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ないた赤鬼  作者: 白鳩
19/21

第四朝 赤鬼と青鬼 後之上編

お話も山場を迎えました。長くなったので区切らせて頂きます。

それでは、どうぞ最後までお楽しみください。

 おずおずと差し伸べられる、小さな青い手。はっと我に返ってみると、力なく座り込んだ泣き顔の青鬼がわしの頬に手を伸ばしていた。まるで割れ物にでも触れるかのような手つきでわしの頬を撫でて、親指で軽く目元の何かを拭い取る。わしは青鬼が何をしたいのか分からず、ただそれを見守った。

「……あ、かおに」

 ぽつりと漏らすように呟かれる青鬼の声。その声には先ほどまでの邪気は無く、あの日の青鬼のようだ。びゅうと一陣の風が吹き、漸く辺りが喧騒に包まれていることを悟った。

 わしら奇襲班が突撃をしてからというもの、強襲班や空襲班はもちろん、待ち伏せ班に分けられた妖怪たちがこぞって社へと駆けこんでいったらしい。青鬼との戦闘に夢中になっていたせいで気が付かなかったが、わしらの戦闘に他の妖怪たちが茶々を入れなかったことは果たして善意か、それとも入れられなかったのか。今のわしにとってはどうでも良い。

「泣いて、る?」

 かくんと力を失った首が傾き、その拍子に青鬼の眦に溜まっていた涙が一筋流れ落ちる。自分が泣いていることも棚上げにしておいてからに、何を言うか。青鬼の矛盾する言動に、ははっと乾いた笑みを溢して、改めて再確認する。 

 わしは、どうあっても青鬼を殺せない。今になって痛み始める腹部や両腕に意識を奪われながら、正気を取り戻した青鬼に声を掛けようと、口を開いた。瞬間。

「……っく!!」

 青鬼の眼の色が変わった。再び獣のような瞳と成り果て、わしを睨んだかと思うと腹部へと鋭い歯を突き立ててくる。果実に噛り付くように歯を立てて、ぎりぎりと力を籠める青鬼に腹部が痛みと熱を帯び始めた。確実に痛みを与えようと歯軋りのような真似までして、堪らず引き離そうと青鬼の頭に手を置いて引き剥がそうとするが、梃子てこでも動かない。持てる力を振り絞っても青鬼の頭がめりめりと音を立てるのみで、歯は離れる素振りを微塵も見せない。途端に頭に血が昇り、「青鬼!」と腰に差していた鞘で青鬼を殴り飛ばした。鞘を通じて、鈍い感触が掌に残る。

「ぐぅっ!!」

 くぐもった悲鳴とともに青鬼が離れた。離れたが、血を流し過ぎたのか意識が朦朧とし始めた。気が付けば青鬼を殴った鞘も見当たらない。青鬼と共に投げ遣ってしまったのだろうか。くらくらと回る世界で必死に焦点を定めようと頭を振るが、余計に眼が回ってどうにもならない。だが、殴り飛ばした衝撃で青鬼はどこかへ頭でもぶつけたのか、襲い来る気配が無い。さては、気でも失ったか。

 手探りで辺りを確認し、ふと指先に何やら固いものを探し当てる。一つまみで拾えるそれは、先程に自分が噴き出した小石だった。また暗器として使えるやもしれぬ。そろりと小石を口の中へと放り込むと、弾みがついて飲み込んでしまった。焦ると碌なことにならんなと思いながらも、ぐりぐりと掌で瞼を擦る。刹那。凄まじい風圧が瞬時に襲い掛かってきた。

「な、なんじゃあ?!」

 突如として神社の方角から思わず瞑ってしまうほどの大風が吹き荒れ、神社へと攻撃を始めていた妖怪たちの悲鳴も併せて聞こえてきた。薄目で見た景色では、あれは竜巻だろうか。

 がらがらと崩れ去る社からは幾つもの竜巻が陰陽師を囲うように渦を巻き、ゆったりとした足取りで陰陽師は姿を現した。

「ごきげんよう。街道に棲まう外道たちよ」

 涼しげな目元。長い鼻の下には薄い唇から発せられる高い声。まるで狐の顔だ。曲がりなりにも烏帽子を被り、青い睡蓮柄の扇子を仰ぎ、優美な足運びで社の外へと歩いてくる。それだけだというのに、何やら鼻に衝くものだ。他者を苛立たせる才能に抜きん出ている。そう思った。

「この度は鬼の召喚儀式にご足労頂いたようで」

 ぱちん。陰陽師が広げていた扇子を閉じる。それだけで竜巻はくねくねと予測不可能な動きで、たちどころにわしらへと飛んできた。神社の敷地内を万遍まんべんなく掃除でもするかのように動き回って強襲班である真神や月夜たちに次々と襲い掛かり、あらゆるものを吹き上げていってしまう。軽い鎌鼬や野干たちなら分かるが、あの図体の大きい女郎蜘蛛やら神社を覆う木々と同じ背丈を持つ大入道でさえも吹き飛ばされるとあれば、余程のことだろう。あの竜巻の正体さえ分かれば、対策も出来るというのに。

