第27話 救出作戦 ~ピンチはチャンス~
孤高に戦い続ける静歌・杏に阿木斗が想ったこととは・・・そして絶望する一十三と飯子の前に現れた者とは・・・
僕は今、暴れる葉奈子に対し一人で立ち向かう白のような銀髪を持った女の子の姿を、僅かに眺めることができる森の木の下に隠れている。久しぶりに他人と話したことで、ずっと眠り続けていた阿木斗は長い眠りから覚め、恵美の意識を一時的に乗っ取っている状態である。つまり数分の間だけ恵美を眠らせ、阿木斗が恵美の体を支配するという構図だ。
戦いは銀髪の少女の明らかな劣勢。このままでは銀髪の少女が倒され、次は僕らが襲われる・・・
(駄目だ!冷静になれ阿木斗!恵美が危険な目に遭った時、どうして僕が生まれたか忘れたのか?)
阿木斗は今一度自分の誕生について考えた。人は自分が危険な状態に陥った時、不思議な体験をする時がある。恵美の不思議な体験は、阿木斗が生まれたこと。そして阿木斗は恵美が危険な時に必ず現れ、恵美を危機から脱出させるために働く。それ以外は寝ることで力を蓄えている。
「恵美を助けるため・・」
僕自身もいつ恵美の中で生まれたのかは解っていない。だが恵美が怯える顔で(助けて!)と、誰かに向けて叫んだ時のことは覚えている・・・
宗教に没頭する両親に対し、親の命令を聞かずにのらりくらりする娘。そんな時恵美の両親は、恵美を地下深くの倉庫に閉じ込め、その後倉庫内で両親の殴る蹴るの激しいお仕置きが待っている。時に棒や火を使ったこともあった。そんな最悪な親に生まれた恵美を助けたい。助け出したいと阿木斗は思った。そして彼女に初めて乗り移ってしたことと言えば・・・
〝誰か助けてぇー!〟
大声で叫んだことだけだった。その後、偶然にも通りかかった耳のいい村田智博に助けられた恵美は、それからというもの智博に仄かな恋心を抱きつつ、智博と初めて友達になった。そしてそれ以降、僕が恵美に乗り移ることはなかった。それほど智博と、後に友達になった藤堂愛戯との付き合いが幸せだったということだろう。丁度友達が増えてから、親が出張で家にいない時間が増えたことも一つの要因であった。
その幸せを、もう失わせたくない。再び現れた僕は今度こそ彼女を、自分の力で守って見せる!智博が恵美を助ける為、バールで恵美の両親に立ち向かったあの勇猛果敢な姿を僕も・・!でも一人では勝てない。目の前にいる銀髪の少女と協力すれば・・でも今まで自分の力を使ったことはなく、戦闘に役に立つ能力なのかも解らない。でもこのまま立ち止まっては・・・
阿木斗の募る思いは整理が付かないまま、無情にも時間は過ぎていった。
そして・・
―うわああ!
「!」
銀髪の少女の悲鳴が聞こえた。ついに限界を迎えたのだ。もう時間はない。自分以外の攫われた子供達が恐怖で逃げ惑う中、動けるのは自分だけ・・・
(僕が・・やるしか・・・・・僕が・・!)
心臓の音が強くなる一方で、阿木斗の決断した答えは・・・
そしてここは現実世界。神螺儀小学校の三階廊下で、必死に那奈子を抑えている一十三と飯子の前に、上半身裸の少年がため息交じりで現れたのだった。
「ったく・・・何青ざめてんだバカ」
「!・・犬太・・くん?」
一十三の青ざめた顔がいつも聞くあの声によって、一気に生気を取り戻していく。そして一十三はその声の方を振り向いた。学校全体が那奈子と合体したことで床、天井、壁という空間そのものを巻き込んで、グニャリと渦巻き状に捻じ曲げられた形になっていた。だが犬太は、その捻じ曲げられた窓ガラスを裸足で粉砕し、割れたガラス窓の中に蛇の様に体をくねくねと曲げていき、難なく侵入したのだった。
「誰?この人・・」
飯子は颯爽と現れた犬太と、絶望していたと思われた一十三の顔色の変わりように驚いた。
「私の同じクラスの大原犬太くん・・」
一十三は素直に答えると、見る見るうちに頬が緩んで、目に希望のような光が現れた。まさかこれは・・と思った飯子は、一十三が向ける犬太の目線が『好意』であることを察すると、一十三に向けて笑窪を見せた。
「何?飯子ちゃん」
「なぁんでも・・・で?何しに来たの?そっちの男子」
飯子の問いに犬太は完全無視。そして犬太は窓から廊下に飛び降りて、足早に那奈子の前に駆け寄ると、面倒臭そうに親指を一十三でもなく那奈子、飯子でもない、自身の隣を指差して答えた。
「こいつがこのままじゃ桜達が死ぬぞって言うから・・・俺は大丈夫だって言ってんのに・・・」
「え・・?」
一十三と飯子はあっけらかんとした顔で、犬太の指差す方へ目を向けるが、犬太の方には何もなく何も見えない。そんな二人を見た犬太が「あ」と気づいて、右足の踵を床に向かってコンコンと鳴らした。すると・・・
―ボォオン!
