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第四話〜上陸前夜〜

 タケヒト達は極軌道に投入した観測衛星を使い着実に惑星と地表のデータを集めていった。

 第二惑星は赤道面直径一三〇〇〇キロメートル、赤道傾斜角二二度、自転周期二四時間三三分、公転周期三五六日(地球時間)、平均表面重力9.7m/s^2、平均大気圧一〇一二Pa、大気の組成は窒素七九パーセント、酸素十九パーセント、その他二パーセントと驚くほど地球に似ていた。

 また地球の月よりも若干小振りの衛星を持ち、そのお陰で潮の満ち引きもある。


 観測衛星や地上探査機での調査で、全球地図データには惑星上の気候や地形、植生の分類と分布、小型犬程の大きさまでの野生動物の外見上からの分類と分布、人工物の規模やその位置が記録されていった。

 この惑星表面は液体の水から成る海が惑星表面の八〇パーセントを占めていおり、この広大な海洋には二つの大陸が隣り合って存在していた。大陸は一つは東側に、もう一つは西側に偏っており、東側大陸の北端と南端はそれぞれ北極圏から北回帰線あたりまで、西大陸の北端南端は北半球中緯度辺りから南半球の中緯度辺りまでとなっている。

 二つの大陸間は長さ千キロメートル程の地峡で繋がっており、地峡の幅は最大二百キロメートル、最小四十キロメートルある。この地峡にも幾つもの都市と集落が存在していた。

 この東西二つの大陸以外には大きな陸地は存在せず、所々に海底火山由来の島嶼群があるのみだ。

 東西大陸の仮想重心を経度ゼロとして仮に定め、大陸のちょうど真裏にあたる東経一八〇度付近にはオーストラリア大陸の面積に匹敵する珊瑚礁が存在しているのだが、そこに知的生命体の存在は確認されなかった。


 これらの調査と平行して、タケヒト達は現地知的生命体の言語解析に着手していた。

 上陸調査は認められている。地上探査機に徹底的に滅菌した小型や超小型のドローンを詰め込んで、幾つかの都市や集落の近くに見付からないようにと着陸させた後、夜陰に紛れさせて要所要所へとデータ収集を行う為にバラ撒いて行く。

 地上探査機を中継点として送られて来るデータの解析と言語データベース作成・更新はAI群に任せる。不明な点があれば地球の言語学者に協力を仰ぐ。

 収集初期に効率が上がらない事について相談した言語学者から、乳幼児がいる家庭で親が子に対する会話を調査する事で解析効率が上がる可能性がある、とのアドバイスを受けて複数の該当家庭にドローンを派遣し続けていた。タケヒトがその様子を好奇心から見ようとしたが、何故かアンに映像を見せて貰えなかった。

 個人のプライバシーが云々と言われたのだが、大陸中あちらこちらにドローンを忍ばせているのに何を今更な事である。タケヒト曰く「解せぬ」であった。


 会話の他、文字と文章の収集も行われていた。

 当初タケヒトは文章に関しては半ば諦めていたのだが、幸いある国家に属する都市や集落で日曜学校のような事が行われていた。

 そこでは子供たちに簡単な読み書きを教えており、複数のそれらにドローンを派遣する事で最低限の読み書きについては何とかなった。複雑な文章については現地知的生命体と接触してからになるだろう。

 そうして瞬く間に一年が過ぎて行ったのだ。


*****


「頑張ったぞ俺。なんとか予定はクリアしたぞ俺……」


 仮想空間のいつもの白い部屋。タケヒトは椅子の横に出現させたベッドにうつ伏せになりながら腑抜けていた。実際に疲れなど無いのだが、人類由来のAEであるタケヒト固有の拘りである。

 アンはそんな彼をいつもの定位置から見つめつつ「本来は環境調査と現地生物生体サンプル調査を詳細に進める必要があるのですが」と諌めた。


「それは本部が落ち着いて、人材と機材がこちらに投入されてからでいいよ……。僕達だけでやるの面倒くさいし」

「そうですか。それにしても言語解析と現地知的生命体の分布調査は相当に力を入れましたね」


 アンの言葉を聞いてタケヒトは、待ってましたとばかりに起き上がりベッド上に正座して膝をポンと叩いた。


「そりゃ目の前にどう見てもファンタジーな世界があるんだもの。どんな種族が居るのかどんなメンタリティーなのかは興味あるでしょ。特にメンタリティーなんて言語を知らないと覗い知る事も出来ないし」

