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第八話~一字違いで大違い。トラベルとトラブル 前編~

 翌朝、タケヒトとアンは宿で残り半金を払い、朝食を取ってから次の宿場町に向かった。

 国にも因るが、余程辺鄙な地域でなければ、街道沿いには二〇キロメートルから三〇キロメートル毎に宿場町が整備されていて、旅をする人々の便宜が図られている。

 また、ここ何十年も戦争や凶作による飢饉も無いので、経済も比較的安定しているので治安も悪くない。

 路銀さえあれば余計な荷物を持たずに個人で比較的安心して旅が出来るのだ。


 ただ、二人は東大陸の東端の辺鄙な地方の、内陸にある宿場町から旅を始めたので、次の宿場町までは幾つかの農村を経由しながら一〇〇キロメートルほど歩かなくてはならない。途中の農村で空き小屋や納屋など借りられれば良い方で、途中での野営は確実だ。

 更に頻度は多くないとは言え、賊や野生の獣に襲われる場合もある。

 その為、同じ方向に向かう旅人同士で固まって移動し、共に野営をする事でリスクを減らすのが慣例となっているのだが、幸か不幸か今日は二人と同方向に向かう他の旅人は居なかったようだ。

 二人は野宿せずに夜通し歩いても平気なので、特に宿の事などは気にせず、ゆっくりとしたペースで歩いた。このペースだと最初の農村を過ぎて暫く行った辺りで日が暮れるはずだ。

 いや、はずだった。


「あんた達、傭兵かい? だったら手伝って欲しい事があるんだが。もちろん報酬も出す」


 夕方、二人が農村を通り過ぎようと街道を歩いていた時に一人の若い男から声を掛けられた。彼にタケヒトは訝しげに応える。


「なんだい、この村で荒事でもあるのか?」

「熊狩りだ。人食い熊が出たんだ」


 男の話では、ここ二十日ばかりの間に山に入った村人が連続して三人行方知れずになり、うち二人は無惨な遺体となって見つかった。遺体の近くの木に、熊が縄張りを示す爪跡を残していたので、捕まえて仕留める為にと猟師が熊用の罠を幾つも張ったのだが、それが尽く壊されたとの事だった。


「猟師が言うには、人の味を憶えた相当に頭の良いヤツで体もデカいらしい。山狩りをしても逆にこっちがやられちまうかも知れねえって話だ」

「そいつは厄介だな……」


――アン、どうする? 調査と路銀稼ぎも出来る。僕は請けようと思うけど――

――異論はありません。大型生物の生体サンプルも採れそうですし――

――では決定だね。上空の探査機でターゲットを探しておいて――


 タケヒトは素早くアンと打ち合わせると男に返事を返した。


「それで俺達は何をすりゃ良いんだ? ああ、俺はフェロウ。で、こいつがュアンだ」

「ュアンよ。よろしくね」

「おお! 受けてくれるのか? 俺はジュリコだ。まずは村長(むらおさ)のところに来てくれ。こっちだ」


 そう言うとジュリコは二人を案内する為に先を歩き出し、村長の家へと向かった。

 道すがらタケヒトはジュリコに尋ねる。


「何人くらいで狩るんだ?」

「村の男衆が総出でやる。大体六〇人だな」


 そんなこんなを話しているうちに、一行は周囲の家屋より広い一軒の家の前に着いた。するとジュリコはその家の玄関から奥に向かって大声で呼び掛ける。


「村長! 助っ人を連れて来たぜ! 腕の立ちそうな傭兵の兄ちゃんに“褐色の森人”の別嬪さんだ!」

「喧しいぞジュリコ。でかい声出さんでも聞こえとる」


 そう言って出てきたのは齢四十程のがっしりとした体躯をした頭の禿げ上がった中年男だ。


「俺はズィム。この村の村長をやらせてもらってる」

「フェロウだ。傭兵なんてヤクザな稼業をやっている半端者だ」

「ュアンよ。同じく傭兵よ」


 互いに簡単な自己紹介を済ますとズィムが二人を交互に見やる。


「兄さんの得物はその棒切れか? 姉さんは弓だな。取り敢えず上がってくれ」


 そう言うとズィムは家の中へと引っ込んだ。それを追うようにしてジュリコが続きながら二人に促した。


「ほら、お二人さん。入った入った」


 タケヒトとアンは顔を見合わせ、ジュリコの後に続いて家の中に入る。作りは昨日泊まった宿と同じ様で手前が土間で奥が板の間になっている。そこにはズィムとジュリコの他に、テーブルを囲む四人の男達が居た。二人を見て、いや正確にはアンを見て息を飲む音が聞こえた。


