第21話 三人寄れば、(俺もいるぜ!)文殊後晴れ
那奈子の周りを取り囲むように激しくうねる二つの渦。その時杏はある秘策を考えていた・・・そして静歌と杏は二人向き合っていた。ある作戦のために・・・
静歌に話す前。一十三は心の中で杏と話していた。
「・・・そんなこと出来るの?」
《三十秒しか使えない。けど今思いついた。桜は他に方法があると思うか?》
「ない・・・分かった。杏、静歌をよろしくね」
《おう!任せとけ!》
杏の案を信じた一十三は、早速静歌を呼んだのだった。
「え?・・・何を・・」
静歌は、自分にここまで強気に出る一十三を見て動揺していた。一十三はそんな静歌の気持ちを知る由もなく、静歌に向かって手招きをしてた。
「こっちに来て!」
「は・・はい!」
静歌は一向に理解できない顔で、一十三に言われるまま近づいた。
「顔を近づけて?」
「!・・・はい」
静歌は恐る恐る、一十三の顔のすぐ前まで近づいていく。静歌はその時、ある情景を思い出した。
それはある戦争中の出来事であった。映画の中か、現実の出来事か。今になってはおぼろげなシーンとなっていて、どちらか分からなくなっていた。だがわずかな情報を絞り取るように思い出していくと・・・徴兵令により終わりの見えぬ戦争に身を投じる兵士の男と、それを見送る残り少ない自分の命を男に言えずにいる女の濃厚なキスシーン。それはとても衝撃的で、今でもそのシーンだけは鮮明に覚えていた。
そして今。一十三の静歌はそれに近い何かだと察したのか、静歌は若干口をタコのように突き出した。静歌にとっての初接吻になるはずだった。だが一十三は全く接吻をする気配はなく。
(唇なんか変だけど・・・まあいいや)
―ピタ
「え」
一十三と静歌は今、額と額がぴったりとくっついている状況である。そして一十三は何かを念じるようにその額に何かを送り込んでいる。静歌は一旦思考を止め、膠着状態と化していた。
「何してるの?」
飯子と那奈子の手を繋ぎながら、静歌と一十三は額を触れ合っている。一十三の不可解な行動に、飯子はようやく疑問を投げかけたのだった。だが一十三はまだ念じていている様子で、飯子の問いを無視するしかなかった。それも終わり、一十三はゆっくりと目を開けると共に、静歌から額を離すと、やっと飯子の質問に答えた。
「今から静歌が那奈子さんの中にいる、今まで那奈子さんが攫ってきた人達を助け出す。だから伊達さんは那奈子さんの説得を続けて?今赤と黒の渦が激しく畝っている今がチャンスなの」
那奈子の周りを取り囲むように円状に流れる二つの渦。寧ろ今の状況の方がよっぽど危険だ。
「どうしてチャンスなの?」
「確かに今の方が危険かもしれない。でも今この渦の大きさを私達が利用してしまえばいいと思うの。渦が大きければ大きいほど、その中にいる人たちをより多く助けられる(って杏が言っていたけど、今言えば二人を混乱させちゃうから・・)」
「何で攫われた人がこの中にいるって解るの?」
「それは・・・」
だが飯子の疑問は止まらない。一十三は更なる問いに言葉を噤んだその時。
《桜、ちょっと代わって?》
(・・うん)
まだ一十三も完全には杏の案を理解することはできなかった。異形の者を倒せるのは異形の力だけ。そして異形の中に飲まれた人を助けられるのも異形の物だけ。一十三は自分の部屋に休んで、杏が一十三の体を借りて説明を始めた。
「那奈子だけじゃこの大きな渦を一人で保つことは出来ない。しかもこんなでっかい渦を子供の体がいつまでも抑えられるわけがない。つまり他の奴の体を使って、この渦を更に成長させる器にしたんだ。そして攫われた奴ももちろん『負の感情』がある。怖かったり、怒ったり、憎んだり、悲しんだり、僻んだり・・・負の感情は子供の時の方がよっぽど大きくて、那奈子にとっては大好物らしい。それによってこいつの渦もさらに成長して、もっと器が欲しくなる。それの繰り返しなんだ」
長い説明だったが、飯子は最後まで聞いた。そして最後の疑問を出した。
「何でそんなことが分かるの?」
「!・・ごめん。まだ色々と言えねえんだ」
「分かった。あんたがさくちゃんを守ってるってことが分かれば、私は満足だから」
「え!・・・」
何で桜じゃないってバレた?と驚く杏に飯子がクスッと笑って急かした。
「時間ないって言ってなかった?早くしないと」
「お、おう」
飯子の勘はヤバイ。そう察した杏と一十三だった。
そして杏は、急いで静歌の心へダイブしたのだった。
そして杏は一十三の時の様に、海に漂う全裸の静歌に向かって叫んだ。
《おい静歌!》
(お前は!?・・誰だ?)
