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第9話 冒険者は戦う

 なんで戻ってきたのか。

 正直自分でもよくわかってない。

 紅狼の姿を視認したときには、すでに俺の足は動いていたのだ。


 以前と同じことの繰り返しになる?

 それとも、もしかしたら違うかもしれない?

 そんな曖昧な気持ち、ではないような気がする。

 俺は。

 俺の中にあるそれに基づいて、ここにいる。


 だから。

 せっかくここにいるのだから。

 このまま爺さんが無駄死にするのを、黙って見ているわけにはいかなかった。




「風よ」


 俺の振る短剣から、強風が生まれる。

 風は爺さんとラージュを吹き飛ばした。直後、その場に炎が上がる。


 転がっていった爺さんとラージュが止まる。

 爺さんが頭を押さえながら立ち上がった。


「何をする? 手出しすれば、ヌシの命も危険じゃぞ……」


「薄々わかってんだろ爺さん。このままだと間違いなく街は焼かれる」


「む……」


 俺は紅狼のボスを真っ直ぐに見据える。

 ボスは俺に鋭い視線を返してきた。


「……我が約束を違えると?」


「あんたは守るだろうさ。だが、後ろに控えてる連中はそうとは限らない。

 あれだけ全身の毛を逆立てといて、今更落ち着けと言ったところで聞きはしないだろ?」


「…………」


「結局は頭を冷やすための何かが必要だ。

 お前らの子供は返した。でもそれだけじゃ怒りはおさまらない。

 だから、お前らの流儀にのっとってやるよ」


 俺の言葉に、爺さんが息を漏らす。


「ヌシ……まさか紅狼と戦う気か?」


「それ以外にこいつらを止める方法なんてないからな。

 今ならまだ目の前のボスを殺って力を示すだけで済む。後ろの連中もまとめて、なんてなったら、さすがにどうしようもないけどな」


「馬鹿な……紅狼はAランクのなかでも上に位置する、災害級の魔獣じゃぞ!?」


「わかってるよ。だから爺さん、あんたは皆をちゃんと避難させてくれよ?

