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第3話 冒険者は試してみる

 翌日。

 俺は相変わらず山で薬草採取をしていた。

 昨日もいたおっさん達と暢気に話しながら採取する。


「成果はどうだ?」


「ぼちぼちですねー」


 本当にぼちぼちだった。


 というわけで、今日は中腹くらいまで探索してみた。

 休憩がてら、イーリャさんに作ってもらった弁当を食ってると、おっさんたちに羨ましがられたので少しずつ分けることにした。さすがはイーリャさんの弁当、大好評だった。

 おっさん、というよりかは爺さん冒険者の一人は俺の弁当を無断でつまもうとしたので、意地汚い手をぺちりと叩いてやった。


「ちょっとくらいよいではないか。減るもんでもなし」


「いや、減るだろ。ていうか、あんた昨日ノノの尻触ろうとしてた爺さんじゃねぇか」


 手癖の悪いエロジジイだ。

 半眼で睨んでやると、エロジジイはふっと笑った。


「……そうか、ノノが言っておったな。イーリャが拾ってきた男を家に置いてやっていると。

 ヌシのことじゃったか」


 俺を見ながらも遠い目をしたエロジジイの言葉で、周囲の温度が下がったように感じた。

 気のせいか……いや気のせいではない。

 殺気としか言いようのない、文字通り俺を射殺さんとする視線が突き刺さる。


「イーリャさんの家にいる、だと?」


 ハゲたおっさんが俺の襟を掴む。


「ほほぅ、兄さん。そいつぁ一体どういう了見なんだ……」


 横にいた髭づらのおっさんが俺の右肩をがっしりと掴む。


「事と次第によることなく、殺されても文句は言えねぇぞぅぉおぁあああん?」


 後ろにいる腹の出たおっさんが、俺の首に腕を回して極めにいこうとしている。


 なんだこいつら、いきなり不穏な空気を発しすぎだろ!?


「待て待て待て、今は一時的に世話になってるだけだって!

 行き倒れてた俺を介抱してくれたんだよ!!」


 俺が必死に、イーリャさんのとこで世話になってる経緯について説明すると、おっさんたちは納得したようで俺から手を離した。

 おっさんたちも俺の文無し境遇に同情的な様子で、


「ちっ。とっとと追い出されろ」


「飢えて死ね」


「狼にでも食われろ」


 と、ありがたい応援の言葉を頂戴した。


 まったく、薬草採取してる連中とは思えない殺気放ちやがって……。


「つか狼って、まさか紅狼クロウでもいるんじゃないだろうな……?」


「おるぞ」


「へ?」


 ぽろっと漏らした俺のひとりごとに、エロジジイが答えた。


「山向こうにおるぞ。

 おお、そういえばグリフォンの姿もあると聞いたな」


「へ、へぇ……意外と物騒なとこなんだな、ここ」


 紅狼もグリフォンも特大級の魔獣で、ともにAランクモンスターに分類されている。

 簡単に言えばでかくて超強い魔物たちってことだ。


「滅多なことでは、こちらに来たりはせんがな。

 毎年のことじゃが、腕試しとでも考えているのか、何人かの冒険者が山向こうに行って戻ってこないことがある。

 冒険者に冒険するなとは言えんが、彼我の実力差はわきまえて欲しいものよの」


「……爺さん」


 エロジジイは深い水底のように澄んだ目をしていた。

 亡くなっていった冒険者の中には知り合いもいたのかもしれない。


 背中を丸くしたエロジジイを忍びなく思い、俺は話題を変えることにした。

 

「にしても、イーリャさんて人気あるんだな?」


 俺の言葉に、爺さんはニヤリと笑った。


「まぁの。以前はイーリャの家は食堂だったのじゃ。リクトと共に切り盛りしていて活気があったのぅ。

 じゃから、この街に長くいる者は大抵イーリャのことはよく知っとるんじゃ。

 今はあの通り、食堂は作りかえて、ただの家となっとるがな」

 

