第36話 後日談 めくる日を過ぎれば・・・4『アクシデント』
飯子は一十三に高熱にうなされていたことを話した。ラバンにもらった力の代償であり、親友のためならへっちゃらだった飯子だったが、高熱の最後の方になると、起きているのか寝ているのかも分からないほど熱さがピークに達していた。そんな時、ある者が飯子の家に訪れたのだった・・・
【帰れるの山】は高さ百一メートル、神螺儀の森の入り口付近にある一番小さな山である。子供でも簡単に登れることが出来、町から三分もかからない距離に位置している。なだらかな勾配がほとんどを占めており、山頂の景色は、町をまるっと一望できる神螺儀町の観光名所の一つである。飯子率いる女子小学生チームは今、神螺儀の森の入り口を目指して一列に並んで歩いていた。先頭から飯子、一十三、那奈子、静歌の順で、砂煙舞う黄土色の道の上を歩いていた。ふと一十三が思い出したように先頭の飯子に問いかけた。
「そういえば飯子ちゃん」
「どうしたの?藪から棒に」
飯子は顎を上げながら後ろの一十三の方に振り返った(人はそれをシャフ度という)。一十三は目と目が合う瞬間、少しびっくりした。一十三は大きなリュックサックを背負っている飯子を見て、宛らカタツムリのように思った。だが一十三が今聞きたいことはリュックの事ではない。那奈子と戦ったあの夜。飯子は親友のために、人ではないラバンに力を貸してもらったことがあった。その力の代償は使った後、一週間も体が高熱に犯されるとのこと。
「その・・高熱は大丈夫だったかな・・と思って」
飯子は聞き終わると、目線を空に向けて「う~ん」と唸った。そして何か悪いことを企むような悪い顔にな顔になって答えた。
「それね・・実はさくちゃんが屋上で遠足に行きたいって言った時、後一日くらいやばかったんだ」
「え!大変だったんだ・・・」
一十三は屋上に飯子を誘ったことを後悔した・・ことを察した飯子は即座に言った。
「もうそんな顔しないで。その苦しみはもう済んだし、あたしが好きで受けた代償だよ?」
「でも・・」
「それに」
飯子はにやりと歯を見せるようにほくそ笑む。
「あたしが我慢してその日は学校を早退したんだ。その夜にさ、犬太って男子が私の部屋の窓に現れたんだ。まさに怪盗○○○みたいな感じでね」
「え!」
因みにこの会話は那奈子や静歌には聞こえてはない。が、一十三の動きを見るに、ただことではない話なのだろうと思った静歌であった。那奈子は周りの街並みを眺めながら、久々に暑い太陽の光から自分達を守るように伸びる、銀杏の木の影を踏みながら静歌の後を付いてくるのだった。
【大原犬太】は一十三にとって転校してきて初めて出来た友達である。そして運動神経抜群の犬太の動きに対応できるように、犬太と遊ぶ時はいつも杏に体を貸している。犬太の弱点。それは女性が大の苦手ということ。理由はまだ聞かせてもらっていないが、犬太は女性を全て敵と見なし、出来るだけ近づかないようにしている。一十三はずっと男と思っている節がある。だがそんな犬太が何故女子の飯子に近づいたのか。一十三は跳び上がるくらい驚いた。飯子は予想通りの一十三の驚きに(よし!)と心の中で喜んでから、更に語る。
「その日の夜は結構暗くてさ、部屋もずっとあたしが寝てたから暗かったんだ・・」
―その日は、体全体が噴火しそうなくらい熱かったっけ。布団とか、ベッドとか、衣類とか肌に触れることすら駄目だった。だから素っ裸で高熱に魘されながら床を転がって・・・そんな時に犬太が五月蠅く窓を叩くもんだから、あたしは我慢の限界でバンッって思いっきり窓を開けた。その時だよ。窓を全開にした時に、偶然突風があたしの方に吹ってきた。
―うわああ!
