第33話 後日談 めくる日を過ぎれば・・・1『お弁当』
那奈子と戦って一週間が経った。傷も癒えた一十三と那奈子は学校で何事もなく過ぎる日々を送っていた・・・
事件から数日後。学校が平常通りに終わり、橙色の空が生徒達を優しく迎え入れ始める。その中で一十三は、家路に向かう生徒達の様子を眺めつつ、少なくなった頃合を見計らってそそくさ帰り支度を始めていた。
「さくちゃん!」
「えぇえいい!!?・・・」
突然後ろから声をかけられた一十三は、びっくりして変な声を上げたかと思えば、背筋がビーンッと伸び上がって固まってしまった。恐る恐る振り返ると、飯子がニコリと笑って手を振っていた。飯子の隣には那奈子もいた。見知った顔だったので、一十三は一安心とばかりに胸を撫で下ろした。そして一十三は心の中から選択肢を冷静に選んで答える。
「どうしたの?」
「遠足の事なんだけどねえ」
「日曜日に行きませんか?」
「え?」
屋上で一十三が提案した『いつか遠足に行こう』から一週間経った。飯子達と那奈子は一十三より二学年低いため、五年生と三年生が一緒に居られる時間は多くない。そして一十三自身も極度の人見知りが治ったわけではないため、一階下の教室に移動して飯子と那奈子を探すことはとても困難であった。つまり提案したはいいものの、一体全体どうやって飯子達に伝えればいいのか、一十三はずっと模索していた。その矢先の飯子側からのお誘いであった。
「クリーム色の白い髪の女の子も呼べないかな?」
飯子の言葉に一十三は難しそうに答える。
「う・・・どうだろ・・・あの子は・・・」
「あたしと那奈子が元に戻ったのも、さくちゃんと静歌のお蔭だからさ・・あ、そういえばあの褐色眼鏡の子もいたな・・たしか。色々と助けてくれた礼をしたいな」
「うん。私を助けるために尽くしてくれた人達にお礼がしたいです」
褐色眼鏡・・・犬太君の隣にいたあの女の子。夜にラバンを見て以降、犬太君を時折観察しても、ラバンって子を見たことはなかった。自分から聞き出そうかと思ったが、何だか言えない、聞かない方が良いという感じで結局聞けずじまいである。でもこれだけは解る。私はあの子のことがあんまり好きではない。何故そう思うのかはまだ解らないけど・・・一十三は出来ればラバンに会わない方が良いと本能的に思うようになっていた。それは嫉妬と言う感情に近いが、なぜ彼女に嫉妬するのか。一十三はずっと考えてきたが答えはない。考えに耽る一十三に飯子は申し訳なさそうに言う。
「まあ・・暇じゃなければだけ」
「うん行く!遠足・・・いきたいな!」
飯子の言葉が終わる前に、一十三の声が上擦りながら叫んだ。那奈子や飯子が驚く中、一十三自身も二人と同じように目をまん丸くして驚いていた。
「本当にいいの?」
「・・・え・・あ・・うん。那奈子さんともまだ話せてなかったし・・・もっと二人と話がしたいって・・思ったの」
一言、一言大事な言葉が漏れないように答える一十三を見て、一気に安堵の空気に包まれた飯子と那奈子であった。
「良かった~。緊張したけどやったね、那奈子」
「うん!絶対いい遠足にしましょう?」
「うん!」
一十三と那奈子と飯子は、三人顔を見合わせて目をキラキラさせながら学校を後にした。
それから日が経ち、約束の日曜日。
太陽が顔を出し始めた頃、桜邸から一人の女の子が目を覚ました。
―ムクリ
主観、桜一十三。現在朝八時ちょっと前、七時五十五分。私は目覚まし時計を見て、自分が設定した時刻よりも五分も早く起きたことにほっと胸を撫で下ろした。縦十メートル横十メートルのベッドから素早く起きると、目の前に用意しておいたリュックサックのファスナーをサッと開けた。
「シート、お絵かきセット、双眼鏡、ボール、デジタルカメラ・・・お弁当と水筒はキッチンで作るとして・・・よし!忘れ物なし」
奥の勉強机に前もって書いてあったメモにチェックをつけ、全ての項目にチェックが入っていることを確認した一十三は、気合を入れ直すと即座に着替え始めた。
今学校は日曜日なのでお休みだ。宿題も土曜日にすぐに終わらせた。この日は自分にとってとてもとても特別な日。だからこそこの日を忘れないため、自分のせいで悲しませないため、初めての遠足を成功させるため、私はこの準備を行うのだ。でも外に出るといっても山に登るので、運動しやすそうな服を選ばなくてはならない。だがそれは大丈夫。約束は何日も前に決めていたので前もって服は決まっている。ピンク・・は他の女の子が着てそうなのでオレンジのジャージを着て行こう。山を侮ってはいけないという犬太君の忠告をしっかりと聞き入れた。でもその忠告も約束もできず、学校に来ることがそもそもできない一人がいた。その一人は私が遠足に行くことを知らないまま、隣の部屋でぐっすりと眠っている。
(まだ、寝てるよね・・)
一人で出て行くわけがない。私を信じて戦ってくれた彼女を、私は友達として迎えたいと思っている。最初はこの言葉で彼女を呼び出すのだ。彼女の部屋の前まで来た私は、意を決しコンコンとドアを叩いて言った。
「静歌ちゃん、お弁当の作り方・・・教えてくれる?」
―バッ
「!」
「なんでしょうか桜様!」
一十三の声を聞くと、バッと縦横五メートルのベッドから飛び起きた後、ザっと瞬く間に一十三のドアの前に馳せ参じた。その忍者のような立ち振る舞いにびっくりした一十三だったが、当初の目的を思い出し改めて静歌にこう言った。
「一緒にお弁当を作りたいなあって思って・・」
「・・・は・・はい!喜んで!」
静歌は一週間前の戦いの後、より一層一十三に対し力の籠った声で接し、気合の入った動きを見せてくれる。静歌に何があったのかはよく分からないが、力みすぎて倒れないか一十三は時折心配になるのだった。
「じゃあ・・行こ?」
「はい!」
一十三の後ろから眩しい眼差しで後ろ姿を見つめながらついてくる静歌に、一十三は少し怯えながらも、一階のキッチンに向かって歩を進めた。前の怖かった静歌より、今の静歌もまた別の意味で怖いと思った一十三であった。
まだ静歌のことがよくわからない一十三、静歌も一十三が自分を見る目が怖いということを知っていること。まだ二人には大きな狭間があった。次回、彼が動く!