「へぇ」


 初耳だった。でも納得できる話だ。

 イーリャさんの料理の手際もそうだし、ただの民家の台所にしては立派すぎるとは思ってた。

 以前が食堂だったのなら納得だ。


「リクトが病で急逝して、ショックだったのじゃろうな。

 あれだけ明るかったイーリャがふさぎこんでしまった。とても一人で食堂などやっていける状態ではない。

 もしかしたらリクトの後を追っていたかもしれんからのう」


 ……そんなに好きだったのか。

 そりゃ、辛いだろうな。


「ワシらもいろいろと世話を焼いたがの。

 結局のところ、イーリャが立ち直れたのはノノの存在じゃ。

 リクトが死んでから少しして、ノノを身篭っていたことがわかったのじゃ。

 じゃからの」


 老人はおもむろに手を伸ばして、俺が残していた唐揚げを手にしてパクリと口におさめて、


「ワシがノノの成長具合を確かめるのは自然なことじゃと思わんか?」

 

 ふっと笑うエロジジイの面に、俺は無言で肘鉄をめり込ませた。




 それからまた皆で薬草採取にいそしんだ。

 若い奴も途中までいたけど、採取に飽きたのか山の奥へと入っていった。魔物を狩りに挑戦みたいだ。死ななきゃいいけど。

 

 言っちゃなんだが、薬草採取なんて一線の冒険者がやるもんじゃない。

 怪我で引退考えてるとか、冒険者なりたてとか、そんな連中が主に従事するもんだ。

 やる人がまったくいなくなったら困りものだが、どこに行ってもそんな話は聞いたことがない。

 もちろん、採取中に魔物に襲われることもあるが、だいたいの薬草は山の入口付近でも生えてるし、そんなところに凶悪な魔物が現れることはほとんどないのだ。

 

 だから当然、


「はい。銀貨4枚になります。お疲れさまでした」

 

 と、まぁ買い叩かれるわけだ。

 言葉が悪いか。安値でしか取引されないのだ。あんまり変わってないな。


 俺はギルドを出て、僅かな銀貨を懐に仕舞い帰路につく。

 今日は寄り道せずまっすぐ帰るのだ。


 遠くから、おにーさーん、よってかなーい? 今なら金貨1枚で天国を見られますよ~。なんて誘惑にも負けない。

 負けようがない。だって金ないしね!


 俺は泣く泣くイーリャさんの家へと戻ってきた。


「お帰りなさい、グラーニアさん」

 

 玄関の扉を開けると、ぱたぱたと小走りで笑顔のイーリャさんが出迎えてくれた。

 はぁ。癒されるね。


「ただいま戻りました。ちょっと台所借りてもいいですか?」

 

 俺はイーリャさんの了解を取って作業に入る。

 果たしてこの地の薬草で上手くいくのかはわからないが、やってみないことには始まらない。


 俺は、ギルドに納品しなかった薬草を細かく切り刻む。

 すり鉢を借りてゴリゴリ潰していく。


「マインド・ウォーター」


 呪文により、召喚した水をすり鉢に入れる。


 一時間程待って、すり鉢に入った薬草水を木のコップに、ろ過して移す。

 仄かに薄い水色に染まったそれに、


「マインド・フレア」


 ぼっと表面を一瞬だけ炙るように燃やす。

 それから俺は出来上がったそれを一気に飲み干した。


「…………まっず!!!!!」


 あまりの苦味に、俺は思わず心の底から叫んだ

 最近旨いものばかり口にしてたせいか、反動がでかすぎる。


「グラーニアさん? どうかしましたか?」


 洗濯物を取り込んでいたイーリャさんが戻ってきてしまった。


「すみません、ちょっと実験していただけで何でもないんです」

  

「そうですか。今日は美味しいもの作りますからね」


「イーリャさんのご飯はいつも美味しいですよ」


 ふふふ、と笑って天使は去っていった。

 どうしよう、一緒に薬草採取してたおっさんたちがキレる気持ちがわかってきてしまった。あんな天使と一緒に住んでて飯作ってもらってるとか言われたら、俺ならとりあえずそいつを殺すと思う。


