第七話 いよいよ期末テスト。みんなで楽しく夜の勉強会
次の木曜日の夕方六時頃。
「高史、期末テストも主要科目百位未満だったら、分かってるわよね?」
高史は学校から帰宅しリビングに足を踏み入れるや、母から爽やかな表情で問いかけられる。
日程範囲表が配布されたことを、すでに碧から電話で伝えられていたのだ。
「うん。塾行きと本を捨てるってやつだろ」
「その通りよ。ちゃんと覚えててえらいわ高史。そうならないように頑張ってね」
「はい、はい」
高史は鬱陶しそうにこう答えて、自室へ。
すぐさま机に向かい、塾生達への教材作りと並行してテスト勉強に励んでいく。
(小中学校の内容を改めて復習してみると、高校の内容も分かりやすいな)
高史はこんな実感が沸いて来ていた。
同日夜、九時頃。
ピンポーン♪ といつもの朝のように、玄関チャイムが鳴らされた。
「高史くん、おば様。こんばんはー」
碧がやって来たのだ。
(やっぱり来たぁ)
高史は気まずい気分になった。テスト直前になると碧は毎回、テスト範囲の重要ポイントなどを教えに高史の部屋へ来てくれるのだ。中学一年の一学期中間テストの頃から続いている。
「高史ぃーっ、碧ちゃんが来てくれたわよーっ。下りてらっしゃーい」
「はいはい」
母に叫ばれ、高史は部屋から出て階段を下り、玄関先へと向かっていく。
「高史くん、今夜はよろしくね♪」
「うん」
碧に爽やかな表情で言われ、高史は困惑する。
「碧ちゃん、自分のおウチのようにくつろいでね」
母は温かく歓迎した。
「はい。お世話になります。英語で言うとメイクユアセルフアットホームですね」
碧は靴を脱いで廊下に上がると、嬉しそうに高史のお部屋に向かっていった。
これも毎度のことなのだ。
高史が高校に入ってからから集めるようになったオタクっぽいアイテムも、今となっては見られても平気になってしまった。
高史も二階へ上がっていく。
自室の扉を開けると、
「高史くん、かわいいお人形さん、また増えたね」
碧はラックをじーっと見つめていた。
「高史くん、テスト範囲のプリント揃ってる? 足りないのがあったら、コピーしてあげるよ」
続いて碧は、机の上や引出を物色し始めた。
「全部揃ってるよ」
高史はそう伝えると、机の上の本立てからファイルを取り出す。科目毎にきちんと分けられ全部で八冊あった。
「本当だ、一枚も抜けがない。えらいね、高史くん。ちゃんと整理整頓出来るようになって」
一冊ずつ捲って確認してみて、碧は大いに褒めてあげる。
「いやぁ、それほどたいしたことでもないと思うけど」
高史はちょっぴり照れ気味。
「今までは全然出来てなかったんだから、大きな進歩だよ。塾の先生始めたおかげなのかな?」
「そうかも。塾生達が一生懸命勉強を頑張ってる姿を見て、僕もしっかり勉強しなきゃって気になれたし」
高史は照れくさそうに言う。
「そっか。頑張り屋さんだね高史くん」
碧は高史の頭をなでなでしてあげた。
「いやぁ、それほどでも」
高史はさらに照れてしまう。
「ノートはちゃんと取れてる?」
「うん。もちろん」
高史はそう言って、科目ごとのノートを碧に見せてあげた。
「ほんとだ。全部出来てる。高史くん、塾の先生をするようになってから、普段の授業も真面目に受けるようになってきたね」
碧は自分のノートと照らし合わせながら高史のノートを確認してみて、感心した。
「いわれてみれば、授業中に寝ることがなくなったな」
「それも立派な進歩だね。宿題も忘れずするようになれたし。じゃ、一緒にテスト勉強始めよう」
「うっ、うん」
高史が椅子に座ると、
「高史くん、もう少し詰めてね」
椅子の僅かなスペースに、碧も座ってこようとして来た。
「あの、碧ちゃん。そんなに引っ付かなくても」
「でも、落ちそうだし。じゃあベッドの上でやろう」
碧はそう言うと、高史の腕をぐいっと引っ張った。
「わわわ」
高史はベッドの上に座らされる。
「ベッドふかふか、高史くんと同じベッドで寝たいよ。本当はお泊まりしたかったけど、校則で禁止されてるのが残念だよ」
