第五話~降下! その前にこうか? こうですか!?~
前話の最後に次の一文が追加されています。お手数をおかけします。
『そしてアンは握手した手に力を込めながら「直上陸後の船長への同行に異存はありませんよね?」と言葉を続け笑みを深めたのだった。』
サブタイトル、後で変更するかもしれません。
第二惑星静止軌道上、探査船グルースは降下準備に入っていた。人目に付かない事を第一とし着陸目標は東大陸にある礫砂漠が選ばれた。
――それで船長、なぜこちらに居られるのですか?――
――なぜって降下準備と操船するためだけど?――
――船長がこちらに意識を持って来ている場合、操船は船長の意思次第になります。前にも何回か“変なテンションの時にやらかしている”のをお忘れですか? それに降下準備は私が問題無く行っております。船長は大人しく仮想空間に引きこもっていてください。よろしいですね?――
――……You have control. ――
―― I have control. ――
短い遣り取りの後、タケヒトの姿が仮想空間の白い部屋に現れる。
最後のやり取りは特に必要ないのだが、アンのタケヒトの取り扱いも慣れたものである。
暇になってしまったなとタケヒトは思いながら、取り敢えず実体アバターの外装データ弄りでもしておくか考えて、椅子とディスプレイを出現させた。
そこに映し出されたのは、現地の普遍人の中でも西大陸辺境に住む少数民族の特徴を取り入れたタケヒトの姿だ。
その少数民族はモンゴロイドと同じ黒い髪に黒い瞳、顔の彫りも深くない上に、肌の色も体型も正直そのままでも良いくらいで弄る必要性が感じられない。
しかしこの民族には、とても目立つ特徴が一つ有った。クモザルのような毛の生えた長い尻尾があるのだ。
初見で「どこの戦闘野菜民族だよ!」とツッコミを入れてしまったのは、きっと仕方のないことなのだろう。
他の民族には無い特徴を持っていながら普遍人に分類されるってどういう事だよ、普通は東大陸語なら有尾人とか呼ばれるだろうにとタケヒトは思った。
その民族は自分達の言語で誉れある黒の民を自称している。『ッシ』が人の複数形で“民・人々”の意味となり、『エヴェッガフ』一言で“誉れある黒”を表す特別な単語らしい。
色々と思うところのあるタケヒトではあるが、モンゴロイドに近い特徴を持つのはこの民族だけだったので選択の余地は無い。
改造した実体アバターはどんな姿にでもなれるのだが、なぜ彼はほぼ無改造で済むこの民族を選んだのか?
最初タケヒトは自分で標準アバターを一から弄っていたのだが、弄るうちにアバターの顔がいつの間にか蝕の切っ掛けになる冒涜的な福笑いになっていた。彼は自分の技量ではアバターを改造するのは無理だと悟った。
自分で無理ならばアンやタスクの空いてるAIにやらせる、または外部委託で良いではないかと考えるだろう。
実際にアンにやらせたが出来上がりはタケヒトより遥かにマシだったが“不気味の谷”の底に落ち込んだ代物だった。AEのアンと言えどもこの手の作業は苦手だったらしい。
船に搭載されているAI群に至っては、そもそもこのような作業に対応していないので無理。
外部委託だと超光速通信でデータのやり取りが必要となるが、常時回線を管理・監視している本部に即バレだろう。
取り敢えず今のところ直接接触についてアンは黙っていてくれてはいるが、もし外部委託で事が発覚し尋問された場合に、タケヒトには誤魔化せても純AEであるアンには無理だろう。
そうなれば故意の規定違反未遂で即刻の帰還命令が出されてしまう。そんな事態は避けたい。
ディスプレイを眺めながらタケヒトは「そう言えば高校の同級生で強面なのに自作フィギュアが趣味の橋尋君が居たっけ。蘇生して暫くホームシックになった時に二一世紀初頭のライブラリ漁りをしていたら、サブカルのとこに、橋尋君が有名なフィギュアの原型師になっていたのを見つけた時は、少し嬉しくて切なくなったな。僕に彼の才能の十分の一でもあれば……」と思い出に浸りながらボヤいた。
“誉れある黒の民”の尻尾を付けただけの自分の姿を確認すると、今度は別のディスプレイを出現させる。
