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第6話 冒険者は決める

「ったく、馬鹿野郎が……相手見てケンカ売れっての」


 俺は首根っこに突き刺した拳を引き抜いた。

 ドサッと倒れる巨大な魔物。

 鳥と獣が合わさったような身体のそいつは、グリフォンと呼ばれる魔獣だった。


 俺は一度大きく息を吐いて、彼方に視線を向けた。


 さて、どうしたもんか。

 ここから次の街まで、まだ結構あるんだよなぁ。

 徒歩移動なら金かからないし気楽だと思ったけど、近道したせいでいちいち魔物が突っかかってきやがるし。

 こんなことなら、街で馬車代くらい稼げばよかったな。

 

「……って、もう今更遅いよな」


 今俺が歩いているのは、主要街道から外れた獣道のようなところだ。

 少なくとも偶然馬車が通るような場所ではない。

 自力で歩く以外に、移動手段はなかった。


 ……次の街までたどり着けるか、ちょっとだけ不安になるな。

 愚痴ってても仕方ないし、とにかく行くしかないんだけどさ。


 俺はダラダラと歩きだすと、不意に景色が白くなっていって……




 目を開けると、見慣れてきた木の天井が見えた。


 ……なんだ、夢か。


 夢は、この街に来る前日に起きたことだった。

 無意識に頭に手をやる。

 数回深呼吸をして、ようやくベッドから身体を起こして着替える。

 いつもより緩慢な動きだった。

 何も食ってないのに、胃が重くなるような気分だ。


 弁当屋を始めてから一ヶ月が経っていた。

 経営は軌道に乗り、毎日出る弁当の数もおおよその予想ができるようになっていた。

 ポーションの数は足りていないこともあったが、弁当目当ての客がついでに買ってくような扱いなので問題はなかった。

 頃合いだった。




 ◇ ◇ ◇




「ぷはぁ。満足満足~」


 ノノがテーブルにつっ伏する。

 椅子に座った状態で、テーブルに額をくっつけてゴロゴロしていた。


「働いたあとのご飯は格別だよねぇ。明日は休みだし最高の気分だよぉ」


「ふふふ。そうねぇ」


 ゴロゴロ揺れるノノの頭に、イーリャさんの手がのる。

 ノノの髪があっという間にボサボサになっていくが、両者ともお構いなしだった。


「……って、すごいことになってるじゃん!?」


 ノノが身体を起こして、手で髪を整える。

 後頭部で縛っていなかったら、爆発したような状態にでもなっていそうだ。


「母さん、私で遊ばないでよ」


「そんなこと言われても。遊ばれやすいことするノノが悪いのよ」


 イーリャさんは、至極当然の口調でおかしなことをのたまっていた。


「何理不尽なこと言ってるの!?

 もう、だったら母さんの頭もぐしゃぐしゃにしてやる!」


 ノノが立ち上がり、イーリャさんの髪に触れる瞬間、


「こぉら」

 

 のんびりした雰囲気には似合わない剛力で、イーリャさんはノノの手をつかんでいた。


「いたずらはしちゃダメって昔から言ってるのに……」


「ちょ、いだだだだ、いだい、いだい、いだい!! 母さん離して!?」


「もうしない? 反省してる?」


「しないしない!! 反省しました!!!」


 イーリャさんが手をぱっと離すと、ノノはダッシュで離れていった。

 動きが完全に、人間を警戒する小動物のようだった。

 

 台所で食器を洗い終えて戻ってくると、すかさずノノが俺の後ろに回った。


「ほら、グーさんも母さんに言ってやってよ!

 もうわかったでしょ? 母さんはね、おっとりした天使の仮面の下には、とんでもない悪魔を飼っているんだよ!