碧はうつ伏せなって足をパタパタさせながら言う。
「……あっ、あの、碧ちゃんは、文系クラスに行くんだよね?」
気まずくなった高史は他の話題を振ってみた。
「うん、そのつもり。わたし、将来は図書館司書さんか、保育士さんになりたいんだ。だから、絵本や児童書をいっぱい読んで、子どもの気持ちを理解出来るようにしなくちゃって思って」
碧は満面の笑みを浮かべ、幸せそうに将来の夢を語る。
「碧ちゃんならきっとなれるよ」
高史は優しく励ましてあげた。
「ありがとう。高史くんは将来、何になりたいの?」
「うーん、僕はまだ、何も考えてないよ」
「そっか。高史くんは理科の先生とか似合いそうだね」
碧にお顔を見つめられ、
「そっ、そうかな?」
高史は照れくさがった。
このあと十一時半頃まで一緒にテスト勉強をして、碧は自分のおウチへ帰っていった。
次の日の夜、山際舎。
「高史ちゃん、この範囲表を分析して、期末テストの予想問題集を作ってくれない?」
四人が帰った後、佐登子さんは高史をボランティア講師として仮採用して以来、最も重要な任務を与えた。
「はっ、はい」
高史は緊張気味に了解の返事をする。麻恵と葉奈子の通う中学校でも、期末テストの日程範囲表が配布されたのだ。高史は日程範囲表のコピーと教材を持ち帰り、自分の学習と並行して自室のパソコンで作業を進めていった。
☆
次の火曜日、夕方四時頃。
「一応、出来ました」
いつも通りの時刻に山際宅へやって来た高史は、恐る恐る佐登子さんに課題を手渡す。
「ちょっと確認するわね」
佐登子さんはにこやかな表情で、数十枚重ねられたプリントの束をパラパラと捲っていく。
「ワークからそのまま選んだのもたくさんありますけど」
高史は申し訳なさそうに伝えた。
「ばっちりよ。上出来、上出来」
けれども佐登子さんはご満悦。グッドジョブの指サインを取った。
「えっ、いいんですか? こんな適当なので」
「重要ポイントは十分分析されてるわよ。高史ちゃんは教育者としての才能がワタクシ以上にあるわ」
「いっ、いえ、そんな」
高史は褒められると、いつものくせで謙遜した。
同日夜、七時半頃。
「いつもならそろそろ教室を閉める頃だけど、今日から期末テスト終了日まで、九時半まで開塾時刻を延長します。そして、土日も休まず毎日開塾しますよ」
佐登子さんは塾生達にこう伝える。
「今回は高史先生もテスト勉強に付き添ってくれるからとっても楽しそう」
葉奈子は高史の方をちらりと見た。
「私ももちろん付き合うよ、受験勉強も兼ねて」
麻恵もやる気満々な様子だ。
「あら麻恵、中間の時はなんか嫌そうに受けてたけど、今回は違うわね」
佐登子さんはにっこり微笑みかける。
「だって、今回は高史くんがいるんだもん」
麻恵はにっこり笑顔で言った。
「ふふふ、高史ちゃん効果抜群ね」
「いえ、その、僕なんか……」
佐登子さんからそんな風に言われ、高史は反応に困ってしまった。
「麻恵お姉ちゃん、葉奈子お姉ちゃん、頑張ってねーっ。ばいばーい」
「グッバーイ、中学生は大変だね」
「ワタシも夜遅くなってしまうので、先に帰らせてもらいます」
久実と芽衣はとても嬉しそうに、桃香は申し訳なさそうに告げて、教室をあとにした。
「期末テスト、範囲多すぎるよぅ。初日からいきなり数学と理科があるよぅ。最終日にしてくれた方が勉強時間いっぱい取れるのにぃ」
麻恵は数学の学習中、こんなことを呟き出した。
「わたしは、定期テストは学校行事の中で一番楽しみだけどね」
葉奈子はいつも以上に機嫌良さそうだった。
「葉奈子ちゃん、楽しそうだね。いいなぁ、頭いい子は」
麻恵は唇を尖らせて羨んだ。
「わたし、普段からちゃんと勉強してるもん」
「私も葉奈子ちゃんの天才的頭脳が欲しいよぅ」
そう言い、麻恵は葉奈子の頭をなでる。
(光哉と同じようなことしてる)
高史はくすっと笑ってしまった。
「麻恵さんは、勉強量が全然足りてないと思うの」
葉奈子はずばり指摘した。
「そっかなぁ? 私一日一五分は机に向かってるよ」
「少な過ぎ。自宅での勉強量は学年プラス三時間が基本よ」
