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ないた赤鬼  作者: 白鳩
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第四夜 鬼と舞妓 中編

長くなってしまったため、三部構成とさせて頂きました。

 翌日になり、薄暗い夕闇が背中を押す頃に妖怪は動き出す。


 見世物小屋で劇をする前に、まずは両手がはさみとなっている河童かっぱのような顔をした髪切りさんに今日の髪型を整えてもらう。それから、小屋をのっぺらぼうさんと隈無く掃除して、その後に先輩の猫又ねこまた姉さんと劇が始まる時間までに街道で呼び込みをする。

 街道を歩いているのは妖怪が主だが、たまに陰陽師のように人間も混じっていることがあった。森に迷い込んだ子どもには刺激が強すぎるから、出会るだけ元来た道を戻るようにさとしなさいと猫又姉さんに言われたこともある。最初は何の事だか分らなかったが、己が働くようになってから言葉の意味が分かったのは、そう遠くない記憶だ。

 そうして順調にお客が集まり、小屋内にいる全ての仲間たちが準備出来れば、いよいよ開幕となる。猫又妖怪の猫又姉さんに、河童さんや三度笠を被った川獺かわうそさんたちへと目配せをした一つ目が、ぱんぱんと手を叩きながら大きな声でお客たちを盛り上げた。


「さぁさ今宵もお集まりの皆々様方に愉快な宴を!」


 途端に波打つ拍手喝采。一つ目は客の反応に鷹揚おうように頷いてから、袖幕にいる猫又姉さんに視線をこっそりと投げて遣す。この見世物小屋では開幕すると必ずやる芸がある。それが、猫又姉さんと河童さんの能だ。

 まず最初に古株である猫又姉さんがおうなの面を被って、三味線を弾きながら幕の裾から多くの猫たちを躍らせて座席を温める。いくらか客席が温まってきたところで、深い沼の色をした河童さんが尺八という笛を吹いて物哀しい音色を奏でながら、おきなの面を被ったまま演奏に加わった。

 さらに猫又姉さん達の頭上を、小さな川獺さんが両手に皿を乗せた傘を持ち、器用にくるりくるりと回しながら綱を渡っていく。猫又姉さんと河童さんの唄は、いつだって悲劇を語る能だった。


やれ憐れな娘は歌唄い、

しいくしくと舞うてみせようぞ

はぁ、よいよい。愛憎渦巻く今世にはぁ

今日も今日とて馬鹿は唄い、いとけなしものの嘆く声がする

おっかさん、おっかさん。

けふはどこへと向かおうぞ。

いとしきわが子や、恐るるものは何もあらんぞと。

繋いだお手手は真っ赤になろう。

離してくんろ、離してくんろぉ。

ええい、せんなきことだと、母はわが子をはなから食いて。

憐れ親子や、仲良く崖下へ。

すべては世に残せし憎き夫への恨みや憎みの如く。

あな、恨めしや。恨めしやぁ。


 猫たちが母親のような着物や子どものような着物を着て、くるりくるりとそれぞれが舞台上で舞う中で、猫又姉さんや河童は朗々と声を張り上げながら唄いあげていく。恨めしやと言ったその直後。川獺さんがわざと傘から一枚の皿を落として、着物を着た猫たちは悲鳴の大合唱を始めた。がしゃんという皿が割れる音とともに、猫の悲痛な叫びが連鎖する。


にゃああぁあ……

あぁあぎゃああああああああ!!


 その声たるや、この世の終わりだとでも言いたげで、可愛らしい声が徐々に悲痛を帯びた断末魔へと変化していく。見世物小屋で働いて一か月が経つが、いつもおれはこの場面で耳を塞ぎたくなってしまう。

 しかし、意外とお客の受けが良いものだから、止めるわけにはいかない。お客の反応に気を良くした猫又姉さんや一つ目は、至極嬉しそうに眼を細めてほくそ笑む。

「さぁ、今宵の勝負はろくろ首と蛇女さぁ!」

 それからしばらく猫又姉さんが三味線を弾いていると、袖幕から今度はろくろ首と蛇を首に巻いた女性が躍り出て、互いにすったもんだの喧嘩をし始める。いつの間にか三味線や尺八の音色は物悲しい音色からじゃかじゃかと煽り立てるような激しいものとなり、綱渡りをしている川獺さんの動きも活発になっていた。

「やれ、そこだ!」

「負けるな、蛇女!」

「只今の掛け金はろくろ首に三銭、蛇女に六銭だよ。張った張ったぁ!」

 一つ目が袖幕から移動して客席に降り立ち、掛け金を回収する。演者である妖怪は商品である一方で、その商品に金を賭けさせて妖怪の価値を客に与える、一種の賭博場だ。ここは、そういった意味での「見世物小屋」だった。

「やいやい、んなへっぴり腰でどうするってんだい」

「何やってんだ、てめぇに賭けてんだぞ!」

 人間に認められるということは、すなわち人間に買われるということである。人に買われず売れ残るということは、この小屋では妖怪としての死を意味した。昨夜の一つ目が言いたかったことは、恐らくそういうことだ。

