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悪徳領主と賭博場 その二

※微グロ注意

 犬畜生(クズ)の案内で通されたのは、ホールのように開けた一室だった。


 カードテーブルやルーレット台など、賭博場(カジノ)では見慣れた道具類が一通り配されており、大量の魔道具の灯りによって部屋全体が明るく照らされている。

 しかも、良く見れば目に付く物全てに高価な素材が惜しげもなく使われているではないか。

 部屋を彩る調度品や絵画は言うに及ばず、絨毯や壁面といった内装から、果てはゲームに使われるダイス一つまでもが、スペシャルルームの名に相応しい風格を有している。


「……ほう」


 先ほどまで居た場所とは一線を画した、正に特別な遊戯場(スペシャルルーム)

 その(きら)びやかな様子に、私の口からは思わずといったため息が漏れて出た。


 そのまま部屋の中に足を踏み入れると、どうやらこの場所に招待されているのは私だけではないようで、先客の姿が何組か見受けられる。

 どの人物も一目で分かるぐらいに身なりが良いため、相当な地位に就く人物ばかりだと思われる。

 彼らはテーブルでゲームに興じたり、談笑するなどして思い思いの時間を過ごしているようだった。


「どうぞお座り下さい」


 犬畜生(クズ)に勧められるまま席に着く。

 すると、それを合図にしたかのように照明が暗くなった。


 やがて正面の舞台のようになっている場所が照らされて、明るく浮かび上がってくる。

 そして、その舞台の上を重たい足取りで歩く人影が三つ。


「彼らは、借金をしてまで『丸裸(フル・モンティ)』に金をつぎ込み、そして賭けに負けたどうしようもない輩でしてね、こうしてその()()を払わされているのですよ」


 聞いてもいないのに、犬畜生(クズ)が得意気に話し始める。


 なんでも、もし私が彼らの借金を肩代わりしたいと言えば、すぐにでもその身柄を引き渡してくれるらしい。


 ……成程、賭博場(カジノ)で借金を作った人間は、奴隷に落とされてしまうシステムというわけか。

 確か神聖国家ラヴァールでも奴隷制は廃止されているはずだが、そこは『借金の肩代わり』という詭弁で押し通すようだな。


「ふむ……」


 犬畜生(クズ)の言葉に相槌を一つ。


 だがしかし、果たしてギャンブルで借金まで作るような能無しを、誰が召し抱えたいと思うのだろうか?

 私には、この場にそのような人物がいるとは到底思えない。


 司会と(おぼ)しき人間が現れ、観客に向かって三人の慈悲を願い出るが、私の予想通り彼らに手を差し伸べる者は現れなかった。

 しかし、それにもかかわらず、観客は何かを期待するかのように舞台の上を見続けている。


 ……どうやら、この舞台にはまだ何かあるらしい。


「――それでは、いつものゲームをやっていきましょう。ルールは簡単、三人でこの後のメインイベントの参加者一人を選んで決めるだけです」


 やはり、この展開は既定路線だったようで、司会は淀みなく舞台を進行していった。

 しかし、当の三人は説明を聞いてもピクリとも反応を見せず、その目は死んだように虚空を見つめるだけである。


「自分が手を上げるも良し、他の二人を指差すも良し、三人の間で一番投票数が多かった人がメインイベントの参加者となります」


 司会が説明を続けていくが、三人は相変わらず呆然と立ち尽くすのみで、それらを聞いている様子は見られなかった。


 もしかしたら、彼らはもう何度もこのやり取りを経験しているのではないだろうか。

 これから何が行われるのか、彼らはその身を持って知っているからこそ、このような反応を見せるのではないだろうか。

 そう考えると辻褄が合い、彼らの身に何が待ち受けるのか、俄然興味が湧いてくる。 


「準備は宜しいですか?それでは選んで下さい、どうぞ!!」


 不意に三人の中の一人と目が合った気がした。


 借金をしてまでギャンブルに狂うような阿呆など知り合いにはいなかったはずだが、向こうは私を知っているのか、今まで色の無かった瞳にわずかな光が灯ったように思える。


「おっと、これは予想外の展開です!!まさか自らメインイベントに志願するとは、一体どのような心境の変化でしょうか!?」


 他の二人が自分以外の誰かを指差す中、彼だけは覚悟を決めたように手を挙げていた。


 ……ふむ、まあどうでもいいか。

 とにかくメインイベントとやらを楽しませてもらうとしよう。


「紳士淑女の皆々様、大変長らくお待たせ致しました!これより、本日のメインイベントを開催致します。まずは自ら志願して名乗り出た、哀れにも勇敢な子羊を拍手でもって称えましょう!」


