第九話~一字違いで大違い。トラベルとトラブル 後編~
深夜に第八話が投稿されています。
翌日、村では男衆を集めての打ち合わせが行われた。手順はカレルがフェロウとュアンを人食い熊の見える所まで案内し、その後にカレルが離脱。残った二人が牽制しながら村外れまでおびき寄せて全員総掛かりで罠に嵌めて仕留めると言うものだ。
打ち合わせの後、フェロウ達は襲われた現場が見たいと申し出る。ズィムが何故と疑問を口にするとフェロウは「ちょっと気になるんでな」と応えた。ならばとウレンが夫婦の遺体が見つかった場所へと二人を案内した。
「ここで見つかったんだ」
ウレンの話では、夫婦の遺体はバラバラにされた上に、頭を残して肉や内臓が食い尽くされていたとの事。辺りには食べ残しの骨や肉が散らばっていたらしい。
フェロウは辺りを見聞し、足跡を見つけると、それを見ながら考え込んだ。
「どうした?」
「この足跡だが、少し熊とは違ってないかと思ってな。この辺りじゃ熊はよく出るのか?」
「いや、滅多に見かけないな。俺が見たのは、五年前に俺の爺さんの罠に掛かったヤツが最後だ」
それを聞いてフェロウは更に考え込み、周りの木々を見て回り始める。
「今度はなんだ?」
「ここと、ここ。それとそこにもある。腰より低い所だ」
フェロウが示した場所には爪跡とは違う何かで斬りつけたような複数の痕跡が幾つも残っていた。
「なんだこりゃ?」
不思議そうにそれを見聞するウレンにフェロウが「俺の見立てだと空斬の痕だ」と言った。空斬とは魔術師でも手練れと言われるほどの者が使える魔術だ。
「空斬? まさかこいつは熊の仕業じゃねえのか?」
「俺達は前に空斬を使う“忌み物”とやり合った事があるんだ。そん時と似てると思ってな。なあ、ュアン」
「ええ、あの時は苦労したわね。逃げるのに」
それを聞いてウレンの顔が青ざめる。
“忌み物”とは普通の動物とは違う凶悪な怪物の事だ。対抗するには魔術師でも無い限り、最低でも軍隊の兵士三十人以上をもって対処しなければならない程で、村人程度には荷が重すぎるのだ。
「しかも足跡から、俺達が相手したヤツより相当でかい」
「おい、本当かよ。俺を担いでんじゃないよな」
「俺達だって命が掛かってんだ。いい加減な事は言わねえよ。それよりお前、猟師だろ、気が付かなかったのか?」
「さっき言った通り、熊なんざこの辺りじゃ滅多に見ないんだよ。それに殺された夫婦もんの亡骸に気を取られて、それどころじゃなかったんだ。しかし、こりゃあ一大事だ。村長に知らせねえと」
青ざめて震える足をなんとか抑え、踵を返して「戻ろう」と言うウレンに、フェロウは「俺達はもう少し調べてみる。先に戻っていてくれ」と告げた。
「勝手にしろ。俺は戻るぞ!」
そう言うや否やウレンは、脱兎の如く来た方向へと引き返して行く。その後ろ姿を見送り、彼が十分に離れた事を確認するとタケヒトはニヤリと笑った。
「作戦開始だ」
*****
時はタケヒト達が小屋で相談を始めたところまで戻る。
――どう見ても外見は立って歩くナマケモノじゃないですかー! やだー!――
――酷似してますね。腕の本数数と体型が若干違いますが――
――腕? あー、仮分類で六肢類って名付けたやつね――
よく見ると鋭く長い爪のある長腕は肩甲骨の背骨寄り辺りから生えており、それとは別に小振りな腕が肩に当たる部位から生えていた。
この惑星の生物の殆どは地球の生物に酷似しているが、それとは全く別な生物も存在していた。
タケヒト達は調査の過程で、四肢の他にもう一対の肢、中肢から変化したと思われる腕や翼を持つ一連の生物群の存在を確認していた。
これらをタケヒト達は便宜上“六肢類”と呼称し一般の四肢を持つ動物と区別している。総じてこれらは肉食性で獰猛、魔術と類似したものを使う事から、現地ではこれら六肢類は“忌み物”と呼ばれ恐れられていたのだった。
