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最終話 そして彼は、ここにいる

 2階へ上がる前に、俺はノノの部屋の前に来ていた。


「ノノ、起きてるか?」


 3度ノックをして待つと、


「……開いてるけど」


 微妙に不機嫌そうな返事がきた。


 開いてるけどってなんだ、けどって。入って大丈夫なんだろうか?

 たぶん大丈夫なんだろうけど、なんか怖いですね。


「は、入るぞー」


 俺はおそるおそる、ゆっくりとドアを開けて入室した。

 ノノはベッドの隅で膝を抱えて座っていた。

 目だけ俺に向ける。


「何か用?」


 やはりどこか刺々しい。

 これは、いきなり本題に入るのは悪手になるだろうか……。


「いや、ちょっとな。紅狼の行動について考えてみたんだ」


「……ふぅん」


 紅狼という言葉に、ノノはぴくっと目を大きくさせた。


 紅狼たちとあのまま戦っていれば、まず確実に俺はやられていたはずだ。

 それがどうして立ち去っていったのか、ノノも気になっていたようだ。


 俺は手近にあった椅子に座ってみた。

 特に何も言われない。

 ノノはどことなく不機嫌さも消えて、俺が話すのを待っているように見えた。


「あいつら、結構知能は高いしある程度統率もとれてるんだけど、割りかし適当な部分もあってな。

 今回みたいに群れの子どもがさらわれて、それにキレて街に押し寄せてきたりしたら、大抵は街が壊滅するか奴らが息絶えるかって感じなんだよ」


「うわ、おっかないね」


「ボスの発言力も大きいんだが、それが絶対かというとそうでもないっていうな。

 だから俺もボスに勝つつもりで戦いを挑んだけど、不意打ちよろしく訳もわからんうちに全力で殺しに行くってことはできなかったんだ。

 群れの連中に、今の勝負は納得いかねぇ!! って思われたら、下手したら全員を相手取ることになっちまうからな。

 1体1体はもちろんボスよりも弱いけど、数が集まれば当然力関係は逆転する」


 数は純粋に脅威になる。

 そうなりゃ本当の意味で勝ち目がなくなっちまう。


「ま、結局俺はボス相手にもやられちまったんだけどな。

 ボスの様子を見る限り、奴はおそらく約束を守ってギルマスと紅狼の子どもをさらった男だけを殺すことで済ませただろうけど、群れの連中は止まらなかっただろうな。

 だからまぁ、あのときノノが割って入ってこなかったら、俺は今頃ミンチになってこの街だって灰になってた可能性もあるわけだ」


「…………」


 ノノが枕を抱えてぶるぶる震えていた。

 今頃になってどういう状況であったのか自覚したらしい。


 ノノのやつ、こんな調子で本当によくあの時乱入してきたな。


「紅狼は知能が高いって言っただろ。

 あいつらはわかってるんだよ。人間は取るに足らない存在だって。

 だが稀に例外がいる。

 それはAランクの冒険者だったり国が抱えてる上位の魔法使いや騎士だったりだな」


「その人たちなら、紅狼にも勝てるの?」


「戦力をさいて、討伐準備をすればな。

 さすがに街がひとつ消えれば軍隊も動くし、冒険者ギルドにだって打診が来る。

 紅狼もそれはわかってるから、奴らが冷静であれば、無闇に人間を虐殺したりはしない」


 紅狼がガチギレするのは大抵子どもをさらわれたり殺されたりするからなんだけどな。

 紅狼の肝は万能薬に近くて、これを欲する人間は絶えない。 

 本当は禁制品にすればいいんだろうけど、国の上層ほど金で買おうとするから法で制定できるところなんてほとんどない。


「紅狼にとっても街がなくなったら困るんだ。

 山の魔物が際限なく増加して紅狼にだって牙をむいてくるようになる。

 大半の紅狼にとっては雑魚モンスターでも、子どもの紅狼にとっては脅威だからな。脅威は少ないほうがいい」