「!」
鳴らした床から突如として火花をまき散らすと、小さく爆発。そこから大量の煙幕が三人の周りに吹き荒れた。しばらくして咳き込む二人に向かって、犬太の隣の方から声が聴こえた。
《咳き込む暇・・ある?》
灰色の煙が少しずつ薄れていくと、犬太の隣に髪は灰色、肌は褐色の少女が現れた。黒縁眼鏡を付けた犬太と同じ背丈の少女は、顎を高く上げ一十三と飯子を見渡すと、上から見下ろしてこう言い放った。
《しゃきっとせな!》
「「は・・はい!」」
二人は母に言われた子供のように、ビシッと背筋を伸ばして褐色少女を見た。そして一十三と飯子は我に返って、辛そうに呻く那奈子の手を強く握った。褐色少女はそんな二人を見て話し始めた。
《わらの名は、【羅氬䯂(しん)鷭】》
「ラバンでいいぞ」
横から早速割り込んできた犬太を、般若の顔になって睨むラバン。ちなみにラバンの一人称は『わら』。
《ふざけるな犬太!わら自慢の名を・・・後で覚えていろ・・》
だが犬太は睨むラバンをチラリと見た後、ため息ついて言った。
「おう分かった分かった。・・・でだ。もうここまで一緒にいんだから、最後までお前ら三人と杏の四人でとっとと終わらせろ」
「え・・・でも・・」
犬太の言葉に困惑する一十三を見て、ラバンはニヤリと笑って見せた。
《大丈夫だ。杏を・・静歌や飯子を信じろ》
「・・・・うん!分かった」
ラバンの瞳は一十三の心を見透かすようにまっすぐ見つめてきた。その狂いもなく、濁りもしない洗練された綺麗な瞳を前に、一十三は静歌・飯子・那奈子を、そして杏をもっと信じようと今よりももっと強く思った。
女性を大の苦手とする犬太が何故、女性の姿をしたラバンが隣にいても何ともないのか・・と一十三は思ったが、今はそれどころではないと気持ちを割り切ることにした。そして見た目と匂い、動作から飯子が女性だとすぐに解った犬太は、勇気を出して苦手な女性に話を掛けた。
「飯子・・・だっけ?」
「うん、正解。あんたは?」
軽快な口調で返す飯子は、犬太にとっては特に苦手な部類だった。だが話を始めた自分が途中で話を止めるわけにもいかない。
「大原犬太。お前の親友、ピンチなんだろ?俺がお前なら・・」
「助けたいよ!・・でも私は・・・・那奈子ちゃんを止める力なんてない。今だってどうしたらいいかわかんないよ・・・」
犬太の言葉を遮るように、飯子が叫んだ。「助けたい」と言った飯子の瞳はとても強く、「わかんない」と言った飯子は那奈子を一瞥すると目を逸らした。飯子は無力な自分がとても嫌になったのだろう。犬太は苦しむ那奈子を見て続ける。
「今の那奈子が本当にお前達や学校をどうこうしたいと思うか?」
「それは・・・・」
そんなわけない。と言いたいが、言えなかった。そんな飯子を犬太は腕を組んで、更に問い詰めた。
「もし親友が間違った道に進んだらお前はどうする?力の違いとか関係ねえ・・・どうすんだ?」
「今すぐ助ける!無理にでも連れ戻したい!」
間髪入れずに言い放った飯子の目に、犬太は自分の時と同じ何かを感じ取った。犬太がもし一十三が間違った道に行こうとするなら、きっと飯子と同じことを言うだろう。女性であろうと男性であろうと関係ない。親友は絶対に助け出す。それが飯子の答えだ。ラバンは飯子の覚悟を聞くと、飯子の前に近づいて、自分の右の拳を飯子の胸のすぐ前に突き出した。
《だったら今のお前に、わらのパンチ一発分のパワーをやる》
「え?」
ラバンの褐色の拳から放射される、火のような橙色のオーラを前に飯子は固まる。だがラバンはさらに続けた。