 ……しかし、どうするか。

 ここの薬草でも、自力でポーションは作れそうだ。

 これで商売したいところだけど、下手にやるとこの街のマジックショップに睨まれそうだしなぁ。

 そもそもポーションを商品として取り扱うための、街の許可申請が通るかもわからんか。


「うーん、面倒を避けるなら、直接マジックショップに納品するのがいいんだろうけど……」


 俺のやり方は製造効率が良くないので大した数が作れないんだよなぁ。だいたいそれだと根本的には意味ないし。

 とすると、やっぱりこれを呼び水にするのが一番なのかもしれない。


 俺はイーリャさんの笑顔を思い浮かべて、ひとつ頷いたのだった。




 ◇ ◇ ◇




 それから三日後の夕食時。

 イーリャさんは俺の提案に首をかしげた。


「お弁当屋さん、ですか?」


 俺はイーリャさんとノノに、とある考えを話してみた。


「そうです。イーリャさんの作る料理は間違いなく一級品ですし、これだけでも十分商売になると思います。

 加えてこの家は、冒険者ギルドからズエール山や森へと向かう途中にあります。

 この街を拠点としている冒険者が立ち寄りやすい立地になってるんです」


 山や森にこもって何日も狩りをするような連中にはパスされそうだが、日帰りで行く奴らには需要はありそうだ。

 事実、今日までの間、イーリャさんの弁当を食べる俺は、薬草採取で共に行動していたオッサンたちから物欲しそうな目で見られていた。ていうか、血涙でも流しそうな勢いで睨まれるから普通に分けてたけど。


「うーん、お弁当かぁ……」


 難しい顔をするノノ。


 まぁ普通はそんな反応だよな。いきなり言われても現実味がない。

 特にノノは街中の食堂で働いている分、わざわざ弁当を必要とする人に会うことはないだろうから。


 ノノは両腕を組みながら、うんうん唸る。


「前に母さん達って食堂やってたんだっけ? お弁当屋さんってそのまま街の許可下りるのかな?」


 ノノの言葉に俺は緊張する。

 以前イーリャさん達がやっていた食堂の話は禁句ではないようだが、あのエロジジイの話を聞いたあとだとどうしても気後れしてしまう。


 しかし、俺の心配はまったくの杞憂だった。

 イーリャさんはいつもの様子で普通に答えた。


「そのあたりは問題ないと思うわ。私から街長に頼めば話は通るでしょう」


 どうも俺の気にしすぎだったようだ。

 さて、営業許可が出るなら、もう一つ確認しておきたいことがある。


「ちなみに、その許可で合わせてポーションを取り扱うことってできますか?」


「ぽーしょん、ですか?」


 イーリャさんが、頬に手を当てて思案する。


「できる、と思いますよ。この街は酒類を扱わない限り、基本的には商品売買一括の許可になりますから」


 よし、ならばやれるな。




 ◇ ◇ ◇




 俺は採取した薬草でポーションを作製しまくった。

 と、言ってもせいぜい一日に二十本程度だ。俺の薬草採取量自体がショボイし、加えてポーションの作製にはどうしても時間がかかる。


 とりあえずマジックショップに卸してみたところ、普通に扱ってもらえた。

 店長とも仲良くなった。

 これからの商売敵ではあるが、今後もこの店にポーションを卸すこともあるかもしれない。


 ノノは勤めていた食堂を長期休暇することになった。

 本当はやめようとしたが、店長や客に止められて、今のところは休暇扱いとなったらしい。

 もしも失敗したときのために、戻れる場所があるのはこちらとしても助かる。


 イーリャさんは、ひたすらメニューづくりに腐心してもらった。

 食材を取り扱う商店はあてがあってすぐに決定したのだが、肝心のメニューが決まらない。

 結局、メニューは決まったものにせず、その日に仕入れたもので調理していくという、到底信じられないアクロバティックスタイルを取ることとなった。

 原価は……まぁ安めの物を多く入れることで、ある程度抑えられるが、仕入れの日にメニューが決まるとか適当感半端ない。

 料理超人のイーリャさんだからこそできる反則級のシステムだった。


 そんなわけで、二週間後。

 イーリャ弁当の始動開始の日。

 用意したのは弁当30個。ポーション30個。


 営業は朝から昼くらいまでのつもりだったのだが……。


「ポーションセットですね。銀貨3枚になります」 


「お弁当2個ですか? 銀貨1枚でーす! ありがとうございまーす!」


「ポーションだけ? 銀貨3枚です。

 はい、弁当とポーションのセットと同じ値段ですよ。限定セール期間中ですので」


 予想を遥かに上回って飛ぶように売れた。

 在庫が30分もったかも怪しかった。

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