第35話 後日談 めくる日を過ぎれば・・・3『再会』
四人は再び集う。だがそれは戦いではない。とても大切な、そしてとても楽しい遠足のため・・・
そして貴神高鬼は目の前の光景に何を思う。
集合場所は桜邸の前。九時に集まる約束をしていた二人は、八時半頃に自分達の家の中ほどの距離で待ち合わせをして、そこからに一キロちょっとの距離を歩いて桜邸を目指して歩いていた。
「飯子さん。桜さんの家ってどんなイメージを思い浮かべますか?」
「ん~。服からして可愛らしい家・・・かな?」
伊達飯子は、基本的にズボンを履いて動きやすい軽い服を着ている。すぐに美味しい匂いの所へ走ることが出来るから・・と、飯子は寒い時期でも出来るだけ軽い服を着ている。今回はまだ肌寒い気温だったので、黒いセーターに沢山のドーナツを貼りつけた半ズボンを着ている。
「私は桜と言う名前からして、やっぱり桜の木が似合う家・・・でしょうか」
京真那奈子は、銀杏色のジャンパーに色んな色のクレヨンがスカートを彩るような描写のスカートを着ていた。ジャンパーの中には少しだけ厚い服を着ていたが、今の気温だともう少し薄い服を着ればよかったと思う那奈子であった。
二人は談笑しながら、一十三の家はどんな家だろうかと楽しそうに歩いていく。
そしてようやく桜邸と呼ばれる一十三の家の前まで来た二人は、目の前の風景に言葉を失った。
「・・・これ?」
そして少し時間が経った後に、飯子が最初の第一声を述べた。
「・・・・地図で言えば・・」
那奈子は、一十三お手製の地図で書かれた不格好な『桜邸』の文字を指差して、それ以上言うことはなかった。二人の目の前にある桜邸。それはまるで童話の世界にいるようなお菓子の家がそこにあった。お菓子は本物ではない。そんなことは分かっているのに、手を伸ばして、すぐにでも食べだしたいほどの甘い香りが桜邸から漂っていた。そろーっと手を伸ばそうとした飯子の手を、那奈子はすぐさま腕を掴んで止める。そして那奈子は諭す。これは本物ではないということを。念を押すように・・・
「気を取り直して・・・行きますよ、飯子さん」
「ん・・うん」
神螺儀町の家々の中でこの桜邸だけが、別の世界の物質から作られたようなそんな違和感が飯子と那奈子を支配していた。もしこの戸を開ければ、おばあさんが私達を攫ってしまうのではないか・・・という童話の話がまさか本当にありそうに思えてきた。
那奈子は恐る恐る手を伸ばし、取っ手を握った。その取っては辛うじて鉄製であり、
必死に正気を保ちつつ、戸を引こうと思った矢先。飯子が那奈子を制止した。
「まずは上の呼び鈴!」
「!・・そうでしたね・・・」
「そ・・」の部分から完全に那奈子自身正気ではなかったことに気づいて、ゾッと悪寒が走った。飯子の声も若干上擦っていたようだ。普通ではないと感じることが、これほど圧迫と緊張を感じさせることなのだろうか。二人は気を取り直して、呼び鈴を押した。
―チャリーン
玄関前のベルが高らかに鳴り響いた後、聞いたことのある少女の声が二人の耳に劈いた。
「さーくちゃん、居ますか?こっちの準備は完了だよ!そっちは?」
「うん!今いく!」
玄関の前の飯子の声に、一十三は思わず空気を入れ過ぎて、変な声で発音してしまった。やはりまだ他人と会話するためには、声の勢いがもっといるようだ。静歌はさっきの声に聞き覚えがあり、暫くして【伊達飯子】との戦いの記憶をシャボン玉の様に思い出した。
「友達になったということですか?桜様」
「うん・・・犬太君以外に出来た初めての女の子の友達。もちろん静歌ちゃんも友達だよ」
「はい、分かっております!今度は私が彼女達に会わなくてはならないようです」
「もちろん会ってほしいけど・・会ってどうするつもり?」
一十三は静歌の真剣な顔に少しだけ警戒したが、静歌は優しく頬を緩ませて答えた。
「それは・・桜様が嫌な気持ちにならないことです。安心してください」
静歌の言葉に嘘はない。一十三はホッと肩を撫で下ろす。
「うん(ならよかった)。じゃあ行こ?」
「はい!」
静歌の気持ちいい程のいい返事に、一十三は今一度、体中からやる気の炎を上げるように、拳を握りしめた。
(よぉし!今日はいっぱい頑張るぞ!)
