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ないた赤鬼  作者: 白鳩
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第一夜 赤鬼と青鬼

自由気ままに書いているので、妖怪ものが苦手な方や微グロ描写が苦手な方はお控えください。

 かつて、この村の山には鬼が住んでいたという。ある鬼は人と仲を深め、ある鬼は人を取って食うということで区別しようと、村人たちは人とともに在る鬼を赤鬼、人を食う鬼は青鬼と呼んだ。

 度々山から下りて来ては青鬼は田畑を荒らして人を食い、赤鬼は青鬼を幾度となく退治してきた。やがて赤鬼が青鬼を村から追い出すと、村人たちはこぞって赤鬼を神と祀り上げて仲良く暮らしていたらしい。赤鬼は村人たちに力を奮いはしなかった。

 しかし、それが間違いだった。山には山の神が存在し、山の神は村人たちが神よりも赤鬼という魔の者を祀り上げることに腹を立てた。山の神だというのであるから、その怒り様は凄まじいものであったと古書に書かれている。村の草木は枯れ果て、土地は痩せ衰え、川の水は毒へと変えられる。また狩りで生計を立てていた者は森に入るとことごとく行方知れずとなり、立ち入ることすら出来なくなってしまった。

 困り果てた村人たちはあれやこれやと手を尽くすが、とうとう神の怒りを鎮めることも出来ず、村人たちは一人また一人とこの世を離れることとなる。村の変わり様を見兼ねた赤鬼がある一つの提案をした。「己を退治してくれ」と。そして手段を失くした村人たちは泣くなく赤鬼を退治して、再び山の神の恩恵を受けることと相成った。

 今でも村の中に赤鬼から譲り受けたという茶碗や木々がある。それほど村のあちこちでは未だ赤鬼を奉る家は多かった。おれはそれらを見せてもらいながら、村の外れにある石の洞窟へと歩を進める。

「さぁ、ここだ。くれぐれも、良いな?」

 先頭を歩いていた村長が振り返り、おれを見た。周りに居た人間はおれが逃げ出すとでも思ったのか、両脇に居た二人の人間がおれの腕を組んで逃がさまいとする。嫌な顔をしてみせたが、ぐっと押し黙った。

「お主は今年で齢十となる。ここまで育てた我らの恩を忘れるな」

 重々しい口調でそう告げると、村長は僅かに身をずらしておれが洞窟に入るように道を開ける。村長や村人たちの意見としては、このままおれは数年ほどこの洞窟に篭って「儀式」のための準備をしなければならないのだそうだ。この臭くて汚くて暗い洞窟に、いつになるともしれない年月を過ごせと、村の皆は口を揃えて言う。

 それがお前の運命なのだと、ここ十年ずっと口酸っぱく言われてきたことだ。おれもこの青い肌や額にある一本角を持った時点で、こうなることは致し方が無いと思って生きてきた。これからもそのつもりだ。しかし、一つだけ気になることがある。

 怖くて聞けなかったことを、今という機会に聞いてみることにした。

「……ねぇ」

「何じゃ」

 ごくりと生唾を飲み込む。自然と強張る両手を握り締め、口を開く。

「どうして、おれなの」

 どれほど月日が経とうと、どれほど考えても分からなかった疑問だ。今も分からない。どうして、おれは生まれたのか。何故おれだけが他の皆と同じように生きられないのか。どうして、おれだけ人間じゃないのか。

 村でこの年になるまで育てられたと言っても、おれが生きてきたのは窓も板に遮られた暗い家の中だ。いつだって食べ物は扉の外に置かれていたし、便所は暗い廊下を渡ったところにある。この家に置かれた数多くの絵本だけが癒しだった。

 食べ物の傍にあった小さな燭台に火を灯し、絵本を読んで空想を膨らませるだけの毎日だったが、絵本に出てくる人間がどんなものか。鬼がどんなものか。鬼がどれほど酷いもので、醜いものであるかも絵本で知った。

 しかし、何故おれが鬼なのか。おれ以外にも鬼はいないのか。そのことについては、どれだけ絵本を読もうとも分からない。家の中に鏡もないから、己の姿も満足に分からなかった。初めて家の外に出て、鏡を見せてもらった時にようやくどんな姿であるかを知った程だ。


