第10話 冒険者は明かされる
さて、ノノと家に戻ってきたのはいいのだが。
「……なぁ、俺この姿でイーリャさんに泣かれないかな?」
今はかろうじて布で隠れているが、俺の頭からは2本の角がにょきにょき生えているのだ。
誰が見ても一発で魔族だとわかる。
正直、イーリャさんに引かれると、かなり深刻なダメージを受けそうだ。泣かれでもしたら、俺がショックで寝込みかねん。
「だ、大丈夫だって。母さん、結構図太いし、細かいこと気にしないから………………たぶん」
おい、やめろ。小声でたぶんとか付けるなよ。余計不安になっちゃうだろ!
「……なぁ、やっぱり俺、今日は宿屋に泊まってくるよ。魔力が戻ったら明日ちゃんと人化して戻ってくるから……」
「ダメ。グーさんのこと信じてるけど、信用ならないからそれはダメ」
欠片も信じてねぇぞ、こいつ。
息を吐くように矛盾言わないでくれませんかね。
と、ノノが俺の腕をがっちりホールドしてドアに手をかけた。
「とにかく、今更どうしようもないんだから、入るよ!」
ノノの意志は固いらしい。
まさかノノを振り払ってまで逃げるわけにもいかない。
俺が頷くと、ノノは勢いよくドアを開け放った。
「か、母さん? ……ただいま~?」
ドアを開けた勢いは瞬時に拡散し、ノノはおそるおそる中を伺いながら家に入る。
泥棒のような動きだった。
ノノの怪しさ大爆発の行動をよそに、イーリャさんはいつものように台所で料理をしていたようで、
「おかえりなさい、ノノ。……それにグラーニアさんも」
と、微笑みながら迎えてくれた。
「ど、どうもです、イーリャさん」
あまりにもいつもどおりなイーリャさんに、逆に俺は挙動不審になってしまう。
「ふふふ。おかえりなさい。
あ、そうだ。グラーニアさん、お弁当箱出してください。まとめて洗っちゃいますから」
「え? あ……すいません、俺、まだ弁当食べてなくて……」
俺はバッグから弁当箱を取り出して開けようとして、
「……う」
声がして、イーリャさんを見ると、イーリャさんが後ずさっていた。瞳には涙を滲ませている。
「え? ちょ、どうしたんですか!?」
「母さん!?」
突然半泣きになったイーリャさんに、俺とノノが駆け寄る。
「……ごめんなさい。なんでもないの」
「いやいやいや、なんでもないわけないですよね?
……あ、もしかして、俺ですか? 出てくとか言っといて速攻で戻ってきた俺の存在がやっぱり気に食わないんですか!?」
「ちょっとグーさん、そんな言い方ああああああ!!!」
ノノが俺の頭を指差す。
俺はとっさに頭に手を当てて、
「あ、布!?」
「落ちてるよぉ!? あっち落ちてる!?」
大パニックになる俺とノノ。
俺は慌てて踵を返し、布を拾って頭に卷きつけた。
「…………」
イーリャさんが両手を口元にあてて、俺を半泣きで見ている。
「い、イーリャさん……俺……」
声を掛けると、イーリャさんはびくっとして顔を逸らした。
…………いや、そうだよな。
魔族を前にしたら、普通の人はそうなるよな。それが当然の反応だ。
イーリャさんにされたのはきついけど、考えてみりゃイーリャさんのがよっぽどショックだよな。共に生活していた男が、魔族だったなんて。
俺は頭をおおっていた布を外した。
「……イーリャさん……今まで黙っててすみませんでした。
俺、本当は魔族で……」
「お弁当、美味しくなかったですか?」
「そう、弁当は…………え?」
「ごめんなさい。今度はもっともっと美味しいの作りますね。
だから、次はちゃんと食べてくださいね」
半泣きのイーリャさんは健気にも笑っていた。
ていうか、弁当? え? なんの話? あれ?
助けを求めるように俺はノノを見た。
ノノの視線は俺の手元に注がれている。
視線を追ってみると、そこには弁当箱があった。
全力ダッシュの賜物だろう。弁当箱の中身は見事にシェイクされまくって「どちゃぁあ!!!」という効果音が聞こえてくるようだった。
うわ、これはひどい……。
思わず目を逸らしたくなる惨状だ。
いや、待て、確かにひどい惨状だけど今大事なのって弁当なの? 俺のこの2本の角じゃないの?