その決心は強く、そして静歌にも伝わってきたようで、「頑張りましょう!」と言ってくれた。
「その服でいいの?」
「え?・・・ああ、この服の方が気というかなんというか・・・引き締まるような気がするんです」
一十三は「そう」に返した。が、やっぱり改めて静歌を見ると、綺麗な髪、綺麗な肌、そして綺麗な瞳、綺麗な・・数えたらきりがないほどの『綺麗』が静歌にあることに気づいた。今まで静歌をまじまじと見たことがなかった一十三は、今とても後悔した。もっと早く見ていれば、もしかしたら静歌を一番の友達になっていたのではないか?と。今着ている紫色の蝶ネクタイに紺色のスーツ以外も似合う服を探せばきっと・・・
「静歌ちゃんに着てほしい服があるの」
「そうですか。でも」
「いつか・・・着て欲しいな・・って思ってる・・けど・・・いい・・かな」
一十三は今生まれて初めて上目遣いを使って、他人の目をじっと見つめ合った。一十三の顔は静歌から見れば宛ら天使の哀願である。これを素で行う一十三は違う人が見れば宛ら小悪魔である・・かもしれない。静歌は三秒以上一十三に見つめられ、幸せすぎて気絶しかけた。だが静歌は頑張って堪えると、すぐに一十三から目を逸らして「解りました!ですが今は!」と自分の話題を逸らした。
―さくちゃん?まだー?
「あ!そうだった」
一十三はようやく飯子達を玄関で待たせていることに気づくと、お弁当を大きなリュックに入れて持ち上げようとした。だが・・
「重い・・・」
やはり四人分のお弁当は想像以上に重く、一十三の体重とリュックの重さとでは計るまでもなく、一十三はひっくり返ったカメのように手足をバタバタさせていた。
「ならばこれならどうでしょうか?」
静歌の提案はお弁当箱を二重と三重に分けて、二つのリュックに別々に入れるという一十三が思ってもみなかった画期的な方法に、一十三は「うん!」と頷いて、三重は一十三、二重は静歌が担当することになった。そして二人は丁度良い重さのリュックを背負うと、綺麗になったキッチンと、廊下はピカピカになっているか、電気が全部消しているかを確認して玄関のドアを開けた。
―ガチャ
「おう、やっと会えたね。さくちゃん、静歌ちゃん」、
「おはようございます、桜さん。あなたが静歌さんですか?」
飯子と那奈子の服を見て、一十三は「うわあ・・」と口がまんまるになって驚いた。だがそうだ。あって初めてすることは・・・
「おはようございます!」
「おっはーよっ!」
「こちらこそ」
「おはようございます」
一十三の気合の入った挨拶。飯子の調子のいい挨拶に那奈子の清廉な挨拶、そして静歌の綺麗な挨拶。挨拶一つとっても四人の個性が見えた瞬間である。そして那奈子は静歌を初めて見た。流れるクリーム色の髪を見て思わず口走った。
「とても綺麗な銀髪ですね・・・」
―ドキッ
静歌は那奈子の言葉を聞いた途端、奥底に眠る邪悪な記憶が蘇っていった・・・
その昔。静歌は統一郎に出会う前の話だ。この髪は、その肌はとても希少で周りの人々から忽ち魅了されていた。だが高値で売れると知った途端、悍ましい顔で「綺麗な銀髪」の言葉を羅列した直後、物理的に静歌を攫うため襲い掛かるようになっていった。それから静歌は自分の身を守るため、自力で武器を持ち、力を付け、たった八才で孤独な戦いを繰り広げながら、国を転々とする日々を送っていくのだった。そして今、静歌は「綺麗な銀髪」と聞くと、体全体が痙攣を起こすようになっていた。
静歌は追われ続けた恐怖の記憶が蘇り、激しい痙攣が体の中心から迸るのだった。
「!静歌ちゃん、どうしたの?」
「うっ・・・その言葉は・・・・止めて・・・くれ」
「え?」
一十三は何が何だかわからず、激しく苦しみだした静歌を必死に宥めようとする。一分くらいしたところでその痙攣は収まったが、今の静歌の体調では登山に行くのは難しい。体全身に夥しい汗と、激しい脱力感を見せる静歌に無理をさせることは一十三、飯子、那奈子の望むことではなかった。
だが、静歌は違った。
「行きましょう」
「え?でも・・」
「行けるときに行った方がいいです。那奈子様、飯子様が「綺麗な銀髪」という言葉を絶対に禁句しておいてくだされば・・・ですが」
静歌は恐怖の記憶を奥底へ押し込めるように、息を深く吸って深く吐いた。今日の大切な日に、その記憶は置いていかなくては、桜様にも皆にも悪い。飯子と那奈子は顔を見合わせ、静歌を見て強い眼差しで言った。
「もう絶対言いません。あなたにどんなことがあったかまだ知らないけど、いつか教えてくださいませんか?」
