悪徳領主と賭博場 その三
「早速ですが、お客様は『奈落の穴の迂闊な悪魔』をご存知でしょうか?」
席に着くなり、犬畜生はそう切り出した。
「ふむ、確か童話や絵本の類か何かだったと記憶しているが、それの事で合っているかな?」
「左様でございます。これから行うのは『奈落の穴』と言って、『奈落の穴の迂闊な悪魔』の話を元にしたゲームとなっております」
「ほう、成程……」
犬畜生の言葉に相槌を打ち、私は記憶の片隅から『奈落の穴の迂闊な悪魔』の内容を引っ張り出してくる。
それは、実在したとある聖者の逸話を描いた有名な童話である――
【奈落の穴の迂闊な悪魔】
その昔、一人の聖者が悪魔の策略によって、奈落に突き落とされてしまった事があったそうな。
幸いな事に、聖者が落とされたそこは奈落のまだ浅い部分だったために、聖者は現世に引き返そうとしたそうです。
聖者の目の前には四つの道が存在し、その内の一つは現世へ、残る三つは奈落の底へと続いていました。
聖者は意を決してその中の一つを選びます。
するとどうでしょう、どこからともなく一匹の悪魔が現れ、聖者の決意を惑わそうと囁きかけるではありませんか。
『そっちじゃなくて、こっちだよ。この道が正しい道だよ!』
そう言って、悪魔は奈落の底へと通じる道を指しました。
聖者は悪魔をジッと見つめ、その言葉を吟味するように考え込みます。
悩む聖者の様子に気を良くした悪魔は、別の道を指してもう一度口を開きました。
『いや、やっぱりこっちの道だ。こっちの道が正しい道に違いない!』
勿論、こちらも奈落の底へと通じる道です。
それを聞いた聖者は、再び悪魔をジッと見つめました。
探るような、全てを見透かすような視線が悪魔を射抜きます。
その不思議な視線に悪魔はハッとし、自分の考えが読まれている事に気が付きました。
なんと、聖者の視線には真意を見抜く神秘の力が宿っていたのです。
「では、こちらの道はどうですか?こちらの道は地上に続いていますか?」
聖者は問いかけますが、悪魔は答えません。
何故なら、答えてしまえばそれが嘘なのか本当なのか、聖者に見抜かれてしまうからです。
沈黙こそが最大の誘惑だったのだと、悪魔はこの時ようやく気が付きました。
こうして、聖者は四本あった道を二本にまで絞り込み、最後には正解の道を選んで無事に現世へと戻っていきました。
そして、結果的に聖者の手助けをする事になってしまった悪魔は、『迂闊な悪魔』として仲間達からも馬鹿にされ、今も奈落の穴を彷徨っているそうな。
――おしまい。
「さて、使用するのはこの四枚のカードで、それぞれが聖者の前に示された道を表しています」
そうこうしている間に、新品のカードの封を切った犬畜生は、テーブルの上にその内の四枚を並べてゲームの準備を整えていた。
テーブルの上には数字が書かれたカードが三枚と、JOKERのカードが一枚。
「さしずめ、数字のカードは奈落の底へ、JOKERのカードは地上へ続く道といった所かな?」
「その通りにございます。それを『奈落の穴の迂闊な悪魔』の逸話の通りに進め、聖者が道を一つ選んだら、悪魔はそれを惑わそうと奈落の底への道を二つ指定します」
言いながら犬畜生は、数字が書かれたカードを二枚取り除き、残った二枚を私に差し出す。
「そして、最後の二択で『地上への道』を選べば聖者の勝ち、『奈落の底への道』を選んでしまったら悪魔の勝ちというのが、このゲームの概要です」
「成程、本当に『奈落の穴の迂闊な悪魔』の逸話の通りだな」
「ええ、そしてここからが『奈落の穴』の肝なのですが……」
犬畜生はそこで言葉を切って溜めを作り、私に向かって笑みを深めた。
「お客様には悪魔になって頂き、聖者を奈落の底に引きずり込んで頂きます」
「…………ほう、私が悪魔を?」
なかなか斬新な趣向だ。
普通は客側が聖者となって、悪魔の虚言に惑わされずに『地上への道』を選べるかどうかを競うゲームとなりそうだが、この犬畜生はその役割を逆転させると言う。
それによって、このゲームは『如何に相手の真意を見抜くか』というものから『如何に相手を欺くか』というゲームに様変わりしたという訳だ。
「左様でございます。お客様にはあの手この手を尽くして頂き、見事この私を手玉に取った暁には、賭け金に倍する配当が得られるという次第にございます」
最終的には二枚のカードから一枚を選ぶだけなので、このゲームの勝率は50%。
しかも配当倍率が二倍なので、お互いに確率的な格差は存在せず、勝負は五分の条件で行われると言える。
であるならばこのゲーム肝は、やはりどれだけ相手の思惑を読み切るかという部分に集約されるだろう。
……面白い!
何よりも、この私が悪魔を演じるというのが気に入った。
「ルールは分かった。要は、貴様に『奈落の底への道』を引かせれば良いだけの事だろう?」
挑発した笑みを向ける。
すると、犬畜生も牙を見せながらニヤリと笑って返す。
「勿論ですとも。もっとも、引かせられるかどうかはお客様次第ですが……ね?」
そう言って犬畜生はテーブルの上の四枚のカードを私に差し出した。
それを受け取り、適当にシャッフルしてから机の上に裏向きに並べる。
「……さあ、始めようか?」
「では賭け金を提示して下さい。下限は金貨一枚分となっております」
その言葉に金貨一枚分のチップを放り投げる事で返し、犬畜生との勝負が始まった。