 演戯をやる以上は、必ず売れなければならない。売れなければ、己が消える。一つ目は、最初に出会った時と変わらずそういうことを、親切にも忠告してくれたのだ。

 ただ、その一つ目も、この見世物小屋を人間相手にも開放することで己を必要だと人間に認めさせ、見世物小屋で働く妖怪たちは己が消えたくはないが故に自らを売り込む。言い方を換えれば、妖怪たちは自らを「強い妖怪」だと主張し、自らを買った人間に「強くて怖そうな奴を従えている強者」という他者からの評価を得るための価値を与えているのだ。


 自らの存在認知を求める妖怪。

 「強者」という評価を得たい人間。

 どちらも、需要と供給の関係性が成り立っていた。


 しかし逆に言えば、人間にとっておれたちの存在価値などその程度のものでもある。人間は妖怪を買っても良いし、買わずとも良い。気に入れば買うし、気が乗らなければ見なかったことにする。別に買わなかったところで誰に責められるわけでもない。人間の方がおれたちよりも気楽なものだ。だから、この小屋に響く声といえば、大抵は客である人間が飛ばす野次と、妖怪の売り込む声しか聞こえなかった。

「しっかり戦わんかい、この銭泥棒め!!」

 人間からすれば、おれたち妖怪は人間の自己評価への指標に過ぎないのだろう。それでも、見世物小屋にいる妖怪は、誰もが人間に選ばれたがった。それほど、必死だったんだ。妖怪としての矜恃を売ってでも人に買われなければ、皆は妖怪の威厳を失くしてしまった、ただの異常な生き物と成り果ててしまう。それだけは妖怪として生きてきたものの面子が立たないらしい。おれにはよく分からないけれど、そういうもののようだ。

「今宵の勝者は、蛇女だぁ!!」

 わぁわぁと歓声で盛り上がる舞台では、眼を回したろくろ首が横たわり、勝者の蛇女は首元に戻ってきた蛇の頭を愛おしそうに撫でていた。客席にいた一つ目の傍には、既に幾らかの人間が取り囲んで蛇女を是非この手に、と詰めかけている。一つ目も嬉しそうに蛇女と人間の間に立って商談を始めていた。

「なぁなぁ。わっちを買わんか。知名度はあるぞ」

「あんさんみたいな色男に買われたいのだけど……どう?」

 異様な熱気に包まれていた小屋の中は少しだけ熱が下がり、舞台上に居た妖怪たちが客席へ降りて、小屋のあちこちで自らを売りつけに行く。何も演戯だけではなく、こうやって雑談から引き抜かれた妖怪だって、裏方仕事をしている合間で嫌と云うほど目の当たりにしてきた。探せば、いくらでも己が買われる機会はあるのだ。その機会を逃すわけにはいかんと、皆は必死に人間へと売り込む。それぞれがこの小屋から脱出しようと躍起やっきだった。

 それというのも、この街道にまつわる話を聞けば頷けることかもしれない。この見世物小屋は、妖怪たちが蔓延はびこる街道の中でも「掃き溜め」と揶揄やゆされて忌み嫌われている場所だ。妖怪として人々に恐れられず、行き場を失くした妖怪たちが集まり、人間たちに媚を売る。

 陰陽師に使役されることもなく、人々に「滑稽だ」と笑われ、街道の奥深くでこっそりと油を売る、どうしようもない奴ら。小屋に居る皆は本来なら仲間であるはずの妖怪や、人間にも嘲笑あざわらわれて生きてきた。そんな状況を覆したくて、今日も妖怪たちはどうにか人間に気に入られようと慣れない胡麻を摺る。まったく、妖怪の世も世知辛いものだ。

「あら。青鬼。あんたこんな所で何してるのよ」

「……あ。猫又姉さん」

 小屋の隅でぼうっと他の皆を見ていると、飲み物を持った猫又姉さんが話しかけてきた。この小屋で一番の古株である猫又姉さんは人間から何度か申し込まれたそうだが「小屋を支えたい」一心で断り続けている、この見世物小屋の中で最も稀有けうな妖怪だ。周りの妖怪もそんな猫又姉さんを尊敬しているのか、「姉さん」と呼ぶことが多い。おれも何となくそう呼ぶことにした。

「姉さんこそ、何してるんですか」

「あたしは給仕よ。それより、青鬼。あんたも行かなくて良いの?」

「次がおれの初舞台なので、遠慮しときます」

「あら、淡泊ねぇ。ただでさえ人から鬼になった変わり種なのに」

「……緊張してるだけですって」

「あれだけ稽古してるんだから大丈夫よ。しっかりなさいな」

 猫又姉さんはやけに世話焼きだ。ここ数年で元来持ち合わせている姉御肌に磨きがかかり、人間からの厚い人気を博しているわけなのだが、姉さんは頑として首を縦に振らない。人間からすれば「そこが良いのだ」ということらしい。つくづく人間も妖怪もよく分からないものだ。

