1-13
いつも通っている墓場下のダンジョンと違い、あのお化け屋敷のような雰囲気はない。
念のため俺が先行し、雨森はうしろについてくる形で歩いていた。
「ダンジョンは基本的には前からしかモンスターがこないから、絶対に俺の前にでちゃだめだよ」
雨森はおそらく初めてのダンジョン探索だろう。
出てくる敵も雨森より強いだろうし、彼女に危険が及ばないように普段よりも慎重に足を進める。
「わかった。頼りにしてるからね村内君」
そんなことを言われ、ちょっとやる気が湧いてくる。
我ながらなんて単純なんだ俺。
「っと、早速お出ましか」
奥へと伸びる通路の曲がり角から、金属音を響かせつつモンスターが姿を表す。
「私もできるだけ援護するから、頑張って村内君!」
そう言って雨森は剣を構え、いつでも戦える準備を整える。
思ったよりもやる気のようだ。
「それじゃあ俺が攻撃して弱らせるからそこを……ちょっとまて」
近づいてくるモンスターに注意をはらいつつ、雨森に指示を出そうとしていた時、奥から来ていたモンスターがダンジョンの明かりに照らされて一瞬その姿を浮かび上がらせた。
「村内君どうしたの?」
近づいてきているモンスターはどうやらゴブリンのようだった。
ゴブリンは、初心者用ダンジョンにもでてくる基本的な敵で、特殊な能力なんかもない。
問題なのは、目の前のそいつが全身を鎧で包み、巨大な剣を引きずっている点だ。
「ゴブリンナイト!? なんで!」
敵の姿を認識した俺は、急いで剣をぬいていつでも戦える構えを取る。
ゴブリンナイトは武装したゴブリンで、その戦闘力も普通のゴブリンをはるかに超えている。
たしか、俺と同じくらいの戦闘力を持っているはずだ。
「俺と雨森さんの平均くらいのモンスターがでるはずじゃないのか? もしかしてバグ? いや、とりあえず今はあれをどうにかしないと」
幸い、相手はまだこっちには気がついていない。
俺からしてみれば適正レベルの敵、一対一で先手なら倒せるはずだ。
「雨森、魔法系スキルは使える?」
俺の質問に、彼女は申し訳なさそうに首を横に振る。
正直、雨森に接近させるのは危険だ。
おそらく一撃でも受ければ町送りは確実だろう。
「わかった。雨森は自分の身を守るのに集中しておいてくれ」
せっかくのパーティプレイだし、できることなら協力して倒したいところだがさすがに難しい。
彼女には悪いが一人で戦った方が恐らく勝率は高いだろう。
「フィジカルブースト」
通路は直線、強化した身体でなら遮るもののないこの場所では最大速度が出せる。
相手に気がつかれる前に一気に距離をつめ、剣を振りかざす。
だがゴブリンナイトは俺の存在に気がつくとすぐに引きずっていた剣を構え、守りの態勢をとった。
「ソードインパクト」
だがそれくらいは俺も読んでいる。
防御されることを前提に用意していたスキルを使って、構えられた剣ごと思いっきりぶん殴った。
ガキィンという金属音が、ダンジョンの中に反響する。
ゴブリンナイトは攻撃を受けた後不自然に硬直し、そのままぴくりともしない。
相手に渾身の一撃を叩き込み衝撃を与えるこのスキルは、防御されても一定確率で麻痺状態に陥る。
その隙をついて、俺は鋭く剣を横に薙ぎ、ゴブリンナイトの頭を切り飛ばした。
「すごいよ村内君、余裕だったね!」
一息ついている俺に、雨森が笑顔で駆け寄ってくる。
「ぎりぎりだよ。麻痺判定入ってなかったらやばかったし」
正直、あの一撃は賭けだった。
あそこで麻痺が入っていなかった場合、真っ向からの斬り合いになっていたためもっと時間がかかっただろうし、下手したら死んでいたかもしれない。
「この調子でどんどん先に進もっか!」
俺の話を聞いていなかったのか、マイペースに歩き始める雨森。
「ちょっと待って。このまま行くのはさすがに危ない。ということで考えがあるんだけど」
突然の俺の提案に、雨森は振り返って不思議そうに首をかしげた。
「なんだか潜入調査みたいで面白いねこれ!」
「……そうだね」
あの後、俺たち二人は壁際に身を隠しつつ、できる限りモンスターに見つからないように先へ進んでいた。
幸い、このダンジョンにはゴブリン種しかいないらしく、直接視認されなければやりすごすこともできる。
こうして、俺たちはダンジョンの半分ほどまできていた
「なんか、広い部屋がみえてきたね」
雨森の言葉に、俺も道の先を眺める。
そこはいままでの二人が枝分かれした通路とは違い、広くホールのようになっていた。
「あれ、ボス部屋はまだだと思うんだけどな」
訝しげに広間を眺めるが、モンスターなどはいないようだ。
あまり入りたくはないが、通路は広間の奥から続いているため、一度とっぱしなければならないだろう。
「よし、それじゃあ1、2、3で駆け抜けよう」
俺の言葉に雨森もうなずき、二人で一気に広前と転がり込む。
と、同時に。
ガシャンという音を立てて入口と出口に鉄柵でできた扉が降ってきて、ふさがれてしまった。
「しまった……!」
「ハル! ぼーっとしないで、上からきてる!」
切羽詰まった雨森の叫びにつられて上を見ると、ギチギチと不気味な音を立てながら巨大な蜘蛛が糸を垂らし、天井からゆっくりと降りてきていた。