第31話 救出作戦 ~吸引力は変わらない~
阿木斗の知らない過去、恵美の知っていた過去がついに明らかになる・・・そしてやっぱり二分割。
「僕に何か力があったら・・・」
恵美の体を借りた阿木斗が必死に何か出来ないか暗中模索する中、葉奈子の世界が突然「ドドッ」と大きく揺れたかと思えば、淀んでいた空も震える地面も、張り詰めた空気の色も悉く消え始めていった。まるで絵が白い絵の具で塗りつぶされるように・・・
「これは・・・この世界が・・・終わる音・・!」
静歌達に言った阿木斗の作戦。それは自分が言うはずのなかった作戦。心が暴走して作り出した世界を小さくして宿主に戻す。そして葉奈子の世界が現実世界で引き起こした事象を治める。自分の口から思わず発した言葉に阿木斗は戸惑い、そして今もそんな力を使うことが出来るのかと悩み続けていた。だが何時までも悩んでいる時間はなかった。もし何もできなければ、信じた静歌を裏切ることになる。
(早く助けたい・・・でも・・・)
《知ってるよ。阿木斗は》
阿木斗は驚いた。何故なら今心の中で眠っているはずの恵美の声だから。そして恵美は阿木斗の考えていることを察すると、優しい声で言った。
《私がお母さん達にお仕置きされた時、阿木斗は私の体に乗り移った。そして阿木斗が大声で叫んだお蔭で智が助けに来てくれて、阿木斗はすぐに寝ちゃったけど・・・私は元の体に戻った時には、泣きたい気持ちとか、怖くて震える気持ちとかすっかりなくなってた》
(もしかしてそれ・・・)
阿木斗は大声を出した後のことは覚えていない。だが恵美はずっと覚えていた。
智博が助けに着た後、恵美も親が持っていたバールを持って父・母対智博・恵美と言う構図で戦った。智博もランドセルを盾代わりに、当時持っていたリコーダーを矛にして終始優勢に立ち回ることが出来た。恵美の両親は智博の本気と恵美の初めての抵抗に負け、一時地下倉庫を後にした。それからと言うもの恵美の両親は宗教の集会に入り浸るようになり、恵美は誰もいない家に住むようになった。辛うじて千円札のお小遣いを一週間に一度与え、両親は洗濯や掃除、食事などの炊事を完全放棄したのだ。だが智博は先を予測して、恵美を自宅に呼んで、母・ミツバの子供好きと言う性格を見抜いて早速母と交渉した。そして無事恵美を家で仮住まいさせることに成功。もちろんミツバは恵美に炊事・洗濯などを教えることで、恵美に出来るだけ早い自立を促した。何れ恵美の両親は恵美を洗脳するために戻ってくる。その前に・・・・
ミツバは恵美の両親が毎日言っている宗教の実態はまだ知らないが、両親が恵美に行っているお仕置きは知っていた。だから智博が恵美を助けたことを一番喜び、自分も恵美を助ける側に入られることを幸運に思った。結局他人の家の芝を乗り越えるのは子供達の行動力が一番である。大人は簡単ではないのだ。阿木斗は初めて恵美にその話を聞かされ、自分はまだ恵美の事を半分も知らなかったことを恥じた。
(いつから僕の事を?)
《今》
(今!?)