 巻き込まれて死んでも、俺は責任持てないぜ」


「…………」


 爺さんは逡巡するものの、俺の言うことを信じてはくれたのか避難の指示を飛ばしてくれた。

 今はそれしかできることがないとも言えるだろうが。


 周囲の人たちが、バラバラに後ろへと下がっていく。

 紅狼の姿を見てほとんどの人がすでに逃げていたから、避難もスムーズだった。

 衛兵や残っていた冒険者が何度か振り返るが、結局は爺さんの指示にしたがって離れていった。


 俺は短剣を右手に持ったまま、左の掌を上に向け2、3回指を曲げた。


「待たせたな。それじゃ来いよ。今日から俺が、お前らのボスになってやる」


「正気か? 人の身で我と戦うなど……」


「宣言はしたぜ? ……マインド・ウインド!!」


 俺は魔力を込めて短剣を振る。

 短剣から生まれた剣圧が風の刃となり飛翔する。

 風刃はボスへ向けて疾り、


「焔よ」


 目前で上がった炎に焼かれた。

 ボスは俺を見たまま、その場から動こうとしない。


「さすが紅狼……でも、余裕こいてていいのか?」


「ぬ?」


 ボスの足元がぐらつく。四本の足下には風の竜巻が生まれていた。

 最初に唱えた魔法の効果はこれだ。風刃は単純に短剣に魔力を込めたことによる効果だった。

 これでボスの移動はある程度阻害できる。


 俺は地を蹴り、ボスへと走る。右側へと走り、脇を抜ける際に3発の風刃を飛ばす。


「……焔よ!」


 ボスは3発ともすべて燃やし尽くす。

 しかし、足元の風の影響でうまく踏ん張ることができず、俺を追う動きは鈍い。


「ファイアー・ボール!!」


 後ろへと回り込みながら、俺はボスへと魔法を放つ。

 火球がボスの顔面に命中し爆裂するが、


「ふ……我に炎が効くものか……」


 小馬鹿にするように、ボスが呟く。

 魔法は確かに命中したが、ダメージを与えるどころか、その痕跡すら見当たらなかった。

 だが、効果は十分だ。


 めくらましが消えたとき、既に俺はボスの眼前に飛翔していた。

 短剣を振り、ボスの右目を風刃で潰す。


「グァアア!!!!」


 ボスが顔を振り、俺は吹き飛ばされる。

 ボスは目を閉じるが、すぐに両目を見開いた。

 直後、着地したばかりの俺はよけることもできずに全身が炎に包まれる。


「マインド・ウォーター」


 俺は水を生み出して全身にかぶった。

 激しい痛みがいたるところに生じる。

 しかし、多少火傷は負ったものの、動けないほどではない。


「……まったく、だから余裕こいてていいのかって言っただろ?」


 俺は懐からすぐにポーションを取り出して一気飲みする。

 重傷ではなかったため、見る間に全身の火傷が回復していった。


 ……うむ、相変わらず糞不味いな。


 ぺっと唾を吐き捨て、俺はボスを睨みつける。


「いい加減本気でこいよ? それともこのまま死ぬか? そんな無様な戦いで、お前らの同胞が俺をボスだと納得してくれりゃいいんだけどな」

 

「人間…………調子に乗るなよ」


 ボスが斬られた右目を閉じて唸った。

 魔獣の唸りは、人でいう詠唱と同じだ。


 あ、ヤバイ、これはでかいの来ますわ。


 俺は周囲を見回す。付近にはだれもいないことに安堵した。


「焔よ!!!」


 紅狼が吼える。

 俺どころか周囲一帯を炎が覆い尽くす。

 周辺の草木が一瞬で燃えさかり、炎の柱は高く高く舞い上がった。


「…………やりすぎたか。

 傷をつけられてむきになってしまうとは、我も未熟だな」


 炎が舞う中、ボスは平然と立っていた。


「……この炎が我が同胞の怒りを多少なりとも鎮めるか…………とすると、奴はわざと我を挑発した?

 だとすれば、人間という矮小な存在でありながらその覚悟、見事なものだな……」


 ボスが遠い目をし始めたので、さすがに俺は黙っているわけにはいかなくなった。

 この炎がちょうどいいめくらましになってくれてることだしな。


「勝手に感心しているところ悪いが、そろそろ続きを始めてもいいか?」


「なに!?」


 驚愕するボス。


「貴様、なぜ生きている!?」


「そりゃあんたと同じだよ。火に耐性があるだけさ」


「馬鹿な!? 我が焔に耐えられる人間などいるはずがない!?

 現に先ほどは確かに我の焔で火傷を負っていたはず…………」 


 ボスの言葉が途中で途切れる。

 炎の中でも、俺の姿が目に入ったのだろう。


「……貴様…………まさか……?」


 ボスは、俺の頭上に生えたヤギのように曲がった2本の角を食い入るように見る。


「どうもはじめまして。弱小魔族です」


 俺は慇懃に礼をした。

 ボスは大層困惑していた。


「魔族、だと? ……しかし、お前のその魔力…………魔族というには、あまりに脆弱すぎる……」 


「だから言ってるだろ。俺は、半端ものなんだよ。弱すぎて、弱肉強食の魔族領で生きることはできなかった」


 さて、ここでクソッタレな思い出話に花を咲かせたくなるが、ぐっとこらえる。時間がないのだ。俺の魔法の効果が切れる前に、とっとと決着をつけるとしよう。


「じゃあ、もう逝け」


 俺はあっという間にボスへと接近する。

 間近に迫った俺に、ボスは反応できずにいた。

 俺は跳躍して、ボスの腹に拳を叩き込む。


「…………カハッ!?」

 