 司会の言葉と共に、会場からまばらな拍手が送られる。

 それと同時に、黒服達によって他の二人は退場させられ、残った一人もその場から動けないように押さえつけられた。


「では、私は少々席を外させて頂きますが、お客様はそのまま席でショーをお楽しみ下さいませ」


 すると、突然犬畜生(クズ)が立ち上がり、そう言って背を向けて舞台へと歩いて行ってしまった。

 犬畜生(クズ)は舞台の上に登ると観客に向かって一礼し、黒服に押さえつけられている男の前まで向かっていく。

 そして、男と何度か言葉を交わした(のち)に、自身の胸元の指輪を握りしめた。


 ……一体何が始まるのだろうか。


 そう思った瞬間、犬畜生(クズ)の手から光が発せられた。


 神秘的で、それでいてどこか妖しく人心を惑わせるような光。

 それがどんどん大きくなっていき、とうとう犬畜生(クズ)の体を包み込んでしまった。

 光が大きくなるにつれ、観客の期待もどんどん熱を帯びていく。


 やはりあの指輪はアーティファクトだったのだろう、光からは人智を超えた確かな『力』が感じられ、世界の(ことわり)を書き換えんと周囲の空間を支配している。


 犬畜生(クズ)は光を(まと)ったまま男に近付いていくと、おもむろにその身体に手を触れ、光を解き放つ。


 その瞬間、観客のボルテージは最高潮に達し、皆、眼前で繰り広げられる真正の神秘を食い入るように見つめていた。




 そして――




 光は世界の理を書き換えるが(ごと)く、男の身体を形容し難い肉塊へと書き換えてしまったのだった。


「ぐぎゃあぁぁぁぁぁっぁぁぁっぁ!!!」


 男の悲鳴が耳に突き刺さる。

 身体はぐずぐずに崩れ落ち、床には赤黒い液体が水溜りを作り始めていた。

 骨も肉も関係なく、まるで腐りすぎて腐汁のようになってしまった肉の成れの果て。


 おぞましい光景をまざまざと見せつけられつつも、しかし観客達は陶酔するように苦悶の声を聞き入っていた。


「がぁぁぁぁぁ!!っが、がぁぐぁぁぁ!!!」


 だが、何よりもおぞましいのは、それでもまだ男が生きているという事だろうか。

 まるで不細工な粘土人形のようになってしまっているというのに、男にはまだ意識があるようで、未だに苦痛から声を上げている。


「あっあっあぁぁぁ……あぁぁぁぁ……………あ……ぁ…………」


 しかし、それにもとうとう限界が訪れたようで、身体は完全に崩壊してしまい、とうとう物言わぬ液状となってしまったのだった。


 静寂が会場を包み込む。


 だが、不思議と舞台の上から目を離す者はおらず、このショーがまだ終わっていない事を告げている。


 そうしてしばらく成り行きを見守っていると、肉の成れの果てが、もぞもぞと動いたような気がした。

 いや、それは気のせいではなかったようで、はっきりと目に見える形で(うごめ)いている。


 液体が集まって個体となり、個体が形を成して肉塊となり、肉塊が人型となって肉体を形成する……

 まるで時間を巻き戻したかのように身体が再構成されていき、遂には傷一つない男の姿が出来上がっていた。


 瞬間、観客から熱狂的な拍手が巻き起こる。

 恐らくこの光景を何度も目にしているのだろう、観客達はこの結末をさも当然のように受け入れ、神秘の使い手たる犬畜生(クズ)に惜しみない称賛の声を浴びせていた。


 犬畜生(クズ)もそれに応えるように一礼して舞台を降り始め、私はようやくショーが終わった事を理解したのだった。


 あとに残されたのは、憔悴し、茫然自失と舞台に座り込む男。

 しかし、あのような状態であっても命に別状はないらしく、男は黒服達によって無理矢理立たされると、そのまま自分の足で舞台の上から去っていった。 


 ……ふむ、どんな神秘を秘めているのか知らぬが、人を肉塊にして、その上そこから元に戻すなど、なかなか興味深いアーティファクトだ。

 何よりも感心なのは、そのアーティファクトを使って、このように素晴らしいショーを実現させた事である。


「いかがでしたでしょうか、私共のショーは?」


 私がメインイベントの余韻に浸っていると、犬畜生(クズ)は席へと戻ってきた。


「まさか私の知らぬ間にこのような催しが行われていようとはな。なかなか興味深い内容であったが、一体誰の発案だ?」


「私めにございます」


「ほう、貴様が……」


 まさか、この犬畜生(クズ)が発案者だったとは……

 いや、アーティファクトの持ち主なのだから当然といえば当然なのかもしれない。

 新入りとはいえ賭博場(カジノ)の筆頭ディーラーともなれば、ある程度運営にも口を挟めるのだろう。

 これは、この犬畜生(クズ)の評価を大幅に上方修正した方がいいかもしれない。


「おや、お気に召しませんでしたか?」


「いや、貴様がどういった人間なのか良く理解できた」


 犬畜生(クズ)が正真正銘の畜生(クズ)であったと再認識し、私は素直に称賛の気持ちを抱いた。


「恐縮にございます」


「そう謙遜するな。私は褒めているのだ、あのように面白い見世物を提供してくれたのだから」


 そう言って私が笑いかけると、犬畜生(クズ)はやや引き攣ったような表情を浮かべて言葉を詰まらせる。


「……」


 ……さて、なかなか面白い見世物であったが、しょせん余興は余興。

 私がこの部屋にやってきたのは、借金まみれの能無しの姿を見るためでも、残虐非道な()()ショーを見るためでもなく、自分が強者だと勘違いしているこの犬畜生(クズ)に、吠え面をかかせてからかうためである。


 勝負を終えた時、最後に犬畜生(クズ)がどんな表情を浮かべてくれるのか、それを想像するだけで今にも笑ってしまいそうだ。


「無論、まだまだ私を楽しませてくれるのであろう?」


「勿論にございます。それでは、ゲームの説明をさせて頂きましょうか……」


 そうしてお互いに向かい合って席に座り、本日の本当のメインイベントが幕を開けるのであった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] もう周りのみんなが勝手に勘違いしていく様が最高に面白いwww
[良い点] やばい笑本気で楽しんでるのに勘違いされるとか最高です笑 [一言] 最高です!
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