《今と言うか、学校と葉奈子って子が合体したくらいかな・・・何かテレビで見てるアニメみたいで現実じゃないみたい》
(でもこれは現実)
《うん。阿木斗の考えてること解っちゃったから・・・あなたも私の心の一部なんだよね》
恵美はそこまで知っていたんだ。阿木斗は不思議と肩の荷が下りたように、すっきりした気分になった。
(僕は恵美にこんな大変な出来事を覚えてほしくなかった。楽しいことをいっぱい覚えて欲しかったんだ)
《うん。でもこれはこれでいい思い出になりそう。智にずっと助けてもらってばっかりだからさ・・・今度は私達も・・・出来るんじゃない?すっごい事》
(すっごい・・・こと)
阿木斗は考えた。恵美の考えていることと自分の考えていることを合わせるように・・・
そして今どうしたいかを考えた。
―ここから出たい
―みんなを助けたい
―この世界もなくしたくない
―私も役に立ちたい
恵美と阿木斗の想いは少しずつ一致していった。一つ一つの思いが一致していくと、段々と恵美の周りが変わっていった。
恵美はふと気づくと、目の前に自分と同じ大きさの正方形の箱があった。周りは壁のない水色の平面。天井は先の見えない白い空模様。恵美はちょこんと足を『Wの字』で曲げて座っていた。そして箱の向こう側に座っているのは、恵美と同じ縦半分が青と赤に分けられたセーターに、アルマジロのキャラクターを載せた白いスカートを着た阿木斗であった。阿木斗もまた自分がこんな場所にいることに驚いている様子で、恵美が体を斜めに傾けて驚く阿木斗を見てみていたら、何だか自分もおかしくなって笑っていた。
「ねえ阿木斗」
「・・」
「阿木斗ったら」
「ここ、どこ?」
「この箱、何だろね」
恵美は箱に恐れず進む。阿木斗はもし箱が危ない何かが入っていたらと思い、恵美を止めようとした。
「待って!」
「大丈夫。だってここは私の世界だもん」
そして阿木斗の制止を聞かずに、箱の中身を覗きこむ恵美。その時、恵美は「おお~」とまじまじとそれを見て、それを箱から取り出した。阿木斗は怖くて「ひゃ!」と叫ぶと、顔を手で覆い隠した。
「・・・・・・阿木斗」
「・・何?」
「ただの掃除機・・・だよ?」
「・・・え?」
阿木斗は恐る恐る手を退けると、困った顔で阿木斗を見る恵美と、コンパクトに収納された子供でも持つことが出来る小型掃除機が目の前に現れた。恵美はその小型掃除機を上に上げてみたり、組み立てて水色の地面を掃除機と併走したりして見たが、別に自分達に危害を加えるようなことはなかった。
「それって普通の掃除機?」
「そうだと思うよ。でもスイッチ押しても反応しないなぁ」
「・・・」
阿木斗は恵美が掃除の起動スイッチを何度も押す姿を見て、自分も押してみたいという好奇心が生まれた。阿木斗は恵美のすぐ後ろまで近づくと、そのボタンを恵美の指の上から重ねるようにして押してみた。
すると・・・
崩壊寸前の葉菜子の世界。阿木斗は気づくと、自分の体から青いオーラのような光が葉奈子の世界を満たすように発光し始めていた。
「これは・・・」
《私もわかんない・・》
恵美もそれを知らない。阿木斗も掃除機を押した後のことは覚えていない。だが知らな間に恵美の体が光り、その光が葉奈子の世界を青色の絵の具として上塗りしていくのをただ見ていることしかできなかった。阿木斗の瞳も徐々に青く輝く。そして静歌と子供達を発見すると、体が勝手に静歌達の所へ駆け寄って、そして無意識に謎の呪文を唱えた始めた。
「あらゆるものを掬い出す。唯一無二、空前絶後の大洪水、帰れよ乙女、終われよ悪夢。『水バス』よ!目的地・神螺儀小学校へ、いざ出発!」
阿木斗の青い目の輝きが限界に達した時、大蛇の塊によって出来たクレーターから大量の水が湧き出した。その高さまさにこの世界を包み込むほどの一万メートル級。竜巻でさえ赤子のように見下ろすと、一十三や那奈子達、静歌、子供達、そして阿木斗自身を津波となって飲み込んだ。大量の波がグラウンド全体を一瞬に包み込み、その範囲は秒速五十メートルの速さで世界を飲み込んでいく・・・
阿木斗と恵美の二人の関係もこれから少しずつ変わっていく・・・そして水と掃除機、吸引力というつながりとは一体・・・呪文を考える中、某漫画の詠唱呪文を思い出した。やっぱりすごいな・・あそこまで中二全開な呪文は自分には到底無理だ。だから無理せず行こうと決めたのがこの呪文。『水バス』。バストはもちろん公共機関でいろんな人を乗せて決められた目的に送ってくれる便利な乗り物。私も学生の頃はよくお世話になりました。今も時折お世話になります。そして次回、本当に最終回!?




