第34話 後日談 めくる日を過ぎれば・・・2『壁』
貴神高鬼。葉奈子を暴走させた張本人は、一体何をしに行くのか・・・そんな中一十三と静歌は着々とお弁当を作っていた・・・
ここは神螺儀小学校校舎の三階、つい何日か前に那奈子と一十三たちが戦った場所である。そこでは紫色のフードを深く被った少年が、ある場所にカメラを向けて写真を何枚か撮っていた。一枚撮り、その都度メモを取っていた。まだ真新しい安物のメモ超。
「ふむふむ・・・那奈子という女子はこんな気持ちで、こんな暴れ方をしたのか。葉奈子という人物・・・このカメラは人間の心の一部分に元々の心の持ち主の肉体、そして心までも浸食し暴走させる能力を持っているのか。心を制御した人間を乗っ取り、箍を外させるこの力・・・面白くなってきた・・・・」
そう言ってもう一度カメラを構える彼の名は【貴神高鬼】五年生。彼をいじめる者はもういない。彼は学校に通うことを、ある初老の男からカメラをもらった日から止めたからだ。そして最初にカメラを撮った相手は【京真那奈子】、高鬼からは二年の後輩にあたる。なぜ彼女を狙ったか。それは高鬼がずっと家に引きこもるようになり、暇なので夜の学校を望遠鏡で覗いていた頃、廊下を走る那奈子の姿を目撃したからである。それから同じ時間に覗くようになり、那奈子が何か思いつめたよう顔をするようになってから、ようやくカメラを使った実験を開始した。早くカメラを使いたかった。そして使い物にならなかったら、カメラをくれた【桜統一郎】とかいう奴を呼んでカメラを投げつけてやろうと思ったからだ。だが実験は成功してしまった。カメラの力は本物だ。人間の心を暴走させる力。この力は無限の可能性に秘めている。貴神の頭が高速に回転を始めた。原動力は好奇心であり、自分を虐げてきた者達への復讐心でもあった。
(この力があれば・・・・)
現場を後にした貴神が次に向かったターゲットはもちろん・・・
(僕をいじめた・・・あいつからだ!)
貴神は笑う。噛みしめるように。恨みをついに晴らせるこの胸の高ぶりを抑えるように、少年は笑った。
一階で二人のお弁当作りが始まっていた。一十三と静歌。静歌は一十三が無断で外出することを絶対に阻止するはず。一十三の父である統一郎に一十三を任された、桜邸の全てを取り仕切る大執事【セバスチャン】。そのセバスチャンは静歌に当たる上司であり、よくメイドに混じって一十三をしっかりと監視するように命じられている。だが今の静歌と前の静歌が同じだろうか?前の静歌は虚ろな瞳を覗かせていたが、今の静歌はまるでキラキラと輝く星が目に貼り付いているようだ。もしかしたら正直に言えば、素直に一緒についてきてくれるかもしれない。さっき炊いた炊飯器の蓋を開けご飯を注ぐ静歌に、一十三の緩んだ口から言葉が漏れた。
「わ・・私と」
「はい?何でしょうか」
「!・・・何でもない!」
「はあ・・・」
やっぱり怖い。
まだ奥底に眠っていた静歌に対する恐怖から、急に喉を絞め付けるような感覚に襲われ、これ以上言葉が出ることはなかった。静歌の顔を逸らすように、一十三は視線を食材に集中させ、気を紛らわせることにした。食材は一十三が頑として譲らなかったため、一十三がメイド達にメモ通りの食材を教えてもらいながら買い物をした。静歌は一十三が何を言おうとしたのか疑問に思ったが、一十三が自分に向ける怯えた視線を思い出し一瞬だけ悲しい顔に変わった。
まだ自分のことが怖いのだろうか。
互いの気持ちがすれ違う中、食材は刻一刻と美味しいご飯に生まれ変わって弁当に詰められていく。一十三にとっては学校の調理実習で二、三回体験しただけで、まだ体が慣れていないはずだったのだ。が、プロに一年付きっ切りで教えられた静歌が傍にいることで、弁当の見た目は結構様になっている。これなら他の誰かが見たら少しは褒めてくれるだろうと一十三は安心した。
そして最後の食用葉っぱ『モモタゴス』を付けて・・・
※モモタゴスは嗅げばスイカのよう、食べれば餃子のようと謂れ、見た目はギザギザしていて手袋をしないと危うく切り傷を負ってしまうので気を付けなければならない。夏頃になると『ドドタゴス』の花が咲き、綺麗なツインテールの虹色の花となる。
