第30話 救出作戦 ~炎骨一発~
最終決戦。何も言うまい。葉奈子対飯子・一十三・杏!
「さくちゃん・・・あたし一人じゃ駄目かもしれない。力を貸して?」
杏が一十三の体に入ったと同時に、葉奈子を目にした飯子が若干怯えた顔で引きつって言った。一十三は飯子の傍に駆け寄ると威勢よく言った。
「分かってる。行こう!」
「ありがとう」
―ダンッ
飯子と一十三の真上から、静歌を仕留めたかけたあの大蛇の塊を二つ同時に叩きつけた。
―どんな奴が来ようがこの私に勝てるわけがない!
葉奈子は焦っていた。自分の作り出した世界に、胸をズキズキさせるような二つの違和感がやってきたから。もしこの違和感が大きくなれば、自分でも倒せるかどうかわからない。ならば時間をかけず一瞬の隙を狙って叩き潰せばいい。葉奈子はそう考えた。
だが、
「残念だったな!でっかいやつ!」
「ありがとう」
杏は飯子を抱え、学校の屋上の給水タンクの鉄柵まで跳んでかっこよく捕まった。上半身むき出しの葉奈子の本体は、学校の屋上から向かった方が早い。という一十三の考えの元の行動であった。校舎の時計に成り代わって突き出している、上半身むき出しの葉奈子に向けて、杏は上から目線で嘲笑した。
「お前なんか、なあんにも怖くないからな!上から見たらお前なんか上半身裸の大ヘンタイだ!小学生だからって!胸が大きいからって!スタイルが抜群だからってそんな恰好じゃものすごぉくかっこ悪いんだぞ!」
―なん・・だとぉ!
ギロリと葉奈子の目が杏に向いた。杏は一瞬怯みそうになったが、歯を食いしばって眉間に意識を集中させ更に煽る。
「お前みたいなやつはこの俺だけで十分だ!早くかかってこい!ヘンタイ弱虫!」
―な・・・にぃ!?
ブチンッとついに堪忍袋の緒が切れた葉奈子は、学校から生えた数千もの大蛇と、空から無数の雷を一斉にこちらに向かって攻撃してきた。その夥しい数の髪の蛇と雷の蛇を見ても尚、笑って嘲笑し続ける杏を葉奈子は疑問を抱いた。
(なぜ怯まん?まあいい、この髪の大蛇と雷の総攻撃で・・・!)
―ビクッ
「!なぜ動かん?早く殺せ!大蛇!」
大蛇は何故か杏の目の前で止まっていた。顔、手、胴体、背中、足、至る所に襲ってくるはずの大蛇は、一ミリ間隔で目をまん丸く驚いているような顔をしていた。杏は笑って一十三に向けて言った。
「俺たちのコンビネーション、見せてやろうぜ」
《うん!》
杏はタンタンタン・・と小さくジャンプし始めた。一十三はその音と同じように、自分の心を小さく上下するようにイメージする。二人の息の抑揚が三回目のジャンプで合致するその時、杏の体から黄色いオーラのようなものがメラメラと漂い始めた。
―なんだ・・・これは!?
《私と・・》
「俺のコンビネーションジャブだ!」
―ガハッ!?
オーラが三メートルほど尾を引こうとしたその時、頃合を見計らって杏と一十三の渾身のパンチが葉奈子の背中に見事に直撃した。その衝撃で葉奈子の体は、上半身から先の下半身の足の先まで飛び出す形になった。結果葉奈子は完全に学校と切り離され、融合が完全に解除されたのだ。葉奈子は今学校から離れ、宙に浮いている状態である。杏は葉奈子の目の死角に向かって叫んだ。
「今だ!飯子!」
―!飯子!?だと??
「ありがとさん!」
いつの間にか葉奈子の背後に杏、眼前に飯子が取り囲むように構えていた。飯子は杏に抱えられて、すぐに杏が自分だけに目が行くように葉奈子を挑発。その隙に飯子を杏のしなやかなバネのような手を背後に忍ばせ、葉奈子の後ろまで飛ばしてもらったという訳だ。飯子は不敵に笑って葉奈子の裸を見てこう言った。
「あんたって無駄にスタイルよくても、もうちょっと頭の勉強しなくちゃ・・ね!」
―ゴンッ
まさに頭と頭のぶつかり合い。互いの額が勢いよくぶつかった瞬間、ラバンにもらった赤く黄色い炎が飯子から那奈子の体全体を巻き込んで、二人だけの空間を作り上げた。杏は黄色い炎に包まれる二人が離れるまで眺めることになった。そして一十三と杏は願う。那奈子と葉奈子と飯子が無事に仲直りできますように・・・
黄色い炎の中。葉奈子は暴れようともがこうとするが、全く力は入らないことに愕然とした。そんな葉奈子を問い詰めるでもなく、飯子は第一声にこう言った。
「那奈子・・・帰るよ」
《私は!葉奈・・子・・・・?》
葉奈子。地震を持って言えるはず・・・だった葉奈子は、飯子の目を見て一瞬我を疑った。飯子の目は怒ってはいない。心から喜んでいるようだ。何故?
