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ないた赤鬼  作者: 白鳩
12/21

第二朝 鬼と八百万街道に見世物小屋 中編

 身を低く屈め、風と共に岩山を駆け下りていく。前方を軽快な足取りで駆け抜ける真神に後れを取らぬよう背負った女子を抱え直す。その直後で背後から「うわ」と小さな悲鳴が非難がましく聞こえた。

「貴様、もう少し丁寧に走れ」

「ぐえっ」

 びゅうびゅうと吹き荒れる風の中を疾走していると、背負われたままの千代がわしの首に巻きつけた両腕で首を締めつける。このままだと気道が塞がれていて息がしにくい。文句を言おうと顔だけを千代に向けると、非常に不服そうな千代と目が合った。わしにおんぶされていることが腑に落ちないと顔にはっきりと書いた千代が口を尖らせた。

「……何じゃ。先から弱音ばかり吐く小童風情が」

「貴様も小童だろう。偉そうに言うな。とんま妖怪!」

「小童の罵倒なぞ痛くも痒くもないわい、この畜生め」

「なにおう?!」

「今ここで決着をつけるかぁ?」

「望むところだ、今すぐ降ろせ!!」

「……なぁ。喧嘩すんなって、さっき言ったばかりだっぺ?」

 ぎゃいぎゃいと背中で暴れる千代の言葉通りに、今すぐにでも落としてやろうと手を離しかけた瞬間。低い唸り声が前から飛んできた。真神だ。声につられて真神の方を見ると、獣特有の仲間を牽制するような、鋭い目つきが向けられている。これには流石のわしもばつが悪くなって、ふいと真神から視線を逸らす。すると、負ぶられている小娘も同様に不機嫌そうな声が聞こえた。

「わしのせいじゃない」

「うちのせいじゃない」

「あぁ、もう。言い訳するんでねぇ!!」

「……はーい」

「……へーい」

「返事は一回!」

 吹き抜ける大風の中でも聞こえる送り狼の声の調子に、再度お互いに押し黙る。青鬼が街道に現れたと聞いて真神たちに先導してもらい追いかけることとなったは良いが、この子どもが「ついて行く」と言ってはばからなかった。

 わしらは妖怪であり、送り狼なぞ動物に近い存在であるから人間が後をついていくことは並大抵のことではない。人間の、ましてや子どもの脚力など、たかが知れている。

 わしとしては子どもが来ようが来まいが構わんが、真神が「良い機会だから仲良くすんべ」と頓珍漢とんちんかんな言い分でわしに子どもを背負うように言ってきた。そりゃあ勿論わしも子ども双方とも嫌がったが、真神は駄々を捏ねるわしらを、有無を言わせぬ貫禄で黙らせ、今に至る。

 こうして、わしらは「仲良く」なるべく、嫌味の応酬をしながら街道へと向かっていた。

「二人とも仲良くしてくんろぉ。おら悲しくなってくるべや」

「兄者。お節介は程々にしろ。でないと身を滅ぼすぞ」

「でんごろうもつれないこと言うんでねぇ。おら悲しいべ?」

「知らん」

「あうー……でんごろうが冷たいべやぁ」

「泣くな。鬱陶しい」

「びえぇええ……!」

 わしらが果てのない問答をしている間にも、前方では真神と月夜が他愛のない口喧嘩を始めている。夜の雑木林を駆けるわしらを傍から見れば、なんと緊張感のない面子であることか。

「溜息ばかり吐いて爺くさい。やめろ」

 行く先を憂えて溜息を吐けば、背後の千代が不貞腐れたような声でわしの首を軽く締めてくる。千代にとって出来る限りの抵抗なのだろう。何だか妙に腹が立ってきた。

 わしは人間のことなぞどうでも良いが、真神が「連れて行こう」と言うから負ぶってやっているのだぞ。それなのに、感謝もせず、この体たらく。けしからん。まったく、実にけしからん。そもそも、わしが黙ってこやつを負ぶる義理など無いのだ。いくら子どもの癇癪といえど、限度というものがあるだろう。これは分からせてやる必要があるな。

「……あのなぁ!!」

 思わぬ罵詈雑言に言い返そうと、千代の方を一睨みする。すると、不意に前方から「着いたぞ」と月夜の冷静な声が飛んできて慌てて向き直った。

「うわぁ」

 長く続いていた雑木林も視界から切り開かれ、目の前に広がる光景に背中から感嘆の声がする。わしも見慣れぬ風景につられて声を上げた。

「こりゃあ、……酷いもんじゃあ」

 一直線に敷き詰められた石畳の上には、街道脇に露店があったのか壊れた骸骨提灯が辺りに散乱し、露店の屋根代わりに使用されていたほろは破けてしまっていた。露店の名残をそこかしこに見せる瓦礫の下には商売を営んでいた妖怪が挟まれ、火を纏った馬車の車輪でありながらも中央にあるものは顔だけという火車かしゃが暴れ回るせいで、街道のあちこちに火の手が回ってしまっている。