「東側大陸と西側大陸では言語が違うのは面白いですね。それに西側大陸では多様性もありますし」


 足を崩し腕組みをして頷きながらタケヒトが言う。


「東側はギリシャ・ローマ的でもあり中近世の文明レベルと推測出来るかな。街道や水道橋みたいな大規模なインフラがあるから、過去に東大陸全土を長期間に統治した国があって言語の統一がされていたのかもね。それに人種も東側は限られているのに対し、西側は文明レベルも言語もカオスだし。多様性の違いはそこから来てるのかも」


 アンも首肯でタケヒトに同意を示しながら言う。


「人種と言えば、初めてアールヴと呼ばれる人種を見た時の船長の落胆ぶりは愉快でした」


 それを聞いてタケヒトはガックリと項垂れた。


「だってさぁ、“アールヴ”って発音で言葉の意味が“森の人”なんだしさぁ……。所謂いわゆるエルフを期待しない方がおかしいでしょ……」

「私は彼らの外見が、童顔のまま成長した完全直立歩行するオランウータン(森の人)だった事が驚きでしたが」

「あれはあれで衝撃が大きかったね。身体ゴリラ並にでかかったし。東側で確認出来たのが彼らと、地球人類そっくりの『どこにでも居る人』って意味の普遍人ウニシュリ・ヴだけだったし」


 そう言った後、タケヒトは顔を上げると両手を握りしめ暫く溜めてから力強く言い放つ。


「だがしかし! 大陸地峡でついに褐色の森人デック・アール・ヴを見つけたし!」


 叫びながら右手を頭上へ勢い良く振り上げる。そんな彼をアンは無表情で見つめながら言う。


「あの時は船長のテンションが異常でした。片言で『ねんがんの だーくえるふを みつけたぞ それをみのがすなんて とんでもない』とか言い出しましたし。船長のシステムを停止してDIAG(自己診断)を実行しようかと本気で思いました」


 そんな言葉にはお構いなしにでタケヒトが語り始めた。


「いやいやアンさん、分かってないですね。僕が生身の頃のサブカル作品に出て来る、まんまのダークエルフだよ? 銀髪笹耳赤目美形褐色肌巨乳布面積極小ないすばでぃダークエルフだよ? 至高のダークエロフ・・・が実在してるんだよ!? よし! 決定! 直上陸は大陸地峡に決定! 準備出来たらすぐ行こう! いや今からでも会いに行こうじゃありませんか? ねえ、アン様?」


 ベッドから転がり落ちんばかりに身を乗り出すタケヒトに、いつもの調子でアンが応える。


「一箇所種族名が不穏当な言葉に聞こえましたが船長の故意ですね。本部から調査権限の移譲はされてはいますが、接触厳禁なのをお忘れですか? それに船長の身体は本船です。この巨体でどうやってお会いになられるので? ドローンを使ったとしても相手に誤解や恐れをいだかせる可能性は非常に高いと思います」


 タケヒトは落ち込んだ様子も見せず「まあ確かにそうなんだけどね」と言った。それなりに長い付き合いのアンである。タケヒトが何やら企んでいる、若しくはすでに実行している事には既に気が付いていた。


「ところで船長、最近、工作区画に第一級情報制限がかかっていますが、何かされてますか?」

「あれ? いつの間に制限しちゃったんだろ? あはは。トクニナニモシテイマセンヨ?」


 アンの言葉にタケヒトの目が泳いでいる。明らかに挙動不審である。


「では制限の解除をお願いします。それと船長の実体アバターが私の感知範囲に見当たりませんね」


「アン。怒らないで聞いて欲しい」

「純AE である私は感情に関してはエミュレーションの結果でしかありません。制御は可能です」

「実はね……」


*****


 土下座である。見事な土下座である。

 床で土下座をするタケヒトの前には無表情で彼を見下ろすアンの姿があった。アンは腕を組みながら右足を土下座するタケヒトの後頭部に乗せていた。なぜかこうしなければいけないような気がしたからだ。