「葉奈子も那奈子も、どっちもあたしの友達でしょ?」
《・・あんた・・一体・・・》
「あたしの胸にどーんっと聞いてみなさい。あたしだってよくわかんないんだから・・」
飯子は動揺する気配は微塵もない。飯子の態度に葉奈子はどんどん心をかき乱されていく・・・
《友達・・・なんか・・・私は・・・》
「楽しいよ?あたしが保証する」
―・・・・私も・・帰りたい
葉奈子はいつの間にか二人になっていた。いや右に葉奈子、左に那奈子。元の服だった那奈子の服と同じだが、葉奈子の方はサイドに髪が結ってある。
「那奈子、いるなら返事しろよな!」
やっと声が聞けた。久しぶりの那奈子の声に、飯子は少し怒るように言った。
―ビクッ・・御免なさい。・・・葉菜子も一緒に行こう?
那奈子はそんな飯子に怖がりながらも、やっと無二の親友に遭えたことが何よりも嬉しかった。
《那奈子・・・なんか怒ってる》
―当然でしょ?皆に迷惑かけたんだから!今度はその皆に謝りにいかなきゃいけないの!私も一緒に謝るから一緒に帰りなさい!
《・・・わかったよ》
那奈子と葉奈子。元は一つだった二人は、今ではどこか双子のような関係になっていた。もう葉奈子は一つの個性であり、もう一人の自分なのだ。那奈子はそう受け入れることにしたのだった。葉奈子は今までやってしまったことを思い出し、一気に落ち込んだ。何故私がこんなことをしてしまったのだろうか。そして何故この黄色い炎の中に入った途端、自分を取り戻したのか。この炎は心が温まる。悪いことをしたことをより鮮明に思い出させた。
―葉奈子のやったことはきっと許されない。だからその罪と私と分け合って生きよう?
《そんな・・・私がやったことなのに・・・》
―あなたは私。私はあなた。でも名前はあなたが葉奈子で、私が那奈子。それでいい。どんなに分身を作ったって、葉奈子のようなお転婆娘は作れないよ。
《お転婆って・・!まあ・・・そっか》
「もう終わった?じゃあ帰るよ」
飯子は見つめ合う葉奈子と那奈子に、耐えきれず割って入った。那奈子は飯子を見つめて涙した。
―うん・・ありがとう、飯子ちゃん。
「あんたもよく頑張った。後でギュッてしてあげる」
那奈子は顔を真っ赤になって、葉奈子も同じように顔を真っ赤になった。二人の同じ行動に飯子は笑ってしまった。
飯子、那奈子、葉奈子の三人は相談しあった結果、一緒に帰ることにした。葉奈子の暴走は飯子にぶつかった後、ラバンの炎で怒りや憎悪という負の感情を燃やし尽くしている状態で、徐々に沈静化してくれている。二人を包み込む、赤いような黄色い炎は徐々に小さくなっていく。それは負の感情を順調に燃やし尽くしている証拠であり、葉奈子の意識は眠りにつくように小さく、逆に那奈子の意識は元に戻るように大きくなっていった。そして炎が完全に消えた時、飯子と那奈子、葉奈子の意識は途端に消え力を使い果たしたように重力のままに地面に落下した。
「飯子!那奈子!」
杏は瞬時に二人を寸での所で救出した。だが葉奈子の意識が消えたことで、葉奈子の世界が大きく震え、空が前よりもさらに黒く淀むどころか荒れに荒れ、大きな竜巻となって葉奈子の世界をめちゃくちゃに壊し始めた。
「怖いよぉ!」
「お姉ちゃん助けて!」
「死んじゃう!」
偶然にも安全と思われた場所から発生した巨大な竜巻は、近くに待機していた子供達に向かっていく。一十三はその声を聞きつけ、杏に《助けよう!》と提案するが、「もう力が・・今は二人を担ぐので精いっぱいだ!」と、それを拒否した。最後の力を振り絞って二人を抱える杏をこれ以上無理はさせられない。けどじゃあ一十三自身はどうすればいい?また何も出来ずに、ただこの状況を眺めるだけ?・・・
《どうすれば・・・この世界から脱出しなきゃ・・!》
「くそっ!俺にもっと力が残ってたら・・・」
葉奈子の世界が終わる。一十三達と共に・・・
このまま終わる・・・?崩れゆく葉奈子の世界を目にただ呆然と立ち尽くすしかない杏達。次回、最終回。もしかしたら二分割・・・?




