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第1話 冒険者は拾われる

 目を覚ますと、ふかふかの布団の中にいた。


 え? ここどこ?

 確かあの後、どうにか街に辿りついて、どこか宿屋を探してたはずなんだが……


「あら、目が覚めたんですね。

 具合はどうですか?」


 おっとりとした感じの女の声がした。

 声の方に顔を向けると、20歳くらいの長い黒髪を垂らした女が俺の顔をのぞき込んでいた。

 近い。さらに近づいてきてる、超近い。ていうか、額くっついとるんですけど!


「な、なな!? な……!?」


 驚く俺に、女は平然と聞いてきた。


「痛むところはありますか?」


 額と額をくっつけたまま尋ねてきた。


「いや、ちょ、離れて。離れて」


「はぁ。離れたら熱測れませんよ?」


「大丈夫だから。俺大丈夫だから!

 ……って、なんで脱がしてんの!?」


 女が俺の服のボタンを外しにかかる。

 なにこいつ痴女なの!?


「傷がないか確認しようと思いまして」


「いいよ! 痛いところない! 傷ない! 俺は大丈夫だから!!」


「そうですか? でも一応見ておきますね。あなたは道で倒れていたんですから」


 接近しすぎ女に対して、俺は力づくで無理矢理振り払うことを躊躇っていると、部屋のドアが開かれた。

 黒髪を後頭部で縛った小柄な少女が入ってくる。

 手には桶を持っていた。


「ねぇ、白髪のおにーさん起きた?

 まだ起きないようだったら、教会の人でも呼んで回復魔法を…………」


 ばしゃん、と少女が手にしていた桶が転がり水が溢れる。

 少女は呆然としている。

 女は身体を起こして、少女に向かってにこやかに声をかけた。


「あ、ノノ。ちょうど今起きたところよ」


「…………」


 時が止まる少女と、半裸の俺の目が合う。

 接近女にマウントされたままの俺は、どうにか片手を上げてにこやかに声をかけてみた。


「……ど、どもー」


「…………な……な、な……」 


「「な?」」

 

「なに昼間っから変なことしようとしてるのおおおおおおおおおおおおおお!?」


 少女の渾身の魂の叫びが、小さな部屋に響きわたった。




 ◇ ◇ ◇




「俺はグラーニア。 

 一応冒険者をやってます。

 この街に来るまでに気力も体力も限界になっちまったみたいで……。

 俺、倒れてたんですよね? その、介抱してもらって感謝してます」


 ベッドで身体を起こした状態の俺は、ペコリと頭を下げた。

 椅子に座っている二人のうち、年上の方はイーリャという名前らしい。柔らかい感じの目をした、ほわっとした雰囲気の美人だ。年は20歳くらいだろうか。

 イーリャがふわふわとした仕草で顔の前で手を振った。


「いいんですよ。困ったときはお互い様ですから」


「いえ。見ず知らずの自分を助けていただき、本当にありがとうございます」


 俺は再度頭を下げる。

 実際行き倒れたままだったら、マジで俺は危なかったかもしれないのだ。

 目の前の人は、誇張ではなく命の恩人だ。


「……で、もう身体は大丈夫そうなの?」


 年下の方の少女、ノノリアーノはうさんくさい者を見る目を向けてきた。

 イーリャに似た面影はあるが、こちらはふわふわというよりはチャキチャキした感じだ。13、4歳くらいの幼い印象の少女だった。

 

 どうにかイーリャとの誤解はとけたものの、警戒はされたままだった。

 まぁ、このくらいの娘ならば見知らぬ男相手に無警戒でいる方がおかしいか。


「おかげさまでね。

 休ませてもらって、大分楽になった。

 大した額じゃないけど、礼を……」


 俺は懐に手を入れて財布がわりの革袋を出す。

 革袋から手のひらに出てきたのは銅貨3枚だった。


 …………。


 静寂が満ちる。


「子供のお小遣い?」


「ぐはっ!?」


 半眼で見てくるノノリアーノ。

 率直な感想が、俺の胸に突き刺さる。


 しまった! そういや移動で馬車使わなかったのだって、そもそも金がなかったからじゃねぇか!?

 

 絶望している俺。

 哀れな俺を、そいつはとどめとばかりに容赦なく無慈悲に責め立てた。


 ぐぅぅぅうぅぅぅ。


 …………。


 再度、静寂が満ちる。

 なんの音と説明するまでもない。俺の腹の虫だよ。頼むから自重してくれ!