「分かってるけど、そんなに出来っこないよぅ。今回もめちゃくちゃ範囲広いよ。主要五教科は中学の総復習プリントが入ってるもん。もう忘れたよ」
「高校入試も近いので、それは当然のことだと思うけど……」
嘆く麻恵に、高史は率直に意見する。
「麻恵、受験生でしょ」
佐登子さんも微笑み顔で指摘した。
期末テスト。中学は十一月二十八日、土日を挟んで十二月一日と二日。高史の通う高校では十二月一日から五日まで行われる予定となっていた。
「僕も何か力になれることがあったらお助けします。社会科と理科と数学限定で」
高史は麻恵と葉奈子にこう伝えた。
「高史くん、もちろんお願いするね」
麻恵はすぐに頼ろうとする。
「こらこら麻恵さん、高史先生にも自分の勉強があるのよ」
葉奈子は呆れ顔で注意する。
「ここでやると、集中出来そうだ。家だといろいろ誘惑が多いから」
高史も座布団に座り教科書・参考書類、ノートを広げ、自分の期末テストへ向けた学習に励んでいく。彼は自分が百位以内に入れなければ、ほぼ確実に母から塾講師のボランティア活動を辞めさせられるということを塾生達、そして佐登子さんにも黙っておくことに決めた。さもなければ塾生達や佐登子さんから心配され、自分自身も悲観的になってしまい、本来の実力すら発揮出来なくなってしまう恐れがあると感じたからだ。
午後九時半過ぎ。
「では、今日はここまでにしましょう」
佐登子さんは終了の合図をする。
「やっと終わったぁー」
「もうそんな時間か。時間経つの早いわね」
葉奈子は腕を上に伸ばし、小さくあくびをする。
「家に帰ってからも、今日やった内容をもう一度復習すること、頑張ってね」
佐登子さんは葉奈子と高史を勇気付けるように忠告する。
「はい。でもわたし、社会科自信ないなぁ」
「高校では社会科は世界史と現社の二科目あるからきついよ」
ややくたびれ気味の葉奈子と高史に対し、
「私は今回は、毎晩続けられそうだよ」
麻恵はまだ元気いっぱいだった。
☆
あっという間に日にちが過ぎ、中学の期末テスト前日がやって来た。
「さあ、今夜は直前仕上げよ。高史ちゃんに本番を想定して作ってもらった、期末テストの予想問題を解いてもらうからね」
夜八時頃、佐登子さんはきりっとした表情で葉奈子と麻恵に指示を出した。
「はーい」
麻恵は数学と理科、
「わたし、一生懸命頑張るよ」
葉奈子は社会科と英語の予想問題集を解かされる。
制限時間終了後、製作者である高史が採点してあげた。
「山際さんは数学七五点、理科六四点、土生さんは社会科八九点、英語九二点か。本番の試験は僕が作った問題より遥かに難しいと思うから、もう少し頑張ってね」
高史はこう忠告した。
「もちろん頑張るよ!」
「任せて下さい」
麻恵と葉奈子は自信満々に宣言する。
中学の中間テスト初日の夕方。
「高史くーん、私、今日のテスト、ばっちりだったよーっ」
「わたしもばっりでした」
高史が山際宅を訪れると、麻恵と葉奈子は一目散に駆け寄って来た。
「それは、おめでとう」
高史はとりあえず祝福してあげる。
「高史くんの作った予想問題プリントから、同じ問題がたくさん出たの。進○ゼミより的中率高いかも」
「社会科は九割くらい同じでしたよ」
麻恵と葉奈子は嬉しそうに伝える。
「そっ、それは、よかったね」
高史も嬉しい気持ちが芽生えた。
「さすが高史先生ですね」
「やるわね高史ちゃん。現役高校生なだけはあるわ。ワタクシでもここまで的中させられないわ」
「いっ、いや、それは、偶然じゃないかな」
葉奈子と佐登子さんからも絶賛されると、高史はいつも通り謙遜する。
「私、月曜からの分も頑張るぞーっ!」
「高史先生、これからもご指導よろしくお願いしますね」
「わっ、分かった」
こうして今日も三人は九時半頃まで教室でテスト勉強に費やしたのであった。
今日は従来からの開塾日だが、試験期間中なので小学生の三人は邪魔にならないよう塾はお休みしている。
「あの、高史先生、途中まで、一緒に帰りましょう」
「えっ……」
葉奈子に突然誘われ、高史は目を見開いた。