イーリャさんを見ると、悲しそうではあるけど、別に俺を恐れているような気配は感じられなかった。
「…………」
俺は弁当を持ったまま黙って席につく。
弁当を食べてみた。
トルネードされた見た目に反して、やはり味は最高だった。さすがにいつもよりは数段落ちるけど、シェイクされてもなお美味いモノは美味い。
腹が減っていたのもあり、そのまま勢いよく食べ続け、数分もかからず俺は完食した。
その間、イーリャさんはずっと立ったままだった。
「……ごちそうさまでした。今日も美味しかったですよ」
若干ぎこちない笑みで、俺はイーリャさんの元まで行って弁当箱を差し出した。
イーリャさんは、ぱっと満面の笑みになって、
「はい。お粗末様です」
嬉しそうに弁当箱を受け取った。
「……なにこのやり取り」
いつの間にか椅子に座っていたノノが、テーブルに頬杖ついて超冷めた目で俺たちを見ていた。
ノノは夕食を食べるとさっさと自分の部屋に行ってしまった。
いや、別におかしいことじゃない。
明日も仕事があるんだ。身体を休めるためにはとても合理的な行動だ。
……でも、いくらなんでもいつもどおりすぎない? 順応性ありすぎない?
なんだろ。悩んでた俺バカみたいじゃん……。
「グラーニアさん、どうぞ」
「どもです」
礼を言って、お茶をすする。
熱すぎず温すぎず、ちょうどいい温度だった。
「ふう……落ち着きますね」
「そうですね」
イーリャさんとの間にまったりした空気が流れる。
いや、待て。
なんか普通に馴染んでるけど、スルーされてたから俺も自分からは触れなかったけど、さすがにこのままあやふやなままだと不安すぎて小市民の俺の心がもたない。
というわけで、俺は確かめることにした。
「あの、もしかして、俺が魔族だってこと気づいてました?」
「ええ」
何を今更? という顔をされてしまった。
え? なにこの反応……俺バラしたりとかしてないよ?
「ち、ちなみにいつ気づいたんですか?」
「最初から、ですけど?」
「最初から!?」
ど、どういうことだ!? 最初って、俺が拾われたときからってこと? でもあのときは当然人化してたし…………、
「路上に倒れていたグラーニアさんを家に運んでベッドに寝かせて、一度お水を取りに行ったんですよね。
それで戻ってきたら、今のグラーニアさんみたいになってましたよ?
それから少ししたら、角がなくなって元の人の姿に戻ってましたから、私の見間違いかとも思ってましたけど。
やっぱり魔族の方だったんですね」
優しく両手を合わせて笑うイーリャさん。
「…………」
俺、寝てる間に人化解けてるじゃん……。
そうだよ、あの時ってグリフォンぶっ倒すために魔族化してビート・ヒート使ってたじゃん。
その後ロクに休んでないし魔力からっぽになっててもおかしくないじゃん。
で、寝てる間に魔力戻って、また無意識に人化してるんじゃん。
「……なんでそれで俺を家に置いてたんですか?
魔族ですよ、魔族。残忍にして残虐、道行く人は遊び道具程度にしか思ってないような連中ですよ?
とっとと追い出すべきでしょう!?」
我ながらひどいが、事実なのだから仕方ない。
イーリャさんはめずらしくドヤ顔で答えた。
「女の勘です」
「…………」
いや、イーリャさんなら第六感くらいあるかもしんないけど、え、マジですか?
俺がぽかんとしていると、イーリャさんが噴き出した。
「ふふふ。嘘です。
本当はグラーニアさんに掴まれたからなんですよ」
「……掴まれた?」
寝てる間に無意識に首でもつかんだんだろうか、俺は。それで身の危険を感じて……?