 エミュレーションの結果、アンの“怒り”はギリギリで制御出来ずに珍しく“感情”として発露した。久しぶりに聞くアンからの心を抉る罵詈雑言にタケヒトは戦慄した。

 そんな彼らの傍らには全体的にのっぺりとしたマネキン人形の様なモノが一体、表示されており、アンはそちらを一瞥してタケヒトへ質問した。


「無許可で、しかも私にも黙ったままで実体アバターを改造して、いったい何をどうするつもりだったのですか? しかも形体変更なんて無駄に凝った機能を持たせてますね?」

「ごめんなさい。我慢できなかったんです」

「ですから先程から繰り返しお聞きしていますが理由の説明を願います」


 冷めた声色でタケヒトの後頭部を踏み躙りながらアンが再度質問する。

 実体アバターは有機ナノマシンによる人工細胞で構築された疑似人体であり、操作側と超光速通信でリンクされる事で遠隔でも動作させる事ができる。

 もともとは人間であったタケヒトの実体アバターは特殊で、人体の構成を出来る限り再現されており、普段は仮想空間や船体へと繋がる彼の神経セクションを実体アバターにリンクする事で、現実世界で生きていた頃の様にタケヒトは振る舞う事が出来るようになるのだ。このタケヒト専用と言える実体アバターの外観は生前のタケヒトを元にしていた。だが、現在の姿はそれとは似ても似つかない物へと変わり果てていた。


「……言わないと、だめ?」

「駄目です。私を怒らせたのですから理由の説明は必須です」


 よっこいしょとアンの足元から抜け出しながらタケヒトは正座をして姿勢を正し真顔で真剣に言う。


「冒険がしたかったんだ。偽物の身体だけど、生身で、憧れのファンタジー世界の未知の大地を」

「嘘ですね。どう考えても目的は褐色の森人デック・アール・ヴでしょう?」


 間髪を入れないアンの指摘に「うっ」と言葉を詰まらせるタケヒト。どうやら図星だと判断したアンは次の質問をした。


「それで実体アバターの改造理由を仰ってください」


 タケヒトの耳には副音声で「キリキリ吐けや、ごるぁ!」と聞こえた気がした。胃が痛い気もする。人類由来のAEとしては痛覚や不随意運動、交感神経、副交感神経の機能等も残っているが、操船する関係から鈍化させたりバランスするようになっているから、たぶん気のせいだろう。


「おもし……、いやほら、絡まれたり目を付けられたりした時にさ、隙きを見て逃げた後で別人になれば現地トラブルも減るんじゃ……ないかな、とね? あはは……。はぁ……」


 愛想笑いをしてアンを見るが、無表情で見下ろす姿を見てタケヒトは溜め息をついて諦めたように首を振った。


「……分かった。今回は船で直上陸しても現地知的生命体との直接接触は諦めるよ」

「それで良いのですか?」


 確認を取る言葉に、有無は無いと思っていたタケヒトは驚いた。正座でキョトンとする彼を見ながらアンは言葉続ける。


「確かに直接接触禁止の規定には反しますが、この船での命令系統の最上位は船長です。私は意見は出しますが最終的な決定権は船長にあります」

「いやだってさっき珍しく怒ってたし」

「あれは私に黙ってコソコソ動いていた事に対する怒りです。直接接触には関係ありません。それに、いえ何でもありません。失礼しました」

「それじゃ……良いのかい?」

「異論はありますが命令とあれば異存はありません」


 タケヒトは立ち上がり右手をアンに差し出す。


「アン、感謝する。ではこれより直上陸の準備を始めよう」


 アンは差し出された手を握り返して、微笑む。


アイ・キャプテン(了解しました。船長)


 そしてアンは握手した手に力を込めながら「直上陸後の船長への同行に異存はありませんよね?」と言葉を続け笑みを深めたのだった。


(エルフ)と言ったな。あれは嘘だ(ゲス顔)



森の人(現地語:アール・ヴ)=童顔のチューバ○カ

褐色の森の人(現地語:デック・アール・ヴ)=ダークエロフ(女性限定)

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