第22話 救出作戦 ~開始~
静歌(人)と杏(人外)は結託して、那奈子の夢の欠片に侵入する。その世界は橙色の夕日を背に、楽しくかくれんぼをする那奈子と攫われた子供達がいた・・・
「いーち!にー!さーん!しー!・・・・・」
「隠れるよ!みんな!」
「うん!」
「わかったわ!」
「今度は絶対隠れきるぞ!」
橙色の夕日が校舎を見下ろし、グラウンド場をオレンジ+黄土色が上手く混じり合っていた。そのグラウンド上で一番個性的な木が一本、怪獣のような針葉樹の下で彼らは遊んでいた。那奈子は楠の幹に顔を埋めて、大声で数字を百から零へ数えていく。その後ろでついさっきまで消息を絶っていた牧野恵美と靉寿梃弧子を含めた、那奈子によって攫われた子供達七人は、楽しそうに四方八方散らばって隠れ始めた。もう何回かくれんぼをしたか誰も覚えてはいない。それほど長く遊んでいたにも関わらず、時間が経過したことは一切ない。隔絶されたこの世界だけが、時間と言うルールから取り残されたかのように、平和な日々が続いていた・・・
「ここは・・・」
《これが那奈子の心の欠片からできた小さな夢の世界。》
橙色の世界は、ぼんやりと水彩画のように朧げで、今にも水一滴でも濡らせば消えてしまいそうで、静歌の心はこの世界に入ってからいつも不安そうな顔をしていた。
静歌と杏は和室で協力しようと決めた後、すぐに静歌と杏は分離した。そして一十三と飯子を置いて、杏の力で那奈子の心に『ダイブ』した。『ダイブ』とは行き来するということ。杏は一十三や静歌の時の様に、他人の心に侵入することが出来るのだ。
静歌と杏はこの空間に着いて以来ずっと、頭に靄がかかったような、朝起きた時と同じような感覚に襲われていた。
「この空間に長く居れば、この空間と共に自分達もかくれんぼをする子供達のように変わっていくのではないか?」
静歌の問いに、杏は頷いて更に言う。
《橙色の世界は那奈子以外の他者の命を吸い尽くし、吸い尽くした命を糧にこの世界はさらに大きくなっていく。早くしないと俺達の命も危ない・・・》
静歌は杏の説明を聞いた。そして理解した。この世界は自分達が現実の世界とは全く違う。一見平和な世界に見えるが、この世界そのものが那奈子であり、自分たちの戦うべき相手なのだと静歌は強く実感した。
その時。
「お兄ちゃんも遊ぶの?」
「・・え?」
いつの間にか静歌の目の前に恵美が物珍しそうに立っていた。誰かにじっくりと見られるのはもう慣れた。だが同世代の子供に隅から隅まで見られたことがなかった静歌は、今までにないほど動揺し、体が石の様に固まってしまった。
《何驚いてんだ!早くこいつらをここから出してやらねえと、もう時間が!》
杏はいつまでも固まっている静歌に怒り、そして静歌はそのお蔭で我に返った。
「解っている!」
「お兄ちゃん誰とお話してるの?」
そして杏は今妖精の体で静歌の肩に座っているが、静歌にしか見ることが出来ない。そもそも杏は人間には見えないし声も聞こえないが、今回は緊急事態で杏が自分の服の袖に『静歌』と書いて見えるようにしている。書いた名前は半日経てば消え、再び杏を視認できなくなる。一十三は杏に気に入られたため、いつまでも視認できる。
「あ・・えっと私はお姉ちゃんだ。・・・じゃなくて!早くここから出ないと!」
静歌は男と間違われたことを思い出し、恵美に訂正を求めた。だが恵美はのんびりと静歌を眺め、「あ」と何かを思いついたように言った。
「お姉ちゃん、ちょっと耳貸して?」
「?」
恵美は手招きをして、静歌の耳の所まで背伸びをして近寄った。耳元まで近寄ると、恵美は一瞬何かに乗り移ったように、瞳の色が青より濃い藍色に変わった。声も男か女かどちらでもないような、不思議な声色に代わって静歌だけに聞こえるよう小さく言った。
「今那奈子ちゃんを刺激しちゃったら、この世界が終わってしまう」
「!(この声は誰だ?)・・・だったらどうしたら」
「私達とかくれんぼしよう?」
「・・え?一体どういう」
「かくれんぼで皆がバラバラに隠れている内は、鬼の那奈子ちゃんも皆の場所が分からないはず。その隙にお姉ちゃんは皆を一人ずつ返していって?分かるでしょ杏、帰り方」
《!》
遠目でこちらを見る恵美(?)に、杏は酷く動揺していた。静歌もまさか自分しか見えないはずの杏が、恵美に暴かれていることに驚いた。すると恵美は付け加えた。
「安心して。私は那奈子ちゃんと同じ、恵美の心の中に生まれた夢の欠片【阿木斗】。でも那奈子の中にある夢の欠片は、外側からめちゃくちゃに弄ばれて、那奈子自身制御することが出来ないの。だから少しでも彼女の意に反すれば・・・」
「この世界ごと終わる・・・」
「そう。私とあなた、そして杏が協力して皆を助けるの」
杏は不意に思ったことが、静歌の口を通してつい出てしまった。
《皆って・・・杏も入ってんのか?》
恵・・阿木斗はニコリと笑って「うん」と頷いた。そういえば恵美の髪が、桃色から藍色に変わっていた。顔立ちも少し違う。これが・・阿木斗。静歌は質問した。
「何故君は那奈子に従っている?」
「だって那奈子ちゃんといると楽しいって恵美が、それに皆本当に楽しそうなんだもん。その気持ちは本当だよ。こんな大変なことになったのは那奈子ちゃんの心を見透かし、その上彼女の心を意図的に暴走させた悪い奴だ」
強い怒りの籠った声。阿木斗も怒っているのだ。
《そいつをぶっ飛ばさねえと駄目って事か・・》
「お前はそいつの正体を知っているのか?」
阿木斗は首を横に振って「知らない」と残念そうに答えた。そしてその後に「でも・・」という否定を入れ、さらに続けた。
「那奈子ちゃんの心の暴走を止める方法はある」
何故阿木斗がそれを知っているのか。那奈子の暴走は本当に止まるのか。静歌と杏、そして阿木斗の三人の戦いが、今始まる。
恵美は実は自分から作り出した、もう一人の自分である【阿木斗】の存在を秘めていた。そして阿木斗は言う。那奈子を暴走させた奴らを絶対に許さないと・・・その気持ちに共感した静歌と杏は更なる仲間と共に、那奈子に挑む・・・!次回攫われた子供たちに接近!さっき描いた『那奈子さん』イメージ図は那奈子さん第1話にあるよ!