「まぁ、でも。あんた器量良しだから、失敗しても問題ないわね」

「……化粧をしているから、青鬼だと分からないだけですよ」

「そうねえ。妖も人間も、化粧で化けるもの」

 猫又姉さんはそう言って、くすくすと艶やかに笑う。その様も近くで見ていると絵になるというのだから、人間が猫又姉さんを求めるのも分かるような気がする。何とはなしに猫又姉さんを見ていると、背後で一つ目が袖幕でおれへ小さく手招きするのが見えた。どうやら出番が近付いてきたらしい。

「それじゃ、姉さん。おれ、そろそろ」

「あら。それじゃあね」

 それだけを言って、軽くお辞儀をする。猫又姉さんも微笑むだけでそれ以上は呼び止めようとはしなかった。おれは慌てて袖幕に引っ込んで、妙に苛立った一つ目の元へと歩み寄る。近付いてきたおれを一つ目は大きな眼でぎょろりと見てから、あからさまな溜息を溢した。

「あのなぁ、青鬼。時間にはちゃんと」

「ごめん、一つ目」

「おいこら。ここは仕事場だ。その呼び名はやめろ」

「あー、えっと。ごめん、主人」

「……ったく。いいから支度しな。髪切りが待ってんぞ」

「はぁい」

 眉間に皺を寄せて怒られたがすぐに許してくれる一つ目に、愛嬌がてら小さくべっと舌を出して楽屋へと小走りで駆けた。

 やっぱり、一つ目は優しいなぁ。ときどき吃驚するぐらい厳しい時もあるけれど、どんな行為も己を心配していることが声の調子や視線でよく分かる。だから、この仕事を引き受けようとも思ったんだ。たしかに己が消えるのは怖いけど、己の消滅よりも一つ目の役に立ちたかった。

 ふんふんと鼻歌を歌いながら楽屋へと向かう道すがら、演戯を終えた河童さんと川獺さんと擦れ違う。お互いに姿を確認すると、河童さんも川獺さんも目に見えて嫌そうな顔をするが、すぐに意地の悪い笑みを浮かべて話しかけてくる。こういう時の河童さんや川獺さんは碌なことを言わないと知っているおれは、控えめに笑って流すことにしていた。

「よぉ、別嬪さん。今日も相変わらず色目使って客引きしてきたのか」

「噂じゃ街道の妖出会茶屋あやかしであいちゃやに出入りしてるって聞いたぜ」

「……いやですよ、河童さんに川獺さん。おれは鬼の、妖怪です」

「どうだかなぁ。その小綺麗な面で化ければ、人間なんぞすぐ騙せらぁ」

「妖怪だって騙せるんだぜぇ。今度いいやつ紹介しようか」

「へぇ。……お褒めに預かり、光栄です」

 にこりと笑んでみせると、河童さんと川獺さんはつまらなさそうに盛大な舌打ちをして、どこかへと歩み去っていく。河童さんと川獺さんの後ろ姿を見送りながら、ほっと胸を撫で下ろした。河童さんと川獺さんは時々ああやって、おれをからかうことがあるから、要注意だ。以前は妖出会い茶屋などという性交渉を目的とする場所の名前だとは知らなかったものだから、純粋な気持ちで聞き返してしまったことがある。今となっては恥ずかしい思い出だ。

 最初は河童さんや川獺さんからこんな風に嫌味を言われた時は戸惑ったが、猫又姉さんや野干さんに「あしらい方」というものを教わってからは、そういった言葉遣いも出来るようになっていった。「こういう商売だと、そういう技術も必要なのよ」と猫又姉さんや野干さんは言うが、この言葉遣いにした辺りから酷くなったような気もするが、気のせいかもしれない。それに、おれにも少なからず要因はある筈だ。

「どうも、素直になれる妖となれない妖がいるなぁ」

 おれが生意気なせいで河童さんや川獺さんには意地悪を言われたり、意地悪されることもある。しかし、だからと言って特に気にしたことも無い。村でのことを思い出せば、まだこんなものは可愛いものだ。あそこと違って、殴られたり、蹴られたりすることも無いのだから、それだけで充分じゃないか。ただ、仲良くしたくても出来ないのだと思うと少し悲しくはなったが、仕方がないことだろう。

 しかし、あの妖出会い茶屋に通い詰めているという噂は聞き捨てならない。この初舞台が終わったら噂の出所を押さえてみようか。十中八九あの川獺さんの嘘だとは思うが、用心するに越したことは無い。

 河童さんや川獺さんに茶化されたことによって機嫌が急降下してしまったが、気を取り直そう。そうだ、河童さんや川獺さんなりにおれを鍛えようとわざと風当たりが強くしているのだ。きっと、そうに違いない。

 数度だけ頭を振り、落ち込む気分を振り払う。それから、今度こそ髪切りさんの元へと足を早めた。



 



いかがだったでしょうか。よろしければ感想・質問・改善点などご指摘くださいますと嬉しいです。

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