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第十話~大陸地峡入口にて・その一~

 彼は激怒していた。目の前に居る脆弱な生き物に。

 様々な生き物を喰らい、成長し知恵を得て、近辺には彼に対抗が出来る物など存在しない。いや、居なかった。今までどんな生き物も彼の前で萎縮し逃げ出し、等しく自分の糧となってきたのだ。

 なのに、此奴等はどうしたと言うのだ! 自分の姿を見ても怖れずに此方を見ながら目の前に平然と立っているではないか!

 怒りを込めて目の前の生き物を睨む。今は飢えは満たされている。この目障りな奴等を消し炭にしても惜しくはない。

 彼は怒りに任せ咆哮を上げると、口を開けたまま火焔を吐き出し、背中の翼から風を送り矮小な生き物へとそれを叩きつけた。


*****


 タケヒト達は“忌み物”を駆除した村を発ってからは特にトラブルも無く旅を続けていた。

 夜は宿場町で宿に泊まりながらの移動が基本だ。夜になるとタケヒトは実体アバターをスリープモードにし、意識を探査船に戻して本来の仕事に勤しんでいる。アンは意識分割で片方はタケヒトの補佐、もう片方の意識は警戒用に実体アバターに残してある。

 二人は数日前に国境の関所を偽造手形で無事に通過し、今は少し大きな宿場町の宿に泊まっていた。


 仮想空間の白い部屋でタケヒトは本部からの連絡に目を通していた。


「アン、生物学の連中からお願いが来てるよ」

「六肢類の件ですね」

「DNAが二重鎖じゃなくて三重鎖(さんじゅうさ)構造で他の生物群とは全く違う起源みたいだね」


 この惑星の生物は地球の生物と酷似していた。それは外観ばかりか、得られたサンプルで確認出来る限りでは、細胞レベルまで起源が同じではないかと思わせるほど酷似していた。

 細胞の構造から、細胞内でのタンパク質や酵素の種類や働き、DNAが二重鎖構造であり塩基配列も非常に近い。

 全く関係ない惑星で発生した生物群が外見は似ている事は有っても遺伝子の仕組みまでほぼ同一と言うのは相当に低い確率となる。いや地球近傍の恒星間宇宙ではほぼゼロだろう。

 最優先で動いているアクィラ案件の陰に隠れてはいるが、生物学者達はタケヒト達にも注目しているのだ。


「もっと六肢類のサンプルを採取しろと?」

「そう言う事。体の構造も調べたいから出来れば丸ごと一体ずつだってさ」


 今までサンプル採取した現地生物は生け捕りにしたあと、調査後には生きたまま元の生息地に戻している。

 捕獲に関しても、生理的に地球生物と変わりない事から麻酔薬を試したところ効果があった為に最初期に比べ容易になっている。またその多くはドローンで搬送対応出来る小型の生物ばかりである。

 それらに比べて六肢類で確認されている物は体躯も大きく凶暴だ。麻酔薬も効くかどうか判らず、捕獲しても搬送手段は限られてくる。


「大型の個体を扱った実績はありませんね」

「地上探査機のペイロードに積めるのは精々が中型犬くらいまでだし、六肢類の大きさだと機材搬送用のシャトルを使わないと無理だよね」


 六肢類は他の現地生物とは全く別系統の生物群と考えられるので、麻酔薬の効果があるかどうかが不明である事。

 また体躯が今までのように地上探査機で扱えない大きさである事。凶暴な個体が多いため機材に損傷が出る可能性が大きい事。最悪、今まで行ってきたキャッチ・アンド・リリースが出来ない事など、細々した事も含めて本部経由で返事を出す。


「麻酔が効いてくれると楽なのでしょうけど」


 アンの言葉にタケヒトは「生理的にも現地生物と違うみたいだし望みは薄いかも知れないね」と返してから少し考える。


「シミュレーターの結果から回答を待つまで麻酔が効くかどうかだけでも確認はしておこうか。アン、近場に六肢類は居なかったかな?」

「一番近い個体が存在するのはここから五百キロメートルほど南西にある山の山頂付近です。かなり大きな個体ですし、麻酔の効果を確認するならもう少し小さな個体で行った方が宜しいかと思いますが。ドローンでも対応出来ますし」


 そう言ってアンは候補の六肢類の映像を表示した。それを見てタケヒトは「おおう、こいつか」と感嘆する。

 そこにはタケヒトがドラゴンと呼んでいる六肢類の巨大な姿があった。


「これは無理だよね」

「他の個体を出しますか?」

「いや、別に急ぐものでもないし本部からの返事を待とう」

「それにしても変ですよね。六肢類って」


 アンが首を傾げて言う。最近は仕草も人間くさくなって来たなと思いながらタケヒトが「何か気になる?」と聞いた。


「彼らは今まで成体しか見つかっていません。かなり不自然に思います」

「確かに群れていたり(つがい)でいたり子育てしている姿を見た事が無いね」

「地上の調査がこれだけ進んでいるのに繁殖地も見付けられませんし」

「確かに何かおかしいね。この件も知らせておくか」


 そう言うとタケヒト達は仕事の続きに取り掛かるのだった。



 その後、タケヒト達は順調に旅を続けていた。幸い(たま)に流れの傭兵として護衛に雇われたり、狩りの手伝いを頼まれたりと、なかなか実入りの良い仕事にもありつけている。

