第32話 家族・・・そして
目を覚ますとそこは保健室だった。そして物語は終局へ・・・
「ここは・・・」
最初に目を覚ましたのは静歌だった。背中から包み込む波のような穏やかな感触は、意識がはっきりしていくと、ふんわりとした羽毛布団に変わっていた。そう、ここは保健室。と言っても静歌にとっては初めての保健室だ。周りの白一色のカーテンやら床やら天井やらベッドやら、今着ている知らない服(患者専用の水色服)を見て、静歌は一旦思考が止まった後、「死んだのか?」という結論に至った。
「死ぬわけないでしょ」
彼女の名は【橘燦子】。彼女はこの保健室の担当医であり、傷ついた生徒や教師、学校にいる人全てを迅速にベッドに寝かせ、傷の回復を図る使命を持つ。時々【東祐介】と言う生徒から犬を預かって、仲良く遊んでいる。動物は燦子を癒す力を使って、牛乳やペットフードをしこたま御馳走してもらっている。燦子の方も犬を撫でたり抱きしめたり、動物とここまで触れ合ったことがなかったため、いい経験として満足している。まさに互恵関係。意味は互いに利益を分け与える行為である。
燦子は椅子を掛け直すと、ため息交じりで顔を背けて言う。
「全くもう。夜中に突然頭に犬太君の声が入ってきたかと思えば、「生徒がいっぱい廊下に倒れてる!あ、俺は偶然学校をパトロールして偶然見つけたんだ!早く来てくれ!」って早口で最初何言ってるのか分からなかったけど、眠たい体を無理やり起こして来て見たら・・・」
静歌を見てまたため息を付いた燦子は、腕組みを解いてやれやれと呆れ顔で続ける。
「あなた達に何かあったか知らないけど、夜くらいちゃんと寝かせてほしいわ。もう過労で倒れそう・・・あ、給料上乗せしてくれるかしら。後で校長に掛け合ってみようっと」
眠たい目を擦りながらウトウト気味に愚痴を零す燦子に、静歌の眠気はいつの間にか消えていた。
「そういえばあなたの服はこの紙袋に入れてあるから。何製か分かんないから洗えないもの」
燦子は静歌の傍にある棚の上に紙袋を置いた。
―バッ
「うっ!」
そして燦子は静歌を取り囲む白いカーテンを開け放った。そしてそこから眩しい朝日が静歌に直撃しかけたが、本能的に手で覆い隠したお蔭で間に合った。朝日ということは、今は朝なのか?
「あなた達が学校の屋上で倒れてるからってびっくりしたわよ。後行方不明だった子供達五人も発見してさらにびっくり。もう何が何やら・・・説明してくれる?」
満面の笑みと共に眉間をぴくぴくと動かし、怒りも露わにする燦子に、静歌は一瞬恐怖を感じた。そして燦子の言葉を引き金に、今まで夜中の学校で起こった出来事を全て思い出した静歌は、すぐさま燦子の手を引っ張って叫んだ。
「あの!桜様はご無事でしょうか?」
「桜様!?・・・・ああ一十三ちゃんね・・・見てみる?」
「はい!」
必死に一十三の心配をする静歌に、どんな関係なのだろうという疑問を抱きながらも、燦子は早速静歌の方から見て右隣のカーテンを引いた。そこには包帯まみれの桜一十三がぐっすりと眠っていた。
「桜様!」
ベッドの上で静歌は大きく安堵した。そして力が抜けるように枕に頭を沈めた。燦子は色んな静歌の顔を観察して、少しだけ静歌に興味が湧いた。
「一十三ちゃんとどんな関係?」
「・・主と護衛です」
迷いなく答えた静歌。
「・・・そう?・・・一十三ちゃんを看てる時、いっつも「静歌ちゃん」って言っていたから・・・」
「え」
静歌の顔が驚いたように変わったが、その後頬が一気に紅潮した。
「私を・・・心配して・・」
