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那奈子さん  作者: Sin権現坂昇神
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第25話 救出作戦 ~幽夢一体~

ついに始まる葉奈子VS杏・静歌。杏の怒涛の攻めに葉奈子はどう立ち向かうのか・・そして葉奈子の怒りは頂点に達した時、最後の力が葉奈子を覚醒させるのだった・・・

 静歌は自分の結んでいた後ろ髪を解くと、右で馬の尻尾の様に束ね、左で胸ポケットから取り出した(いちご)のシンボルが付いているヘアゴムを、尻尾の付け根の方にギュッと結んだ。苺のヘアゴムは一十三と別れる時に・・・


「お守りあげる。静歌の強さと杏の強さなら、私は大丈夫って信じてるから・・・」

 その言葉を聞いた瞬間、静歌の涙腺(るいせん)(ゆる)み、一筋の涙が(ほお)を流れた。一十三から貰った初めての(おく)り物。静歌にとって手のひらに置かれたヘアゴムは、これ以上にない存在であった。静歌はそのヘアゴムを胸ポケットに入れると、涙を流す静歌にびっくりする一十三に一礼してこう言った。

「桜様の希望になってきます」

「礼なんていいよ。・・もう・・・」

 一十三は困った顔で笑っていた。何故笑っていたのかは未だに静歌は分からなかった。だが・・・


「なあ・・・」

《・・・》

 自分の心の中で眠り続けている静歌に、杏は(ひと)り言のように話し始めた。

「桜が笑った理由。それってお前の事・・・友達だからじゃねえかと思うんだ」

 杏は物思いに(ふけ)けながら導き出した答えだったが、とうの静歌はまだ起きることはなかった。静歌の髪は杏が憑依(ひょうい)した時に、体の成長が一時的に伸びることで髪が肩まで伸びていた。その髪をポニーテールに結んだ杏は、軽い準備運動を始めてどれくらい動けるかを確認した。そしてそれが終わると、杏は(つぶや)く。

「すげえな。一十三の比じゃねえくらい動けるぞ」

 杏は静歌の胸に(くう)を握る手を置いた。静歌から借り受けたこの体、絶対に死ぬわけにはいかない。元気な体で静歌に返す。そしてこう言うんだ。


俺とお前の力で勝ったんだぞ!


って・・・

静歌の受けた傷は杏に憑依したことで完治しており、血がこびり付き破れた衣服に、綺麗(きれい)な肌が確認できた。杏は深呼吸して、眼前の敵を見る。何本もの大蛇を引き連れる葉奈子の姿はもはや人間ではない。妖怪や化物・・それは私も一緒か・・杏は不敵に笑う。葉奈子は、(いま)だに静歌を倒せない事への(いきどお)りにより、おどろおどろしいまさしく鬼の形相に変わっていた。

挿絵(By みてみん)

「何故倒れない・・・お前達は一体・・・?」

 葉菜子の声も(すで)に、男のように低いドスの()いた声がほとんどを占めていた。鬼のような目を見る葉奈子に、杏は笑みを浮かべて言った。

「そんなことより早くバトろうぜ・・・!」

「は?」

 傷つけた部分が治っていることに驚く葉奈子。バトる=バトルする。杏がバッと地面を踏み出した足からは、何の痛みや重みも感じなかった。一十三よりも軽い。一十三の時よりも速く、音速を超える速さで葉奈子の真正面に飛び込んだ杏は、すぐさま左足、右足の回し()りを何度も葉奈子にぶつける。地面を足が高速回転するように葉奈子の体にかましていく。

「こんなもの・・『貴神術(かみわざ)八髪壁(やえかみかべ)』!」

 だが葉奈子は自分の八本の髪を束ね直し、太い壁のように変形させると、杏の蹴りを壁で防いだ。衝撃も何本もの髪の層により、葉奈子に届くことはなかった。だが杏はまたも笑ってこう言った。

「だったら、こうだ!」

 杏は足が地面に落ちる時、足を地面に勢いよく叩きつけた。そして瞬時にその地面と足の摩擦力(まさつりょく)と、叩きつけた時に発生した衝撃(しょうげき)を吸収した。杏は吸収したエネルギーを持った足を、葉奈子の髪で出来た壁に思いっきりぶつけたのだった。


―ズドン!


「くっ・・だばはぁ!」

 葉奈子の髪は、杏の足の接触面から波紋(はもん)の波となって、葉奈子は自身の髪から強烈(きょうれつ)な痛みとなって悶絶(もんぜつ)しかけた。(かろ)うじて意識を取り戻した葉奈子は、目の周りから赤い血管が浮き出て、腹を抱えて結構な量を吐血(とけつ)した。壁となっていた大量の髪は、吐血と共に(くず)れ落ち、ただの長い五、六メートルの髪となって地面に()れ下がったのだった。

《・・・ここは》

 いつの間にか意識を取り戻した静歌は、目の前に存在する液晶(えきしょう)テレビのような物体に凝視していた。何が何だか理解が追い付けない静歌であったが、テレビ画面が葉奈子であることは理解した。