――肉食性ですし、中肢の位置や関節からも六肢類に分類出来ると思います。鹿を襲う映像では“魔術”様のものを使用している様子が撮れていますし――
アンがそう言うと視界にその映像が映し出された。巨体に似合わず静かに獲物の後ろから素早く忍び寄り、中肢と呼ばれる長い爪を持つ腕を振るう。すると次の瞬間、鹿は小間切れの肉へと変わり果てた。
“忌み物”は肉塊に近寄ると前肢を器用に使い、体の割に小さな口へと肉を運んで噛じり付く。
――うわあ……。引くね、これは――
――外見上、顎の力はそう強くなさそうです。こうして獲物を小間切れにして摂取するみたいですね――
――膂力も有りそうだし、これはこの村の人達では対応出来ないかも。RPGの初心者フィールドで中盤以降のモンスターが出て来た気分だよ――
――今なら黙って村を離れる事も可能ですが――
――放っておくと被害拡大するだろうし。姿を借りてる僕らのせいで“誉れある黒の民”と“褐色の森人”の評判を落とすのも憚られるからなあ――
――こっそり駆除して立ち去るのは?――
――後金貰い損ねるけど、僕達の立場と村の事を考えてそうしようか――
――では、今からですか?――
――うーん、悩ましいねえ――
暫く二人は、ああでもない、こうでもないと策を練ったのだ。
*****
タケヒト達は藪の中を駆け足で進んでいた。対象の居る場所は常に把握してあるので迷うことはない。
彼らは対象である“忌み物”の正面へと躍り出ると、“空斬”を使う暇を与えないよう、素早くアンが“忌み物”の顔目掛けて矢を射かける。
“忌み物”はアンの矢に怯んで顔を守ろうとし前肢と太い中肢で顔面を防御する。その隙に、タケヒトは棍を槍のように構え姿勢を低くして懐に飛び込むと、正中線に沿って胸、喉、顎と三連撃で突きを叩き込み、脇下を潜り抜け背後へと離脱した。
堪らず叫び声を上げ前肢と中肢を振り回す“忌み物”目掛けてアンが次々と矢を射かけると、一本の矢が“忌み物”の左目に深々と刺さり叫び声をあげた。
アンが弓矢で牽制している隙にタケヒトは“忌み物”の後ろから棍を高速で振り回して中肢の肘関節に目掛け下から打ち上げるように叩き込む。
音速を超える速度で振り抜かれた棍は“忌み物”の腕を吹き飛ばしながら衝撃波を発生させた。
タケヒトは棍を振り抜いた勢いで体を回転させ、“忌み物”に反撃を許さずその膝を目掛けて棍を横に薙払った。タケヒトにより膝を砕かれ“忌み物”はバランスを崩し、横倒し気味となりながら前に倒れ込んだ。
前肢を使って起き上がろうと足掻く“忌み物”の背中にタケヒトは跳び乗り、残った中肢に向けて棍を振るい、それを吹き飛ばすと素早く背中から素早く降りる。
片膝を砕かれ立ち上がる事が出来ない“忌み物”は苦痛に叫び声を上げて血を撒き散らしながら転げ回る。このままでも両中肢からの出血で失血死に至るだろう。
生存本能から“忌み物”は叫びながら長い爪が付いた両前肢で中肢の出血部を押さえようとして藻掻く。
そして仰向けになったところで、その目が捉えたのは今まさに棍を頭に振り下ろそうとしているタケヒトの姿だった。
*****
村へと急ぎ歩くウレンは、背後から聞こえた悍ましい叫び声に足を止めた。続けて柏手を打った様な破裂音が続き、更に激しい叫び声が聞こえた。あの声は断じて熊なんかじゃない、とウレンは思った。
まさか、とウレンは考える。タケヒト達が襲われて応戦しているのではないかと。
とにかく急いで村に戻って知らせないと大変な事になる。そう思いながら村に向かい駆け出そうとした途端に、先程より大きな破裂音が響き渡った。ウレンは腰が抜けそうになりながらも耐え、今度こそ村へと駆け出した。
