第二話〜ダブルブッキング〜
探査船グルースは幾度かの跳躍の後、今回の探査航海の最終目的地である恒星系外縁部まで約二光年というところで待機しながら予備観測を行っていた。
目的地の恒星は太陽と同じく何の変哲もないG2Ⅴ型の主系列星であり、五個の惑星を伴っており、そのうちの第二惑星が衛星を一つ従え、生命居住可能領域を廻る軌道にある地球型惑星である事が分かった。
ただ、この恒星系は非常に特殊で、どの恒星カタログでもNSMW−1と呼称されている。NSMW−1は二十二世紀初頭、太陽系から一七〇光年の離れた何も観測された事が無かった宇宙空間に突然出現したのだ。
当初は矮星同士の衝突や、ブラックホールの蒸発等と言われたが、その後の観測で至極ありふれたG型スペクトルの恒星である事が比較的短期間で確認された。
暗黒星雲どころか星間物質も希薄であると思われる宇宙空間に、突然主系列星が現れたと言う事で当時の天文学者達や宇宙物理学者達の混乱は大変なものだった。
結局、この恒星が出現した原因は不明なままで『New star was a Strange Manifestation Way. 』の頭文字を採ってNSMW−1と呼称されるに至った。
「出自の謎は兎も角、どこから見ても何の変哲もない恒星系だよなぁ」
仮想空間の部屋で複数のディスプレイを見ながらタケヒトは呟く。その傍らにはアンの姿があった。
「この探査航海の主目的星ですが、私から見ても特徴的な部分はありません」
「そうだね、だがしかし!」
と、ここでタケヒトは捲し立て始めた。
「ハビタブル・ゾーンにある第二惑星には、光学観測に依れば、雲がある大気に海洋に陸地が認められているし、陸地には緑色の部分がかなり存在している。両極にオーロラが観測されているから確実に磁場があるから宇宙線の影響も少ないかもしれない! これ、初めての比較的複雑な地球外生命体の発見になるかもね!」
満面の笑みでアンを見る。しかしアンに「船長、それについては現時点で否定はしませんが肯定もしません」と冷静に応えられると、タケヒトはバツが悪そうに頭を掻きながらアンから視線を外した。
「……まあ確かにはしゃぎ過ぎた。それで観測の最優先はこの第二惑星って事で良いよね?」
「問題無いかと。本星系の探査スケジュールの立案はお任せください」
「よし、それじゃ残った諸々を片付けたら最終目的地へと向おうか。君は探査スケジュールの立案と跳躍ポイント選定、跳躍後の軌道選定をお願いするよ」
「はい、承りました」
アンはそう応えると即座に仮想空間から姿を消した。それを見てタケヒトは「いつもつれないねぇ」と溜め息をつきながら、新たにディスプレイを追加し仕事を片付け始めるのだった。
*****
跳躍を終えて、星系内の星間物質の少ない宙域へと再突入した探査船グルースは第二惑星へ向かった後、静止軌道への移行を行っていた。
「予定通り、現在本船は第二惑星のトランスファー軌道へ移行しました。静止軌道への移行を開始します」
白く輝く船体を、船首を惑星に正対させた姿勢で静止軌道への変更を行いながらも、搭載されている各種観測機器がNSMW−1星系第二惑星表面の観測を開始している。
「船長、軌道変更前に送った予備観測の結果に対して本部から連絡が来ています。生命体が発見された場合、本星系調査の長期化が予測されるので、無人汎用工作船を一隻、現地で全ての修理補給が可能となるよう改修を施してから派遣するとの事です」
「現地で全てって、それ原材料も現地で調達しろって事? それも派遣されるのが改修されるとはいえ汎用工作船たった一隻って……うーん、他所で何かあったのかねえ?」
「セクター7を探査していた探査船アクィラが惑星上に生息する知的生命体を発見し接触したそうです」
それを聞いてタケヒトは驚く。
「えっ!? 何でいきなり接触しちゃってるの? 規定では、接触は中央政庁に御伺いを立ててから正式命令の受理を待ってからの、一個艦隊の同行が必要ってなってるでしょ!? ばかなの? しぬの?」
喚き散らす彼をアンが諌める。
「船長、話の途中ですので落ち着いて聞いて下さい。アクィラの調査した星系の恒星で新星爆発にも匹敵する超大規模フレアが確実に発生する予兆が観測されたのです。惑星規模での絶滅危機と言う事での特例だそうですよ? 詳細な報告書をご覧になってください」
