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第一話〜人工実存は幼き日の夢を見る〜

はじめまして。お久しぶりの方は本当にお久しぶりです。リハビリがてらボチボチと続けて行ければいいな、と思っています。作中に出てくる人工実存(AE)とは故人である日本SF界の巨匠、小松左京氏の造語です。この作品中では人間と同じように思考できる人工知能(AI)の上位版みたいなもんだと思っていただいて問題ありません。

「ふむ、取り敢えずはこれで良しっと」


 一人の男性が白い壁の部屋で椅子に座りながら宙に浮いたスクリーンに囲まれながらそう呟く。


「アン、そちらはどうだい?」


 そう呼びかけた途端、彼の目の前に金髪をポニーテールに纏め、紺色のスーツを着た女性が突然現れる。


「はい、船長。全データの処理と送信は済みました」

「やっとこの星系探査も終わりだね。このセクターで残す星系はあと一箇所のみか。軌道離脱の準備は?」

「全て完了していて何時でも出発できます。探査スケジュールも余裕があります」


 そう聞いて船長と呼ばれた男性は少し考える素振りを見せた後にアンと呼ぶ女性に「地球との時差は?」と尋ねると「相対論的効果で生じたUTCとの時差は先程の送信時に補正を行っています」と返される。


「あいつの所は十四時丁度か。ならもう昼飯から戻っているはずだな。すまないがフレッド・バーンズのオフィスと繋いでもらえるかな?」

「はい、お待ちを」とアンが応じ数秒もすると「在席を確認しました。現在コール中です」と返ってきた。


 アンが船長と呼ぶ男性の横に移動し「通話を開始します」と言うと、船長の前に白い物が混じるブラウンの髪を後ろに撫で付けた、やや鷲鼻で垂れ目の壮年の男性が現れる。

 彼はオフィス・チェアに座り手を組みながらこちらを見ながら愛想を崩すと「タケヒト、久しぶりだな。君から連絡を寄越すなんて珍しいじゃないか。それとアン、君も調子はどうだい」と声をかけてきた。

 フレッドの問いにアンは「バーンズ教授、お久しぶりです。私自身もシステムも全てに於いて正常に稼働しています」と答える。

 そんな二人の遣り取りを眺めながらタケヒトと呼ばれた船長は口を開いた。


「やあ、フレッド。変わらず元気そうで何よりだよ。探査のスケジュールに少し余裕があるから、こっちからの連絡も偶には良いだろう? ところで少し話したい事があるんだが今の時間、大丈夫かい?」

「そっちは順調なようで何より。今は急いで片付ける案件は無いから大丈夫だ。それで、その話ってのは、例の事か?」


 そう言うとフレッドは眉間を摘み揉むような仕草をする。上手く行ってない時に出るこいつの癖だな、とタケヒトは考えながら口を開く。


「ああ、君が考えている件でまちがい無いが、その様子だとあまり芳しくないみたいだな」

「芳しくないどころか、あと一年で成果が出なけりゃプロジェクトは解散だとさ。他に君みたいに自我を発現させた〝被験者〟は今回も今のところ皆無だ」




 二十世紀後半から二十一世紀の半ばにかけて、難病等で死亡した者の遺体を冷凍保存し、より科学・医療の進んだ未来で復活させて治療して貰おうとする試みがなされていた。

 彼らの遺体は血液を特殊な保存液と交換されたり、CAS冷凍と呼ばれる技術を使ったりと様々な方法で極低温状態で冷凍保存された。

 しかし時代の流れととも人口冬眠の技術が確立され始めると、それらの〝被験者〟を保存していた財団、医療機関、研究所等は挙って〝被験者〟を蘇生させようと試みる。

 だが未成熟な冷凍保存技術によって処置されていた〝被験者〟は研究者達の努力も虚しく徐々に土へと還って行く事になり、また人々の記憶からも消えて行った。

 人類が漸く時空と物質の謎を解き、光速を越えて恒星間航行を行えるようになった時代、今後の為にと冷凍保存されている〝被験者〟は或る研究施設に三十七体を残すのみとなった。その〝被験者達〟もより進んだ医科学技術による分析で蘇生不可能と判断され、先人達の様に土へと還される事と決定された。

 そこに待ったをかけた者たちが居た。人工実存(AE)の研究者達である。

 古くから続いた人工知能(AI)の技術は、人間と同じような思考が出来る人工実存(AE)の実現を目前にしていた。彼らが考えたのは、アダム・プロジェクト(後にAEの雛形〝イヴ〟を生み出す事になる)で使われている量子ニューロン・システムに〝被験者〟の脳をスキャンして得たデータを元にして移植してみようというものだった。

 勿論この試みには各方面から批判と反対が浴びせられる事になる。曰く死者に対する冒涜だ等の宗教的ものから、意識が蘇ったとしてそれは〝被験者〟本人として認められるのか等の倫理的、法規的なものまで多岐に及んだ。