「完成・・・かな?」
「はい。・・・ですが桜様が弁当を一人で持つ量にしては多すぎると思われます」
空の弁当は二人の魔法使いの手によって、五重の重箱弁当となって完成した。一時間は越えなかったが、この間二人は黙々(もくもく)と一十三が書いた料理のメモ(一十三ではなく飯子が書いた)に従って作り上げた。飯子は「山の天辺で食べたら絶対に美味しいよ!」と言われ、半信半疑で作っていたが、見た目は一十三の部分だけはまだ雑さが残るが、それを差し引いてもとても美味しそうな見た目を醸し出していた。
「よかった・・・これで一緒に行ける・・・」
「え?一緒に?」
「!」
思わず滑った一十三の言葉を、静歌が聞き逃すはずはなかった。安堵のあまり口が緩んだ一十三は一気に緊張が走った。だが今更嘘をついて静歌にバレないという保証はない。静歌と自分に隔たる壁が一瞬だけ罅が入ったように、喉を絞めつけることなく打ち明けた。
「何日前のことで、那奈子ちゃん達と遠足に行こうと思ったの。・・・でも静歌ちゃんとどう話したらいいのか分からなくて、今まで秘密にしてた・・・」
静歌を見て話すことは怖かった。だから弁当を見て一十三は言葉を探してその通りに言った。静歌は訝しそうに聞く。
「えん・・・そく・・ですか」
「だから私と一緒に来てほしいの!お願い!・・・します」
渾身の一十三の頼みに静歌の思考は冷静に判断した。
「一週間前のあの事件は一十三の願いから異例の判断で許された。でも今回は明らかなルール違反。統一郎様の娘だからといって許される行為ではない」
「そこを何とか!」
一十三の更なる懇願に静歌は大きな溜め息をついてこう答えた。
「分かりました。ですがその前に統一郎様に報告させてもらいます」
「え・・」
「私からは一切説得はしませんのであしからず」
胸ポケットから携帯電話を取り出した静歌は、すぐに掛けられるように設定してある番号を確認して統一郎に連絡を取った。一十三は「待って」と言ったが待ってはくれなかった。父は自分の甘えを絶対に許したことはない。束縛の束縛が今までの一十三を作り上げたのだ。他者に大きな壁を作り、自分を伝えることがとても苦手な桜一十三と言う少女を作り上げたといっても過言ではなかった。
―プルルル・・・・カチャ
「桜統一郎様、静歌です」
静歌は事のあらましを説明した上で、統一郎は一分ほど考えた。その後一十三に聞こえない程度の声で答えた。そして携帯電話を切った静歌は一十三に真顔で言った。
「大丈夫だそうです」
「!・・・嘘」
「本当です。・・・ですが」
一十三は喜んだかと思えば、静歌の「ですが」でその喜びが吹っ飛んだ。
「やっぱり!?」
「今後から私もあなたの警護役として神螺儀小学校の生徒になりました」
「え・・・・」
一十三は一瞬笑顔が消えた。やっぱりか・・静歌は自分のことが嫌いなのだと確信したその時。一十三は静歌の手を握り締め、ぴょんぴょん飛び跳ねて喜んだ。
「やったー!これであなたと遊べるね!静歌ちゃん!」
「・・・え・・あ、・・・・」
一十三の言葉を受け取った静歌の目から一粒の涙が流れた。はしゃぐ一十三と涙が止めどなく溢れる静歌。静歌はどう感情を露わにすればいいか分からず、涙をただ流すだけでボーっとするしかなかったが、一十三は笑って言った。
「これからあなたと泣いたり笑ったりできたらいいなって思ってたの」
「・・・そうか・・・・・私は・・嬉しいんだ・・・・あなたと一緒にいられて」
二人の隔てた壁は音を立てて崩れ落ちいく。今二人を邪魔する物は何もない。静歌も一十三の手を握り返した。ようやく二人は新たな関係の一歩を踏み出したのだった。
まあ二分割なんですけどね。とりあえずページ長いから遅く投稿してしまうこともあるでしょうが、遊戯王リンクスやりすぎだ!バカ作者!と罵ってください。というわけで一十三と静歌の仲が深まり、高鬼はまた変なことを企んでそうで・・・次回那奈子達と合流!?あ、モモタゴスとかは私が作った架空の名前ですので、辞書で調べたりしなくてもいいですよ。