「いや!何!?」
突風をもろに喰らった犬太があたしに覆いかぶさるように・・・
―ドサ・・・
危うく背中を強打するところだったけど、ベッドの上であたしは助かった。でも・・・
「いったー・・・もう、何しに来たのよ・・・」
―むにゅ・・むにゅ・・・・
「あ・・・」
気づいた時には犬太が上になって、あたしの胸の真ん中にすっぽりと顔が入って、両手はあたしのたわわな胸を鷲掴みにしたってわけ。
「とまあ犬太のラッキースケベが発動したわけよ。まさか年上の男子なんかに私のクラス一大きな胸を揉まれるとは・・・Cと言えど、ほぼDと言っても差し支えないあた・・・」
「へえ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
飯子は自慢げに一十三に語ろうと、ふと一十三を見た。一十三は俯いたまま、いつ言い終わるか分からないほどの長い「へえ」を、腹の底から、邪悪な何かを呼び覚ますように飯子の雄弁な語りを見事に遮った。飯子は一十三の目が今どんな恐ろしい目になっているか、そして一十三の体の周りからどす黒いオーラみたいなものが見えた。
「い・・いやあ、あれは驚いたけど。犬太・・君は私の体温を少しでも抑えられるように、大きな雪だるまを用意してくれたんだ。そんで朝になるまでその雪だるまを抱き締めていたら、知らない間に寝ちゃっててね。起きたらいつの間にか朝で、すっかり体が元通りになってね!いやあ!良かった良かったぁ!」
飯子はほとんど棒読みで一気に話を終わらせた。だが一十三の口から何かが出た。
「触られた時の犬太君はどんな顔してた?」
「ひ!・・えっと・・・おっぱい触った瞬間気絶してたみたいで、すぐにラバンが犬太の体に乗り移って、私に大きな雪だるまを渡して帰ってった・・・本当だよ!嘘じゃないって!」
飯子は尋常ではない一十三の姿を見て、言葉を荒げて説得を始めた。もし下手をすれば自分の命が危ないと、本能が察知したようだった。一十三は虚ろな目を飯子に向け、じっと一分ほど見つめていた。睨んではないが、一十三の目を見続ければブラックホールの様に吸い込まれるだろう。飯子の本能が早く一十三を説得して目を逸らせと言っている。飯子は呼吸もできなくなってきたその時だった。
「それじゃあしょうがないよね。でも犬太君ってやっぱり良い人なんだ・・・」
一十三の顔はいつの間にか天使のような顔で笑っていた。飯子は大きく安堵の溜め息を漏らした。もしこのまま一十三を怒らせればどうなっていただろうか。飯子は一瞬身震いしたが、犬太を使って一十三を遊ぶのは止めようと思ったのだった。
『帰れるの山』に登る為には神螺儀の森に入らなければならず、森の入り口には関所があり、子供や老人が無闇に入らないようにするために作られた。一応帰れるの山を一人でも行けるように、矢印が書いた板が幾つも立てられている。
飯子達は古びた関所と書かれている看板まで辿り着いた。そして関所の中を覗いてみると、閑古鳥が鳴いていた。
「あれ?・・・お休み?」
飯子が空っぽの関所の中を見渡してみる。百五十年くらい前から建てられた関所は、今やコンクリートの至る所に罅が入っていて、まだ一度も建て直したことがないようだ。何十年も前の新聞がテーブルや床まで乱雑に捨てられており、テーブルに置いてある木製コップは既に真っ二つに割れていた。ここは人がいるようなところではなくなったのかもしれない。神螺儀の森に入ってくる人は、今は犬太以外に誰一人としていない。犬太に連れられてきたことがある一十三や、自称科学者【靉寿梃弧子】くらいである。
「じゃあどうしよっか?」
飯子が落胆したその時。関所の屋根の上から、荒っぽい聞き覚えのある少年の声が聴こえた。
「ちげーよ」
「「「!!??」」」
「犬太君・・?」
いの一番で犬太の方を向いた一十三は、ひょっこりと綺麗な禿げ頭を見せる犬太に、目をキラキラと輝かせながら見入る。他三人も一十三の向いた方向を見る。上半身裸で汚れた藁製の半ズボンを履いた犬太は、手を後ろに組んだまま、屋根から勢いよく飛び降りた。犬太は一瞬だけ飯子の顔を見てビクリと体が拒否反応を起こしたが、それは飯子しか解らなかった。
(やっぱり覚えてたか・・・良かった、さくちゃんは気づいてないみたい)
飯子はホッと安堵した。これ以上一十三を怒らせるようなことは出来るだけ避けたいと思ったからだ。一十三はそんな飯子を余所に、体に至るところに残っていた傷を発見すると、すぐさま絆創膏と消毒液をリュックから取り出して、犬太に駆け寄った。
「凄い傷だよ?大丈夫?」
心配する一十三に対し、犬太は鼻から勢いよく息を吐くと、自慢げに言い放った。
「こんなもん傷のうちに入らねえよ。ここは俺の育った森だからな。多少の傷なら慣れっこだ」
鼻を擦って笑う犬太に、一十三は安心して肩を撫で下ろした。一十三は犬太の顔を見みると、学校の時より伸び伸びとしているように見えた。いつも学校にいる時の犬太は、とても辛そうにしていた印象だった。この森がどれだけ犬太にとって元気に傷をつけたり、汚れだらけになったり出来るような場所なんだろうなあ・・・と少しだけ羨ましいと思った一十三であった。