アンがそう言うと、タケヒトの手元にタブレット形体のディスプレイが現れる。彼はそれを手に取り「これね。どれどれ」と言いながら眺めはじめると「うへぇ」と言いながら顔をしかめた。
渡された資料の最初のページに発見された知的生命体の姿が載っていたのだが、一見するとイソギンチャク、しかし頭部に何十とある触手の先端が三つ叉に分かれており、魚の目に似た視覚器官と思しき物が胴体を取り巻くように列んでいる。
その胴体下部から節足動物の足のような太い歩行器官が三本出ているという姿だったからかも知れない。
頭部の触手には特殊な物が一本あり、それを振動させることで音を発声させてコミュニケーションするらしい。ちなみに陸棲との事。
「最初に接触したのがAEで良かったのかもなぁ」
彼はしみじみと呟く。
「見付かった知的生命体はまだ宇宙進出前の文明でレベルはまだ不明か。恒星磁場の密度が異常に高まってるね。って、なにこの滅茶苦茶な磁場パターン!? しかも結構な頻度でフレアが発生してるし! あー、これに対応するのに惑星規模で保護出来るデフレクト・フィールドの発生用に、ジェネレーター群を可能な限り速やかに構築するのか。超大規模フレア発生まで間に合わないと判断された場合、ありったけの艦船を使って積めるだけの生命体を詰め込んでエクソダスと。これじゃ意思疎通を早める為にも現地の知的生命体との早急な接触も必要だし、即応する為に艦船を待機させてないと駄目だわ。改修工作船を一隻寄越してもらえるだけでも有り難いって状況だよな」
「汎用工作船は本船のメイン・リアクターの換装も可能な様に改修されるようですね」
アンの言葉にタケヒトが「こいつを使って整備ドックも現地で作れって言ってるだけじゃないか。これじゃ汎用と言うより万能工作船だな。『こんな事もあろうかと』とか出来そうだ」と、最後の方は嬉しそうに言う。
「最後の意味がよく分かりませんが?」
アンの突っ込みを無視しつつタケヒトは続ける。
「時間かけたらちょっとした恒久基地とか作れるんじゃないかな。そうなればアクィラの件が片付いたら即こちらの詳細調査に取り掛かれるし、それが本部の思惑かもなぁ。問題は原材料だけど、こいつばかりは星系内を地道に調査していくしかないか。修理補給に関しては今のところは特に問題無しだし、ゆっくり進めようか」
「了解です。報告ですが、本船は静止軌道への移行を完了しました。これから低高度極軌道へ観測衛星の順次投入を開始します。惑星の大気組成ですがスペクトル観測の結果は地球型ですね。水蒸気が確認されていますので、海洋は液体の水と推測されます。極地方に氷と思われるものも確認されています」
「おお、これは当たりを引いたかな? まずは衛星軌道からの観測と詳細な惑星データの作成か」
「観測衛星からのデータは二十四時間後から取得できますが、現在、本船の軌道からも赤道を中心に映像取得から始めています。少し楽しみです」
アンが微笑む。それを見てタケヒトが「君もそんな表情出来るんだ。僕と話す時はいつも真顔なのに……」と言うと、彼女は真顔に戻り「船長との会話は仕事ですから」と答えた。
*****
「なあ、アン。中緯度に幾つもあるあの筋、どう見ても街道だよね」
「ある程度の間隔で集落のようなものがあります。船長、更に東の湾の方を見てください」
「帆船? ガレー船? なんか船っぽい何かが海上に居るし、桟橋のようなのがあるね……。港かな?」
第二惑星の地上に文明の存在を示す証拠は、静止軌道上からでも光学センサーを使っただけで割とすぐに見つかった。赤道付近は直上から、中緯度付近では四十五度上方から眺めるため、大気の揺らぎに対する補正をかけても詳細は時間をかけて計測したり、低軌道観測衛星に頼るしかないのだが、それでも〝それらしい〟形状は確認できる。
タケヒト達は今、中緯度地方に注視していた。街道と思しき場所を拡大して行くと、その上を移動している何かを見付けたので更に拡大してみる。
「……馬車だね」
「地球で過去に使われていた幌馬車に酷似していますね」
呆けた様にスクリーンを見つめるタケヒトの呟きに、アンが補足する。
「……どう見ても馬だね」