 風に吹かれて洞窟を覆う木立が揺れ、不穏にざわめく。おれの言葉に村長は一度だけ口を噤み、何かを考える素振りをする。その時だけはまるでおれが立っている場所だけが世界から切り取られたように時間を忘れ、ここにはおれしかいないような錯覚を覚えた。

 そんな静寂を破るように、村長が口を開く。


「お主が青くて怖い、鬼の子だからだ」


 そうか。薄々そうではないかと思っていたが、合っていたのか。村長の顔に宿る微かな畏怖の念に妙に合点がいった。爽やかな風がおれと村長の間を吹き渡り、ひゅうっと風が唄う。瞬きを数度すると、もう村長はおれを見ていなかった。村長の背が言葉を次々と紡ぎ出す。

「ゆめゆめ、忘るるな。村のため、お主の来世のためじゃ」

「お主が来世で人になれるよう、しっかりと徳を積め」

「神に選ばれたことを誇りに思え。ええな」

 そう言って村長は小さく頷くと、おれの腕を掴んでいた男たちが頷き返して洞窟を塞いでいた大岩を動かす。ごごごっと音がして、地響きがする。

「入れ」

 無機質な声が耳の奥で木霊して、おれは重い足取りで洞窟へと入った。裸足で入ると思っていた以上に洞窟は冷やりとして、思わずぶるりと身震いをしてしまう。寒くて暗くて凍えそうだとは思ったが、もう外に出ようとは思わない。おれは青鬼として生まれてしまったのだから、これが当たり前なのだ。そう思うと、何もかもがすとんと腑に落ちたような気がした。

「次の儀式まで、ここで待っていろ」

 その言葉を背に受け、洞窟はだんだんと光を失っていく。後ろで岩が閉じる音を聞きながら、おれは目の前に蹲る四つの影に目を釘付けにされて再び息を呑んだ。

 おれが初めて完璧な闇というものを知った日、そこにいる四人の青鬼たちを見て、ふと古書の続きである一節を思い出す。



 赤鬼を退けた村は翌年に赤鬼の祟りとして青鬼の子が生まれるようになり、村人たちは青鬼の子を神への供物として奉げるようになった。




*****




 あれからどれほどの月日が経っただろうか。




 物心がついた頃には既に父も母も他界している。遺されたものはこの身一つだけだ。しかし、それが悲しいことや可哀想なことだとは露とも思わない。周りにはそんな奴らばかりなのだから、おれもこんな臭くて汚くて暗い洞穴に閉じ込められていることは普通のことなのだと思っていたし、悲しいなどと考える余裕もないくらいに生きることで必死だった。

 そもそも己がどう思うかなんて、どうでも良いのだ。命をこの世に宿してしまった時点で既に運命は定められていたのだから、それに従うことしか許されない。定められた運命について疑問に思うことなどあってはならないし、抗うことなど以ての外だ。

 おれが考えなければならないことは、いかに今日を凌ぐために必要な飯を洞穴にいる奴らから巻き上げるか、奴らに寝首をかかれないように気を張りながらどう熟睡するか。それだけだ。

 どうしてこんな所にいるのか。何故おれの身体は普通の人間と同じではないのか。この洞穴に放り込まれた時には不思議だったが、もう今は何も感じない。ここで生きるのにその感情は必要ないし、答えは既に知っている。

「あー……」

 ごつごつとした岩穴の中で無意味に音を発する。横になっているせいで伸びきった白い髪は地面にとぐろを巻き、投げ出した手には暗闇でも見えるありがわらわらと登って来ていた。

 眼だけを動かせば、おれと同じく寝転がっている連中にも蟻がたかっている。奥で倒れている奴なんか、蟻どころか見たこともない虫に食われて眼や口からも虫が這い出していた。

 おれも恐らく、ああなるんだろうなぁ。外から入ってくる飯が頼りだというのに、ここ三日は何もやってこない。馬鹿なおれに分かることは唯一つ。ついに村から見放されたのだ。