「あの二人・・・」
「もしかして・・(カレカノ関係まで)出来ちゃってる?」
「桜様・・・この男は・・」
いい感じの雰囲気を醸し出している二人を見て、ムスッと不機嫌になる静歌。一十三は犬太と静歌達が初対面であることを思い出して、とりあえず自己紹介を始めた。
「この人は大原犬太君・・・そして左から飯子ちゃん、那奈子ちゃん、静歌ちゃん」
「・・・おう」
犬太は飯子達を睨みつけ、こっちに近づくなというオーラを発している。じゃあ何で自分のとこまで来たんだろうと、飯子はつい笑いが零れた。犬太は飯子の笑みを見逃さない。
「何だよ」
「いや~何でも・・・」
「!・・」
言い反そうとした時、突然プイッと犬太は飯子を視線から外した。あの夜に見た飯子の裸を思い出したのだろうか。そんな犬太の態度に一十三はどこか危機感を覚えたのだった。
「よろしくお願いします。犬太さん」
「お前・・・本当に二十四歳?」
飯子や一十三、静歌の頭が「何を言っているんだろう」という顔で犬太を見ていた。だが犬太は直感で、那奈子が自分達よりもずっと年上だということに気づいていた。那奈子は犬太の耳元まで近づくと、犬太だけに聞こえる声で呟いた。
「それはまだ皆には秘密です。でも、そうですね・・花マル正解です。けれど女性に年齢を聞くのはどうかと思いますよ。犬太さん」
那奈子が呼吸する度に、耳から体中へ電流が走るように、鳥肌がビリッと反応した犬太であった。
(ケンタ・・・その名前・・・)
静歌はその名前に覚えがあった。それは一十三がよく学校から帰ってくる時のことだ。自室のベッドに潜り込んだ一十三は、枕に顔を埋めながら、よく「犬太君・・フフフ・・」と笑う声が、隣の静歌の部屋まで聞こえていた。
―やったー!また犬太君と喋れた!遊べた!触れた!
―もっと、もーっと喋りたかったのに・・・先生のバカ
―本当に私が女だって思ってないのかな・・・何か自信なくなってきた・・・でもバレたら女嫌いを発症してこれ以上会えなくなるなんてイヤ!
と思い切り静歌の耳に入ってきていたので、大体の一十三の事情は察ししていた。もし一十三に相応しくない相手であれば、ぶっ飛ばしてやろうと思っていたが・・・
(結構筋肉もある。男らしさもある。熱さもある。・・・・悔しいが私の理想とする漢像にぴったりと当てはまっている・・・・桜様に相応しい・・・)
ぐぬぬ・・と悔しさを滲ませながらも、犬太を一十三の友人だと認める静歌であった。犬太は女子三人を一通り観察した後、一十三に怪訝な顔で言った。
「こいつらはお前の何だ?」
犬太の言葉を聞いた飯子は、憤りを露わにした。
「失礼な人!私らはさくちゃんのト・モ・ダ・チ!」
「そうか・・・・・」
犬太はそれ以上何も言うこともないまま、一十三に耳越しで小さく呟いた。
「山に行くのか?」
「う・・うん」
「今は別に行ってもいい。けど夕日が真っ赤に染まる前には帰れ。暗い森は危険だ」
「・・・・うん・・・あの・・」
「何だ?」
「私に友達ができたんだ・・・いいのかな?私、まだ話すのも目を合わせるのも苦手なのに・・・」
飯子達の前では我慢していた一十三が、犬太の前で不安の想いを吐き出したのだった。不安で打ち震える一十三に、犬太は鼻で息を吐くとこう言った。
「別にいいだろ?減るもんでもねえしな・・・けどな・・・俺とお前は親友だからな!友達以上の友達だ!そんだけは忘れんなよ?」
犬太は一十三の返答を聞く前に、猿の様に神螺儀の森の中に跳び去っていった。
『親友』
『友達以上の友達』
一十三の心臓はその言葉を聞いた途端大きく高鳴っていった。友達からレベルアップして、親友のポジションに自分がいることに・・・一十三の頬が赤く染まり、思わず笑みが零れた。そして
「うん!」
と、遅い答えを犬太が走り去った方に向けて、元気よく頷いたのだった。
そんな一十三の様子を眺めていた飯子は、腕を組み直して質問した。
「ねえ、さくちゃん!」
「!・・・どうしたの?」
「あいつが結局関所の人だったの?」
飯子の問いに、一十三は犬太の様子を鑑みた後、横に首を振って否定した。
「違うと思う・・・けど行っても大丈夫だって、犬太君が言ってたから・・・」
「そうなんだ」
飯子は後ろ髪を擦ると、山に登る方向を見て一十三に念を押して提言した。
「仲が良いのは結構だけど・・デレデレし・す・ぎ・・だよ、さくちゃん」
飯子に続いて那奈子も便乗した。
「桜さん、本当に犬太さんが好きなんですね」
「桜様!好きとはどういうことですか!?まさか!」
「・・・・」
飯子に続き、那奈子、静歌の質問攻めに遭った一十三は、顔が真っ赤になって体が一気に硬直した。それほど自分の態度が解りやすかったのだろうか?取り繕っていたつもりだった一十三は、あの数分で自分が犬太君のことが大好きなことを見抜くとは・・・飯子と那奈子は只者ではないと確信した一十三であった。が、誰がどう見ても犬太を意識していることが分かるほど、一十三の会話力が犬太と話している時だけ、十パーセントから百パーセントに大幅上昇していることは、ほとんどの女子生徒には容易に察することが出来た。
(でも・・それでも・・・言えないよ!)