 そこで妥協点が探られた結果、自我が蘇ったとして飽くまでもコンピュータ・システムに存在するデータである事から、人格は認めるが人権は認めないと言うところに落ち着いた事で、AE研究者達によって試みは進められる事になり、若きフレッド・バンーンズもプロジェクトの一員として参加したのだった。

 そして最初の〝被験者〟として選ばれたのが今フレッドと話している彼、タケヒト・キムラだったのだ。




フレッドは言う。


「残る〝被験者〟はあと四体。結論から言うと状況は絶望的かな」


 脳のデータ移植は存外に手間が掛かる。

 ニューロンのみではなくシナプス結合一つ一つの状態、過去に於いては単なる栄養供給用と考えられていたグリア細胞に眠る情報まで抽出し、量子ニューロン・システムへと適合出来るデータへと変換しなくてはならない。

 これだけでも一年以上掛かる上に、自我発現の確認を行う事になる。全行程は一体につき二年以上掛かるのだ。

 タケヒトも自我発現が確認され〝タケヒト・キムラとしての人格〟が認められるまでに最初の例という事もあって5年強の年月を費やしている。

 タケヒトの成功例の後、その結果、機材や人員が増え、一度に処置出来る〝被験者〟は四体に増えた。しかしタケヒトの成功例以外、プロジェクトの開始から既に二十年以上の年月が経過している現在、誰一人として人格は蘇生していないのだ。

 このプロジェクトがタケヒト以外に何の成果も生み出していない訳ではない。寧ろ人工実存(AE)研究のアダム・プロジェクトに対し多大な知見を齎し、研究を一気に加速させる事になり、人工実存(AE)〝イヴ〟の誕生へと繋がった。先程からアンと呼ばれている女性も実は〝イヴ〟から派生した人工実存(AE)であり、探査行ではタケヒトの補佐を行っている。


「そうか。残念だ」

「だがお陰で相当な知見も得られてはいる。何時かは人格のコピーや保存、統合も可能になるかもな。取り敢えず話しというのはそれだけかい?」

「ああ」

 少し落胆する様子のタケヒトを励ます様に、今度はフレッドが明るい声で話し始める。

「では此方からも少し良いニュースを。この探査終了後になるが、ご褒美として君に市民権と言うか人権が認められる事になったよ。但し条件付きだがね」

「それは本当かい? 条件ってのは?」

「君の肉体のDNA情報からクローンを作り、新しい肉体に君の意識を再構築出来るかどうかの研究に参加する事。勿論、実験の成功・失敗は問わない。成功したら君にも、君のクローンにも市民権が与えられるんだが、どうだい? 了解が貰えればすぐにでもクローンの生成にかかるんだが」


 懇願する様に言うフレッドに難しそうな顔をしながらタケヒトが言う。


「うーん、それはまた魅力的な提案だが、そちらに帰るまでは保留かな」

「理由を聞いても?」


 呆れ顔でタケヒトが「おいおい」と言う。


「今現在こっちは恒星系探査の最中だぞ? 幾らこの船が頑丈でも何が起こるか分からないじゃないか。そんな状態でクローンを作って、もし僕が帰還不能になったらどうするつもりだい? 都度、最新の僕のデータを送っているとは言え僕自身のコピーにも成功していない現状では特にね」

「はぁ……。確かにそれもそうだなぁ。それじゃあ君の無事な帰還を首を長くして待つとするか」


 気落ちした様子でフレッドが言うと、肩を竦めながらタケヒトが応えた。


「早くても、あと二年は帰れないだろうけどね」

「その身体が幾ら頑丈だからって、とにかく無茶はしないでくれよ」

「そっちこそ身体に気をつけて。邪魔したね。次の探査に一区切り付いたら、また連絡するよ」

「ああ、こちらからも何かあれば連絡する。では、またな」


 その言葉を最後にタケヒトの目の前からフレッドの姿が掻き消えた。


「通話終了。超光速通信リンクはどうします?」

 アンのその報告にタケヒトは「星系離脱まではそのままで」と応え背もたれに深く寄りかかり瞑目した。


〝もうこうなってから二十年近く経つのか〟


 JAXAを目指し、大学院へ進む為にも勉学と研究に励んでいた大学四年生二十一歳の時、急な病に倒れ入院、そして二ヶ月もせずに死を迎えた。苦痛の中で意識が混濁し気が遠くなって行くあの記憶と感覚は生々しく憶えている。

 そして、人格蘇生での意識の覚醒は唐突だった。


〝地獄の日々だったな〟


 仮想空間内での仮アバターを使ったインターフェス接続調整・確認で、いっそ殺してくれと思う程の苦痛を延々と味あわされ、それが終わり解放されたと思う間も無く始まった様々な心理的・精神的なテストの数々。もしも生身の脳味噌であったなら全てが擦り切れて廃人になっていたのではなかろうか。

 それ程までに過酷な調整や検査、試験を五年間も繰り返して、ようやくタケヒトは〝木村毅仁(きむら たけひと)の冷凍保存体から蘇生された〟人格であり人類由来の、そして史上初の人工実存(AE)として認められたのだ。