「あ、お、くて。こ、わ……い」

 青い皮膚など無かったら。一本角など無ければ。人を食い殺しそうな牙なんて無かったら。どれほど良かったことだろう。

 こんなおれだから、この暗闇に閉じ込められたのだ。人を食い殺しそうな見た目に生まれてきたが故に、罰を受けているのだ。そう、教わってきた。今更それを疑うことなど出来る訳もなく、ただ今日も洞穴に入れられた日の記憶をなぞった。

 すると、こうすることが村のためなのだと、洞穴に入る前に村人が教えてくれた、言葉を一つ溢してみる。


「鬼、の子、だから」


 たしかこんな言葉だった気がする。ここに入ってからは馬鹿な自分が誤った思いを抱かないようにずっと唱えていろと言われて従ってきたのだから、間違いはない。

 すうっと視線を指先へと移すと、すっかり伸びきって尖った爪が目に入った。何とはなしに指先を口元まで持っていき、がじがじと齧ってみる。

 当然のように味はしない。だが、少し土っぽかった。砂利が口の中に入ってくる。

「よこ、せぇ!」

 もごもごと口を動かしていると、背後から呻き声が聞こえた。その声に振り返る間もなく背後から奴らに押さえつけられ、口の中を覗き込まれる。馬鹿だな。砂利しかないのに。睨みつける気力も湧かずにただ呆けていると、暗闇の中で濡れて光る黒い瞳と眼が合った。

 黒真珠の中におれの姿が現れる。そこには、落ち窪んだ眼をして見つめ返してくる、洞穴の外で見た地獄に居るという餓鬼と全く変わらぬモノがあった。それは恐らくきっと、こいつにも同じものが見えただろう。

「あ。が、ぁあ、あぁあ……!!」

 あぁ、餓鬼というのは、おれだったか。特に考えるでもなく見ていると、瞳がぐぐっと近づいてくる。それから、鋭い痛みが肩に襲い掛かってくきた。

 噛まれたのだ。肩を。肉もつかず皮と骨しかない肩にぎりぎりと歯を立てて噛みつき、こいつは怒りを露わにしているのだ。よくも騙したな、と。肩の肉を食い千切る力も、既に失っているくせに。

「ぐぅう……ふーっ、ふーっ、ぐぅううぅぅう!!」

 手負いの獣のように咆哮ほうこうし、噛みついたままで頭をぶんぶんと左右に振るが、血を出させることしか出来ずに悔しそうだ。流石にありとあらゆる感覚が麻痺しかけていたおれも痛みに耐えかねて、必死で肉もついていない足で蹴り飛ばす。

「ぐわっ!!」

 まだ力は残っていたのか、そいつが弱っていたのか。そいつは蹴り飛ばされた衝撃でいとも容易く尻餅を着いて倒れた。しかし、すぐさま体勢を立て直しておれへと這い寄ってくる。

 一体おれたちは何で生きているのだろう。そいつの昏い闇を映し出す瞳と髪さえも抜け落ちて牙も角も折れてしまっている様子を見て思った瞬間。突如として洞穴に変化が訪れた。

 最初それが何の音か分からなかった。

 穴を塞いでいた岩が重い音を立てて動き、外の光が洞穴へと無情にも差し込まれた。あまりにも暗闇に慣れ過ぎた眼には潰れてしまうのではないかと心配になった程だ。咄嗟に目を瞑ってやり過ごしたが、おれの傍に居た奴は「ぎゃあ!」と甲高い声を上げて蹲ってしまう。


「出番だ。さっさと出ろ」


 朗々とした男の声が聞こえたかと思うと、入り口に居た奴らが次々と耳を(つんざ)くような悲鳴を上げながら叩き出される音がした。まるで家畜だ。だが、おれたちはその扱いに息を荒げるでもなく、抵抗するわけでもなく粛々と外へと出ていく。