答えに詰まった一十三はついに駆け出した。その時一十三は思い出した。転校初日も同じようなことがあったっけ。クラスの皆から怒涛の質問攻めに遭った時も、一十三はそこから逃げ出した。そして無我夢中で走った先には彼がいた。それが犬太と初めて会った思い出だった。一十三にとってその思い出はずっと心に残っていて、辛い時はその思い出が自分を少しだけ強くする。犬太君に出会わなければ、今の私はないだろう。いつか質問攻めに遭った時、今度こそ言えるだろうか。「一人ずつ教えて?」と・・・
その時。
「桜様!待って」
「え?」
静歌の声に一十三はびっくりして足が止まった。だが足に届いているはずの地面はもう消えていた。一十三は考え事をしていたため、いつの間にか崖の先まで走っていたのだった。
「きゃあ!」
―ドシャン
「桜様!」
静歌は猛スピードで一十三の元まで走り出すと、ギュッと一十三の手を握り締めた。今静歌の手に一十三は必死にしがみ付いている状態である。那奈子や飯子も静歌の元に走るが、まだ追いつけない。
「桜様・・離さないでください・・」
静歌の手が自分の命を繋ぐ綱・・・になると思ったが、一十三は爪先を伸ばしてみると、
「あれ?・・・着いた」
すぐに地面に着いた。崖といっても一メートル弱の高さしかなく、身長135センチの一十三ならギリギリ地面に着くのだ。一十三は地面に着いたことを静歌に伝えると、静歌は一旦手を離して、一十三は回り道をして崖の上にいる静歌と合流したのだった。
「ごめん・・なさい・・・」
「いえ、桜様が元気なら私は全く構いません」
そしてようやく一十三の元へ辿り着いた飯子は、真っ先に一十三に謝罪した。
「ごめんね、さくちゃん!変なこと聞いて」
「ううん。私が勝手に落ちたんだから、私が悪いよ」
「そんなこと・・」
一十三は自分の罪を理解している。そもそも逃げ出さなければよかったんだ。ただ自分がまだ多くの人と話すことが出来ないせいなのだ。一十三は飯子にそう伝えようとした時、丁度一十三の元へ辿り着いた那奈子は否定した。
「違います。あなたを逃げ出さなければいけない状況に追い込んだ、私達が悪いんです。謝らせてください」
「え・・でも」
「ごめんなさい」
「・・や・・やっぱりごめんなさい!」
那奈子と一十三はお互いに謝り合った。飯子も再び「ごめん!」と謝った後、静歌が一十三の体をチェックし、怪我がないことが分かって四人は一安心した。だが気を付けなくてはいけないことが一つ出来た。
〝一人で勝手に行かないこと。皆で協力して山に登って降りること〟
一十三は自分に言い聞かせるように皆に言った。飯子達も一十三に倣って言った。言葉で言うことで、知らず知らずのうちに体が言葉通りに動くと気がある。と、担任の河志野浩司先生が言ったことから、一十三は覚えなければいけない時が来たら、口を出してはっきりと言うようにしている。
これからの山登りは、油断せずに協力して挑んでいこう決めた四人であった。
一十三と犬太の出会いは、神蜾儀・零の第一章で語られる。気になる人は読んでみよう。犬太は特に女性の胸に対しての拒否反応が尋常ではなく、触った途端気絶してしまうレベルなのだ。気絶した犬太に乗り移ったラバンは一通りのことを終わらせて、飯子の家を後にすると、そのまま神蜾儀町の屋根をぴょんぴょんと気が済むまで飛び回っていた。偶然その現場を目撃した人は、「夜に舞う猫のようだった」と供述していた。そしてそれが噂となって、『満月の夜になると、赤い猫が飛び回る。そして猫が乗った屋根の家は恋愛運が上がるだろう』という感じで広がっていった。だがこれ以降ラバンが飛び回った記録はない。そして皆も考えながら行動すると危ないから気を付けよう。次回、なんかあるよ!




