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ないた赤鬼  作者: 白鳩
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幕間 泣いた赤鬼 其の一

赤鬼と青鬼の過去話で赤鬼視点です。タイトルのモチーフとして使わせて頂いた「泣いた赤鬼」を準拠にしています。

 もう大昔のことだ。鬼の里に生まれ落ちたは良いが、元より小柄であったため周りの鬼たちと同じようには育たず、幼い時分に成り損ないとして里から追い出された。仲間意識はさほど無かったため、追い出されたことは苦ではない。それに、里から追い出されたのはわしだけでは無かった。

 里から追い出されたわしとは別に、わしとは対照的な青い肌をした青鬼の子も傍に居た。青鬼というものは大概が頭に一本角と相場が決まっているのに、そいつは額に小さな一本角が生えている、奇妙な青鬼だった。

 ともに里から追い出されたわしらは、同じ年齢だということもあってすぐに仲良くなった。わしが獲物を取ってくれば、青鬼は木の実を取って来る。わしが怪我をすれば青い肌にぼたぼたと涙を溢して手当てをする。青鬼が他の妖怪に苛められればわしが怒り、代わりに喧嘩する。互いに住み心地の良い土地を探すうちに、わしらは互いにかけがえのない存在となり、支え合って日々を過ごした。

 そんなある日のこと。とある山に辿り着き、しばらく過ごしている内に山へ迷い込んだ人間と話す機会があった。出会った当初はわしも人間も恐れて近付こうとはしなかったが、いつしか人間と傍で語り合うほどの仲になった。わしはその時に初めて「人間の友達が欲しい」と強く願ってしまった。

 それまで友と呼べるのは、青鬼や山に住む動物ぐらいのものだった。だが、人間はわしよりも複雑に物事を捉え、笑い、泣き、怒る。ころころと変わり予測不可能な表情に、わしの心は徐々に惹かれていった。

 では、人間と友達になるにはどうすれば良いか。人間に問うてみたが、明瞭な答えは得られず、「村にも君のことは伝えられない」と諦めた表情で笑われるばかりだった。しからば、己が頭で考えるほかない。

 まずは他の妖怪や動物から身を離さなければならないだろう。わしが赤鬼だということで人間が遠ざかるのであれば、他の妖怪が傍に居たのでは話にならない。わしは常にともにあった青鬼へ説明もそこそこに、山の麓にある森に居を移した。

「まずは、お招きする場所を整えんとな!」

 それから、今度は集めてきた木々で粗末な小屋を作り、人間が好むであろう木の実や魚や動物の肉などを用意する。それから、家の前に置いた立札にこう書いた。


「心の優しい鬼の家です。どなたでもおいでください。おいしいお菓子がございます。お茶も沸かしてございます」


 意気揚々と書いて立てておいたが、結果として誰一人として訪れなかった。


 どれほど癇癪を起こせども、滑稽だとでもいうかのように誰も来ぬ。家の前を通り掛かった人間に猛烈な主張を仕掛けたが、危うく斧で殴られそうになった。次第にわしへ会いに来ていた人間もいつしか顔を見せぬようになり、ますます怒り狂った。


「話を聞こうともせぬ、うつけ者めが!!」


 やはり、鬼と人は相容れぬものか。


 わしはただ、人間の友達を作って、楽しくお話したり、一緒に草笛などで遊びたいと思うているだけだというのに。鬼だからと残酷な言葉一つで、わしは人間に恐れられる存在とならなければならないのか。どうして、誰も信じてくれんのだ。

 怒りに任せて人間を襲おうにも、こんな人間の童と同じくらいの背丈で何が出来るというのか。この肌が赤いというだけで、この牙が鋭いというだけで、この頭に生えた二本の角があるというだけで、どうして友も作れんのだ。