杏の気配を感じた静歌は、危機を察したかと思えば、突然海水が一気に静歌に集まるように凝縮され、大量にあった水は一つの部屋へと変わっていった。下は畳、壁は全て障子(木枠に和紙を貼り巡らせた)、天井は木製の板、灯りは障子の時の様に和紙を貼ったことで、より幽玄な空間を醸し出している。ここは現実の世界のように、木特有の薫りが全方向から鼻に入ってくる。そして静歌はというと、点々と湖に漂う椿の花々、その花を掻き乱すように竜が大きく波打つ姿を描いた紫色の着物を羽織って、座布団の上でちょこんと正座していた。そして目の前に相対するは、座布団の上で胡坐を掻いている手のひらサイズの羽の生えた女の子。眉毛が濃く、ポニーテールで白い鉢巻を巻いた、桃太郎のような着物を羽織った少女は、地面を手のひらで激しく叩くとこう切り出した。
《時間がねえから手短に話すぞ》
「いや、だから何が何だか・・・」
混乱と混乱が掛け算となって脳をかき乱している状態の静歌に、杏が喝を入れた。
《かぁつ!》
「!」
耳が一瞬キーンッとなったが、乱れた脳が一気に解けていった。
《話していいか?》
「ああ。頼む」
《俺たちは今からあの渦に飛び込んで、その中にいる奴らを全員助け出す》
「・・・攫われた人たちか!」
静歌はすっかり最初の頃の冷静な静歌に戻って、杏の説明を聞いていた。
《そうだ。俺が攫われている奴の場所を教えるから、お前は攫われた奴を縛っている黒と赤色の縄を解いてくれ》
「縛られているのか?」
《多分・・》
「分かった」
静歌は今自分が置かれている状況が、ゆっくりと説明できる時間もないことを察したのか、杏の案に文句なしで即決した。
《じゃあ行くぞ!》
「最後に一つ」
だが静歌にとって最後の蟠りが残っていた。杏ももしその質問で、さっきの案が却下された場合を考えて《いいぞ》と言った。
「桜様とお前の関係」
《!・・・》
「何だ!はっきり言え!」
まさかそんなことか。と杏は安堵と落胆を合わせたような気持になったが、必死に迫る静歌の気迫に負けて嘘なく答えた。
《うーんと・・・・・相棒・・じゃね?》
「ふん」と静歌は自信たっぷりに腕を組み、杏を睨みつけた。杏にとっては訳が分からない。
「なら私は桜様の友達でありボディガードだ」
《それが・・どうした?》
「私の方が桜様の関係が多いということだ!」
《・・???》
静歌の謎の納得に、杏は全く以て訳が分からなかったが、どちらにせよ静歌が協力してくれるということが分かったのだから良いとしよう、と無理やり納得させた杏であった。
ちょっと長くなった。けど静歌と一十三、杏と飯子、静歌と杏の三つの会話の入った濃厚な21話は、まあ長くなっても仕方ない。そしてもしこの話で杏の案が分からなかったら、もう少し先の話を見たら分かるだろう。もしそれでも分からなかったら、本気で私の説明能力のなさに泣くだけだ。もう一度21話を読んで書き直していく可能性大!そして杏の考えた作戦が次回、動き出す!