 だが、おかしなことに、竜巻はわしや青鬼の方へは近寄ろうともしなかった。

「さて、と。……青鬼や」

 ぱんぱんと軽く手を叩く音がする。竜巻の轟音で聞こえる筈もないのに青鬼は応じるようにすうと顔を上げ、陰陽師の方へ正確に向き直った。

「復讐は済んだか?」

 意味ありげな問いかけに、青鬼は素直に首を縦に振る。竜巻による風の壁に阻まれて見えない筈の陰陽師が嬉しそうに頷き、満足気に微笑む。

「それでこそ、お主に街道への恨みを募らせた甲斐があったというものだ。憎悪に駆られる姿は何とも言い得ぬ美しさを持つからなぁ」

 陰陽師がしたり顔で頷く様子を見ると、知らずと胸のあたりに得体のしれないもやがかかった。陰陽師は青鬼の憎悪の表情が見たくて、攫って売ってまた連れ戻したというのか。とことん粘着質で、気味の悪い奴だ。青鬼が持つという恨みも、元を正せばこの陰陽師に向けられて然りだというのに。腹立たしい。青鬼が変わった理由に、陰陽師も少なからず関わっているだろう。しかし、今となっては問題視すべき点はそこではない。

 鬼の召喚儀式。確かにそう言った。霊魂を呼び出すのならまだ分かるが、鬼なぞ呼んだところでどうするというのだろうか。小柄ではあるが青鬼とて歴とした鬼である。

 それでは、青鬼ではいけない理由とは、何か。答えは一つ。完全なる鬼の召喚だ。

「では。早速これを用いて、呼び出すとしよう」

 ずるずると千代を引き摺って踏みしめるように階段を下り、社の残骸を蹴散らして青鬼へと歩み寄る陰陽師。傍らには管狐を控えさせ、堂々とした歩みで石畳を踏みつけていく。青鬼へと歩を進める間に竜巻から落下したと思われる妖怪たちの残骸に目もくれず、砂利同様に踏みにじる陰陽師の姿こそ悪鬼のようだった。怒りで頭に血が湧いたせいか、目の前がちかちかと明滅する。腹から込み上げてくる嘔吐感に溜まらず、がくりと地に膝をつく。

「おいで、青鬼」

 そう青鬼を呼びつける声はどことなく恍惚としたもので、なおさら吐き気が込み上げてくる。ぞうとする気色の悪い声だった。きっと青鬼も抗うことなく傍へ近付いて行ったのだろう。ただ、項垂れた視界の片隅に、からからと引き摺られるわしの刀の鞘の先端が一瞬だけ映った。

 顔を上げようにも、体調がすこぶる悪い体躯はびくともせなんだ。ぎゅっと歯噛みをし、耳を澄ませて少しでも状況を把握しようと努める。どうやら青鬼は竜巻に襲われることなく陰陽師の元へと辿り着けたようだ。猫撫で声を発する陰陽師の、何と気味悪いものか。続いて、どさりと物が地面に放り投げられる音がした。何だろうと思う間もなく、陰陽師が吐き捨てる。

「これを斬れ。それで儀式は完成する」

 陰陽師の声には抑揚がない。感情のない人形が声を出すとすれば、こういった風のものだろう。嫌な予感が忽ちの内に的中し、反射的に躰がびくりと震えた。青鬼が溢した「人柱」は、やはりそういうことか。既に儀式の準備は整っていたようだ。

 青鬼を、陰陽師を止めなくては。

「や、め……ろぉ!」

 掠れた声で必死に呼びかけるも、竜巻が乱暴している最中ではわしの声など蚊の羽音のようなものだ。それでもここで声を上げなければ、止められるものも止められぬ。一か八かだ。

「そいつ、は、なぁ……!!」

 両腕に力を籠めて顔を上げ、四肢にも立ち上がるための力を籠める。がくがくと足は震えて声を出す度に腹は痛むが、気にしてなどいられるものか。傷付いた腹部や後頭部から血が流れて滑りそうになる両の掌で石畳を踏んばり、必死の思いで膝を立てる。赤く滲む視界の中で人の形を模した化け物を捉えると、一気に駆け出した。

 最後の力だ。ぐぐっと足に力を溜めて、爆発させる。それだけでこの足は悲鳴を上げたが、死力の限りに動いてくれた。一歩を踏み出す度に激痛が雷撃のように脳天を貫き、視界が真っ白に染まり上がる。握り締めた拳は爪が食い込んでやたらと滑る。ぐんぐんと加速を繰り出す四肢。流れていく景色の中には、全身に切り傷を拵えた猫又や河童が倒れている様子が垣間見えた。

 びゅうびゅうと吹き荒ぶ風の中を駆け抜ける。眼も開けていられぬ程の暴風に目を細めながらも、陰陽師との距離を数えた。このまま往けば、四足半で辿り着く。上空では空襲班も竜巻に巻き込まれたのか烏の鳴き声さえも聞こえない。山を成す妖怪たちの死骸を飛び越え、踏みつけ、退けて、疾走する。

 残り三足。あと二足。僅か一足。

 だん、と勢いよく地を蹴って跳躍し、並んだ二つの人影の背から飛び掛かった。


「そいつは、わしの友だちじゃあ!!」


長文お疲れさまでした。

何だかんだで人と妖怪の違いは「情」の部分にあると考えています。なので、利害関係を重視する妖怪の赤鬼が、人間である千代を大事に想い、恩義を感じているように読み取って頂けましたら幸いです。

次話にて全ての結末を描きました。

よろしければ、どうぞ。

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