 ある交易都市では逗留中であった宿の女将がアンを気に入ってしまい「傭兵なんか辞めてうちで働いておくれよ」としつこく勧誘を受けたり、領主に雇われて任地に向かう傭兵団の団員に絡まれたりもしたのだが、特に大した騒ぎにはならなった。

 この大陸では長らく戦が無く、傭兵団とは言っても民間警備会社のような仕事をしている。領主や商人と長期契約を結び、治安維持や警備や護衛などを請け負うのだ。信用第一の商売なのでそれを損なう粗野な荒くれ者など叩き出されるか、そもそも採用されない。

 タケヒト達に絡んだ連中も団長に殴られ、彼等から詫びを入れられて終わりだった。


 六肢類についても生物学者達からの返事で「捕獲は特に急がなくても良い」との回答があり、各個体の追跡続行と新規個体の捜索を行うのみ保留中だ。

 そして改修した工作船もあと1ヶ月でこの星系に到着するかという時、とうとう大陸地峡の入り口の町まで二人はやって来た。

 ここから“褐色の森人”の勢力圏である“ラーアギコア森林帯”まで徒歩で1ヶ月もかからない。

 計画ではここで擬装用に驢馬など荷役用の家畜を購入する予定だった。しかし今までの旅で不審がられた事も無かった事から家畜は購入しない事となった。この後は町に三日から五日ほど逗留し、護衛依頼を探してから、ラーアギコアへ向かう。


 この大陸ではある程度の規模の町には働き口を紹介する斡旋業を営む所謂“口入れ屋”が存在する。彼らの紹介する仕事は日雇い人足から正式な勤め口までと幅広く、路銀を工面する為に旅人もよく利用するのだ。旅人の場合、日雇い仕事くらいしか紹介して貰えない。これは短期しか働けない故に仕方の無い事だが、傭兵など腕に覚えのある者は行商人の護衛を紹介される場合もある。

 そんな口入れ屋の一つににタケヒト達は来ていた。


「ラーアギコアまでの護衛依頼か……。今んとこはえな」


 タケヒト達を値踏みするかのように見ながら口入れ屋の親爺(おやじ)が言う。


「そうかい。それじゃ仕方無しか」

「大店は専属で傭兵を雇ったり傭兵団と契約してるからな。“褐色の森人”の祭りも近いし、待ってりゃそのうち行商人あたりから共同で依頼も出るだろ。ところでラーアギコアに行くのは姉さんの里帰りかい?」

「まあ、そんなところね」


 そうアンが答えると親爺が「兄さん、姉さんはどえらい別嬪さんだから祭り中に盗られないよう気をつけなよ」と人の悪い笑みを浮かべてからかうと、それに真っ先に反応したのはタケヒトではなくアンだった。

 アンは「えっ?」と言った後に「フェロウはそんなんじゃないわよ!」と何故か顔を赤らめて(・・・・・・)慌てる。


「ははは、姉さんは儂ら普遍人から見ても飛びっきりの美人だからな。“褐色の森人”の若い衆から引く手数多(あまた)なんじゃねえかな」


 親爺のからかいの言葉とアンの態度ににタケヒトは苦笑しながら「善処するよ」とだけ応えた。その時だった。


「邪魔するぞ。護衛を受けてくれる者を探しているのだが」


 バリトンの良く通る声で言いながら窮屈そうに身を屈めて店に入って来る者が居た。身の丈二メートル以上はある全身を黄金色の毛で覆われた大男だ。巨躯に似合わず、その顔は幼いオランウータンのようだ。


「ほう“森人”とはまた珍しい。どこまでだい?」


 親爺が問うと“森人”は「ウラキアブラル山脈の西にある礫砂漠に行きたいのでな」と答えた。


「長期で契約してくれる、出来るだけ腕の立つ傭兵を紹介して欲しいんだがな。荷役に水と食料は全て此方持ちで前金で金一〇、後金は金四〇で合計金五〇」


 それを聞いて親爺は難しい顔をする。


「“森人”の旦那、時期が悪いや。もう直ぐ“褐色の森人”の祭りでな、護衛の殆どはそっちに流れちまう。そこの傭兵の兄さん達もラーアギコアまでの護衛依頼を探してるんだ」