 ボスの身体が浮き上がる。

 俺はそのままボスに連続で拳を打ち込み続けて、回し蹴りを入れて吹き飛ばす。


「仕舞いだ」


 空中に飛ばされたボスへ向かって、俺は地を蹴り一直線に飛翔した。


「…………焔よ!!!」


 ボスが生み出した炎が直撃するが、俺は完全に無視して炎を抜けボスの眼前に接近した。


「グァァアアアアア!!!!」


 ボスが身体振り、尻尾による打撃が俺を襲った。

 まともに直撃して俺は地面へと叩きつけられる。


「……炎はめくらましかよ。同じことをやり返されるとは、学習能力高いじゃねぇか」


 ぼっこりへこんだ地面から俺は起き上がる。

 ボスは着地して俺を警戒するように見ていた。


「…………貴様、単なる魔族ではないな……」


「ただの魔族だよ。初歩の魔法しか使えない、落ちこぼれのなりそこないだ」


「その強さ、頑強さはなんなのだ…………」


「魔力のなさに加えて、俺はもともとの力も弱いんだけど…………これが俺の唯一のまともな魔法」


 俺は右手で心臓を叩く。


「ビート・ヒート……俺の身体能力を極限まで引き上げる魔法だ」


 俺は再度ボスへと接近する。

 ボスは、動かなかった。

 俺の拳がボスの前足に突き刺さる。俺は拳を引き抜き、真上に飛んだ

 ボスの頭の上へと着地するが、ボスはやはり動かない。


「抵抗しないのか?」


「我の焔も打撃も通じぬ相手に、何をするというのだ。

 ……殺れ。後に貴様が群れを率いるがいい」


「群れはいらないんだがなぁ」


 俺は愚痴をこぼすように言って拳を振り上げ……ボスの頭から跳んだ。


 俺は地に転がったそいつを拾い上げて、すぐに離脱する。

 そこに舞っている炎は俺やボスがいた空間に比べればわずかであったが、人を殺すには十分な勢いだった。


「馬鹿か! なんでこんなところに残ってる!? 死にたいのかよ!!」


 俺は肩に担いだ男、ラージュを地面に転がした。ところどころ火傷を追っているようだが命に別状はなさそうだ。


「…………ひぃ……ば、ばば……化け物………………」


 紅狼の子どもをさらってきた男は、尻を地面につけたまま俺から後ずさった。


 ちっ。腰が抜けてやがったのか。樹に隠れてて、こいつがいることに気付かなかった。


「お前、何回やらかす気だよ……」


 俺は自分のミスを棚にあげて男を非難した。

 男は言葉にならない悲鳴を上げた。顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃだ。


 かろうじて糞尿を漏らしていないのは、最後に残った冒険者としての誇りかね。

 しかし困った。やっちまった。


「…………形勢が変わったようだな」


 背後にいるボスに、俺は振り返る。

 ボスの右足にあいた傷も、斬られた目の傷もすでに塞がっていた。大した回復力だ。


「だから言ったろ。俺は、弱いって。

 唯一のまともな魔法すら、魔力が少なすぎて短時間で効果が切れちまう」


 俺は2本の角を生やしたまま、魔族のなりそこないと成り果てた。

 身体を被っていたビート・ヒートの効果は切れている。

 本来ならもう少し長時間持ちそうなんだが、紅狼相手ではプレッシャーが違うらしい。いつもより魔力の消耗が激しかった。

 もはや今の俺はただの人間と変わらない。


 ボスが目を見開く。

 俺はその場から転がるが、舞い上がる炎を避けきることはできなかった。

 すぐに立ち上がろうとするが、右足に痛みがあり膝をついてしまう。炎に焼かれたようだ。

 膝をついたままでいると、右腕にも鈍い痛みがあった。こっちはかなりひどい。正直、どれだけ負傷しているのか見たくないが、覚悟を決めて確認する。

 焼けて黒ずんでいる。見なけりゃよかった。意識して明らかに痛みが増してきた。


「はは、魔法が切れれば、このザマだよ」


 敵を前に自嘲してしまう。

 この身体強化魔法が唯一俺を魔族たらしめている。だが、俺自身の魔力が少なすぎて短時間しかもたない。

 そこら中に敵が溢れてる魔族領で、それは致命的な隙だった。そんな状態で生きていくことなどできるわけがなかった。


 もはや今の俺には、2本の角を隠すための人化する魔力すら残っていない。


「なぜ、我を殺さなかった?」


「そこの馬鹿助けたの見てなかったのかよ?