「邪魔するよ」

「おう。椅子が足りないから取り敢えず板の間んとこにでも腰掛けといてくれ」


 ズィムがそう言うとタケヒト達は板の間の縁に腰掛けた。


「ズィム、そいつらはいったい?」


 座っていた男の一人がズィムに訝しげに訊ねた。


「助っ人を請け負ってくれた。ええと」

「傭兵のフェロウだ。こっちがュアン」

「よろしくね」


 名前を憶えきれていなかったらしくズィムが言い澱んだのでタケヒトは自分から名乗ると、男達も名乗り始めた。猟師のカレルとウレン、村長の補佐役のラシャヴと若衆頭のエラクとの事だ。


「それでさっきの続きだが」


 ズィムが話を始めた。二十日程前に里山に入った村人が一人、行方知れずになった。いくら探しても見つからず三日で捜索は打ち切られた。

 そして十日前、同じく里山に入った夫婦が行方知れずになる。探したところ山に入ってほど近い所で食い散らかされた無惨な遺体が見つかる。その遺体のすぐ側にあった木の幹の高い場所に、熊が縄張りを示す傷跡が残されていた。


「傷跡から立てば大人三人はありそうなデカいヤツだと分かる。それで俺が辺りに罠を仕掛けたんだがよ、全部ぶっ壊されてたんだよ」


 そう猟師のカレルが言った。それに続けてジュリコが話す。


「二日前に村の若衆集めて山狩りしたんだ。でも相当に知恵が回る肝の据わったヤツらしくて、勢子役が幾ら騒いでも姿一つ見せやしねえ」


 このままだと里山は入れず、それどころか夜に村に侵入されて被害が出る可能性もあり、今後どうするかを皆で相談していたとの事だ。


「人の味を憶えたヤツだ。一人か二人が囮になれば獲物と思って必ず追い駆けてくる。それで里山から誘き出したところで、男衆総出で狩ろうって話になってたんだ」


 ズィムが言うと、今度はウレンが話し始めた。


「だけど熊はとんでもなく足が速い。生半可な足じゃ直ぐに追い付かれてられちまう。それに熊を牽制しながらおびき寄せるだけの腕を持ってる奴なぞ、この村にゃ居ないしな」


 皆の視線がタケヒトとアンに集まる。


「お上には訴えたのか?」

「とっくに訴えてあるさ。代官の言うことにゃ、辺鄙な村に御領主様が兵を出して下さるかは保証できんがお前達の窮状をお伝えするだけはしておこう、だとさ」


 タケヒトが聞くと、怒りと呆れを滲ませながら、ズィムが吐き出すように言った。


「にっちもさっちも行かないって訳か。それで俺達には囮役になって欲しいってことか?」

「まあそう言う事だ。かなり危ない仕事で、あんたらには割に合わないかも知れないが、やってはもらえないだろうか?」

「報酬は?」

「手付けで銀二。熊が狩れれば追加で金一出そう」


 タケヒトは悩む素振りを見せながらアンと相談する。


――上手く行けば熊が狩れて報酬を払ってもお釣りが来るだけの臨時収入と村の安全が手に入る。失敗しても熊の不安が残るが流れの傭兵が犠牲になるだけと。そんなとこだろうな――

――妥当ですね。どうします?――

――請けるか。生体アバターが傷付くリスクはあるけど――

――すぐ再生するから問題は無いと思います――

――よし。では報酬額の増額交渉だな。落とし所は金一に銀五くらいかな? それと実力は見せておいた方が良いよね。あのエラクって若者、僕達が入室してからずっと不満そうな顔してるから、ちょっと突ついたら爆発しそうだ。金額多めで宜しく――

――俺tueeeするんですね! 分かりました!――

――違うから! 舐められないようにするだけだから!――


「ュアン、どうする? 急ぐ旅でもねえし、俺は請けようと思う」

「わたしも請けて良いと思うわ。でも条件があるの」


 それを聞いてズィム達は来たかと身構える。アンは視線をエラクに向けて小馬鹿にしたように言う。


「手付けで銀五、追加が金三ね」


 それを聞いてエラクが舌打ちしながら小声で「“人(もど)き”のくせしやがって」と毒づいた。人擬きとは、東大陸の普遍人以外に対して使われる蔑称でで、相手によっては殺されかねないほど汚い言葉だ。


