第7話 冒険者は旅立つ
もしかしたら。
ここでなら、俺はやっていけるのかもしれない。
そう思うことは一度や二度ではなかった。
しかしそれは幻想だ。いつかは破綻する。
思い出さないようにしていた記憶が想起されて、胸の奥が鈍い痛みをもたらしてくる。
もう、4年も前のことだというのに。
『冒険者のわりに、グラーニアは腕っぷし弱いよな。農家の俺にも力負けするって』
『そんなことで大丈夫なの? まったく、私たちが見てないとすぐに死んじゃいそうよね』
『いじけるなよ。俺はお前がどんなに弱くても見捨てないでやるぞ』
『どうでもいいけど、早くご飯食べましょうよ』
『くそっ、奴らが来た!! アルデス盗賊団だ!! こんな村にまで…………』
『…………最低……もうダメよ、……皆、殺されるわ……』
『グラーニア、頼む! ジルを連れて逃げてくれ!! せめてお前たちだけでも…………は? 戦うって!? 正気か!?』
『何言ってるの? あなたじゃ、殺されるだけよ…………』
『グラーニア……お前、それ……』
『……あなた、魔族……だったのね…………』
『…………村を救ってくれたこと、感謝する。…………お前がいなければ、賊どもに……』
『ありがとう』
『ありがとう』
『……ハイオークの野郎、また羊を喰っていきやがった』
『これで何回目よ。すっかり味をしめられたわね』
『…………なぁ、グラーニア……すまないが、またいいか?』
『ありがとう』
『ありがとう』
『しかし、奴は役に立つな。おかげで魔物の討伐で冒険者を雇うこともなくなった』
『そうね』
『ところで、ジル。そろそろ決心はついたか?』
『冗談はやめて。私のお役目は、もうじき終わり。後は次の人に任せるわ』
『……ふっ。すまんな。苦労をかけた』
『本当よ。まぁおかげで、私たちの懐は潤ったのだけどね。感謝はしてるわ』
『なぁに、俺たちへの正当な対価だろう? 凶悪な魔族の男を世話していたのだからな』
『ふふふふ』
『はははは』
黙って村を出た。
次の街まで、どこをどう歩いたのか、まるで覚えていない。
もしもあの夜、偶然俺が起きなかったら。
あの話を聞かなかったことにしていたら。
俺は、まだあの場所にいたのだろうか。
薄皮一枚隔てた笑みの中に……。
「それは、お互いぞっとしない話だな」
魔族は魔族領にいるのが自然だ。
生き死にを隣合せに、互いを支配し殺し合う。
魔王が代替わりしてそれは変わったかのように見えたが、実際に変わったのは表面上だけだ。
弱い魔族が殺されることは減ったが、やはり蹂躙されるしかなかった。
やがて魔王の手腕により、人族との国交が次々に開かれる。
しかし、それもまた表面上のものだった。
人の心には、未だ魔族への強い恐怖が刻まれていた。
……それも当然だな。俺自身が、同族に警戒しないということはないくらいだ。
さて。
仮に、仮にだが、奇跡的に彼女たちが………………
「いや、結局変わらないよな」
仮定の話に意味はない。
しかもそれが夢物語の仮定の話で、なおかつ終点は同じなのだから。
「だから、これが一番だ……」
本当は書置きでもして、黙って消えようとも思った。
しかし、彼女らの性格を考えると、まかり間違って探しに行かないとも限らない。
迷惑はかけたくなかった。
「……長く、いすぎた。
今日まで世話になりました。ありがとうございました。リクトさん」
もともとの部屋の主に礼を告げて、俺は眠りについた。
◇ ◇ ◇
翌朝。
俺はイーリャさんの作ってくれた朝食を食べ終えて、弁当を受け取った。
「食器はちゃんと返しに来てね」
「……はは」
イーリャさんの言葉に、俺は曖昧に笑った。
「イーリャさん、ノノは……」
「起きてきませんね。まったく意地っ張りなんですから。一体誰に似たのかしら」
「リクトさんは素直だったんですか?」
「ええ。私と同じくらいには」
なんとも返答に困る言葉に、俺は苦笑する。
「じゃあ、行きます。
本当に、今までありがとうございました」
一礼して、俺は革袋を背負い直して家を出る。
少し歩いて、ふと振り返ると、イーリャさんが小さく手を振っていた。
街の門へと向かって歩いてると、向かいから歩いてくる武器屋の店長と爺さんに会った。
「今日も山へ行くのか? 精が出るな」
「ふん、どっちの娘相手に精を出しているのかのう。ふひょひょひょひょぶべらっ!?」
店長がエロジジイの頭を小突いた。
ガタイがいいので、小突いた程度でも結構な衝撃がありそうだ。
「そうだ、グラーニア。この前またエルフの短剣を仕入れたぞ。火の魔法がかけられている。
弁当屋とポーションで儲かっているんだろう? 今度見に来い」
「……俺は別にエルフの武器マニアじゃないんだがな。気がむいたらな」
店長と爺さんに手を上げて、歩き出すと、
「そうじゃ、ノノは家におるかの?」
「ああ、たぶんいるよ」
「そうかそうか、ひょひょひょ。ならば弁当の空箱を戻すついでに様子でも見に行くかの」
セクハラジジイが方向転換して、歩いていく。
思わず、俺はその後ろ姿を見続けてしまう。
「グラーニア、どうしたんだ、ぼうっとして?」
「なんでもないよ。じゃあな、店長」
「おお、またな」
街を出て街道を歩く。
簡素な門に立つ兵は、何回か顔を合わせている。しかし俺がズエール山とは違う方向へ歩きだしたことに特に疑問を持つようなことはなかったようだ。
まぁ旅人や行商人だって通ることはあるしな。
しかし、王都についたらどうするか。
久々に一人になった気がする。開放感が半端ない。
「まずは……炎のアーチでも見に行くか」
王都は別名、火の都というらしい。
昔、火の精霊が降臨したとかなんとかで、とにかく都全体が火に関するもので彩られている。
炎のアーチもそのひとつだ。
ばかでかい半円状の炎がいくつも連なっているらしい。
一見の価値はありそうだ。
「で、帰りに焼肉だな。最高級のオーク・キングの肉でもいっちゃうかね」
極貧だったのは今は昔。
ここ最近の働きで、俺の懐はなかなかに潤っているのだ。金ならあるぞー!
「うんうん。結構楽しみになってきたな」
自然、テンションにつられて軽快な足取りになっていく。
俺は鼻歌でもならしそうになりながら、ふと、自分の言葉を振り返った。
楽しみ…………楽しくなかった? か。
思い出して、俺は、ふんっと鼻で笑った。
「俺は根無し草の冒険者様だぞ。
つまらねぇところにいつまでもいられるかよ」
ちっ、と無意識に舌打ちが漏れる。
ひどくもやもやしてくる。
「…………ああああああ!!!」
たまらなくなって、俺はダッシュした。
うおおおおっと俺は2、300メートル程全力疾走する。
「ぜえぜえぜえ」
超疲れた。
……いや、なにやってんだかね。
ふぅっと大きく一息ついて、顔を上げる。
ズエール山の中腹が見えた。
ふと、ノノと見た流星を思い出して、
「……あ?」
思わず視界に映るそれを見て目をこするが、変化はなかった。
砂塵が舞っている。その始点には紅い物体が複数、少しずつ移動している。下へと向かっていた。