「じゃあ、あのときは紅狼が冷静になったから帰っていったってこと?」


「だろうな。

 あとは、まぁ…………アレですよ」


「アレ?」


 くっ。

 さすがに面と向かってこれを伝えるのはこたえるが、そもそもそれが本題だったんだよな。


「奴らは情を理解している。

 よほどのことがない限り、子どもを守ろうとする親を殺したりはしない」


「…………」


 ノノは俺が言ったことがわかったのかわかってないのか、首を傾げている。

 俺はこほんとひとつ咳払いをして、再度告げた。


「奴らはな、子どもを守ろうとする親を殺したりはしないんだ。

 つまり…………あのとき俺をかばったノノが親で……」


「……グーさんが子どもってこと?」


「その……とおりだ」


 くっ!?

 十近くも離れてる小娘の子ども扱いとか、どんだけ屈辱だよ俺!?

 紅狼の野郎! 特にあの糞ボス!! よくも見逃してくれたなありがとうよ!! 今度会ったら即殺してやるから覚悟しとけよ!?


 俺が思い出し恥辱に耐えていると、


「ぷっ……あははははははは!!!

 グーさんが子ども!? 私の!?

 あははははははは!!! 紅狼って面白いんだね!!!」


「面白くねぇよ!?」


「だってぇ……あはははははあは!!!」


 ノノはよほどおかしいのか、爆笑しながらバンバンと布団を叩きまくっている。


 いや、笑いすぎだろ……。


「くそっ……やっぱり言わなきゃよかった」


 こうなる予想はしてたんだ。

 とっとと本題だけ言っときゃよかったよ。


 もはやノノには、俺が部屋に入ったときにあった不機嫌さはカケラもない。

 笑いすぎて目の端には涙が浮かぶレベルだった。 

 しばらくノノは爆笑しまくって、ようやく落ち着いてきた。


「……いやー笑った笑った。面白い話をありがとうねグーさん」


 目をこすり、しかしニヤニヤとやらしい笑みは浮かべたままだった。


 さすがに俺は口をへの字に曲げてしまうが、このまま言わないわけにもいかない。


「はっ、そりゃ奇遇だ。

 俺も礼を言いに来たんだからな」


「……礼?」 


「いいかノノ」


 精神的に限界だった俺は、立ち上がってノノへと歩み寄って指差す。


「もう二度とあんな無茶はすんなよ。

 今回は運がよかっただけで、一歩間違えれば即、御陀仏事案だからな。

 イーリャさんを悲しませたくなければ、金輪際絶対にあんな馬鹿なことはするなよ」


 ノノも多少の自覚はあったのか、気まずそうに目をそらした。


「返事は?」


「……はい」


 これに関しては本人だってもう十分にわかってるだろうし、これ以上とやかく言うつもりはない。


「それと……追ってきてくれてありがとな」


 今度は俺が目をそらす番だった。


「……あれは…………母さんが泣いてたからで……」


「それでもだよ。来てくれて嬉しかったよ。ありがとな」


「い、いいって何度も言わなくっても……」


「おう」


 もしも、ノノが来ていなかったらそもそも俺は紅狼に勝負を挑んでいたか怪しい。紅狼の動きが気になるから戻っては来ても、なんとかしようとは思わなかったかもしれない。


「それだけだ。じゃ、おやすみ」


 照れくさくなって、俺は話を切り上げた。

 つもりだったのだが……


「待ってグーさん」


 神妙な、でもどこか浮ついた声に俺は振り返った。


「グーさんが出ていったのって、魔族だからだよね?」


「……あぁ、そうだ」


「それって私や母さんが、グーさんが魔族だと知ったらグーさんのことを追い出すと思ったから?」


 う。

 これ答え間違えたら本気で怒られそうな雰囲気だな……。

 かといって、取り繕った答えをするわけにもいかない。

 結局は本音を話すしかないか。

 