 それにもまして異常であったのが、わしらが来た方向へと逃げ惑う妖怪たちの姿だった。よく見てみれば妖怪に混じって人間の姿もちらほらと見える。初めてこの街道に来たが、どうやらここは人間にも親しまれていたようだ。いつもであればただ薄ぼんやりと光るだけの青い人魂も、持ち主の妖怪に籠の中へと仕舞われて尚も不安気に発光させている。わしらとは逆方向に逃げていく流れの中に、笛を持った狐と太鼓を小脇に抱えて駆ける狸も居た。常ならあの笛と太鼓でこの街道を賑わせているのだろう。

「わぁっ!!」

「おっと。……すまん、平気かのぅ?」

 どん、と他の妖怪にぶつかった衝撃で相手が転んでしまった。助け起こそうと見てみれば、わしにぶつかった妖怪である川獺の躰には、鋭利な爪で引っ掻かれたような痕や切り傷が無残に残っていた。その妖怪はわしのことなぞ見えてもいないのか、わしには目もくれず、よたよたと逃げていってしまう。わしはただそれを眺めていた。どうも、嫌な予感がする。あの引っ掻き傷といい、切り傷といい、もしや。

「おぅい、青鬼はあっちだっぺ!!」

 妖怪と人間の濁流に呑まれながらも真神は大声で呼びかけ、再び街道の奥へと視線を滑らせた。

 そうだ、わしらは青鬼の行方を追ってここまで来たんじゃ。ここで青鬼を逃してしまえば、いつまたどこで情報が手に入るか分からん。もしや永遠に会えなくなるやもしれぬ。

 やっとの思いで流れを掻き分け、真神たちが待つ街道の奥地にある広場へと辿り着くと、真神たちは神妙な顔つきで三叉路の闇を睨みつけていた。

「赤鬼やい、この先の街道は道が分かれるべや」

「右に行けば鳥居の道に出る。左は人間が使う山道、中央は竹林だ」

「おらたちは山道に慣れとるから、赤鬼は右を往ってくんろ!」

「青鬼を見つけたら各自で報告し合おう」

「だけど、一つ注意があんべ。鳥居を潜ったら振り返っちゃなんね」

「この土地は、元は神の土地だからな」

「それじゃあ」

「ご武運を」

 真神たちは説明もそこそこに早口にそう言ってから、同時に先の暗闇へと姿を消してしまう。後に残されたわしらは、ぽかんとしたまま互いに顔を見合わせた。それから右の道に眼を向けると、確かに暗闇に紛れて朱に塗られた鳥居のようなものが見えた気がする。

「……わしらも行くか」

 千代に声を掛けて鳥居へと近づく。すると、先程まで逃げる妖怪を見ても顔色一つ変えなかった千代の顔が見る間に青褪めていた。耳を澄まさずとも背後から「うぅ」とくぐもった声がする。どうも気分が優れないようだ。さては、腹でも下したか。

「どうかしたか」

「何か、ここ……気持ち悪い」

「気持ち悪い? ははぁ。さてはおめぇ、妖気にてられたな」

「……妖気?」

「わしの妖気は微量じゃが、ここは妖怪が集う場所じゃからな」

「……別に。平気。慣れれば良い。だけ、だろう」

「ええから手で口や鼻でも押さえとけ、小童」

「……煩い。今そうするところ」

「おうおう。ついでに黙っとけ」

 黙っていれば可愛らしい女子だというのにまるで可愛気の無い口調に、へそ曲がりな孫を持った人間のような気になってしまう。わしの忠告通りに片腕で口元を覆う千代を見て、ふ、と微笑が零れ落ちた。

 やはり子どもはこのぐらい跳ね返りである方がからかい甲斐があるというものだ。適当に千代に軽口を叩きながら、大勢の妖怪や人間が居た街道とは打って変わって、しんと静まり返った鳥居を潜っていく。

 色褪せることなく艶やかな朱に塗られた鳥居が、奥へと行くにつれて幾つもそばだち、鳥居と鳥居の間にある脇には行灯が頼りなさ気に足元を照らしていた。

 ふと、耳元で何やらぼそぼそと人の話し声のようなものが聞こえ始める。これこそが、真神たちの「振り返ってはならない」という言葉の正体だろう。

「……誰か、いるのか」

「見るなよ」

「……ん」

 背中にしがみつく千代が、不安そうに前に回した両腕で握り拳を作った。そろりと眼だけで千代の顔を見ると、怖いのか、固く瞑った瞼と真一文字に引き結ばれた口元が見える。妖気といい、気配を感じることといい、厄介な体質のようだ。

 この街道は噂によれば、昔から、それこそわしが存在する前から不思議な場所としてあった。真神たちは街道のことを昔から知っていたようだが、月夜に言わせれば、元は神が住まう場所としてあったそうだ。いつの日か神はこの地から離れてしまったが、神の力の一部だけが未だに残り、何百年が経った今でも影響は残っているということらしい。

「いいか、小童。おめぇは、わしを殺すことだけ考えとれ」

「……うん」

 怯える幼子のしがみつく手の温もりを背に感じながら、無言でひたすら鳥居を潜り抜ける。すると、思っていたよりも早く鳥居の森は終わりを迎えた。


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