《それを思い込めてぶん殴れ!それでダメなら思いっきりジャーマン何とかックスでもかましてやれ!》
ジャーマンスープレックス。プロレス用語であり、自分の肉体を使って、相手の肉体を戦闘不能にする必殺技である。何故ラバンがそんな言葉を知っているかは分からないが、自信満々に笑うラバンに、飯子はようやく言葉を発した。
「暴力?」
「今の那奈子ってやつも立派な暴力だからいいんだよ」
二人の会話に割り込む犬太に、一十三は呆然と言う。
「それを言うためにこんなとこに来たの?」
「ただ面白半分で見に行きたかっただけだっつーの(桜の有志を見届けたいなんて言えない・・)」
突然ムスッと怒りだす犬太に、ついクスッと笑った飯子は。
「ありがとう、ケンタッチ、ラバンッチ」
と感謝の言葉を残した。そしてようやく飯子の気持ちは、ある一つのゴールに固まった。そして飯子は一十三を見た。一十三も同じタイミングで見つめ合った。
「行こう、さくちゃん」
「・・うん、飯子ちゃんがいいなら何時でも」
二人は見つめ合い、そして頷いた。犬太とラバンはそんな二人を見て、二人は行く覚悟を決めたと判断した。ラバンは飯子の左手に、自分の手のひらを合わせた。すると合わさる手と手の隙間から「ボォッ」と暖かい灯のような何かがラバンから飯子の手に、手から肩に、肩から心臓に無事到着した。灯が通った後、灯が感じる飯子の心臓はラバンと手から離れた後でも、ずっと暖かい感覚が残り続けていた。
《この『焔ード(ほむラード)』はお前の気持ち次第で強くもなったり弱くなったりする。だからお前の心の強さが大大大事だ!デメリットは力を使った後、お前は一週間高熱に魘されるだろう》
ラバンの告げたデメリットに対し、飯子は笑って答えた。
「それくらい・・・!」
余裕だ。飯子はそれで那奈子が救えるなら・・という強い信念を持った目だ。ニヤリ。ラバンの頬は思わずにやけた。
「飯子、一十三、もう時間がねえ!とっと行け!」
一十三「はい!」
飯子「うん!」
犬太の怒号で二人は駆け出した。新たな戦いの舞台へ。そして二人は那奈子の体の中へダイブしたのだった・・・
残された犬太とラバンは、早速那奈子を一十三と飯子がやったように、二人で取り押さえに入った。
《おい犬太、変なとこ触んじゃねえぞ(笑)》
茶化すラバンに犬太は容易に怒った。
「誰が触るか!女なんて大っ嫌いだ!」
《ふーん。飯子も?》
「・・・嫌いだ」
大嫌いではない。という犬太の答えにラバンは下品に笑った。
《ほんっと素直じゃねえな・・・》
ラバンはまだ一十三が女だということを犬太に言っていない。もちろん他の生徒や教師も。そのお蔭で、今も一十三と犬太は親友のままでいられるのだから、一十三は幸せ者だ。犬太はラバンを見た目が女だが、ラバンが言った《わらのような存在は、いちいち性別何て付けない》と言う言葉を信じきっている。だからラバンの体が犬太の体に接触しても、犬太が絶叫して気絶することは・・・ある。
間に合いました。そして阿木斗と恵美の話はまた別の時に話せたらいいなと思います。そして犬太とラバンは出会ってから一か月も経っていないし、関係性もまだ浅いので、今のところ犬太はラバンが暑苦しい女の姿をした変な奴という印象です。まだ杏と一十三のようにコンビを組んで戦う日が来るかどうかは、私の妄想次第です。では次回一十三と飯子はすべての決着を付けに、葉奈子の下へ走り出す。そして物語は佳境へ・・・