 それを聞いて“森人”の大男はタケヒト達の方を見ると、タケヒト達は首肯した。


「しかしなんでまた不毛の地なんかに……。失礼、俺はフェロウと言う。流れの傭兵だ」

「俺はム・レリュノ。見ての通り“森人”のしがない学者だ。あんた達、白天帯を渡る影の噂を聞いた事は無いかい?」


 それを聞いたタケヒトは内心で慌てふためき、アンに直通で話し掛ける。


――アン! ちょっとヤバい事案だよコレ!――

――目撃者、若しくは真偽を確かめる為の調査員でしょうね――

――やっぱり興味を持って調べる人は居るかあ――

――彼に地上探査機を一機張り付けておきましょうか? 彼が船を視認できる距離に近付くようなら船を衛星軌道まで待避させます――

――まあ待って。もう少し話してみよう――


「いや、俺は聞いた事は無いな。ュアン、お前は?」

「わたしも知らないわね。知っていたらフェロウに話すでしょ?」

「そうか、知らないか……」


 何食わぬ顔で答える二人をレリュノはまじまじと見つめた後で考え込む。店に入って来た時は気付かなかったが、こうして意識すると目の前の二人から微かな“揺らぎ”を感じているからだ。

 彼らに“白天帯の影”との間に何かしらの繋がりが有ると直感したレリュノは二人に話を振る。


「あんた達、ラーアギコアに行った後の予定は有るのか?」

「特には無いわね」

「よし、それなら俺がラーアギコアに向かう連中を取り纏めてやるよ。そいつ等の護衛が終わったら俺専属の護衛として雇われないか? もちろん給金は相場よりはずむ」


――どうしよう。この人、行く気満々だよ――

――彼を直接監視できるなら調査用に探査機が一機無駄になりません。時間的な余裕も出来ますし、ここは請けるべきかと――

――いやここは一旦断って出方を見よう。必ずしも僕達でなきゃならないって事もないしね――


「報酬は魅力的だが悪いけど断らせてもらうよ。確かに予定は特に無いが、西大陸を巡ろうと思ってるしな」


 タケヒトが答えるが、ここで逃してなるものかとレリュノは諦めずに頼み込む。


「西大陸か、面白そうだ。なら俺があんた達の旅に同道するってのはどうだ? 俺も学者の端くれ、物は知ってるつもりだから役に立つと思うぞ」


 タケヒトが「おいおい礫砂漠の方は放って置いて良いのかよ」と言うが「急ぎの用でもないからな」とレリュノはしれっとして返す。


 この遣り取りでレリュノは確信を深めていた。彼の“精霊”が、この二人が謎解きの鍵になると囁くのだ。何としても彼らに付いて行きたいが、だからと言って執拗に勧誘すると不振がられる。実際に目の前の二人は、やや胡乱な目つきで彼を見始めていた。


「まあ、俺はまだここに暫くこの町に逗留してるから気が変わったら連絡を寄越してくれ」


 そう言うとレリュノは逗留先の宿を告げ、口入れ屋の親爺に「すまん、取り敢えず依頼は無しだ。邪魔したな」と言うと店から出て行った。


「ありゃあ森人の中でも変わり(もん)かも知れねえな」


 レリュノの後ろ姿を見送った呆れたように親爺が言うと、タケヒト達は困ったように顔を見合わせた。


「ところで兄さん達はどうすんだい?」


 そう口入れ屋が二人に問い掛ける。


「三日四日待って依頼が出されなかったら俺達だけで向かうさ。なあュアン」

「そうね。路銀もまだまだ余裕があるから、仕事が無くても大丈夫よ」


 それを聞いて口入れ屋が「なんでえ、結局あんた達も冷やかしになっちまうのかよ。商売上がったりだ」とぼやく。


「はは。出立までに間があるし、ちょくちょく寄らせてもらうよ」

「良いのかい? この町にゃ口入れ屋はあと三軒あるんだぜ?」


 口入れ屋が言うとタケヒトは「ここを贔屓にさせてもらうよ。あんた、良い人そうだからな」と返す。すると親爺は照れたように「馬鹿なこと言ってんじゃねえよ」と言い、真顔に戻り続ける。


「兄さん達には教えておくがよ、デグルんとこの店だけは止めておけよ」


 タケヒトが「何かあるのか?」と問うと、親爺は声を潜めて「ああ、色々と悪い噂が絶えねえんだ」とだけ答えた。


「分かった、気に留めとくよ。ありがとう、それじゃ俺達もお暇するか」

「この商売は信用第一だ、どうって事えよ。また寄ってくれよ」

「おう、またな」


 挨拶を交わしタケヒト達は店を出て行く。その後ろ姿を見ながら口入れ屋の親爺が不安そうに「目ぇ付けられてなきゃ良いんだけどな」と呟いた。



さくさく進むはずだったのに、あれ?

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