 どうせわしのことを分かるものなど、誰一人とて居ない。わしの周りに誰もいないことが良い証明ではないか。まったく、馬鹿馬鹿しい。

「こんなもの……!!」

 立札を力任せに引き抜く。すると、家の向かい側から誰かがやってくる様子が眼に入った。思わず息を呑んで見守ってしまう。固唾を呑んで見守るわしを他所に、そいつはさくさくと草を踏みしめてゆっくりとした足取りでわしが居る方向へと歩み寄る。やがて、わしと目が合う位置までやってくると、青い肌を日に当てて姿を現した。


「どうしたの、赤鬼?」


 ここしばらく目にしていなかった、青鬼だった。




***




 青鬼とは、随分と会っていないような気がした。わしに無邪気な笑みを向けながら「良い所を見つけたんだ」とわしの手を引いて、嬉しそうに山道を登っていく。行先を尋ねても曖昧な答えしか言わぬ青鬼に苛立ったが、しばらく行くと理由を察した。

「ここだよ! 風が気持ち良いでしょ?」

 木々しか見えない視界が急に開ける。それから、目に飛び込んできたものは、一面の薄野原だった。さわさわと穏やかな風に吹かれた薄たちは一斉に頭を傾げ、背後の木々からは鳥たちの気持ち良さ気に鳴く声が聞こえた。たしかにこの場所の説明を求められても内緒にしておきたい気持ちはよく分かる。存外青鬼も悪戯心というか、そういったものは持ち合わせているらしい。

「困った時は、空を見てぼーっとするのが一番だ」

 楽しそうに薄を掻き分けて入っていく青鬼の後を追いかけながら、天上をゆったりと流れていく雲にほうと息を吐いた。言われてみれば、最近は空などゆっくり見ている暇も無かったな。里にいた頃はよく青鬼と並んで空を見ていたというのに、すっかり忘れてしまっていたようだ。

「そういやさ、赤鬼。おれ、猪が獲れるようになったよ」

「ありゃ。おめぇまだ獲れんかったんか」

「赤鬼が居なくなって、いざ獲ろうとしたら難しくて」

「おめぇ、狩りが下手くそだしのぅ」

「でも、山菜取りはおれの方が上手かっただろ!」

「そうじゃったっけ」

「とぼけるなよぅ」

 薄野原を掻き分けてしばらく歩くと、薄野原が消えて目の前には崖があった。崖の下には鬱蒼と木々が生い茂る森が一望でき、森の先には小さな村が見える。あそこが、人間が住む村なのだと青鬼に言われずとも分かった。

 よいしょ、と青鬼が腰を下ろして、背後に迫る薄野原に背を預ける。支えが無いものだから青鬼分の薄が寝転がされて青鬼だけの空間が出来上がった。わしもそれにならって薄野原へ仰向けに倒れると、わしの方を向いていた青鬼が嬉しそうにくふふと笑う。

「それとな、前に山の中で山菜を取ろうとしたら鹿に頭を蹴られた」

「本当おめぇは、うつけものじゃなぁ」

「そういう赤鬼だって、昔は猿に石を投げられて怒ってたじゃないか」

「あの猿はわしの木の実を盗んだから、お相子じゃろが」

「赤鬼は負けず嫌いだもんな」

「おめぇが泣き虫なだけじゃ」

「ははっ、違いねぇ」

 途切れない雲が流れていく空を見ながら、取り留めのない話を続けていく。青鬼が話せばわしが相槌あいづちを打ち、わしが話せば青鬼が笑う。この時間が昔では「いつも」のことであったことを思い出しながら、昔と変わらぬ青鬼の様子に心はゆったりと落ち着いていった。

 青鬼は、鬼にしては珍しく欲のない奴だ。裏を返せば自己がはっきりとしていない。それだからこそ、自己主張が激しいわしと釣り合いがとれるのやもしれぬな、と、餅のような雲を見てふと考えた。


「ねぇ、あのさ」


 一頻ひとしきり仕様のない話でお互いに笑い合った後で、青鬼が声をかけてくる。わしはそれに対して何気なく返事をして、空に昇る太陽を見て目を細めていた。今晩の飯のことなぞ考えながら、深く考えもしないで。