「ご飯の用意しますから、待っていてくださいね」


 微笑むイーリャの慈悲深い言葉に、俺は無言で頭を下げるのだった。




 ◇ ◇ ◇




「ごちそうさまでした」


 空になった数々の食器を前に、俺は両手を合わせ小さく礼をした。


 ふぅ、久々に腹いっぱい食ったな。

 パンやらスープやら炒め物やら、とにかく盛りだくさんだった。

 最初は俺も遠慮して料理にあまり手を付けていなかったけど、イーリャやノノリアーノだけでは食いきれないとわかるや否や余計な気遣いは無用だった。

 余らせてももったいないしな。せっかく作ってもらった手前、ありがたくいただいた。


「……まさかあの量を食べきるとは思わなかったよ。ここまでくると気持ちいいくらいだね」


 ノノリアーノは呆れた顔をしていた。

 俺は満腹になった腹をぽんぽん叩きながら、至福の表情を浮かべる。


「ここ数日まともに飯食べてなかったし、腹減ってたのもあるけど、実際美味かったからなぁ」


「文無しのおにーさんが、まったく遠慮しないでバクバク食べてるのにも驚いた」


「……すんません」 


 思わず小さくなって頭を下げる俺。


「ふふ。気にしないでください。

 ウチは女しかいないですから。ノノも育ち盛りなんですけど、ダイエットがどうのとかで最近はあまり食べてくれないんですよ」


「ちょっと、余計なこと言わないでよ!?」


 ノノリアーノが椅子を蹴るようにして立ち上がる。顔が赤い。

 ざっとみた限り気にする必要はないと思うが、難しいお年頃のようだ

 イーリャはノノリアーノのことはまるで気にせず、 


「グラーニアさんはいっぱい食べてくれますので、とても作り甲斐がありますね」


 おっとりとした口調で、天使のような微笑みを浮かべた。


 ……すげーいい人だけど、見ず知らずの俺に対してここまで施してて日常生活は大丈夫なんだろうか?

 なんか悪い人に普通に騙されそうだけど。


 俺がもっともな心配をしていると、ノノリアーノはため息をついて椅子に座った。


「もう、いっつも一言多いんだから……。

 で、グラーニアさんはこれからどうするの? この街には何しにきたの?」


「あてもなく旅してるだけだから、取り立てて街に来た目的はないんだよな。

 とりあえずは金を稼ぐさ。

 冒険者ギルドに行って、めぼしい依頼でも探してみるよ」


 さすがにこのまま、はいさようならってわけにはいかないしな。

 助けてもらった分の礼だけはしなくては。


「大丈夫なの? 銅貨3枚しか持ってなかった人が冒険者とか信じられないんだけど」


「それはもう言ってくれるなよ……」


 ノノリアーノのツッコミに思わず肩を落とす。


 ……ちくしょう小娘め。見てろよ。大金稼いでてきて目にもの見せてやるからな!


 俺が決意を新たにしていると、イーリャが胸の前で、ぱんっと手を叩いた。


「あら。でしたらグラーニアさん、この街にいる間はこちらにいらっしゃるんですね。

 実はいろいろと試してみたい料理があったんですよ。よろしければ是非感想を聞かせてくださいね」


 楽しそうに笑うイーリャ。

 本気で歓迎してくれてそうだが、甘えるわけにはいかないよな。


「いや、さすがにそこまで世話になるわけには……」


「そ、そうだよ母さん! そりゃ悪い人じゃなさそうだけど、これでも男の人なんだよ!?」

 

 これでもってなんだよ、これでもって。どんな風に見られてるんだね、俺は。

 え? つか、ちょっと待って。


「母さん? え? ……二人は姉妹じゃないんですか?」


 俺が驚愕していると、ノノリアーノが苦虫を潰したような表情を浮かべる。


「うん…………こんなんだけど、私の母さんなの。

 もう33歳になるんだけど、私が生まれたころから全然変わってないの」


 マジかよ……。

 ダメだ、真実を知った今でも姉妹にしか見えん。

 イーリャ……いや、イーリャさんってサキュバスの血でも混ざってんじゃないの?


「またまたノノったら。あなたは小さかったから記憶が曖昧になってるだけよ」


「街の皆も同意見だよ…………あ、でも、うーん。そっかぁ。そう考えれば悪くないのかなぁ……」


 なにやらぶつぶつ言い出すノノリアーノを置いて、イーリャさんが俺を見る。


「また行き倒れてしまったら大変でしょう?

 部屋は余ってますから遠慮しないで下さい。賑やかになりそうですし、歓迎しますよ」


「……えと…………」


 返答に困る俺。

 イーリャさんはにこにこと笑っている。

 どうすればいいか迷う俺はノノリアーノに視線を向けたところ、


「ま、いんじゃないの」


 というありがたいお言葉をいただくのだった。

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