「船長が馬車と呼んだ物を牽引している生物と思われるものを指すのであれば、地球の馬に非常に良く似ていますね」
アンの補足に、もう少し〝その場のノリ〟ってのを理解して欲しいな、とタケヒトは思いつつも映像に注視する。
「御者は……この角度からは見えないか。港を拡大してみよう。もし港だとしたら人口も多いはずだし、そこに居る人の姿を確実に確認できると思うし」
「船長、この場合はせめて俗な言葉を使ったとしても異星人と呼んだ方が適切ではないでしょうか」
「はいはい」
「『はい』は一回でお願いします」
無駄口を叩きながらも仮称〝港〟へと映像をスパンし拡大する。そこには不鮮明ながらも直立二足歩行をし、色とりどりの着衣と思しき物を纏った生命体が群れているのが映し出された。
「頭が上にあって手足があった直立二足歩行して服まで着てるし、これってもう人間だよね? 人って呼んで良いよね? 良いよね?」
「船長、混乱している演技は止めていただけますか。この場合は不適切と思います」
タケヒトは両手を挙げて降参の意を示すと、アンに指示を出した。
「分かったよ。取り敢えず此等の映像を添えて本部に一報を入れておいてくれ。いや、本部はアクィラの件で混乱しているだろうから、バーンスタイン本部長に直接連絡した方が良いな。アン、本部長は在席しているか確認できるかい?」
「アクィラの件で会議中ですね。終了予定時間は不明となっています」
「こっちも緊急案件なんだ。一〇分、いや五分で良いから割り込ませてもらおう。回線を繋いで欲しい」
「了解しました。呼び出し中です」
アンの言葉から暫くして、タケヒト達の目前に会議室が現れた。最奥にはしかめっ面をした本部長のバーンスタイの姿があった。
「キムラ君、知っての通り我々は探査船アクィラの持ち込んだ案件で非常に忙しいのだがね」
挨拶もそこそこに、そう切り出したバーンスタインに、タケヒトも負けじと返す。
「バーンスタイン本部長、こちらでも喫緊な事案が発生しました。結果から申し上げますがNSMW−1に於いて、レベルはまだ不明ですが文明の存在と、我々人類に非常に良く似た知的生命体と思われる存在を確認しました。静止軌道上からですので不鮮明ですが、これを御覧ください」
会議室のディスプレイにグルースから送られている映像が映し出されたのだろう、一瞬息を呑む音との後に、会議参加者達の驚きの声が上がる。バーンスタインも驚愕の表情を浮かべ、そして頭を抱える。
「なんでこうも次々と厄介事が……言っておくがアクィラ案件が最優先だ。そちらに回せる人材、機材は無いぞ」
「ええ、機材は先だって連絡のあった改修工作船のみで大丈夫です。こちらの要望は調査の〝裁量権の移譲〟です」
睨むように「どこまでだ?」とバーンスタインが問う。
「現地知的生命体との〝直接接触前提の惑星上陸調査の権限移譲〟までを要求します」
「駄目だ、惑星上陸までは認めよう。だが〝直接接触禁止厳守〟は厳命しておく。後で正式な辞令を発行しておく。話はそれだけか?」
有無を言わさずバーンスタインが言い切ると、タケヒトは仕方ないと肩を落とす素振りを見せた後で礼を言う。
「ありがとうございます」
「では以上だ」
バーンスタインの言葉とともに会議室が消える。
タケヒトは〝パン〟と柏手を一つ打つと満面の笑みで「よし! これで惑星上陸OKの言質が取れたぞ!」と叫んだ。
「船長、喜ぶのは結構ですが上陸までに調査すべき事が山ほどあります。一年二年では終わらないですよ」
タケヒトはにやりと笑いアンに答える。
「アン、僕がもぎ取ったのは〝調査権限の移譲〟なんだけどね」
それを聞いてアンは小さく「あっ!」と声を漏らした。純粋AEである彼女らしからぬ反応である。
「責任も僕が負うことになるけど、優先度その他は此方で決められる。全惑星表面の軌道上からの調査と平行して、目ぼしい何箇所かにマイクロ・ドローン飛ばして現地知的生命体の調査を行おう。もちろん言語解析込みでね。よし、スケジュール決めなきゃな! うし、漲ってきたーっ!」
これは絶対に惑星上陸を最優先に考えてるわね、とアンは思う。
「船長の様子から接触禁止を厳守するつもりは皆無のようですね……」
楽しそうに微笑むアンの呟きはタケヒトには届いていなかった。
異世界「来ちゃった」