終わりの始まり
夏休みなので頑張っていきます。
―――8時53分
どうして、こんな事がおきる……?
迫る壁。
土砂のように見えるそれは、明らかに雨のそれではない赤黒い礫が混じってすら見える。そう感じるには人間の知覚では間に合わない。
あっ、と言う間に迫る黒煙の壁。職業柄わりかし雑学にも精通しているためか、この“火砕流”は100km/hちかくあることが予想できた。
火山ガスがもつ特有の刺激臭が、最前列にいたオレの鼻腔を刺激し……
―――8時23分
朝礼が終わり、生徒には10分間の休憩が与えられている。友達にちょっかいを出して追いかけ回される男の子、それを見て冷たい目をする女の子、せんせーといってオレに引っ付いてくる女の子、その子にちょっかいを出してビンタされる男の子。
すべてが懐かしい風景で、すべてがもう手に入らない風景だろう。
―――8時28分
「せんせー、早く準備してどいてくれないっすかねー、そこにあるストップウォッチ取りたいんすけどー」
生意気なこの女は今年から入ってきた新任の体育教師、加藤真姫。こんな片田舎に飛ばされたのが気に食わないのか、オレに対してはいつもこんな調子だ。
「はぁ、ちょっと待てよ。あんませかせかすると眉間にシワがよって美人が台無しだぞ」
「はぁ? 美人なのは理解してますしあなたに言われても嬉しくないっすし」
「まぁまぁ、言わなくても分かってるから」
「ああもう、マジでだるい」
周りの教師も分かっていて、「夫婦喧嘩がまた始まっぞー」と囃したてるだけで、止める気はまったくない。
「ほら、準備終わったぞ」
そう声をかけ、ストップウォッチを差し出すと「だから、遅いっす」と文句を点きながら、ストップウォッチを荒々しく取り、まるで逃げるように自慢のポニーテールを左右に振りながら職員室から出ていく。
途中で「あんまり朝からイチャイチャすんなや~」とからかわれる真姫。「してません!」と否定して出ていった。
それはいいんだが……
「耳を真っ赤にして言っても説得力ないって……」
そのサバサバした性格からか生徒には人気の加藤真姫。
少し目上の人に対する礼儀が荒い加藤真姫。
意外にも可愛い後輩だ。
―――8時40分
緊急地震速報。
想定震度5強のその知らせが、他の職員から伝えられる。逃げ場のないこの小さな休火山島は、津波の一つでも来ようものなら甚大な被害が起こるだろう。
幸いにも運動場で体育だったオレたちは混乱もなく、ケガ人が出ることはない。
そのおよそ10分後だった……
特別噴火警報。
島の役場アナウンスで伝えられたレベルは最大の5。成層火山でもあるこの島に、逃げ場は二つしかない。島の外か、もう一つの小高い山だ。
災いにも学校から離れた平地の運動場にいるオレたちは、そのどちらからとも、“最も遠い箇所にいる”。
直ぐに近くの洞窟に生徒たちを避難させなければならない。防空壕として作られたその洞窟は入り組んでいて、中には扉が設けてある。そのため、ある程度なら火山ガスが防げるだろう。
真姫にその旨を伝えて、ケータイをポケットに仕舞う。どうやら学校の方はもう避難が済んだらしい。そして、洞窟まで案内しようと……
した時だ。
遅すぎた。
火山のほうを見ると、黒煙を上げながらナニかが来た。火砕流だ。
1キロ程離れたこの場所まで30秒もかからないだろう。生徒に大声で指差す方向に走るように指示。150m先まで先導しみんなを洞窟に入れる。
走り遅れた子供達を押し、遅れた子供のところまで行って手を引く。
ふと、振り返る。
そして、すでに手遅れだったことに気が付いた。
目と鼻の先にあるのは、黒い岩塊。
手を握る、子供を抱きしめて背中を向ける。
予想していた衝撃が来ないことに気が付き振り向くと、岩が、火砕流が静止していた。同様に子供も動かない。いや、よく見れば少しずつ動いている。
体の本能が、この力は長く働かないことを教えてくれる。おおよそ5秒ほど。