「一十三ちゃんの他にも那奈子ちゃんと飯子ちゃん、あと恵美ちゃん、梃弧子ちゃん、和樹君を含めた行方不明の子供達もここに寝かせているの。大きな声出しちゃだめよ?びっくりして起きちゃうから」
燦子は人差し指を唇の前に突きだして、『お口チャック』の合図で忠告した。
「分かりました。私ももう少し回復の為に寝ます」
「いい子ね。ゆっくりお休みなさい」
静歌は自分を撫でる燦子に聖母のような神々しさを頭から感じた。丁度その時一十三は目を覚ましたのだが、なでなでされている間に、母を見る子供の様な目で見つめる静歌を眺めながら、「良かった」と思いまた眠りについたのだった。
それから昼一時。一十三、那奈子、恵美、梃弧子、静歌、その他の順に起きた。もう太陽が一番上で輝く時間。眠気も吹き飛ぶ暑い日差しに、彼女達の心も晴れやかな気分で起きることが出来た。
「私・・・何してたんだろ・・・まだ体がすんごい怠い・・阿木斗は・・寝てるか」
「うぅーん、すっきり寝た。違和感もなくなったし、また発明するぞぉ!」
「久しぶりにいっぱい眠れたよ・・・ふぁあ~あ。(杏は寝てるみたい。ゆっくりお休み)」
「・・・疲れちゃった・・(葉奈子も力使いすぎて寝ちゃってる)」
「寝たらお腹すいた~。早く食べ物入れなきゃお腹が・・・ぐりゅう~(お腹が鳴る音)」
各々(おのおの)起床後の第一声を述べる中、約一名は違った。白衣の教師は睨むように一十三達を見渡すと、念を押してこう言った。
「あなた達、説明してもらうわよ!」
一同「「「「「ひぃ!」」」」」
昼十二時半で既に昼食が始まっていたので、十一人の生徒達は保健室で少し遅い昼食をとった。だが今日の献立はカレーライスと神螺儀町の新鮮なスイーツ、沢庵少々。カレーライスの匂いが保健室に残るのを恐れた燦子は、後で保健室からカレーの匂いをどう取り除こうか模索することになる。昼食の際、犬太は保健室のグランド場側の窓からひょっこり現れたかと思えば、包帯だらけの一十三を見て素っ頓狂に驚いて、後頭部からひっくり返った。「犬太君!?」と慌てふためく一十三を見て、飯子は大爆笑、那奈子と静歌は早くに朝食を終え隣の席同士でトランプをしていた(静歌の顔色を窺いながら上手くババを引き当てる那奈子は必見)。
犬太が二十分程度燦子と一十三と話して帰ると、次に現れた人は一十三と恵美の担任【河志野浩司】であった。
その頃にはもうほとんどの生徒が食べ終わり、残った人は二、三人だった。浩司は生徒達の安否と昨日の夜の事を一十三達に来た。だが一十三や那奈子、飯子や恵美は大人に言っても説明できるかどうか考えた。ほとんどが嘘や虚言で終わってしまうのではないかと思ったが、燦子が「あなた達の目を見れば解るから、嘘でも何でもいいから説明してくれる?」と言ったお蔭で、一十三と飯子は説明を始めた。那奈子はずっと葉奈子に乗っ取られ、意識が途切れ途切れだったので整理することが困難であった。
・・・説明中・・・説明中・・・
一通り聞いた燦子は大きなため息をついてこう締めくくった。
「いろいろ大変だったのね・・・何が嘘か本当かはもう聞かないから、とりあえず今からでもお母さんお父さんに連絡しなさい。心配してるわ?」
一同「「「「「はーい」」」」」
(お母さん・・・)
星空和樹。彼の両親はどちらも遅くまで仕事をしていて、和樹と家で鉢合わせすることは多くなかった。友達を上手に作ることが出来ず、一人で家の中の本を漁ったが、読めない漢字や外国語が多くて、結局一人でお絵かきするしかなかった。その孤独感を埋めるかのように、葉奈子は和樹を夜中の学校に誘い出したのだった。和樹の心には少なからず親を困らせてしまったことへの罪悪感と、逆に自分の事を本当に心配しているかという猜疑心が心の中で鬩ぎ合っていた。小学一年生で友達が出来なかった和樹は、残り六年間を一人で過ごす可能性もある。和樹はそれを想像することに恐怖し、学校にいることすら嫌がるようになった。だが和樹の親は聞く耳を持たず、彼に半強制的に学校に行かせていた。