〝でも、夢は叶ったか〟


幼い頃の文集に書いた『宇宙へ行きたい。星々の間を旅してみたい。叶わなくても宇宙に関わる仕事がしたい』と言う想い。それは子供の頃からの夢だった。

 以前の肉体は失ってしまったが、新しい身体となった彼は今、その夢を叶え星々の間を旅しているのだ。

 そう、この白い部屋は彼の身体に搭載されている数多に稼働してあるAI群のうちの一つが作り出している仮想空間。この部屋に居る彼の姿は、そこに作り出された彼のアバター(仮身)にすぎず彼自身ではない。


 史上初のAEでありながら、その由来は二十一世紀人の冷凍保存されていた遺体から抽出された人格であり、パーソナル・ネームはタケヒト・キムラ。そして彼の人格を収める身体は識別番号SSE−01、恒星間学術探査船グルース(ラテン語で鶴の意)と名付けられている。だが名付けられた本人としては同じ鶴でもロシア語のЖуравлик(ジュラーヴリク)の方が良かったよな、と少しだけ不満であった。


 恒星間学術探査船SSE−01は全長、全幅ともに五千メートルを超える宇宙船である。その外観は首と尻尾、翼を水平近くまで下げた折り鶴に良く似ており、胴体下部には降着装置を収めたバルジが四箇所にある。

 惑星上に降着する際に船首、船尾、翼を上に持ち上げるため、その姿はまさに折り鶴であり船名の由来ともなった。

 翼部分には恒星間航行を担う余剰次元変調器(ジェネレーター)時空間安定器(スタビライザー)が収められている。これにより重力制御による移動から空間跳躍までを行うのだ。

 船首、船尾、胴体には観測に必要なセンサーやサンプル採取のための機器が収められており、その最奥にはタケヒト本体は勿論の事、サポートAEであるアン、そして様々な仕事を担うAI群、補助動力(サブ・リアクター)である核融合炉と、主動力(メイン・リアクター)である投入された質量全てをホーキング放射によりエネルギーへと変換出来る〝爆縮炉〟が頑強なバイタル・パートに守られて収められている。

 通常航行中や探査中の星間物質対策はジェネレータによって発生する偏向場デフレクト・フィールドによって行われる。しかし、それでも対応出来ない事態に対処するため二門のリニア・ガンと四門のX線レーザー砲、近接用に全方位をカバー出来るレーザー式CIWSも搭載されている。

 ちなみにリニア・ガン等これらの武装は、船の識別番号が01である事からわるように一番船であるので念のために装備されたものであり、今回の探査航海中に一度も使われた事は無かった。


 暫しの物思いに耽るタケヒトにアンから声がかかる。しかしこの仮想空間の白い部屋にその姿は無い。


「船長、そろそろ時間です」

「そうか。ではメイン・リアクター起動。起動後のプロトコール管理は君に任せる。たまには僕も〝そちら〟へ戻って操船しよう」

「了解しました」


 アンの言葉とともに白い部屋もろともタケヒトも消失した。いや、〝タケヒト本来の身体〟へと意識を切り替えたのだ。この状態では、センサーやレーダー、各装置群の様々な情報がAEであるアンや補助AI群によって処理されてタケヒトへ彼が解釈可能な五感と伝えられる。タケヒトは自身が宇宙空間に身一つで居る事を〝実感〟する事が出来るのだ。また、逆にタケヒトが身体を動かす感覚や『こうしたい』という意思をアンや補助AI群が読み取って操船する事も可能だ。


 活力が湧き上がって来る感覚でメイン・リアクターの稼働状況が伝わって来る。掌に感じる僅かな熱とピリピリした感覚はジェネレータにエネルギーが供給されている事を示し、吹き抜ける風の様な感覚は恒星からの太陽風だ。視線の先には一光年先にある跳ぶべき場所が見える。全ては自分が思うがままに宇宙(そら)を駆ける事が出来るのを実感できる。


〝ジェネレーターはそろそろ良さそうだね〟

〝メイン・リアクター出力十パーセント。目標点までの跳躍には十分です〟


 タケヒトの思考にアンが答えると、彼は拳を握りしめ跳ぶべき場所に繋がる門を意識すると前方に淡く紫色に輝くリングが現れる。


〝船首から一キロメートル先に物質変成域コンバージョン・エリア生成されました。維持時間の残り六十秒。流石ですね、船長〟

〝いやいや、今現在プロトコール管理してる君のお陰だから。では、行こう!〟


 足に力を込めて駆け出す事を意識するとタケヒトの身体である探査船グルースは船尾に内蔵されている時空間安定器(スタビライザー)で生み出した斥力場を使って一気に加速し、物質変成域コンバージョン・エリアと呼ばれた前方の薄く光るリング中央部へと突進して行く。


実空間(ブレーン)への再突入後の相対時間誤差はプラス五秒になります〟

〝了解。突入〟


 船首がリング中心を貫いた瞬間、探査船グルースは探査を終えた恒星系から跡形もなく消え去った。



人工実存のバックボーンになっているテーマ、真面目に詳しくやり始めるとそれだけで長編一本書けそうな気が……。

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