そこにはアンの姿が映し出されていた。正確に言えば、ストレートの長い銀髪に紅い瞳、褐色の肌と特盛りにされた形の良い胸部へと変更されたアンの裸体である。実は身体全体も少しだけ肉感的になっているのだがタケヒトは気付いていない。
裸体とは言っても大事な部分はアンによって厳重にブロックされている。謎光線や湯気が仕事をする訳ではなくシンプルな下着で被われているだけである。しかしタケヒトにはこれを外す事は出来ない。いや、外してはいけないのだ。外したら最後何が起こるかは明白であるからだ。
アンのアバターは西スラブ人の特徴を持った汎用モデルを原型にカスタマイズされたもので、小顔で手足が長いすらりとした身体、面長の顔には整った眉に大きな切れ長の鋭い目と高くて鼻筋がすっきりと通った鼻、そして薄いが形の良い唇を持つやや幅が広い口がバランス良く配置されたクールな美人さんだ。
ウェーブのかかった金髪と青い瞳を除いて、この西スラブ系の特徴にほぼ合致したのが件の褐色の森人。これにはタケヒトに否は無く、即決であった。
改変作業はアン自身に資料映像を渡して不自然にならないよう行ってもらった。と言っても瞳と髪、体毛と肌の色を変えるだけをお願いしたのだが、改変されたアバターの外観は何故か“盛られて”いた。盛ってくれるのは嬉しいけど、ここまで盛る必要があったのだろうかとタケヒトは密かに思う。密かに思うだけで絶対に口に出してはいけない。
タケヒトが今から改変されたアンのアバターに行おうとしているのは、資料映像から褐色の森人の長い耳の形状を抽出し、アンの改変アバターの頭部にバランスが壊れないように付ける作業だ。
肝心なのは褐色の森人は耳の形の良し悪しも美醜のポイントになるらしく適当な事は出来ない。
センスが無い事を自ら認めるタケヒトは、映像資料から慎重に耳が誉められていた女性のサンプル映像から幾つか選び、ツールを使って平均的な形状への合成を行う事にした。
耳が準備出来たら、後は取り付けの位置決めを行うだけである。タケヒトは何度も位置を修正・確認を行った。位置決め後はツールが自動的に継ぎ目が自然になるよう補完してくれる。出来上がりをアン自身に確認してもらえば終わりだ。
作業が一段落ついてから、タケヒトは或る重大な事に気が付いた。
「これって顔や体型の複数サンプル用意して、合成して平均するだけで良かったじゃないかぁああああああ!」
後の祭りである。仕事を仕上げてから後になって「こうしておけば、もっと効率的だった」と気付くのはよくある事。これを次へ活かせるのがデキる社会人である。タケヒトもたぶん次からは同じ轍を踏まないであろう。
仮想空間の白い部屋で、頭を抱えて転げ回るタケヒトに、姿を現さないままのアンから声が掛かる。
「船長、姿勢変更終わりました。降下準備完了です。現在位置は惑星の仮の東経九〇度の静止軌道上。船首は惑星自転の逆方向に向いています。もうすぐ本船直下は夜側に入ってから二時間経過しています」
それを聞いたタケヒトは何事も無かった様に立ち上がって椅子に座ると「ごくろうさま。それじゃ夜陰に紛れてこっそりと行きましょうか」と応える。
同時にアバターの外装を映したディスプレイが消え、複数の航行関係のディスプレイが現れた。
「主動力爆縮炉を待機出力から出力1パーセントへ。時空間安定器は慣性航行モードから航行モードへ転換します。エネルギー供給に異常ありません。余剰次元変調器は偏向場の発生を開始。地表に対する姿勢を維持したままで惑星自転に同期しながら降下を行います。状況は全て良好です」
「それでは降下開始。任せた」
アンからの報告を受けてタケヒトは降下開始を指示した。
「承りました。降下開始します。降下率は毎秒五キロメートル。中間圏到達まで一二〇分を予定しています」
探査船グルースは静止軌道上から一気に加速、秒速五キロメートルに達すると等速での降下を始めた。
中間圏とは熱圏のすぐ下にあり、この二つを合わせて電離層とも呼ばれる。流星が輝くのがこの中間圏だ。地球大気では高度五〇キロメートルから八〇キロメートルが中間圏と呼ばれている。