静歌は那奈子のその言葉でようやく平常心を取り戻し、今まで心の中でずっと言おうと思っていたことを那奈子と飯子に告げた。
「・・・はい。那奈子様・・深くお礼申し上げます。・・・一週間前のことも飯子様、那奈子様、二人ともとてもお世話になりました。あなた達のお蔭で私は大切な友達に出会いました」
静歌は深々と飯子と那奈子にお辞儀した。那奈子はそんな静歌を見て、「ふふっ」と笑った後こう言った。
「何を言いますか。私こそ桜さん、静歌さんにお礼を言いたくて・・友達になりたくて来ました。・・友達になってくれますか?」
「・・・私こそ喜んで!」
静歌は嬉しさのあまり、勢い余ってビュッと手を差し出した。那奈子は驚きつつも嬉しそうに静歌の手を握った。飯子も「なら私も」と続いて、「わ・・私も」と一十三も続いて四人の手が重なり合うように繋がった。四人の手は子供ながらも、四人分の大きな絆が生まれた瞬間であった。
その頃、神螺儀小学校校舎の奥の奥、ほとんど人が寄り付かないような、草木が鬱蒼と生い茂る場所に彼はいた。【貴神高鬼】はパッパと手を払うと、再び眼前を見た。高鬼の目の前には五分前に見た、自分をずっと苛めてきた奴らの死体の山が出来ていた。傷一つない六人の男子と四人の女子がうつ伏せになって、積み重ねた不格好なその死体の山。高鬼はそれを見ると、ため息をついてこう呟いた。
「これがカメラの力・・・カメラに映った者は一時的にしか神様にはなれないが、短時間でもこいつらを処理することができた。小一から五年間・・・それがたった五分程度で終わるなんて・・・素晴らしい力だ・・」
だが高鬼は嬉しさを表さない。そんな感情は既に目の前の奴らのせいで封印されたようなものなのだ。カメラを自分に向けて撮った後、苛めたやつらを無傷で倒したいと願い実行した。なぜ無傷なのか・・それは・・・
「君達は今日から僕の下僕だ。どうだい?苛めてきたこの僕に人生を乗っ取られる気分は?君達は一度死んだ。そして今度は僕のために生きるんだ。そして僕のために傷ついて死ね」
高鬼が言い終えた瞬間、死体の山が上の順に、糸に操られた人形のように動き出した。ゆらゆらと動くその人形は、まさに神様に付き従う人間のように、神にひれ伏し跪いた。そして人形達は口を揃えてこう言った。
―あなた様が我々の神であります・・
「当然だ。クズ共」
高鬼はただ笑うでもなく、怒るでもなく、あくまで上司のような、社長のような上から目線で、終始蔑みの目を向けていた。
飯子は静歌の体調を考慮して、家から持って来た大きな地図を広げた。そして今いる地点を指で押したまま、指より一番近くて、標高も極力低い位置を探し始めた。飯子の親は神螺儀町の地形を調べる仕事をしているため、地図をすぐに貸すことができた。しかも飯子の持って来た地図は、地形の高さが結構細かくて、飯子以外は何の数字やら解らない顔をしていた。地図とにらめっこをする三人に対し、飯子は冷静に分析した。
「この【帰れるの山】ってのがあるけど、それにしようか?」
飯子は三人よりも早く、山を見つけることに成功した。那奈子は笑って言う。
「名前のまんまですね」
「私のことは別に気にしなくてもいい」
「良くないよ。静歌ちゃんだって大切だよ?」
「ドキッ!・・は・はい」
一十三がそんなに自分のことを大事にしてくれているのかと、静歌の胸はキュンとなった。那奈子と飯子は目を見合して静歌の反応をすぐさま察知した。
「まさか静歌さん」
「さくちゃんのこと好き?」
飯子は特に人で遊ぶのが得意で、つい言葉に出てしまうのが悪い癖である。
「!――――」
そして静歌は顔が真っ赤になって、いつ沸騰して湯気が出るか分からないほどであった。
「?・・・どうしたの二人とも・・静歌ちゃんも何で顔が赤くなってるの?
「い・・いえそんなこと!・・ハハハハ・・」
那奈子たちの質問の意図が解らない一十三に、静歌は上手くはぐらかした。それを見て那奈子と飯子はクスッと笑った。
「それじゃあ【帰れるの山】に決定!文句ないね?」
地図をよく分かっている飯子の判断に、那奈子達は賛成した。
「「はーい」」
「はい・・」
静歌は頬を真っ赤に照らして恥ずかしそうに答える姿は、他三人の心をキュンとさせた。
「静歌ちゃん・・・いいや、しずちゃんも可愛いとこあるじゃん」
「!なっ何を言っているバカ!」
飯子に今まで言われたことのないことを言われ、またもや狼狽した。飯子と静歌を見て、一十三はやっぱり会わせてよかったと思ったのだった。
静歌の意外な一面を見れるチャンス!飯子と那奈子のトークも必見です。そして貴神高鬼の持つカメラの力の謎・・・色々始まりそうな予感ですが、女子四人のピクニックは次回!