燦子は押し黙った和樹を見て、浩司と相談を始めた。
「河志野先生」
「どうしました?」
「和樹君の事なんですけど・・・」
燦子は和樹の事を他の生徒から「ずっと一人だった」「寂しいよぉって言ってた」という噂を聞いたりして、大まかな事情は知っていた。浩司にそれを説明すると、浩司は思いついた様に和樹に近づいてこう言った。
「図書館とか言ったことあるか?」
「・・ないよ」
和樹は浩司の言葉に首を傾げながら答えた。
「それじゃあ保健室は?」
「・・今が初めて・・・」
浩司の二度目の質問にも和樹は同じように返した。すると浩司の顔がニコリと笑って言った。
「大体そん中に誰かいる。図書館なら読み仮名ついてある本も多いし、保健室なら美人の先生が話し相手になってくれる。家が窮屈なら休日にも図書館は空いてるから気兼ねせずに来い、和樹」
「・・・うん」
笑みを見せる浩司に和樹は半ばびっくりした後、恥ずかしそうに頷いた。燦子はすかさず浩司を問い質す。
「先生。今どんな先生って言いました?」
「ん?・・びじ・・いや何でもない」
「しっかりと言ってください」
「・・・」
なぜ燦子がこんなに必要に迫るのか。浩司は後ずさりしながら和樹から離れていった。
先生達が他の四人の生徒達に燦子の知っている限りの情報の元、浩司が一人一人の生徒に違う言葉を言い渡っている間、残った生徒は自分の両親に電話を済ませたのだった。燦子は本当に全員の生徒の情報を握っているのではないかと、浩司は燦子に感心した。
そして昼二時頃。大怪我を負った静歌と一十三、那奈子に後日、神螺儀病院で怪我の治療と回復を図ることになった。その他の生徒は怪我もないため、そのまま帰宅する流れとなった。真相を上手くはぐらかすように促す浩司と燦子に、生徒は快く了承した。真実を告げた所で、那奈子が葉奈子に変わって、葉奈子の作った世界で学校と合体した葉奈子と戦い、無事帰ってきたなんて誰が信じるだろうか。一十三と静歌と飯子が攫われた那奈子と恵美達助けだし、犯人をやっつけたということにした。各々は早めに家に帰ると、父や母にこっぴどく怒られ、泣きながら保健室で教えた互いの電話番号から連絡し、親が一番怖いという結論に至った。星空一樹の両親も同様に叱ったが、一樹が「もっと僕と遊んでよ!もうおもちゃはいらないから!寂しいのはもう嫌だ!」という必死の訴えに驚いた。そして考えた結果、父は仕事の上司に家族の時間を増やすように相談し、出来なければさらに上の上司に直談判する決意を示した。母は転職し、この小学校の給食を作る仕事にした。そっちの方が給料も待遇も時間も取れるらしい。と、飯子から教えてもらった(飯子からの提案で給食のおばちゃんとよく話を聞いていた。和樹の事情を知った後、すかさず和樹に自分の連絡先を教えたのだった)。そして何より自分の子供がよく見えることが良い。ということを後日、和樹から静歌に電話で伝えた。この方向転換がいい方向になるように願った静歌であった。
そして一十三、静歌、那奈子が完治した翌日。朝早く神螺儀小学校屋上、一十三と飯子、那奈子は三人で集まって近況報告を始めた。初めは那奈子。那奈子の両親は校長の推薦で、子供のいない息子夫婦が選ばれた。息子夫婦も喜んだが、父は貿易業、母は保育士であり、仕事はハードで家に帰ってくる時間は深夜が当たり前であった。