「中間圏到達で降下速度を毎秒二キロメートルまで減速します」
「了解。中間圏と成層圏の境界部に到達で暫く高度維持。その後は成層圏まで降下してデフレクト・フィールド解除後に音速以下で上陸点上空まで飛行と。暫く僕は要らない子だね」
ディスプレイを見ながら確認にためにタケヒトが言う。こうしている間にも探査船グルースは降下を続けている。中間圏まではAI群に制御を任せても問題無いだろう。
このタイミングでアンが仮想空間に姿を現わすと「船長、お手空きでしたら私の実体アバター改造の続きをお願いできますか?」と言ってきた。
「改造は僕のを改造した時のデータをスクリプトにして自動で実行中だから放っておいても大丈夫。外装データはさっき一応は完成させたし、今なら君も外装の確認くらいは出来るんじゃない?」
「確かに時間はありますね。拝見します」
アンはそう言うとディスプレイを出現させる事無く外装データの確認に移った。そんなアンの様子を見ながら「僕は緊急事態でも発生しない限り、上陸後の行動計画の読み直しでもしとくよ」とタケヒトが言うと、アンは「了解しました」とだけ応えた。
*****
探査船グルースは惑星成層圏の高度一五〇〇〇メートルを礫砂漠に向かって音も無く亜音速で西に飛行していた。
地上には所々に野営している焚き火かと思われる暗い灯りが見えていた。
「もうすぐ東大陸中央山脈です。山脈を越え次第、緩降下開始します」
アンが告げる。
「今のところ全て順調と。それにしてもこんな真夜中でも地上に灯りが見えるもんだね。野営の不寝番だろうけど」
タケヒトが何を危惧しているか察したアンが「本船が目撃された可能性がありますね」と言うが「それは仕方ないよ。でも目撃者は少ないんじゃないかな。騒ぎにならないと思うよ」と彼は暢気に返す。。
そうこうしているうちに船は山脈を越え礫砂漠の中央付近を目指し緩降下に入った。高度を徐々に下げながら安定した飛行が続く。
高度三〇〇〇メートルを切ると速度を時速五〇〇キロメートルまで落とし始めた。
上陸点上空、高度一〇〇〇メートルで船は停止して地上に障害物の無い事を確認すると、船首、船尾、両翼を上げて船体下部のバルジを開いて降着装置を出し着陸体勢に入る。
高さ一〇〇〇メートルはある巨大な白い折り鶴が、新月の闇の中ゆっくりと地上へと舞い降りた。
「接地しました。スタビライザー、停泊モードに移行しました。船体固定。メイン・リアクターは待機出力へ。着陸後チェッリスト実行中です」
「さて、これで一段落か……。ん?」
そこでタケヒトはディスプレイの一つを注視した。
「地上レーダーに複数の移動物の反応あり。赤外線でも感知してるな。距離は一〇キロメートル以上は離れてる。アン、着地前の走査では何も反応は無かったよね?」
「はい。記録にも残っていますが反応はありませんでした。移動速度は時速二〇キロメートル前後です」
「気になるね。可視光と赤外の両方で拡大」
移動する不明物体の一つを捉えて拡大する。
「なんだこれ? 動く岩? って、えええええ!?」
ディスプレイに映し出されたのは四本の足を生やした岩が全速力で走る後ろ姿だった。驚くタケヒトにアンが報告する。
「データベースを参照しました。この周辺に生息している岩石に擬態する亀に似た生物ですね。大きいもので五メートル位の個体が確認されています。今観察しているのは二メートル程ですね。こんな速度で走れるとはデータベースにも記録されていませんでした。驚きです」
「着陸の時は驚いて動かなかったのか動けなかったのか。それにしても時速二〇キロで走るでかい亀って……。ドラゴンそっくりの生物を見つけた時も驚いたけど半端ないなファンタジー世界。ところでアン、着陸時に何匹か潰してないよね?」
自ら潰していないのは感知出来ているが、不安になってアンに確認するタケヒトであった。
橋尋君の名前は『功』だと思うの。
休みだったので朝から書いてたら切りが良いとこまで書けたので投稿しました。
次話からやっと冒険の下準備が始まります。ダークエロフ(偽)も出るよ!