村に戻ったウレンからの報告を聞いて、村長のズィムは青ざめる。熊だと思っていたものが“忌み物”であるかも知れず、しかもウレンからは雇った傭兵が襲われ応戦しているらしいと聞かされた時には冷や汗と震えが止まらなくなった。ズィム含めて村人全員も里山から鳴り響く破裂音と叫び声を聞いていたのだ。
もし傭兵達が応戦しながら“忌み物”を引き連れながら村に撤退して来たとしたら、否、傭兵達が別方向に離脱、或いは敗れても遅かれ早かれ“忌み物”は村までやって来るだろう。
しかし村長として何もしないでいる訳には行かない。ズィムは腹に力を入れて皆に指示を出す。
「皆に“忌み物”が出たと伝えて男衆を集めろ! 女子供と年寄りは寄合い所の地下だ! 急げ!」
村の寄合い所の地下には、戦が絶えなかった頃に身を隠す場所として作られた地下室がある。そこならば一時は安全だろう。
「ウレン! お前は馬で代官に知らせに行ってくれ!」
「おう! すぐ出る!」
「カレルは有りったけの罠の準備を頼む! 村の里山側に罠を仕掛け終わったら、見張りを何人か寄合い所の屋根に上げたら他は中に集まってくれ!」
「わかった! お前とお前、俺と罠を取りに行くぞ!」
皆が慌ただしく動き、準備を終えると見張りを除いて全員が寄合い所に籠もり、息を潜める。
男衆が交代で見張りをし、地下に避難している女子供達も交代で上に出て来ては食事を取る。食事は煮炊きが出来ないため、保存食で賄われた。
そうして三日が過ぎた頃、代官に知らせに走ったウレンはまだ帰って来ず、村人達のストレスも限界に達しようとしていた。
「取り敢えず罠の様子を見に行こう」
そうカレルが提案すると、村長のズィムは最初は「まだ危険だ」と反対したが他の面々の説得もあり、最後には彼らの行動を渋々と認めた。すぐさまカレルは幾人かと武器を携えて罠の確認に向かった。
「掛かった痕もないし、どこも壊されていない。里山の様子を見に行くべきか……」
悩むカレルに、同行していたジュリコが「なあ、あそこに何か見えないか?」と里山の方を指を差した。
「何だ、ありゃ?」
「行ってみるか?」
一行はジュリコが指した場所へと恐る恐る向かった。
そこには頭を潰され息絶えた“忌み物”の巨体が転がっていた。
*****
日差しが眩しい昼下がり、街道を歩くタケヒトとアンの姿があった。
――船長、これで良かったんですか?――
視界の隅に映る、お祭り騒ぎに沸く村の様子を見ながらアンが似非テレパシーで言う。
――まあ良かったんじゃないかな。被害拡大は防げたし、僕達は珍しい六肢類の生体サンプルが手に入ったし――
――報酬を貰い損ねましたけど――
――僕達には手付けだけでも十分さ――
あの後タケヒト達は、カレル達が罠の設置を終えて引き揚げるのを待ってから“忌み物”の死体を里山入口の目に付きやすい場所に運んだ。
その後は再び里山の奥の方へ向かうとシャトルを呼び寄せ、夜の闇に紛れて探査船に一時的に帰還した。
装備と実体アバターのチェックの為だ。
小屋に置いてあった荷物は“忌み物”退治の前日の夜にドローンを使って事前に運び出しておいたので、既に蛻の殻だ。
正に「発つ鳥、後を濁さず」とタケヒトは自画自賛していたが、かなり濁しっ放しではないだろうかとアンは思う。
「なあ、ュアン」
唐突にタケヒトが東大陸語で話しかける。
「楽しいか?」
「ええ、とても。フェロウはどうなの?」
晴れやかな笑顔を見せアンは答えながらタケヒトに聞き返す。すると彼は破顔一笑して答えた。
「とんでもなく楽しいぞ。信じられない位にな」
街道を往く二人を微風が優しく撫でていった。
俺達の冒険は(ry
戦闘描写難しいです……。
次話から呆気ないくらい物語はサクサク進む予定です。