でも、そんな感じじゃないよな。
「戻ってきたらグラーニアさんに角が生えていたので、思わず近くで見ようと思ってそばに行ったんですよね。
近くで見て、あぁ、この角は本当に生えているんだなぁと思っていたら、いつの間にか袖をつかまれていたんですよ。子供のように、とても弱々しい力で」
イーリャさんが左の袖を柔らかくさすった。
「だから、きっと悪い人ではないんだろうなと思ったんです。
ふふふ。大正解でしたね」
……袖掴んだのが理由ってなんですかそれ、結局勘じゃないですか。
「街長に話すのは少しだけ迷いましたけど、何かトラブルがあってからでは遅いですからね」
「街長、ですか?」
「ダグラスですよ。武器屋の店長です」
「…………え?」
殺し屋店長!?
……ああ、そうか!! だからさっき皆あの適当な嘘にも納得して解散したんか!?
街長とギルドマスターのダッグが揃って圧力かけたんじゃあ、逆らうデメリット大きいもんな。そういうことかよ。
「……なんか……いろいろなことが納得いきました……」
今更になってどっと疲れが押し寄せてきた。
結局、俺の迷いはいらぬ心配だったのだろうか。
最初から、俺はこの人たちを信じていればよかったのか。
はぁ。
もういい。こうなったら気になったことは全部確かめておくとしよう。
「そういえば、ノノからイーリャさんが泣いていたって聞いたんですけど」
「ええ」
……えっと?
「…………嘘でしょう? イーリャさんが? マジですか?」
「グラーニアさん、どういう意味ですかそれ?」
あ、まずい。
相変わらずイーリャさんは笑ってるけど、なんか不機嫌になってる気がする。
「いや、なんかこう、想像しづらいと言いますか、いえ、いい意味でですね……」
「…………」
無言で見られる。
やばい雰囲気だ。
うまく言葉にはできないけど、よろしくないということだけは俺でもわかる。
「グラーニアさん」
「はい!」
ただ名前を呼ばれただけなのに、思わず姿勢を正してしまった。
「私は、グラーニアさんの事情は知っていましたし、もしかしたら近いうちに出ていってしまうのかもしれないとは思っていましたよ。
あなたは、優しくて……人の好意に臆病な人だと思っていましたから」
「……はい」
イーリャさんの指摘は的を射ている。
俺は、あの村でのことがずっと胸の奥に刺さっている。もう何年も経つのに。
「あなたが選んで決めた道なら仕方ないことです。せめて幸福であることを想いました。
……けど、ダメですね。
実際にグラーニアさんが出ていって、私は心にぽっかりと穴が空いたようでした。
これじゃあとてもじゃないですけど、私は元気でなんていられません」
「イーリャさん……」
「私はわかっていてもダメだったんです。
それから、ようやく起きてきたノノの落ち込みようはひどいものでした。
いつもどおりにしようとしていましたけど、何をしていても元気がなくて泣いているようでした」
「…………」
「本当言うと、どこかでノノを焚きつけようかと考えていたんです。
きっとノノも言いたいことがあると思いましたし、グラーニアさんもあの子には甘いですからね。タイミングを見計らってノノをグラーニアさんのところに行かせようと思っていたんです。
……でも、ノノを見ていたら、気がついたときには私が泣いてしまっていました。
それはもう、ノノは驚いた顔をしていましたよ。
それからすぐに家を飛び出して行ってしまったんです」
「な、なるほど」
未だに本人の口から聞いても、イマイチ想像しがたいが、ノノの話はそのままの意味で本当だったらしい。
まぁ、イーリャさんを泣かせたのなら、そりゃノノもキレるよな。
「ちょっとだけ心配していたんですけど……ふふふ。
ちゃんと二人で帰ってきてくれて安心しました。
仲睦まじく腕を組んでくるとは思っていませんでしたけどね」
「あ、あれはイーリャさんの想像しているようなことではなくてですね……」
「あら、じゃあノノは傷心中? なるほどなるほど、だからすぐに部屋に行ってしまったのね」
「……ぐっ」
この人絶対わかってて言ってるよな!? めっちゃ面白気に笑ってるし!!
ここで俺がいくら否定しても、イーリャさんを楽しませるだけだ。
なんというタチの悪さ。ノノが言ってた悪魔を飼ってるというのもあながち間違いじゃないな。
こういうときは、
「俺も寝ます」
三十六計逃げるが勝ち。
敗北は次の勝利のために、である。
「はい。おやすみなさい」
ひらひらと手を振るイーリャさんに、俺は苦笑することしかできなかった。




