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第2話 冒険者は世話になる


 翌日。

 ノノは朝早くに家を出ていた。街の中心街の食堂で働いているらしい。

 この街も他のところと変わらず、15歳が成人として扱われているが、ノノはまだ13歳らしい。

 その年だと、家の手伝いや軽い仕事などはしても、日中かけてがっつり働く者は少ない。ノノの勤労意欲は、なかなかに高いようだ。


 俺はイーリャさん特製の朝食をいただいて、冒険者ギルドへと向かった。

 なお、イーリャさんからは弁当まで作ってもらっている。


 ……ここまでしてもらったからには、マジで何もしないでいるわけにはいかない。なんとしてでも金稼いでこないとな。

 にしてもイーリャさん、わざわざ弁当まで作ってくれるなんて、もはや良心で人を殺せそうな勢いだな。究極のダメ人間製造人じゃないか?

 あんたはこんな人相手に大丈夫だったんですか?


 すでに亡くなっていると聞いた、イーリャさんの旦那に俺は胸中で尋ねてみる。


 ……なんて、あんな人を前にしたら逆にサボってられんか。

 よし、いっちょお仕事しますかね!


 ギルドへと着いた俺は、さっそく依頼の張り出されている掲示板を確認しに行った。




 ◇ ◇ ◇




 俺は肩を落として冒険者ギルドを出る。


「……うまい話なんてありゃ、他の冒険者がかっさらってくよな」


 Eランク冒険者という、初心者に毛が生えた程度の俺ではロクな依頼が受けられない。

 幸い、薬草が取れるズエール山というのが街の近くにあるので、そこで地道に薬草採取が無難かつ俺にできる最大限のことだった。


 とにかく、やることは決まったんだ。

 装備を揃えてとっとと行くとしよう!


 気を取り直して、俺は近くにある武器屋に入った。

 昨夜、イーリャさんとノノから聞いていた武器屋で、店長とは顔見知りだそうだ。


「おう」

 

 カウンターにいた髭面ハゲのガタイのいいおっさんが、俺に向かって超鋭い眼光を飛ばしてきた。確実に二桁単位の人間を葬ってきた凶悪犯の顔である。やばい、普通に怖い。


「どうも。短剣ないですか?

 できればそれなりのモノが欲しいんですけど」


「短剣か。……このあたりでどうだ」


 おっさんが手にとったのは、柄に大樹の模様の入った短剣だった。

 この模様……確かエルフが好んで彫る装飾だよな。ってことはエルフが造ったのか? 弓ならまだしも、短剣は少し珍しいな。


 俺の様子を見たおっさんが、ふっと笑った。


「気づいたか。

 こいつはエルフ作製の代物で、風の魔法を宿している。

 威力はそれほどでもないが、珍しいのは確かなんでな。好事家にでも高く売れないかと思ってる」


「俺は好事家なんかじゃないけど……」


 懐をまさぐって、俺はそれを取り出した。


「これと交換でどうだ?」


「こいつは……」


 俺の渡した素材を見て、おっさんが目を見開く。


「グリフォンの嘴じゃねぇか……お前が狩ったのか?」


「そんなわけないだろ。自慢じゃないが俺はEランクだぜ?