「私はお母さんとお父さんと話し合って、一人かくれんぼはもうやめることにしました」
「そう。でも仕事とかはどうなるの?」
「仕事は変えません。ただ昼夜逆転しないようにしてくれました。帰ってきたら、ちゃんとお父さんのお母さんがいて、一緒にご飯を食べていっぱい学校の話をして、一緒に寝ることが出来ます」
那奈子は言い終わるまで、とても清々(すがすが)しい顔をしていた。自分の説得を聞き入れてくれたことへ、親に大変感謝したとのことだった。そして両親は自分を本当の娘の様に育てようと、再度確認し合うことで、家族の意味をもう一度考え直すことになった。
「へえ・・・楽しみ?」
「うん・・・楽しみ」
一十三と飯子に満面の笑み見せた那奈子は、これから始まる家族団らんを凄く楽しみにしていた。だがまだ心残りはある。その疑問を今度は一十三が質問する。
「葉奈子ちゃんは?」
「これから攫われた子供達に謝りに行くための練習をしています。葉奈子も真剣です」
「そうなんだ・・・反省してるんだ」
飯子はもう悪い頃の葉奈子じゃないんだなあ・・と一安心した。
「うん。もうあれから負の感情に支配されないように、私と葉奈子で頑張ることにしました。もう友達や周りの皆に迷惑かけないために・・・」
強い意志で二人に告げた那奈子の目は、とてもしっかりと未来に向かっていた。もう次へ進む一歩を踏み出しているようだ。
「後、まだ話していないことがあります。・・・その・・・・今まで迷惑かけて本当にごめんなさい!」
深々とお詫びの謝罪をする那奈子に、二人は驚き言う。
「え!?」
「そうだって、あんたが気に病むようなことは・・・」
「自分のせいでこんなに迷惑かかるなんて思わなかった・・・・だからもうあんなことをしたくないです」
「で?葉奈子のこと嫌い?」
飯子は嫌味交じりに聞くと、那奈子は臆せず首を左右に振るとこう答えた。
「嫌いな訳ないです。これから好きになるんだから。もちろん、さくちゃんもね?」
「え!」
突然自分に振り向き手を繋いできた那奈子の行動に、一十三は一瞬時が止まったが、すぐに意識を取り戻して今日まで考えていたことを伝えた。
「じ・・じゃあ・・・・三人で遠足に行く?」
一十三の勇気を出した言葉に、飯子と那奈子は互いに目をやり、飯子は笑って一十三にサムズアップを決めて言った。
「いいねえ、それ。楽しそう」
「何時にしますか?」
「今週の土曜・・かな?」
「分かったわ、忘れないようにしなくちゃ」
「じゃあどんな弁当持っていくか決めなきゃ」
「もうまた食べ物の話ですか?最近太り気味に見えますよ?」
「何だって?・・・」
那奈子と飯子は一十三の提案に嬉々として受け入れ、二人で楽しく話しているのを見て一十三はフフッと笑った。
《夢、叶いそうか?》
「うん、きっと叶うよ・・・きっと」
那奈子、飯子、そして一十三が三人で笑い合っているのを見て、杏も自然に笑みが零れた。これが友達の始まりなんだろうな、と思う一十三であった・・・
一十三、静歌、杏、飯子、那奈子、葉奈子、恵美、梃弧子、和樹、など。いろんな生徒を巻き込んだかくれんぼは終わり、また日常が始まる・・・あ、この後は後日談ありまぁす!もちろん遠足篇全四話。恵美の両親はいまだ変わることなく、娘と距離を置いて宗教に没頭する日々が続きます。でも恵美は気にしない。友達が、好きな人がいるから・・・梃弧子はまた研究の日々に戻って、また先生たちを困らせるでしょう。もし恵美や梃弧子のことを知りたいならカミラギ・ゼロをチェックだ!