 グーさんも、私みたいに弄ばれる日が近いんだからね!」


 ノノが俺の脇から顔を出す。

 イーリャさんは意に返さず、困った顔をしていた。


「あらあら、ノノったら変なことばかり言うんだから。

 グラーニアさんが信じちゃったらどうするの?」


「……あれだけ私にやりたい放題やってて、今更平然とネコ被るなんて」


「あら、今のはいたずら1ポイントかしら?」

 

「何そのポイント!?」


「2ポイントたまったら、どうしてしまおうかしら……」


「すぐたまっちゃうじゃん!? 怖い言い方やめてよ!! そもそもいたずらしてないのに!?」


 ギャーギャーわめくノノに、イーリャさんは笑みを崩さない。

 本当に賑やかな家庭だ。

 普通ならうるさいと思いそうなのに、まったく嫌な気分にならない。

 なんでだろうと理由を考えていると、


「……グラーニアさん? どこか具合でも悪いんですか?」


 イーリャさんが心配そうな顔をしていた。


「いえ。どこも悪くありませんよ」


 事実、俺はどこも悪いところなんてない。


「グーさん、どうしたの?」


 ノノが俺の後ろから前に回ってきた。

 いつも明るい表情が、少しだけ曇って見える。


 心配させてしまったか。

 悪いな、と思う。

 もっと軽く言えるもんだと思ってたけど、どうにも俺の心には引っかかるものがあるらしい。

 とはいえ、引き伸ばしても同じことだし、これ以上ずるずるといく訳にはいかなかった。


 俺はノノの目を見て言った。


「俺。明日、街出るわ」


 言った瞬間、身体の奥から何かが消えていったように感じた。

 やっちまったと思った。

 でも、言った言葉を取り消すことはできないし、撤回するつもりもない。


「今度は王都に行ってみるつもりだ。

 ……イーリャさん、長い間世話になりました。

 残ったポーションは、このまま売ってもいいですし、マジックショップに持っていって、まとめて買い取ってもらってもいいと思います。

 ショップに持ってくと、たぶん買い叩かれますけどね」


 俺は苦笑して、人差し指と親指で円を作った。


「……何、街を出るって」


 ノノが平坦な口調で言った。


「元々、俺はこの街には立ち寄っただけだからな。

 王都に行くつもりだったんだよ」


「いつ戻ってくるの? 王都にはどれくらいいるの?」


「王都には、まぁ一週間くらいはいるつもりだ。その後は、またどこかへ行くと思う」


「どこかってどこ? ここには戻らないの?」


「ああ。西の獣王国に行こうかと思ってる」


「…………」


「エルフの森も寄ってみるつもりだけど、たぶん入れないのがオチだろうからな。

 森を迂回して獣王国に出ることになりそうだ」


 俺の言葉は聞こえているのかどうか、ノノはまるでイーリャさんのように焦点がぼやけた目をしていた。

 ノノの右手が動いて、俺の袖を掴んだ。


「それ、本気なの? 冗談じゃなくて?」


「あぁ」


「……そう」


 …………。


 数呼吸置いて、ノノが俺の袖を離した。

 ノノは廊下へと歩いていき、


「グーさん」


 俺に背を向けたまま話しかけてきた。


「なんだ」


「グーさんは、楽しくなかった?」


 ノノの言葉に、俺は息をのんだ。


「グーさん来てから、お弁当屋さん始めることになって、大変だったけど、私楽しかったよ。すごく楽しかった。母さんとも一緒に働けるし、母さんも楽しそうだったし。

 だから私ね、グーさんも同じだと思ってた。

 ここが気に入ってくれてると思ってた。好きになってくれてると思ってた」


「……ノノ」


「だから明日も明後日も、当たり前に変わらないと思ってたよ」


 ノノがぎゅっと両手を握った。


「でも…………グーさんは違ったんだね。

 それがなんだか、悔しいかな。

 ううん、違う? どうだろ?

 …………あは、わかんないや」


 ノノが振り返る。おかしそうに笑っていた。


「私、もう寝るね。おやすみ、グーさん」

  

 ぱたん、とドアが閉まる。

 静かな部屋にノノの足音が小さく響き、ドアが開いて、閉まる音がした。


 俺は立ち尽くしていた。

 ともすれば、そのまま夜を明かしてしまいそうだったが、部屋にはもう一人いたのだ。


「グラーニアさん、私たちも休みましょう。

 明日は早いんですか?」 


「……いえ、急ぐ旅でもないですから」


「じゃあ、朝ごはんは食べていってくださいね」


 いつもと変わらない調子のイーリャさん。

 俺は小さく頷いて、自分の割り当てられている部屋へと向かった。

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