 爽やかな風がわしと青鬼の間をすり抜け、崖下に広がる森や村へと去っていく。すると、どこからともなく鈴虫や蟋蟀こおろぎの鳴き声が聞こえてきた。いつの間にやら夕刻が迫っていたようだ。

 横を向けば青鬼の横顔が夕陽に照らされ、青い肌に黄昏時の色味がかかっている。赤い肌に橙色の光が差し込まれても違和感はないが、青鬼の瑠璃色の肌にも存外あうものだと心の内で呟いた。

「赤鬼は、人間と友達になりたいんだよね」

「あぁ、そうじゃ。面白いぞぉ。草笛でどこまで吹けるかだとか、草履ぞうり飛ばしなぞ奥が深くてなぁ。人をからかうために茶化してふざけるのも面白くてなぁ」

「そっか。本当に、好きなんだね」

「おう。最近は姿を見かけんので寂しくてのぅ」

「じゃあ、手伝うよ」

「……え」

 思いがけない青鬼の提案に、思わず身を起こしてしまった。余程わしは間抜けな顔をしていたんじゃろうな。青鬼がわしの顔を見てくすりと笑い、わしと同じように身を起こした。わしらに踏み倒されたすすきは立ち上がろうともせずに寝転んだままだ。

 この場で動くものは、わしらを含めて何もなかった。

「おれが村を襲うから、赤鬼は村を救ってくれ」

 まっすぐにわしを見つめる青鬼の瞳には、躊躇いや迷いといったものは一切見受けられない。それどころか、心なしか輝いてすらいる。普段からあまり見ない青鬼の表情に度肝を抜かれた。

「おれ、赤鬼の役に立ちたいんだ」

 やや興奮気味の青鬼に右手を取られ、胸の前で握り締められる。それから青鬼が柔らかな笑みを浮かべた。その青鬼の笑顔は見知ったものだから、今度こそ内心で安堵して、青鬼を見つめ返す。

「なぁ、青鬼。自分が何を言うとるか、分かっとんか」

「おれは別に人間なんてどうでも良いけど、赤鬼は友達だし」

「するってぇと、何かい。おめぇと友達のわしなら嫌われ役をやっても良いと?」

「赤鬼が、人間と友達になれるなら」

 何故だか一瞬だけ空気が張り詰める。お互いに本気で訊ね合っていたからかもしれない。だけど、わしは青鬼が嘘を吐いても見抜けない自信があるもんだから、青鬼を疑うことは早々に諦めた。

 そうだ。思い返せば、こいつは会った時からこういう奇特な妖怪だった。鬼の中でも小柄なわしらは肩を寄せ合って生きていかねばならぬと悟った時に、この山へ行こうと言いだしたのも青鬼で、わしが人間の子と遊ぶときに誘っても頑なに断わるのも青鬼だった。大人しいくせに妙なところで頑固。それが、目の前に居る青鬼だ。

 青鬼には、わししか居ない。青鬼もそれを良しとして、自分のことよりもわしの喜ぶことを優先する。妖怪にしては奇妙な奴だった。もしかすると、わしよりも人間らしいやもしれぬ。

「おめぇは、本当に良い奴じゃなぁ!」

「ずっと前から考えていたけど、その……言えなくて」

「おめぇのその気弱なとこも、わしは好きじゃぞ」

「よ、よせやい。褒めても何も出ねぇよ」

「本当のことを言ったまでじゃ!!」

「えへへ。そっかぁ……ありがとう」



 そう言うと、青鬼は夕陽が差す薄野原で嬉しそうに笑った。しかし、同時に瑠璃の肌に朱が差しこんで見たことも無い色に柔らかく微笑む青鬼に、漠然とした不安が胸を過ぎる。


「人間の友達が出来ると良いな。赤鬼」


 もしや、間違った選択をしてしまったのではないか。だが、今更この笑顔を見せられた後で願いを突っ返すわけもいかず、わしもただ微笑むことしか出来なかった。


いかがだったでしょうか。よろしければ感想・質問・改善点などご指摘くださいますと嬉しいです。

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