「それもある」


「……ッ!!」


 ギリッと音がするくらいノノが奥歯を噛む。

 ひたすらに恐ろしい眼光だが、目をそらすわけにもいかない。


「それにだな。

 仮に、ノノやイーリャさんが俺の存在を許したとしても、それだけだ。

 俺を許したら、今度はノノ達が俺同様に許されない立場になる。

 異物を排除するってのは、そういうことだろ?」

 

「それは……」


 心当たりがあるのか、はたまた想像ができるのか。

 ノノは、納得はいかないが理解はしているようだった。


 その姿には少しだけ既視感があった。

 いつかの村の兄妹の姿。


 彼らは当初、俺をおそれながらも受け入れようとしてくれていたのかもしれない。

 そうでなければ、魔力を使い果たして無力になった俺を、あの場で始末していたはずだ。

 まぁ、その後の結果はあんなんだったけどさ……。

 それも無理ないことだってのは、今はわかるつもりだ。

 

「ねぇ、グーさん、ここ座って」


 ノノがベッドを叩く。


 俺は、一体何をたくらんでいるとも思うが、断る理由もないので言うとおりにした。

 俺が座ると、ノノは、


「この角って、触っても大丈夫なの? 実は急所だったりしない?」


「いや、別になんてことはないぞ。

 頭の一部みたいなもんだ」


「ふぅん」


 ノノの指が俺の角に触れる。

 他人に角を触られたことなんてなかったから、くすぐったいような変な感じはするが別段頭部を触られているのと大した違いはない。


 ただ、ノノの意図がわからない。

 単なる好奇心なのか、なにか考えでもあるのか。


「なぁ、ノノ……」


 一体なに考えてるんだ?


 そう言おうとしたが、意に反して俺の口は動かなかった。


「…………」


「…………」


 ノノの顔が間近にある。

 初めてイーリャさんと会ったとき以上に接近していた。

 というかゼロ距離だった。

 かろうじてノノが瞼を閉じているのだということだけはわかった。


 いや、待て、これはもしかしなくても……。


 俺の頭が状況を把握しかけていたところで、ノノが離れた。


「私はいいよ」


 ノノは顔を紅潮させて、呆然とする俺をまっすぐに見据えた。


「グーさんと同じ立場になる。

 それで、グーさんを守ってあげる。

 ……それなら、ここにいられるでしょう?」


 真剣な、しかしどこかふわふわとした目で、ノノが俺を見ていた。

 俺は、


「…………」


 いきなりの急展開に大層動揺した。

 そして悩んだ。

 この状況で言っていいものかどうか。いや、どうせ今じゃなくても後でわかるんだろうけど。

 だったら今消化しておいた方がいい、のか。


「ノノ」


「……な、なに?」


 意を決した俺に、ノノはわかりやすいくらいにびくっと震えた。


「俺が魔族だから街を出ていくうんぬんの話はすでに大部分が解決しているんだ。

 おそらくは、今後大きな問題にはなることはないと思う」


「…………はい?」


 俺の言っていることが理解できていないのか、ノノは固まっていた。


「街長とギルドマスターが暗に……まぁ全然隠す気はなかっただろうが、俺の存在をうやむやにしただろう?

 そのおかげで、今の俺は街人にとってアンタッチャブルな存在なんだよ。

 魔族でありながら、街長とギルマスが後ろ盾となってるんだ。俺を敵に回す場合、相手が3人になっちまってるんだ。それも権力者が2人で、魔族が1人。

 これに反して、わざわざ俺を排除しようとする奴はほとんどいないだろうよ。

 俺がおとなしくしていれば、向こうも波風立てようとは思わないってことだ。

 そもそも俺は、問題がおおよそ解決したと思ったから戻ってきたんだぞ?

