第24話 救出作戦 ~絶体絶命~
攫われた和樹は、那奈子に洗脳されてはいなかった。だが静歌にも考えがあった。その時、那奈子がイレギュラー排除に向かった・・・
静歌は和樹の目を見た。人が嘘をついているか確かめる時は、目が一番解りやすい。それが静歌の人生で確かなことの一つである。和樹の目は、まっすぐと逸らすことなく静歌を見ていた。そこに迷いなど、ましてや洗脳されている素振りすらなかった。
《おいおい・・どうすんだ?静歌》
焦る杏を余所に、杏の静歌はゆっくりと目を瞑った。そして一瞬で目を開けると、少年に向かってこう言った。
「私も和樹と遊びたい。混ぜてくれないか?」
《!・・・おえ!?何》
終始落ち着いて言った静歌の言葉に、杏は度肝を抜かれた。少年はというと綺麗な弧を描いた頬を見せて、「うん遊ぼう!」と元気に返事をした。
「ありがとう」
静歌は小さく笑みを浮かべて言った。静歌には何か考えがある。だからこそ目を瞑って考えていたのだ。静歌は杏に見向きもせず、少年の隙を一瞬たりとも逃さないように見つめていた。そして和樹は笑顔で手を差し伸べ、静歌はその手を繋ごうと手を差し出した。
その時。
―あなたも遊びたいの?
「!」
全身から悪寒が走った。そのナイフの様に冷たい声は聞いたことがある。そうだ。これは・・・那奈子の声!静歌は瞬時に和樹の背後に目を向けた。杏もその殺気のある声の方に目を向ける。
「あ・・・お前は・・・」
背後に立った那奈子は言った。和樹はさも後ろにいる奴に恐れることなく、振り向きもせずにニコニコ笑っていた。その背後に立っている那奈子は、ニヤリと口が裂けるほど笑っていた。だが静歌の姿を見た途端、笑った口を一瞬にして閉じたかと思えば、体からどす黒い邪気のような湯気を纏うと、腹の底からどす黒い息と共に吐き出した。
「お前のせいで全部メチャクチャになったじゃない!どうしてくれるの?」
その声はもはや那奈子の声だけではない。奥底から悪魔のような声が混じり、体を纏うどす黒い邪気に、血のような赤い邪気が加わった。すると吐き出される邪気の勢いが一気に上がったかと思えば、夢の世界は共鳴するように震度四相当の地震が起こった。
(これほどまでに強い・・前の比じゃない!)
静歌は激しく揺れる地面に根負けして、すぐさま地面に跪いた。和樹、そして別場所に隠れていた子供達は激しい地震に戦々恐々(せんせんきょうきょう)し、大声で泣き叫びながら静歌と同じ体勢で地面に跪いた。那奈子の体から溢れ出る怒りに満ちた邪気は、学校やグラウンド、さらに外側まで満たしていく。そんな中静歌は那奈子を睨みながら、今までの那奈子とどこか違うような不思議な何かを感じ取った。
(あいつの体から吐き出される黒と赤い何か。前の那奈子とは感じ方が全然違う。前は那奈子の心や記憶がしっかりと伝わっていた。でも今の那奈子は・・・全く別の・・支配欲と自尊のような・・・・)
前の那奈子は支配欲や自尊心は感じられなかった。だが・・・静歌の小さな疑惑は少しずつ大きくなっていった。そして那奈子の目を見てすぐに解った。
「お前は・・・那奈子じゃない・・・誰だ!」
静歌は地面に突っ伏したまま、腹の底からから絞り取るように言った。那奈子は静歌の言葉を聞くと、小さく嘲笑して、悪魔のような低音を混じり合わせながら吐き捨てた。
「ええ、そうよ。私は那奈子の夢の分身だった【葉奈子】。でも今は違う!もうあんな那奈子なんかいらないわ!一緒に遊ぶ?」
「いや・・この世界を・・・」
「壊させない!」
「うぐっ」
動けずにいる静歌に、葉奈子の髪が十数本の大蛇となり、静歌に向かってまっすぐ伸びた。静歌は行き着く暇もなかった。だが偶然にもその大蛇の髪は、静歌の頬を掠った。だがその掠った髪は、すぐ先の左太腿に一本、背中から尻にかけて四本、右手に一本、左腕に三本、右足に二本が貫通した。