 おれたちは外で何をされるのか、知っている。その理由も知っている。知ったうえで、おれたちは洞穴で気が遠くなるほどの時間を生きてきたんだ。


 今日おれたちは、神への供物として奉げられる。

 村のため、皆のため、来世のために。



「顔を一寸ちょっとでも上げるな。進め」



 洞穴の中に居たのは、おれを含めて五人。その内の二人は暗闇に殺されて眼を潰され、一人は口から泡を吹きながら片足を潰した。

 皆一様に腹は醜くぼこりと出て、痩せこけた躰を声の後ろへと付いて行った。ざっざっと長く伸びた白い髪を青い肌に垂らして地面を引き摺り、砂埃を上げながら項垂れたままで歩を進める。男の声に反抗して顔を上げようにも村中にある松明の光が眩しすぎて、おちおち眼も開けていられない。光が肌を焼き、じりじりと火傷の痕を作っていく。

 辛うじて聞こえた音は、歩く度にじゃらりと鳴る足枷の鎖や痛みに手枷がぎしりと戦慄わななく音と、かつてはおれもその中に居たであろう人々のざわめく音だけだった。おれと同い年だが人間のこどもの無邪気な声と小声でたしなめる人間の声が頭上を飛び交う。


「よし、止まれ」


 鋭い声が新たに飛んできた。一列に並んでのろのろと歩いていたおれたちは、一斉に足を止めて立ち尽くす。おれはふと男の声の正体が気にかかってしまい、少しだけ顔を上げることにした。すると、目の前には多くの木が組まれ、ごうごうと火が燃え盛っているだけで男の姿はどこにもない。恐らくは火の向こう側に居るのだろう。大きな焚火からは火花がぱちぱちと散って、空にある星に負けないほどの輝きを放ちながら紫黒しこくの中へと消えていく。


「膝をつけ。動くな」


 おれたちは淡々と言われたことに従った。下げた頭の先では何やら聞き慣れない単語が耳に入り、辺りからは笛の音色や太鼓をけたたましく打ち鳴らす音が響き渡る。近くでは裸足で地面を蹴って踊りを舞う足音まで聞こえてきた。

 やがて儀式が進んで足が痺れてきた頃に、おれの右側でずしゃっと顔から地面に崩れ落ちる奴が出た。眼だけを動かして見てみると、あの自ら足を潰した奴だ。しかし、助け起こしたり、駆け寄ってくるものなど誰一人としていない。それどころか、小石や物を投げつけてくる人たちが出てくるようになっていた。


「この、青鬼めが!!」


 おれたちは、これが儀式の一部だと知っている。そして、おれたちはこれを受けなければならないのだと理解もしていた。唇を噛み締めながら声を上げることもなく耐える。これが終われば、おれたちはいよいよ神の御許みもとへと旅立つ。それまでの辛抱だ。

「ぐぅ、ふーっ……うぅー!!」

 不意に左隣から、ぐるると獣のような呻き声が聞こえてくる。横目で見ると、既に目は血走っていて青い肌にはよく映えた。折れた角は痛々しいが、口元からは涎がぼたぼたと地面に落ちて、牙が覗く隙間からはふしゅうと絶えず荒い息を吐く音がする。その様子を見た人たちがさらに声を上げて石を投げつけた。

 気が付けば、祭囃子も太鼓の音も消えてしまっている。耳にしたのは、男の声と小石が風を切る音だけとなった。

 いよいよだ。


「さぁ。青鬼の子よ。唱えなさい」


 最後に当たった小石はこめかみにぶつけられ、流れる血で視界を遮られながら、おれたちは掠れた声で「お経」を唱える。

 これを唱えれば。儀式は終わりだ。唱えるだけでこの地獄から抜け出せる。



 なんて、ありがたいことだろうか。







 仏様。おれたちは、青鬼としてそちらへ参ります。

 おれたちは生前この村に悪さをした青鬼の生まれ変わりです。

 おれたちは生前の罪を償うためにこの世に生を受けました。

 おれたちは生前の村を栄えさせるために生まれ落ちました。



 どうか、その深い懐にて受け止めてください。

 どうか、村にお恵みを。

 どうか、仏様のご慈悲を。










 それだけを言い終えると、ごうっと人をひっくり返すような突風が焚火に襲い掛かり、急に辺りが暗闇に包まれた。どうやら焚火だけではなく、村中の灯りという灯りが消え去ったようだ。もしや、これは仏様がご降臨なされた証だろうか。