 そいつは旅の剣士様が行き倒れてたときに、水を分けてやったら譲ってもらったものだ」


「ギルドには卸さないのか?」


「卸せなかった。そこそこ希少なものだからこそ、依頼に出てないこともあるだろ。

 薬草みたいに常時依頼になってる素材でもないし、いつまでも後生大事に持ってても仕方ないからな」


「……確かにな。

 いいだろう、わかった。取引成立だ」


 おっさんは短剣を鞘に戻して俺に渡してきた。


「ありがとよ。助かったぜ」


 なかなかいいのが手に入った。これならこの辺の魔物に遅れを取ることはないだろう。

 俺は手を挙げて店を出ようとすると、


「待て。忘れもんだ」


 おっさんが、革袋を俺に放ってきた。

 俺はそれを反射的に受け取る。


「……いいのか?」


 革袋には硬貨が入っていた。枚数と重さ的に、数枚の金貨が入っているようだ。


「グリフォンの嘴とその短剣じゃ割に合わん。

 ……もっとも、ノノに言われてなかったらそのまま帰していたがな。感謝しておけ。

 ついでにその金で何か買ってやるんだな」


 おっさんは、もう用はないと言わんばかりに手をひらひらとさせて店の奥へと引っ込んでいった。




 ◇ ◇ ◇




 ……まぁ、こんなもんだよな


 俺はズエール山で採取した薬草をギルドに卸す。

 報酬額は銀貨4枚。

 ここらの宿だと、素泊まりはできるくらいの金額だった。


 ……これで帰ったら、またノノに馬鹿にされそうだな。


 夕日が差す中、俺は僅かな報酬を手にしてギルドを出た。

 さて、どうしたもんかと歩いていたところ、


「おーい、グーさーん!!」


 ぶんぶんと手を回して、大声で俺を呼ぶノノその人がいた。

 呼ばれたからには無視するわけにもいかず、俺はノノの方へと向かう。


「ギルドにはもう行ってきたの?」


「あぁ。……ノノはここで働いてたのか」


 ノノの後ろにあるのは、中央街の一角にある宿屋のようだ。


「そ。今は中の食堂にお客さん少ないから呼び込みしてたの。

 そうだ! どうせなら食べていかない?」


 ノノは、キランっと獲物を狩る猛獣の目をしている。

 無傷で逃げるのは難しそうだ。


「……イーリャさんが用意してくれてるだろうから、軽くな」


「うんうん、わかったよ! じゃ、1名様ごあんな~い」


 ノノに背中を押されて、俺は清掃が行き届いた店に入った。

 席に案内されて、ノノが品書きを俺に渡す。


「ここは何でも美味しいよ。

 私のオススメは、まるごと豚の香草焼きかな!」


「さっそくがっつり食わせようとすんじゃねぇよ!!

 ……揚げたマルビルでいい。あとエール」


「えー。それだけ?」


「それだけ」


 つまらなそうな顔をするノノを追いやり、俺は食堂の中を見回す。

 混雑はしていないが、何人かは客がついている。冒険者らしき姿もある。


 ノノは客が少ないと言っていたが、それなりに繁盛しているようだ。

 夜も更けてくれば満席になりそうだった。


「こらぁ!! 今お尻触ろうとしたでしょ!?」


 ノノの声に顔を向ける。

 ノノが指さした先には、顔を赤らめた白髪の爺さんがだらしなく笑っていた。


「ひょひょひょ。ちょいとノノちゃんの成長具合を確かめようとしただけじゃわい」


「次やったら、お店から叩き出すからね!!」


 怒髪天をつく勢いのノノだが、爺さんは気にせず笑っていた。


 ……おいおい、ノノの奴、すげー口のきき方するな。

 いくら相手が悪いって言っても、酔っぱらい相手に大丈夫かよ?

 あの爺さんは気にしてなかったけど、あの調子で相手してたら他の奴のときはトラブルになっちまうんじゃねーのか?


 俺はエールをちびちびやりながら、ノノを目で追う。

 暗くなっていくウチに、店内はかなり混雑してきた。


「はい、おまちどうさま!

 今日もいっぱい食べてってね!」


「ごめーん、今日はシャロ肉は切らしちゃってるの。鶏で手を打って!

 え、サービス? 鉄拳でいい?」


「ちょうど銀貨2枚になります。ありがとうございました。また来てねー」


 ノノはあちこちへと精力的に駆け回り、額に汗していた。

 頭の後ろで縛られた黒髪が、ノノの動きに合わせて何度もはねる。

 時折ノノに向かう視線は下品に笑う男たちのものだが、瞳の奥は穏やかで娘を見守るようなものだった。

 なるほど、なかなかの看板娘っぷりのようだ。


 ……余計な心配だったな。


 俺はエールを空にして、店員にお代わりを頼んだ。




 ◇ ◇ ◇




「たっだいまー。母さーん、ご飯できてる?

 今日も大忙しだったよー。もうお腹ペコペコでえええええええ!?」


「ただいま戻りました。

 ノノ、いきなり雄叫びあげてどうぅぅぅううおおおぉぉぉおおおお!?」


 ノノと共に家に戻った俺たちを迎えたのは、昨日に負けず劣らずの気合の入ったごちそうだちだった。


「二人とも。おかえりなさい」

 

 イーリャさんが天使の微笑みを浮かべている。


 ……いやいやいや、待ってくれ。まさかこれ、昨日が特別じゃなくて毎日こうなるの!? エブリディ・パーティーフィーバーかよ!!


 俺が驚愕していると、ノノがイーリャさんの肩を掴んで揺らしていた。


「ちょっと母さん!? なんで突然こんなにやる気出してるの!?

 だいたいウチはそんな余裕ないでしょ!?」


「うふふ。つい」


「つい、じゃないよ!?

 ……もう、今日は作っちゃったからしょうがないけど、明日からは絶対抑えてよね」


「ふふふ。わかりました」


「ちょっと、母さん? ホントにわかってる? もしも明日もこんなんだったら、私だって本気で怒るからね!!」


「はいはい」


 ギャーギャー怒るノノの頭を、イーリャさんが優しく撫でる。

 それがカンに障ったのか、さらにノノが文句を乱射させるが、イーリャさんはどこ吹く風であった。


 微笑ましい? やり取りをする二人に、俺は思わず噴き出しそうになった。

 ここで笑うと、ノノの怒りが俺に飛び火しそうだから我慢するけど。


「せっかくだし、冷めないうちにいただきますね」


 俺は席について、改めて料理を見回す。どれも旨そうだ。

 あ、豚の香草焼きがあるじゃないか。ノノにつられて頼まなくてよかったああああ。


「はい。どうぞ召し上がってください」


「まったく……でも、お腹すいてるのは事実……この胃袋を直撃する香りは、もう一種の暴力だよね……」


 どう見ても終わりが見えないと思われていた料理たちは、無事3人の胃袋へと消えた。

 人間食おうと思えば食えるもんなんだなぁ。


「イーリャさん、御馳走様でした。今日も美味しかったですよ」


 若干量が非常識なことを引けば、ホント店に出してても引けを取らないレベルだ。

 というか店以上じゃないか?