 のん気してたら時間切れだよ」


 ……まぁ、もともとこの魔法でボスを殺す気もなかったけどな。

 奴を殺しても、他の紅狼が暴れ出したら俺では手に負えないのだ。全員を殺しきるにはどうしても時間が足りない。

 ボスをボコボコに蹂躙して、全員退かせようと思っていたのだが非常に見通しが甘かった。盗賊を相手にするのとは訳が違うね。


「なぜ、その者を助けた?」


「…………」


 ボスの問いに俺は答えられなかった。


 なぜ? そうだな、なんでだろうな。


「見えたときには身体が動いちまったんだ。なぜも何もないな」


「それは貴様の家族か? 友人か?」


「いや、冒険者仲間ではあるけど、取り立てて話したこともない。顔を知ってるだけだよ」


「そうか……」


 ボスがそれきり黙り込む。何か考え事をしているようだった。


 一体なんだってんだこいつ……。

 にしても動きが読めないのは困るな。


 俺は、何度も脈打ち酷使ししすぎた心臓を左の拳で胸の上からトントンと軽く叩く。

 魔力はほとんど残ってないが、自爆呪文程度ならまだ使えた。


 だが、道連れにするなら、紅狼すべてでなくては意味がない。俺の自爆呪文はあまり範囲効果が広くないのだ。

 幸いこの場にいる人間はラージュだけだ。あいつであれば、たとえ巻き込んだところで俺の心は痛まない。

 どうにかあのボスを、後ろに控えている紅狼のところまで誘導できればいいんだが……。


 俺がどうすればいいか悩んでいると、想定外のことが起こった。


「もうやめてよ!!!」


 俺とボスの前に走り込んできたそれが、なんなのかわからなかった。脳が認識を拒否したと言っていい。


「もう十分でしょ!? この人は関係ないじゃない!!! もう傷つけないでよ!!!」


 紅狼のボスに啖呵を切るなど正気ではない。

 冒険者であろうが衛兵であろうが、そんなことをできる人間がどれだけいるだろう。

 ましてや、ただの子どもにそんなことができるはずなどなかった。


「この人はこの街の人じゃないんだよ!! だからあなたが殺す意味なんてないでしょ!?

 もうやめてよ!!! お願いだから、もうやめて!!!」


 ボスに懇願しているのは、ノノだった。

 膝を付く俺の前に出て、小さな身体をめいいっぱい大きく見せるように、両手を広げ立っていた。

 トレードマークのまとめられた黒髪が、ノノが叫ぶたびに馬の尻尾のように揺れていた。

 ノノの暴挙に、俺は呆然とすることしかできなかった。


「それは人ではない。魔族だ」


「わかってるよ!!! 角生えてるんだから見ればわかるよ!!!!」


「人が、魔族をかばうのか?」


「なによ!! 悪い!?」


「恐ろしくはないのか? その者の力は、一時的とはいえ我をも遥かに凌駕する」


「あなた馬鹿じゃないの!?」


 俺はノノの背中を見ていた。

 だから、気づくのが遅れた。


「怖いに決まってるでしょ!? 魔族だよ!? 強くて残忍で、すぐ人を襲って殺す!! 魔族同士でだって殺し合う!!

 今だって炎に巻かれても平気だったし、あなたを殴り飛ばしてたし!!! そんなの怖くないわけないでしょ!!!!」


「……ならば、なぜお前は我と対峙している? その者の前にいる? なぜその者をかばう?」


「だってこの人はグーさんだもん!! 私の家族だもん!! 放っておけるわけないでしょ!!!」


 ノノの肩は震えていた。

 ノノは、泣いていた。


 ボスは何を考えているのか、ノノを興味深そうに見ていた。

 

「……魔族が家族だと?」


「そうよ!! グーさんが来て、ウチは賑やかになった!!