「何だ、何が起こったのだ」

「分からぬ、儀式はとどこおりなく進んでおったというに」

「おっかぁ、お空が真っ暗だよぉ。怖いよぉ」

「手を離しちゃだめよ」

「祈祷師様。これは一体どういう……!」

「百年前と同じじゃないか!!」

「祟りじゃ……赤鬼様のたたりじゃあ!!」

 不思議に思って気付かれないようにそっと顔を上げると、人々が騒然として右往左往している様子が目に入る。あまりの慌て様に、おれが顔を上げたことにも気が付かないようだ。

「おっかぁ、どこぉ? 怖いよぉ……!」

 声につられて空を仰ぐも、空には満点の星空などありもせず、ただ雲が月を覆い隠しているだけだ。どこにも変わった様子などない。一体村人たちは何をそんなに慌てているのだろうか。やがて、どこからか「赤鬼様のたたりじゃあ」という叫びが暗闇を切り裂く。おれたちは何が起こっているのかまるで分からず、ただ茫然と立ち尽くす。

 すると、生暖かい風が痩せこけた頬を撫でたかと思うと、目の前の茫洋とした薄野原すすきのはらをふわりと駆け抜けて行ってしまう。ただの風が吹いただけだというのに、何だか妙に懐かしい匂いがした。

 さて。いったい何の匂いだっただろうか。どこで嗅いだことがあっただろうか。分からない。分からないが、無性に嬉しくなる。




「救ってやらぁ」



 風が吹き抜ける前に、声が聞こえたような気がした。




*****




 さわさわと薄野原が風に揺られて首を傾ぐ。何者にも侵されずに冷え切った風はおれのからだをぶるりと震わせ、そいつとの間を吹き渡った。先程までの祭囃子や太鼓といった喧騒を忘れさせるかの如く、辺りはしんとした静寂に包まれている。


「まぁったく。歯牙にもかからんで、つまらんのぅ」


 やがて雲の切れ間から天上を覆い隠すほどの真っ赤な月が顔を覗かせた。見渡せばざわざわと穂を揺らす薄野原以外に音のない孤独な世界だ。その中で、月は眼に痛いほどの赤とは裏腹に透き通る光で、おれと、そいつと周囲に散らばる肉の塊をさっと照らしだす。


「つまらん。実に、つまらんわい」


 月光の元に血に塗れた己の姿を照らし出されたそいつは、臆することもなく肉の塊が積まれた山の頂に登り、血や油でてかてかと光る刃を苛立ちのままどかっと突き刺した。

 それから何をするのかと見守っていると、そいつは忌々しそうに足元の死骸に唾を吐きかける。よほど腹が煮えくり返ることがあったのだろう。おれには何故そいつがこうも怒るのか見当もつかないものだから、ひたすら恐ろしかった。

 しかし、風の音ばかりが寂しく聞こえる世界で、おれは自分が息をすることも忘れてそいつに見入ってしまう。恐れだけではなく、おれにはないものを持っているそいつが、今はほんの少しばかり羨ましかった。


「なぁにがお供えじゃ。反吐が出らぁ」


 ゆっくりとそいつは積み上げられた人肉の山から身軽に下りてきて、祭ってあるお餅をぱくりと頬張る。

 暫くの間はくちゃくちゃと口を動かしていたが、ごくりと飲み込んで満足したようだ。それから、振り返ってべっと舌を出しながら口を開いた。口の中にもう餅は無い。あるのは赤い血がぽたぽたと滴る鋭い牙と、ぎしりと軋んだ笑みばかりだ。



「呪われた子だぁ、忌み子だのとは聞き飽きたわい」



 そいつは口をへの字に曲げながら乾いた笑みを浮かべて吐き捨てた。



「……あぁ、そうじゃ」



 それから少し首を傾けてこちらを見たかと思うと、悪戯を思い付いた悪童のような笑ってこう言ったのだ。返り血に塗れたその顔で、ぶんと手にしていた真っ赤な刀を一振りしながら、いかにも無邪気な子供のように笑って。



「おめぇも来るかい?」



 深い闇が辺りを覆う中で赤い瞳は爛々と月光に照らされ、昔話に出てくる赤鬼のようだった。








いかがだったでしょうか。よろしければ感想・質問・改善点などご指摘くださいますと嬉しいです。

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