軽いその肢体を持ち上げた。たたらを踏み少し捻るが気にしない。あと2秒。
両腕の上腕筋に力を入れる。左足を軸足に踏み込む。あと1秒。
体全体を跳ねるように動かす、同時に腕の中の子供を洞窟に投げ入れる。そして世界は動き出す。
「洞窟の扉を閉めるんだあああぁぁぁ!!」
岩塊に左足を捥がれ、倒れ伏した背中が押し潰されようと、決して悲鳴は上げなかった。
最後に見た、オレに懐いていた彼女の顔を見たからだ。
扉を閉める彼女を。
人懐っこい顔を歪めて、目を真っ赤に泣き腫らす彼女を。
『先日、○○島において、歴史的な大噴火が起こりました。○○島は休火山指定されていた成層火山島で、噴火の危険はないものとされていましたが、直前に起きた地震により今回の噴火が起こったようです。
死者は見つかっていませんが、行方不明者が1人いることが分かりました。
行方不明者の白癒 護氏は生徒の証言により避難場所の洞窟のそばにいたことが分かっていますが、遺体となるものは発見されませんでした。また、生徒は彼について―――』
後に伝えられる853○○島大噴火。
島民786人中、死者0人行方不明者1人という“奇跡”として扱われる事件だ。
突然、肩が誰かとぶつかる感触がする。
そして、先ほどから目を開いていたかのような感覚に視覚を知覚する。
そして突然世界が再起動したかのように聞こえ始める喧騒。
「おい! そこの坊主!」
そして、オレはホールのような場所で並んでいる列の、はじめの方にいるらしい。また、前の方にいるヒゲを生やしたオヤジがオレを呼んでいることが分かった。
よくよく見ると、オレ以外に黒髪はおらず、また身長も顔の幼さの割には高い者が多かった。
呼ばれるままにそちらの方に向かう。
「ボーっとしやがって手間かけさせんなよ」
ふむ、私の姿は確かにこの中では同年代の、中学生くらいだと扱われてもおかしくはない。
元々低めの170cm。この中では高めだが、といったところだな。
「今更だけどこの入学試験についての説明はいるか?」
なるほど、これは入学試験というものらしい。少しでも状況の把握をしたいため、お願いすることにした。
「ったく仕方ねえな。このカトリナ魔法学園の試験内容は、犯罪歴の有無また、ステータスの高さで合否を決めることになっている。まぁ、付属予備魔法学校に通ってやつならそこら辺は問題はないだろう。また―――」
と、これはまた混乱させる用語がいくつも出てきた。魔法にステータス。予備校もあるんだな。なんじゃそりゃ、それじゃまるで―――
「小説やゲームの世界じゃないか―――」
「―――トいうわけだ、なにか質問はないか?」
ステータスなるものは、どうやら目の前においてある水晶のようなもので鑑定するらしい。名前は鑑定石、まんまか。
「いや、特にないな。」
まだまだ気になることは色々とあるんだが、あんまり質問すると不審がられてしまう。
「よし、それなら早くその石の上に手を置くんだ」
少しだけ、緊張する気持ちを感じながら、深呼吸をする。
この一瞬が、この世界でどう生きていけるかの鍵になるかもしれないからだ。
周りの喧騒が、聞こえなくなる。
一瞬、水晶の光が反射した。
開いた手を、伸ばし、水晶の上へ置く。
にゅっ、と、一瞬だけ水晶の中に沈んだ手が何かを掴んだ。やけに、前髪が煩わしく感じる。
そうして、嫌悪感から引き抜いた手には、一枚のカードが握られていた。
そのカードを確認しようとして開いた手を、オヤジがはたいた。
「おっ、中々のステータスだな。その年で護衛かなにかやってたのか? まぁいい、おまえは特待生だ。連れていけ。」
後ろの方に何人かいる、黒服の奴らにそう言いカードを渡すと、黒服がオレの手首を掴む。
「えっ、ちょ、おま……」
オレはノンケだ。違うそうじゃなくて、まだオレカード確認してない気になる気になるって―――
「カード見せてくれよぉ―――!」
カトリナ学園の名前の由来はカトリーナから