「ふふふ。お口に合ったのならよかったです」


 頬に手を当てて、にこにこと笑うイーリャさん。


 ……危ないな。あらかじめノノの母親だと知らなかったら恋に落ちてもおかしくないぞ、これ。

 綺麗だし、でもなんかかわいいし、性格いいし、料理うまいとかもう無敵だろ。


 イーリャさんの顔から少し視線を下げて、思わず頷いてしまう。

 主張する双丘は確かなものだった。ゆったりとした服装だが俺にはわかるぜ。


「うむ。最高だな」

 

「……グーさん、どこ見てんの?」

 

 半眼で睨んでくるノノを華麗にスルーする。

 目ざといやっちゃな。


 俺はこほんとひとつ咳払いをして、


「イーリャさん。大変お世話になりました。

 こんなもので恐縮ですが、感謝の気持ちです」


 懐から革袋を取り出して、イーリャさんの前に置いた。


「へー。ちゃんとギルドで稼いできたんだぁ。

 どれどれ…………え?」


 ノノが横から革袋をひっくり返して、手にした金貨7枚に目を見開く。


「うそ、一日でこんなにどうしたの!?

 ……え? 盗み?」


「人聞き悪いこと言うな。

 ちゃんと今日稼いできたんだよ」


 鼻息荒くドヤ顔で言う俺。


 嘘だ。

 ちゃんと稼いだのは銀貨4枚だけだ。しかも飲み食いしたおかげで2枚しか残ってない。

 でもここで銀貨2枚ぽっちを渡すのとか無理です。カッコつけたかったんです。


 イーリャさんもノノと同じように驚いていた。

 イーリャさんは、俺の目を見て頭を下げる。


「……わかりました。ありがたくいただきますね」


「ええ。本当にお世話になりました」


 俺も頭を下げて、席を立った。

 玄関へと向かう。


「こんな夜遅くにどこ行くの?」


 ノノの声に振り返る。


「宿だよ。今ならまだ間に合うだろ?」


 あんまりもたもたしてると野宿する羽目になる。

 昨日ゆっくりベッドで寝てるし野宿でも構わないんだが、どうせ街の中にいるんだし、ちゃんとしたところで夜を明かしたい。

 安いところ探せば、ギリギリ今の所持金でも足りるだろうし。


「え? 宿なんて行ってどうするの?」


「どうするも何も、ノノ、そんなに俺に野宿させたいのかよ」


 ひどい奴だなと思って言い返すと、ノノは首をかしげていた。


「え?」


「うん?」


 なんだ?

 なんか話がかみ合ってないような……。


「ふふふ」 


 イーリャさんが立ち上がって、俺の肩を後ろから軽く押す。


「え? あの、イーリャさん?」


「ノノもこう言ってますから。

 もうしばらくは、ここに居たらいいんですよ」


 微笑むイーリャさんの言葉に、俺はだんだんと頭が回ってきて理解した。


 ……あ、そうか。ノノは俺がまだこの家にいるもんだと思ってたのか。


 合点がいって、ぽんっと手を打つ。

 ノノと目が合った。ノノの顔が急速に赤くなっていく。


「……あ、いや、今のはそういう…………だ、だってしょうがないでしょ? 行き倒れてたのが昨日のことだったんだから!

 いくらなんでも、もう出ていくなんて普通思わないでしょ!?」


 ノノが真っ赤になって手をわたわたさせる。


 いつの間にか、俺ってば多少は好かれてたのかね。あれか。金の力か。

 だったらカッコつけてよかったな。


「ふふふ。そうねぇ。心配になっちゃうわよねぇ」


「やめて!! 変な意味に取らないで!! 母さん、その顔ホントやめて!!」


「えー、そんなこと言われても困るわ。ふふふふ。

 あ、そうだ。リクトさんにちゃんと報告しないと。私たちの娘は順調に大人の階段を上ってますよって」


「違うの!! 本当に違うから!! 拾ってきた捨て犬の面倒見てるだけなんだから!!!」


「うんうん。私はノノの幸せを願ってるからね。

 でも、ちゃんと段階は踏んでいってね。いきなりはダメよ?」


「だから人の話聞いてってばーーーーーー!!!」


 魂の叫びを発するノノに、からかいまくるイーリャさん。

 更けていく静かな夜に反して、ここは大変賑やかな家だった。


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