「あああ!」
静歌は激しくのた打ち回る。だが刺さった髪は未だに槍の様に固く、貫通したまま抜けもしない。先端がそこまで太くなかったのが幸いして、貫通してもそこまで穴が大きくなることはなかった。が、痛みは大きく静歌は意識を失いかけた。だが一十三の事を思い出して必死に生にしがみ付いた。残り数本の髪は幾重にも絡みつき、遊泳しながら葉奈子の周りを漂っている。黒と赤の邪気も健在。静歌は例え地震が治まったとしても、鋭い髪の槍によって、静歌は両足の動きを封じられ立つことも出来ない。敵の前で何もできない。今まで鍛えてきたこの体をもってしても、葉奈子の前では何もかも無力なのだ。この現実に静歌の心は、悔しさと絶望に満ちようとしていた。
だがその静歌の肩に、髪の槍を避けていた杏が叫んだ。
《おい!何ボーっとしてんだバカ!》
(杏・・・でも今の私は何も・・・)
静歌は自分の肌と髪のせいでいつも人間から狙われ、そして戦い続けてきた。だが静歌の吐露は、今まで頑張って生きてきた自分の経験を全否定する形となってしまった。得体の知れない化け物の前では、静歌はただの人間であり、無力なのだ。
だが静歌は同時にこんな気持ちも生まれていた。
(だが、倒せない相手じゃない・・・)
静歌の目は、その気持ちを源に少しずつ光を取り戻していった。葉奈子はまだ絶望していない静歌に苛立ち始め、ついに本気で殺すことを決めた。これ以上時間を稼げば、自分の首を絞めることになるかもしれない。葉奈子は直感でそう思った。だがその苛立ちによって、静歌の姿が消えていたことに気が付くのが遅れてしまった。
「奴がいない!」
葉菜子の髪によってずっと地面に磔のようにされていた静歌だった。だが一瞬の葉奈子の油断を見抜いた静歌は、瞬時に葉奈子の背後に迫り、小刀を葉奈子の首筋の項に突き立てた。
「これで終わりだ。諦め」
「こんなもんで諦めるもんですか・・」
葉菜子はニヤァ・・・と後ろから憎悪に満ちた笑みを静歌に向けた途端、静歌の背後から和樹と靉寿梃弧子が、即座に二人がかりで静歌の腕を取り押さえた。子供の力とは程遠い、凄まじい力で捕まった静歌は呻く間もなく、顎から地面に叩きつけられた。そして静歌の周りを取り囲むように、他の恵美を含めた五人は和樹達に加わって、静歌の取り押さえに掛かろうとしていた。今の子供達は完全に葉奈子の手足同然、意識は完全に葉奈子に乗っ取られていた。葉奈子は静歌を見て、侮蔑の意味を込めて高笑いして叫ぶ。
「私には友達がいる。あんたみたいなボッチとは違う!」
「何を・・言っている?」
ボッチ・・・一人ぼっちという言葉が分からない静歌に対し、見ていられなくなった杏は、静歌にこう言った。
《俺なら倒せる!》
(?・・大人数だぞ?)
《俺にとってはノーって問題!》
「・・解った」
静歌は、杏が何をしようとしているのかは解らなかったが、一十三を相棒と慕っている杏に一度だけ確かめてみたくなった。杏も得体の知れない化け物の一人。だが一十三の相棒なら・・・・そう思った静歌は静かに目を閉じた。
《ありがとよ・・静歌》
杏は笑ったかと思えば、静歌の肩に溶け込むように、静歌の中に入って行った。そして静歌の意識は眠りにつき、杏は静歌の体を乗っ取ったのだった。
どんなに諦めそうな時があっても、ほんの小さな心があれば、その心は大きくなる。その心は想いに代わり、そして想いはいつしか自分を支える芯となる。静歌は絶望に直面したとしても、最後まで諦めなかった。そして杏はそんな静歌を見て、決意したのだ。協力プレイという本当の意味を・・・次回、静歌・杏で葉奈子に再戦!




