第19話 一十三と那奈子
那奈子の分身達に意識を一時的に持って行かれた一十三。だが気付くとそこは那奈子の夢の中だった。そして【リッサー】と呼ばれる少女とその母は、ゆっくりと話し始めたのだった・・・
「え・・?」
飯子は薄れゆく意識の中、声のする方へ振り向いた。一十三は今顔以外体全てを飲みこまれながらも、必死で意識を保っていた。
「さくちゃん・・・もう・・だめだよ」
「まだ・・だめ・・・・・!」
飯子は初めて弱気になった。だが一十三は一心不乱に自分の意識をこちら側まで引っ張っている。那奈子の分身が自分を埋め尽くそうとする中、杏は意識を失い、全ての体を分身に取り込まれていた。だが一十三は杏の手を握ることで、那奈子の分身達の作り上げた『ブラックボール』から杏を守っていた。一十三は『ブラックホール』を一目見た時に理解した。際限のない夢現の広さを持った黒の深淵。掃除機の様にずっと杏と一十三を吸い込もうと、凄まじい力で引き寄せていく。少しでも分身に身を任せれば、『ブラックホール』に吸い込まれることになる一十三は、もう無我夢中で脳をフル回転させた。何でもいいから何か考えなければ・・・そんな中、一十三は『ブラックホール』から那奈子の心が伝わってきた。
「女王になれるなら、お母さんみたいになりたい」
「ダメよ、リッサー。勉強ばかりで辛いだけ」
これは・・・那奈子の記憶・・?でもリッサーって・・・
「でも皆に女王になって欲しいって・・・」
「皆は皆、あなたはあなたよ。きっと後悔するわよ」
「・・・お母さんは女王になって楽しい?」
「うーん・・楽しい事よりも辛い事の方が多いかな。遊んだことなんてなかったから、友達もいなかった」
リッサーは四才くらいだろうか?そしてリッサーと一緒に大きなベッドで寝そべっている人は・・リッサーのお母さん。でもお母さんの顔は窶れ、体は痩せ細って、とても健康とは言えない。
「友達?遊んだ?・・何それ?」
「それはね、今のあなたにはきっと大切なことなのよ。でもあなたを宿したこと、あなたと過ごしたこの女王という人生もなかなか捨てたもんじゃなかったわね」
でもお母さんはリッサーの頭を優しく撫でて、リッサーを見る目はとても優しく見えた。
「私のお蔭?」
「うん!あなたも子供、育ててみたくなるかもね?」
「えー?お母さんになるの大変そう」
「実際大変よ。でもお母さんになる前に遊びを覚えることね」
「また遊び?」
目をまん丸くしてお母さんを見るリッサーに、お母さんはすぐ傍に置いてあった、絵本のような大きな本を取ると、リッサーに本の表紙を見せた。
「この本が良いかな?」
「『いろんな遊び』・・・?何これ」
「これを覚えておけば、友達が増えても困らないわ。私は結局作れなかったけど」
リッサーのお母さんは女王のお仕事が忙しすぎたのだろうか。過労が外見まで影響を及ぼしていた。そして幼少の頃から女王のための教育を、教師と二人きりで朝から晩まで休みなしでやっていたことで、友達を作る時間なんてなかった。だからこそ自分の子供には友達を作ってほしかった。女王なんてやってほしくはなかったのが、お母さんの本心なのである。
お母さんはほんの目次を飛ばして、最初の遊びのページを捲った。
「へえ・・・かくれんぼってなあに?」
「鬼役の子が隠れている子供たちを捕まえて閉じ込めちゃう遊び」
「何それ怖い」
「まあ確かに怖いわね。・・・でもその鬼さんも友達が欲しかったのかもしれないわよ」
鬼の気持ちを今一度考えたお母さんの答えに、リッサーは頭を傾げた。
「どういうこと?」
「でも友達の作り方が分からなくて、捕まえることしかできなかったのかもね」
「鬼さん・・可哀想」
「でも友達の作り方って、言ってしまえば簡単なことよ?」
「友達いないのに?」
「ふふーん。ちゃんとおばあ様に教えてもらったんだから♪」
「それで、なあに?」
自慢げに鼻歌を鳴らすお母さんを、リッサーは頬を赤く膨らませて問い質した。その時お母さんとリッサーは向き合った。お母さんはリッサーの頬を包み込むように触れると、笑顔でこう言った。
「目と目を合わせてこういうの」
『一緒に遊ぼ?ってね』
飯子と一十三は同時に目が覚めた。すると、ブラックホールの中心に苦しむ那奈子の姿がそこにはあった。飯子と一十三は目を合わせて頷く。リッサーは那奈子だ。そう二人は確信した。そしてブラックホールに身を任せ、ブラックホールの中心部分まで吸い込まれた。その時、飯子は那奈子にこう叫んだ。
「一緒に遊ぼ?」
一十三は今那奈子の目が開いたような気がした。
丁度その頃、現実で那奈子に異変が起きていた。
「うぐ・・・・何!?何故那奈子が起きた?」
飯子と一十三も一気に現実世界に引き戻された。だが今の那奈子を見て、二人は今まで諦めなくてよかったと実感した。飯子は那奈子に急接近し、那奈子の肩を強く揺すった。今飯子と一十三の周りに分身はもう消え去っていたのだった。
「那奈子ちゃん。起きたんでしょ?」
「那奈子さん。目を覚まして?」
「う・・止めろ・・・・」
那奈子は抵抗しようも、飯子と一十三の二対一では対抗できない。そして今の那奈子は分身が出せないほど、心も体も不安定になっていた。
「那奈子さん。伊達さんが待ってるよ?伊達さんと私と・・・静歌!こっち来て?」
「え・・・はい」
何故突然二人の分身が解けたのか。何故二人は驚きもせずに、突然苦しみだした那奈子に問いかけているのか、まるで理解が出来なかった。だが静歌は一十三の命令に従った。
「でも何を言ったらいいのか・・・」
「だから!・・ごにょごにょ」
静歌の耳に、こそばゆい一十三の声が響いた。
「本当にそれでいいんですか?」
「うん。静歌ちゃん、伊達ちゃん一緒に言うよ」
「うん」
「うん」
今の一十三はとても強い。静歌はそう確信した。
そして三人は一斉に那奈子に向かってこう言った。
「「「一緒に遊ぼ?」」」
母にとって女王の人生はとても多忙で辛いことが多かった。だからこそわが子にはそんな想いはしてほしくはなかったのだろう。だが現実の女王は実際どんな仕事をしていたのかは私自身は全く窺いしれないこと。ダイラグナ帝国の女王ではほとんどの仕事を女王に任せ、部下は適当に仕事を済ませる最悪な社会であった。だからこそ女王は代々ストレスや仕事を分けるために『分身』という能力を自力で得たのかもしれない。そして那奈子との戦いもいよいよ終わる・・・だが、那奈子の体に突如異変が・・・!