 母さんがすっごく楽しそうに笑うようになった!!! 前はたまに寂しそうにしてることもあったのに、今はそんなの見たことないもん!!! 毎日元気すぎて、むしろちょっと困るくらいだよ!!!!

 私だって楽しかった!!! 仕事は大変だし、母さんはからかってくるし、グーさんは無神経だけど、ずっとこんな日が続けばいいと思ってた!!! グーさんだってきっとそうだった!!!!

 それなら…………それなら…………」


 ノノが袖で顔をこする。  


「それなら、私たちはもう家族だよ!!! 家族が殺されそうになってるのに、黙って見てる奴なんていないよ!!!!

 なんだよ!! 文句あるか!? あるなら言えよ!!! 言ってみろよこのぉ!!!

 ……うううぅぅ馬鹿ああぁぁあああああああああああああああ!!!!!」


 完全に逆切れしているノノに、しかしボスは興味深そうな姿勢を崩さなかった。


 俺は、今更ながら事態のヤバさを自覚して立ち上がる。

 右足が痛むがそんなことに構ってられる場合ではない。


「馬鹿! 何しにきたんだお前!!」


 俺はノノの肩を掴んで下がらせる。

 と、ノノが逆に俺の襟をつかんできた。


「なによ!! 馬鹿はグーさんでしょ!? こんなところで何してるんだよ!!?」


「な、なにって……」


「グーさんが出てって、ウチは火が消えたようだよ!!

 母さんなんかね、涙ぐんでたんだよ! あの母さんがだよ!?

 私は生まれてから一度だってね、母さんが泣いてる姿なんて見たことなかったよ!!!

 一体だれのせいだと思ってるんだよ、馬鹿ぁ!!!」


「……だれのせいって……イーリャさんが?」


 そりゃ……何かの間違いだろ?

 あの人のタフさとか絶対普通じゃないだろ?

 だいたい別れるときだって……全然平気そうだったじゃねぇかよ。


「なんだよ!! ウチはそんなに居心地悪かったの!?

 こんなぱっと出ていくほど、母さんや私は軽い存在なの!!?」


「い、いや……俺は……」


「違うなら、なんで行っちゃうんだよ!! なんで置いてくんだよぉ!!!

 私は!!! 私は!! …………私はぁ……」


 ガンガンと、ノノは俺の襟をつかみながら胸に頭突きをしてくる。

 弱々しくなっていく衝撃に、俺はどうすることもできなかった。


「私は、嫌だよ。寂しいよ……グーさんいないと、楽しくない。つまんないよ。

 王都になんて、行かないでよ。ずっとここにいてよ……そばにいてよ」


「……ノノ」


 ぐずるノノの肩に手を置いた。


「……ノノ、俺は……俺はな、魔族なんだよ。

 人にとっちゃぁ魔物と同じだろ。忌み嫌われる種族で……」


「それがなんだよぉ!!」


 ノノが顔を上げて、俺と真正面から視線を合わせる。

 潤んだ瞳とは思えないほど、強い意志を宿していた。


「魔族とか、何も関係ない!!

 もしもそんなくだらない理由で出ていくって言うなら、絶対許さない!!

 2、30発なんかじゃ許さない!! いつまでだって殴ってやるからな!!!」


「…………」 


「グーさんはグーさんでしょ!? だったら……だったらぁ…………だったらさぁ…………ぅぅううう」


 ノノが再度俺の胸に頭突きをしてきた。

 と、背中に手を回されて、がっちり固められた。


 …………。


 ノノはぐずりながらも、俺を離そうとはしなかった。


「……話は終わったか?」


 はっ!?


 俺が顔を上げると、そこには相変わらず紅狼のボスがいた。

 何こいつ? まさか律儀に待っててくれたの? どんだけ付き合いいいんだよ!?


「して、お前はどうすのだ? この街を離れるのか?」


「な、なんでお前がそんなこと聞くんだよ!?」


「興味がある。魔族の答えにな」


 野次馬根性かよ!? こいつ意外と俗っぽいのか!? 