「高史ちゃん、一緒に帰ってあげて。夜遅いし」
「夜中に女の子一人だと、危ないよ」
佐登子さんと麻恵からも頼まれる。
「お願いします! 高史先生」
葉奈子からもう一度強く頼まれた。
「わっ、分かった」
これには高史は断り切れず、引き受けることにした。今日は雨が降っていたため、高史は徒歩でここへ来ていたのだ。その雨は、もうすっかり上がっていた。
(高史先生と差したかったよ)
葉奈子は心の中でこう思っていた。
(恥ずかしいなあ)
そのことには全く気付いていない高史は、こんな心持ちで歩いていた。二人の歩く姿は傍から見ると、高校生が小学生を連れて歩いているようであったからだ。知り合いに見られたらどうしよう、と高史は不安で仕方が無かった。
「あのっ、高史先生は、将来の夢は何ですか?」
歩きながら、葉奈子は唐突に質問してくる。
「まだ、考えてないなぁ」
高史は苦笑顔で答えた。
「わたしは、声優さんになりたいなぁって思ってるの」
「声優さんかぁ。すごくいい夢だね」
葉奈子が打ち明けたことに、アニメ好きな高史も共感出来た。
「でもわたし、人前で話すのは苦手だから。漫画家さんの方が向いてるかなぁって思うの。わたし、じつは、萌え系の深夜アニメが大好きなんです」
「そっ、そうなんだ」
高史はちょっぴり驚いた。葉奈子はどちらかというと乳幼児や児童向けのアニメの方が好きそうに思えたからだ。
「他の塾生達には恥ずかしいのでナイショにしてますけど。高史先生は年上だし、男の人だから、言い易かったの」
葉奈子は照れくさそうに言う。
「そっ、そう。あの、じつは僕も、そういう系のアニメが、けっこう好き、なんだ」
高史はやや重々しく口を開き、打ち明けた。
「そうなんですか! 高史先生も同じような趣味をお持ちで嬉しいです! 打ち明けてよかったです」
「……」
葉奈子にきらきらとした目で見つめられ、高史はどきっとしてしまった。
「あとわたし、体育も大の苦手なんです」
「それは僕も同じだよ。通知表、中学の時は5段階の2か3しか取ったことがないから。高校の一学期も10段階の4だったし」
「わたしも保体のペーパーテストではいつも九割近く取ってますけど、実技はどうしてもダメで評価は最高で3でした。気が合いますね」
葉奈子はにこにこ微笑む。
「そっ、そうだね」
高史は少しだけ照れてしまった。
「あの、高史先生。高校の数学ってどうですか? やはり難しいですか?」
葉奈子はもう一つ質問して来た。
「……まあ、難しいかなぁ」
高史はしばらく考えてから、自信無さそうにアドバイスした。
「そうですか。ついていけるかなぁ」
「大丈夫。僕も中学時代、数学は今の土生さんよりもひどい成績取ってたから。実力考査では、五〇点くらいだったこともあるし。そんな僕でも、夙英高校に合格出来たから」
高史は、今度は自信を持ってアドバイスした。
「そうですか。わたし、勉強にさらに自信がつきました。相談に乗って下さり、ありがとうございます! 高史先生、大好きです!」
葉奈子は満面の笑みを浮かべて礼を言い、高史にぎゅっと抱きついた。
「あっ、あの、はっ、土生、さん」
高史は慌てて周囲をきょろきょろ見渡す。
人通りの多い、JR西宮駅前までいつの間にか辿り着いていた。
「では、高史先生。さようならーっ」
葉奈子はそう別れの挨拶を告げて、とても機嫌良さそうにトテトテ走りながら、自宅の方へと向かっていった。
(案外、大胆な子だな)
高史の心拍数はかなり上がっていた。
期末テスト残りの日程もあっという間に過ぎていく。中学の期末テスト最終日となった十二月二日以降も、受験生の麻恵は抜けず、高史と一緒に延長授業に参加した。麻恵は高校入試に向けて主要五教科、中学の総復習プリントをこなしていく。
四日の夜、十時過ぎ。
「高史ちゃんも、いよいよ明日でテスト終わりね。頑張って」
「はい! 僕も明日の数Aと保健、精一杯頑張ります」
佐登子さんにエールを送られ、高史のやる気はさらにアップ。
「私も今回、高史くんのおかげで勉強がよく捗ったよ」
麻恵も大変満足そうにしていた。