「エラク! 止さねえか!」


 ここで二人に気分を害されたらと焦ったズィムがエラクを窘める。しかし、ここぞとばかりタケヒトは挑発する。


「構わねえよ。あんたが自分を“残り滓”と呼んで欲しければな」

「なんだと! この野郎こっちが下手に出てりゃいい気になりやがって!」


 “残り滓”は普遍人に対しての蔑称である。

 やり返されたエラクは激昂し、ズィムが止めるのも間に合わずタケヒトに殴りかかって来る。だがタケヒトは左手でエラクの拳を受け止めると、間髪入れずに右手でエラクの喉元を掴む。

 そして立ち上がると底冷えするようなドスの利いた声色で言う。


「粋がってんじゃねえぞ。やるって言うなら()り合おうじゃねえか、ガキが」


 慌ててズィムが「ま、待ってくれ! 気分を悪くしたなら謝る!」と止めに入った。

 エラクは喉元を押さえているタケヒトの右腕を、まだ自由が利いている左手で掴んで引き剥がそうとしてもがく。しかしタケヒトはびくともしない。エラクは息が詰まり顔色が徐々に真っ赤に染まって行く。反対に残った男達の顔は真っ青だ。

 そんな様子を板の間に腰掛けたまま黙って見ていたアンが口を開いた。


「フェロウ、それくらいにしておいたら? 大人気ないわよ」


 それを聞いてタケヒトはエラクを土間に乱暴に突き放すと、いきなり解放された呼吸に咳込む彼を睨みつけた。

 その様子を見ながら猟師の二人は小声で話し合う。


「おいウレン、お前あれ見えたか?」

「いや、全然見えなかった。こいつかなり腕が立つんじゃないか? とんだ拾い物かもな」


 二人にはエラクを捕まえたタケヒトの動きを捉える事が出来なかったのだ。


「それで、報酬はどうするの?」

「あ、ああ。あんたらの言い値で良い」


 アンの問いかけにズィムがそう言うとエラクが息を乱し四つん這いになりながら言う。


「……村長、そんなヤツらの言うことなんか……」

「うるせえ! ぐだぐだ言わねえで手前は黙ってろ!」


 エラクはズィムの一喝とともに腰を蹴飛ばされ再び土間に転がった。

 アンはその様子を気にもかけずズィムに話しかける。


「本当に良いの? 値切られると思ってたけど」

「こっちの若い者が無礼を働いた迷惑料込みだ。気にしないでくれ」

「なら決まりね。フェロウも文句無しよね」

「ああ、それで良い。これで手打ちだな」


 二人の言葉を聞き、明らかに安堵の息を吐くズィム。

 土間に座り込んで二人を黙って睨みつけるエラク。

 小声で何やら話しているカレルとウレン。

 事態の進展に着いて行けずに呆けているジュリコとラシャヴ。

 そして奥から不安気に様子を窺う村長宅の家人たち。

 場は混乱したまま静かに日が落ちて行くのだった。


*****


 事の後、村長からの夕食と寝所の提供の申し出を断り、タケヒト達は村の外れにある旅人用に建てられた小屋に泊まる事にした。

 山狩りの実行日は明後日で、罠や道具に武器等は既に準備出来ているとの事。明日はタケヒト達を組み込んだ作戦を練って最終の打ち合わせとするらしい。

 小屋に入り、内側から扉に閂をかけ、荷物を下ろして装備を解き、敷物を敷いて座ると二人は荷物から有機ナノマシ維持用の錠剤を水で口から流し込んだ。


――ターゲットは見付かったみたいだね――

――既に発見済みで近傍にドローンを配置しています。記録済み映像、再生します――


 巨大熊と思われている生物の映像を見てタケヒトは驚いた。


――これが熊? いやいや、どう見ても熊じゃないでしょこれ。確かこの惑星の生物って特殊な例を除いて、かなり地球のそれと似通ってるよね? と言うか僕、こいつと似てる動物を地球で見た事あるんだけど――

――この惑星で熊と呼ばれる生物の画像を映します。見ての通り熊は地球のヒグマに外観が非常に良く似ています。しかしこの生物は外観が全く違い、今まで調査したデータベースにもありません。未確認生物です――


 タケヒトが映像を通して見たのは、鋭い爪を持つ長い腕と短い足、そして口か覗く鋭い牙と凶悪な割に、円らな瞳を持つ全身毛むくじゃらで二足歩行する生き物だった。


――どう見ても外見は立って歩くナマケモノじゃないですかー! やだー!――


作者は色々とツッコミ待ちでございます

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