《おい・・殺すなよ?私の体は桜様を守るため、多くの暗殺や護衛の訓練を受けてきた。もしこれ以上汚れれば・・桜様に触れられなくなってしまう・・・》

 静歌は、今置かれている状況を段々と理解していった。自分の体を杏が操っている。しかもその光景を杏の目を通して、自分がテレビ画面で見ている。この感じはまさに奇奇怪怪(ききかいかい)であり、自分の体が自分の体ではないような変な気持ちになった。

だがこれだけは分かった。自分と杏の力を合わせれば、目の前の敵は地面に()うように、倒れ、吐血するレベルに強いのだと・・・だとしたら阿木斗(あぎと)が言ったように、葉奈子を倒せば那奈子本人も死んでしまう。そんなことできない。という静歌の想いをしっかりと感じ取った杏は、余裕の気持ちで言った。

「へん!俺を()めんなって。・・・でも葉奈子の力はとんでもなくやべえ・・。本気で()らなきゃこっちが殺られる。あいつは化けもんレベルに強いんだぞ」

 杏の言う通りだ。自分達の力が強いなんて思い上がりも(はなは)だしい。相手の力量を見誤ってはいけない。油断は命取りだ。静歌は自分を(しか)った上で更に杏に問う。

《葉奈子は強いか?》

「・・・つえぇよ。でも桜や飯子に(たく)されたんだ。こんな所で(あきら)めきれるかよ!」

《そうか・・》

 杏なりの(はげ)ましは静歌の心配を一気に吹っ飛ばしたのだった。




 だが、葉奈子もまだ倒れてはいなかった。(ひざ)を付き、腹を抑える葉奈子は、じっと杏を(にら)みつけ(うら)みを込めるようにこう言った。

「『貴神奥義(かみがみ)幽夢(ゆめ)一体(いったい)』』

 その言葉を唱えた途端、(いま)だに激しく揺れる地震はピタリと止まった。だが杏は地震が止まったことを好機とは見ず、じっくりと葉奈子を観察して呟いた。

「・・・くるぞ」

《え?何が・・》

 全く流れの掴めない静歌を余所に、止まったと思っていた地震は、一気に大地震となってこの世界に襲いかかってきた。


―ドドドドドドドドド・・・!!!


葉奈子の足はみるみる内に地面の土と融合(ゆうごう)し、葉奈子の目の色が(せき)褐色(かっしょく)に変わった。葉奈子の異変に気付いた杏は、すぐさま葉奈子の足に向けて蹴りを入れようとする。が、時既に遅し。地面と足は完全に融合し、びくともしない鉄壁の大岩となっていた。

「いって!」

「もう遅い。・・・私の本当の力を見せてあげる。うぐっ」

 葉菜子は低い(うめ)き声を上げたかと思えば、葉奈子の手までもが地面から隆起(りゅうき)した土と融合した。


―ゴゴゴゴゴゴゴゴォ・・・!!!


更に葉奈子のすぐ後ろの学校が地響(じひび)きと共に砂煙(すなけむり)を上げ、葉奈子の髪はその学校の真ん中上部にある大時計をぶち抜いた。そして葉奈子は飛んだ。融合した地面の一部と一緒に飛び上がると、大時計の方に自分の髪に引っ張られる葉奈子に、杏と静歌は呆然(ぼうぜん)と眺めていた。


―ガシャン


 そして時計の中に葉奈子の体がすっぽりと入って、葉奈子は学校と合体したのだった。


「お前たちは私を怒らせた。私の遊びを!私の自由を!・・・奪わせて堪るか!」

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

 葉奈子の声は学校と合体したことで、更にドスの利いた低音に変わった。葉奈子の姿はいつの間にか学校の大時計の中に上半身をむき出しの状態で現れた。更には空全体が積乱雲のごとく、大きな竜巻(たつまき)を何個も巻き起こし、()れた空から突如として落雷まで何度も起きた。その雷は杏に狙いを定めて落ちていく。それ以外の雷は、夢の世界の至る所に穴を開けていく。そして学校の窓がバリンと割れれば、そこから(おびただ)しい数の大蛇が落雷とタッグを組んで杏に襲いかかってきた。

「これが・・・葉奈子の全力・・・・」

《どうやって勝てばいいんだ・・・》

 学校と合体した葉奈子の圧倒的力は、静歌を絶望の奥深くに(おちい)れた。雷と蛇の同時攻撃を必死に()け続ける杏は、途轍(とてつ)もない力を前にしてこう(つぶや)いた。

「まじで・・やべえ・・・」

 全ての攻撃を受けきれるわけがない。静歌の綺麗なクリーム色の髪が、()き通るほど白い素肌が、(かす)り傷、()り傷、切り傷となって、全身の体がどんどん赤く染まっていくのだった。

ちょっと休んですみません。風邪を引いてしまいました。葉奈子と杏の戦いはどんどんスケールがアップしていって、静歌が完全に置いてけぼりになってしまった。だが自分の力を信じて杏に託したのだから、今更後悔なんてしない。静歌は杏と共に葉奈子と闘い続けるのだった。・・・だがこの世界に攫われた子供達が葉奈子の呪縛から解かれ、壊れゆく世界を目の当たりにして・・・次回、杏と静歌のの孤独の戦い、始まる!

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