 俺がボスを睨みつけると、奴は飄々とした感じで俺を睥睨した。


「して、どうするのだ? 街を出るか?」


 ボスの問いかけに俺は少しだけ躊躇うが、


「…………これで出たら、それこそ魔族の中の魔族になっちまうよ」


「ほう?」


「ノノ、離れてろ」


 俺はノノを少々乱暴に引きはがす。がっつりくっついてきてたから、力任せにやらなければどうにもならなかった。


「……グーさん?」


「勝手に出てって、悪かったよ。ありゃ撤回する」


 俺は左手で短剣を抜いて、ボスに向かって真っ直ぐに構えた。


「今はさっさとこいつをぶっ倒す。ちっと危ねぇから、ノノは離れてろ」


「グーさん、じゃあ……」


 ノノの口がゆっくりと広がっていく。ようやく笑ってくれた。

 

「イーリャさんのことだ。きっちり明日の仕込みはやってるだろうよ。

 俺はとっとと帰ってポーション作らなけりゃ、また品切れで客に文句言われちまう」


「……へへ。そうだね! 私も、お店の掃除しなきゃ!」


 ノノが元気よく後ろへと駆けていく。

 と、その足が止まる。


「って、そもそもグーさん、その狼さんに勝てるの!? 無理じゃない!?」


「……気づいてしまったか。勢いで誤魔化したんだがなぁ」

 

「いや誤魔化されないよ!? 逃げようよ!?」


「馬鹿だなぁ、ノノ。紅狼相手にただの人間が逃げられるわけないだろ? こいつらめっちゃ足速いんだからな」


「えええ!? じゃあどうするのさ!?

 もしかして、何か起死回生の秘策が……」


「そこは気合だろ」


「うわあああああ!? ノープランだこの人!? ダメだああああああ、この人グーさんだったああああ!!!」

 

 パニックって頭を抱えるノノ。

 何気に失礼なこと言われた気がしたが、今は緊急事態だしスルーしてやろう。


「っつーわけで、大変待たせて申し訳なかったな」


 俺は痛む右手で懐からポーションを取り出して、さくっと一気飲みする。

 完全回復とはいかない、しかし痛みさえ我慢すれば戦えないことはない。

 ポーションは相変わらず糞不味い。けど、おかげで目が覚めた。


 唾を吐き捨て、俺は獰猛にボスを睨みつける。


「そろそろ第二戦といこうじゃねぇか」


 さっきまで自爆する気満々だったが、今はそんなこと微塵も考えていない。

 どうやったらこいつに勝てるかなど、想像もつかない。魔力はほとんど空だし弱い魔法を使うことはおろか、短剣による風刃だって出せるか怪しい。


 だが、そんなこと知るか。

 もう俺に、目の前のこいつを打ち負かす以外の選択肢はない。


 そうだ、簡単だ。

 信頼できずに、迷って、おそれて、逃げ出して、後悔する。容易にそんなひとつの未来が想像できる。

 そんなことで苦しむことに比べたら、今目の前のこいつを倒す程度、まったくわけねぇ、大したことねぇ!