 恩人を簡単に危険に晒せるかよ」


「…………」


「だから、まぁ、なんですか。

 ノノもそこまで過敏になることはないというか……」


 必死にいい感じの説明をひねり出そうとしていたところに、ノノが感情のこもっていない声を出した。


「……ねぇ、グーさん」


「な、なんだ?」


「もしかして、私、今、やっちゃった?」


 ノノは先程よりも顔を赤くして、目が小刻みに震えているように見えた。

 

 やっちゃったというか、やらかした感はありますね……なんてバカ正直には、さすがに言えなかった。

 多少は好かれているとは思っていたが、それはあくまでほんの一部で、大部分は一緒にいることでわいた情によるものだと思っていたわけで。

 俺にとっては不意打ちもいいとこだったのだ。


「…………」


 はからずも、この展開はノノにとっても想定外であったようだが。


「じゃ、じゃあ俺はこれで……明日からまたよろしくな」


 俺は逃げるようにそそくさと部屋を出た。

 これ以上あの空間に一緒にいるのは、俺にもノノにもいろいろと限界だった。


 ドアを閉めたと同時、


「~~~~~~~ッッ!!!!」


 声にならない叫びが部屋の中から聞こえてきた。

 ドンッとドアに何かがぶち当たる音がする。

 ノノが枕でも投げたのだろう。


「~~~~~~~~~~~~~~~~~ッッッッ!!!!!」


 魂の叫びよろしく、聞いてる俺の心が抉られそうな声であった。

 ドアを閉めていても、何かを叩くような……というか布団だろうけど、大きな音が連続で聞こえてきた。

 居てもたってもいられないらしい。


「……つか、それは俺だって同じなんだけどな」


 今更ながらに恥ずかしさがこみ上げてきた。


 あいついきなりなにしてんだよ。

 あんなふざけたことしといて責任取れんの?


「今更親愛の情とか言われても無理だろ……」


「あら、グラーニアさん、こんなところでどうかしたんですか?」

 

 ぐおっ!?


 比喩ではなく、俺は文字通り飛び上がった。


「い、イーリャさん……」


 なぜかイーリャさんが、廊下で満面の笑みを浮かべていた。

 一見して天使の微笑みなのだが、その実どこか違和感がある。


「あーっと……明日の店のことで、ノノと相談してたんですよ!

 でもそれももう終わりましたよ! 俺はもう寝ますね! イーリャさんも、明日も早いんですから休みましょう!!」


 俺が早口で告げて、イーリャさんを反転させて背中を押す。


「二人ともとても熱心なのね。

 ……そんな風に、顔が赤くなるくらい白熱していたなんて」


 ぴたりと、俺の動きが止まる。


「どんなお話をしていたのか、聞かせてもらえる?」


 振り返ったイーリャさんの眼は怪しげに爛々と輝いていた。

 俺はすっとドアを指差して、


「……娘さんに聞いてください」


 ノノを売ることにした。

 イーリャさんは一瞬迷ったようだったが、


「そうね」


 無事俺から興味を移して、部屋の中へと入っていった。


「グーさん!? ……なんだ、母さんか…………え、なに? 近いんだけど…………ちょっと、ホントなに? なんで笑ってるの? ……やだ、やめて!? その顔やめてよ!? やだ、もうなに!? なんなの!?」


「ノノ。何があったの?」


「べ、べべべ別になんにもないし……」


「ねぇ、母さんに教えて? ノノの顔が真っ赤になるような、思わずゴロゴロ転がりたくなるような何かがあったこと母さんに教えて?」


「ないよ!? なんにもないから!? だからないってば!?

 ……ちょっと、グーさん!? 聞こえてるんでしょ!? グーさんってば!? 助けてよおおおおおおおお!!?」


「ふふふふふ」


 …………。

 大丈夫だぞ、ノノ。からかわれまくって死んだ人なんて、聞いたことないから。


 俺は壁向こうのノノに向かって合掌して、部屋に戻ることにした。

 途中で、薄情者ぉぉぉとか聞こえてきたけど、きっと俺のことではないはずだ。




 そんなわけで。

 俺は明日も明後日も弁当とポーションを売っているらしい。

 名実共に家族となる、大切な人たちと共に。


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