろうな・・と思ったので・・」
「そんな顔で言われても・・」
「でも妻って具体的に何をするのかな?」
一十三の問いに那奈子が答える。
「うーん。私もよく分かりません。でもこれでまた進むことが出来ますね」
「そう・・だな」
那奈子の笑顔に、周りは半ば強引にその場を収める形となった。葉奈子は役目を終えたことで、また那奈子の体に溶けるように帰って行った。那奈子もイノシシは初めてだが、イノシシの背中を優しくなでなでしながら、先頭を歩いてくれるお蔭で、森に棲む動物はイノシシを恐れて四人を襲うことはなかった。そして先頭を取られた飯子は残念そうに那奈子の後ろで、お菓子をたんまり入れたリュックに手を伸ばしていた。飯子は悔しい時や楽しい時、お菓子などの甘い物をお腹いっぱい入れる習性がある。静歌は、前方の飯子に質問した。
「飯子様、那奈子様と葉奈子は今・・」
さっき現れた葉奈子の事である。静歌はずっと葉奈子を見ていたが、彼女の真意はいまだ見えない。もしかすれば飯子なら解るのではないかと思っての質問だった。飯子は食べるのを一旦止めると、「大丈夫」と悩む素振りを見せずに言い放った。
「今んとこ葉奈子を見ても、なんか恐いって気持ちが湧かないし。もし葉奈子が危なくなったら、今度は那奈子が絶対止めるから」
「確証は?」
「ない。けど自分の心はやっぱり自分が決着付けないと、本当の解決にはなんないんだろうな~って思うんだ」
時々考えて言葉を選び、少しずつ声に出して言う飯子。静歌は初めて会ったばかりの飯子の事を思い出した。今の飯子はその時に比べ、何かが大きく成長したように静歌は感じた。そして再び飯子は食べ始めた。静歌の後ろに並んで歩く一十三は、那奈子の横を歩くイノシシを見て思った。
(撫でてみたいな・・・)
那奈子に撫でられながら、尻尾を振って喜ぶイノシシをジッと眺めていた。
イノシシイベントはいかがでしたでしょうか。イノシシにしようか猪にしようかと考えましたが、やっぱりカタカナのほうが愛着湧くかなと思った次第でございます。那奈子と葉奈子の今は次の話でもうちょっと話すと思うので、そこで・・飯子もなんだかんだ言っても那奈子を見ているんだなぁと思いながら、次回山頂で四人+一匹が遊びまくります。