 俺は腰を落とし、ボスの動きに注視する。

 今の俺では先制を取り続けることなどできはしない。ボスは俺を取るに足らないとは思っていても侮りはしないだろう。

 俺は少しでもボスの動きを読み、隙をついて攻撃を叩き込むしかない。


 ボスが一瞬口角をあげて、鷹揚に告げた。


「断る」


「けっ、そう簡単にやられると…………は?」


「我らは戻る。人間に伝えておけ。次はないとな」


「……え? え?」


 俺が呆気にとられてるうちに、紅狼のボスは振り返って悠然と歩きだした。

 群れに合流して、他の紅狼たちもボスの後を歩き出す。

 よく見ると、ちっこい子どもの紅狼もちょこちょこと群れの中で走るように歩いていった。

 それきり紅狼たちはこちらを一度も振り返ることはなかった。


 紅狼たちの姿が十分に小さくなってから、俺は短剣を腰に戻した。


「…………どういうことだよ?」


「……さぁ?」


 俺の呟きに、隣に来ていたノノも疑問をこぼして、


「まさか本当に退かせてしまうとはのう…………驚いたわい……」


 ジジイが、街の方から歩いてきた。

 見ると、結構な人数が少し離れたところにこちらの様子をうかがうように立っていた。


「グラーニア」


「っと!?」


 目の前に飛んできた瓶を俺は反射的に受け取る。

 投げたのは武器屋の殺し屋店長だった。


「飲んどけ。見てるだけで痛いぞ、その腕」


「お、おぉ。さんきゅ……」


 蓋を開けて俺は一気飲みする。

 見る間に俺の火傷が回復していく。


 こりゃ、レア・ポーションか? 随分な高級品持ってんな……。


「それにしてもグラーニア、お前、それはしまえないのか?」


 店長が指したのは、俺の頭上に生えた2本の角だった。


「あ、いや……こりゃあ…………その…………」


 言い訳のきかない状況に俺は焦った。

 ノノが慌てて俺の前に回ってくる。


「こ、これは、なんでもないの! あれよ!! ただのオシャレだから!! グーさんは変わった趣味なだけだから!!

 この人、魔族に憧れる痛い人なの!!!」


 ひどい言い訳だが、この状況では突っ込むわけにもいかない。

 

 俺はどうしたもんかと頭を悩ませたが、店長は呆れたように笑った。


「まったく、いい年して何やってるんだお前は」


「……え?」


 頭をかいていた店長がニヤリと笑って、ジジイの方に向く。


「なぁ、ギルマス。グラーニアは本当にしょうがない奴だな!

 まるで魔族のような角を付けて、そんなハッタリで紅狼をなんとかしようとするなんてな!!

 幸い、偶然通りかかった旅の冒険者が紅狼たちをなんとかしてくれたからよかったものの、一歩間違えれば死んでいてもおかしくなかったぞ!!」


 あまりにもな嘘八百な上、説明臭い台詞に、遠巻きに様子をうかがっていた街の人たちは反応できずにいた。

 しかし、そんなアホくさい話をジジイが引き継いだ。


「まったくじゃな!

 ノノのような娘に庇われる魔族がどこにいるというんじゃ!?

 ワシは呆れてモノも言えんわ!!」


 ノノと俺が思わず顔を見合わせた。


「だれぞ知らぬ旅人であったが、感謝しよう!!

 じゃが立ち去ってしまったものは仕方がない!!

 なぁに、なんぞここにいられぬ理由でもあるのじゃろう!!

 ならばワシらはあえて深く探る必要もあるまいよ!!」


「そうだな!!

 俺たちは、ただ紅狼の群れが街に迫ったにも関わらず、こうして無事何事もなかったことに感謝すればいいだけだ!!」


 店長が、街の人たちをぐるりと見回した。


「さて、俺の話に何かおかしなところはあったかな?

 どうだ皆? 俺は至極当然のことしか言ったつもりはないが?」


 髭面ハゲのマッチョが、にこにこと満面の笑みを浮かべる。普通に気味が悪い。完全に殺る気、いやすでに殺してきた眼だ。

 果たして、その極悪なスマイル効果なのかは知らないが、


「そ、そうか。紅狼は去ったんだな……」


「なら、問題はないな。まったく無事に終わってよかったよ」


「その旅人には感謝しないといけないわね。どこのだれだかは知らないけれど」


「きっと高明な冒険者さまよ」


「いや、騎士じゃないか? 名声すら辞退する潔さ。気高いねぇ」


 街の人たちが解散していく。


 ……なんか好き勝手なこと言ってるけど、この人らマジか?

 そんな適当でいいの?


 俺がぼーっと突っ立ってると、ジジイが俺の頭に布を被せてきた。


「いつまでこんなところにいるつもりじゃ? さっさと帰って、イーリャに顔でも見せてこんか」


「あ、あぁ」


 当たり前のように言われて、思わず返事をしてしまった。

 俺は狐につままれたような顔で歩き出す。

 隣を歩くノノも似たような表情だろう。

 二人して、何か納得いかないような気がしながら、俺たちは家へともどるのだった。

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