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第四話 ハッピーハロウィン

次の金曜日。高史は、前回と同じく夕方四時頃に山際宅へやって来た。みんなが揃うまでリビングで待機させてもらう。

「あの、おばさん。自習プリント、こんな感じでよろしいのでしょうか?」

 高史は通学鞄から取り出し、恐る恐る手渡した。

「可愛らしい動物さんや果物や野菜のイラストも盛りだくさんね。高史ちゃんの手描きかな?」

「はい。まあ、僕、イラストそこそこ得意ですし」

「そっか。じゅうぶんオッケイよ。さっそく今日から使わせてもらうね」

 パラパラと捲って全体をざっと確認した後、佐登子さんはにこっと微笑む。

「ありがとうございます。あの、おばさん、今日はお菓子をたくさん用意してるんですね」

 高史はダイニングテーブルの上に、袋に入れられたお菓子の詰め合わせがたくさん置かれてあるのに気付いた。

「今日はハロウィンだからね。塾生のみんなにプレゼントするのよ」

「……あっ、そういえば」

「うちの塾では、毎年ハロウィンのイベントをやってるの。七年ほど前、塾生にアメリカ人の子がいて、その子に勧められて始めてから、恒例行事になったのよ」

「そうでしたか」

「高史くーん、いらっしゃーい」

 リビングに麻恵が現れた。

「ハロウィンらしい格好だね」

 高史は麻恵の身なりを見てこうコメントする。

ハロウィンでお馴染みの、ジャッカランタンを被っていたのだ。

 今回から高史も、佐登子さんや麻恵と一緒に教室で待機することにした。 

夕方四時半頃、

「ガオーッ、タカシっち」

「高史お兄ちゃん、佐登子おばちゃん、麻恵お姉ちゃん、こんにちは」

「こっ、こんにちは、山際先生、瀬戸山先生、あさえちゃん」

 小学生の三人がやって来る。

「……蓬莱さんも、上河内さんも、ハロウィンらしいね」

高史は二人の姿を見て、苦笑いで突っ込む。

 芽衣は狼男、久実は麻恵と同じくジャッカランタンのコスプレ姿だった。けれども桃香は普段通りの服装。

「似合ってるでしょ? サトコン、タカシっち、お菓子頂戴」

「高史お兄ちゃん、佐登子おばちゃん、あたしにお菓子を」

 芽衣と久実は手を差し出す。

「あの言葉を言ってからね」

 佐登子さんは優しく注意した。

「「トリック・オア・トリート!」」

 明るい声で叫んだ久実と芽衣に対し、

「トリック、オア、トリート」

 桃香は俯き加減で、恥ずかしそうに言った。

「じゃあ、こちらを」

 こうして高史は、その三人にお菓子の詰め合わせを手渡していった。

「こんばんはー」

 それからほどなくしてやって来た葉奈子も、普段と特に変わらない姿であった。

「ハナコン、もっとハロウィンらしくしようぜ」

「そんな格好、恥ずかしくて出来るわけないでしょ。ハロウィンなんて子どものイベントだし」

 突っ込んできた芽衣に、葉奈子は笑いながらきっぱりと言う。

「葉奈子ちゃん。高史くんがお菓子をくれるから、あのセリフを言ってね」

「トリック・オア・トリート!」

 麻恵から告げられると、葉奈子はすぐさま嬉しそうに叫んだ。

「でっ、では、土生さんもこれを」

「ありがとうございまーす!」

 こうして高史は葉奈子にもお菓子を手渡してあげた。

「ハナコンもきっちりハロウィン楽しんでるじゃん」

「いや、そんなことないよ」

 芽衣からの再度の突っ込み。葉奈子は照れ笑いしながら、もらったお菓子を手提げ鞄に詰めたのであった。

「それでは、授業始めますよ。久実ちゃん、芽衣ちゃん。そろそろお面は外しましょうね」

 佐登子さんは笑顔で告げる。

「えええーっ、今日はハロウィンらしくパーティしようぜ」

「佐登子おばちゃん、今日は授業止めよう」

 芽衣と久実はコスプレ姿のまま、さっきもらったお菓子を食べながら不満を呟く。

「ダーメ! けじめをつけましょうね」

「あいたっ」

「あぁーん」

 佐登子さんは、わがままを言うこの二人のお面を強引に没収し、頭をテキストで軽く叩いておいた。

 こうして今日も通常通りの授業が始まり、質問が来ると高史は対応していく。

 今回は佐登子さんもずっと付いていてくれた。高史の負担も半減以下だ。

 

授業が始まってから一時間ほど経った頃、

「私、今からは学校の宿題やるよ。高史くん、今日ね、明日までに提出のがいっぱい出たの。手伝ってーっ」

 麻恵は高史の側に近づいてきて、要求してくる。

「もちろんいいよ」

 高史は快く引き受けた。

「私、数学の問題全然分からなくて。64ページの問い六から八までが宿題なの」

 麻恵は中学3年生用数学の問題集の該当箇所付近を指で押さえる。

(それほど難しい問題じゃないな)

高史はそこを眺めてみて即、出来ると感じた。

三平方の定理などを利用して解く、やや難易度高めの問題であった。

高史はシャープペンシルを手に取ると、麻恵の数学用ノートに問題をすらすらと解いていく。

「すごーい、あっという間だ。さすが、夙高生だね」

「いやあ、それほどでも……」

 高史は気まずい気分に陥った。

「ドリルとかワーク、先生に答え回収されるのが困ったところだよな。最初から除けてる場合もあるし」

「分かる、分かる。あったら答え丸写し出来て楽なのになぁ」

「先生はひどいことするよね」

「答え丸写ししたら、自分のためにならないでしょ」

 芽衣の問いかけに同情する麻恵と久実に、葉奈子は一喝した。

「葉奈子ちゃん、先生と全く同じこと言ってるよ」

「あたしの担任と一字一句同じだーっ」

 麻恵と久実は即、突っ込んだ。

「ハナコンの言うことは放っておいて、タカシっち、アタシの宿題も頼むよ。算数のテスト、間違えた問題を全部直して提出になってるんだ。アタシほとんど合ってなかったから大変なんだ」

芽衣はそのプリントと算数用ノートを取り出し、高史に手渡す。

 このテストは表が一題一〇点の百点満点。裏が一題一〇点の五〇点満点。

 芽衣の取得した点数は、表五五点(△が一つ)裏二〇点。落書きもいっぱいされてあった。

「これは、さっきよりもかなり簡単だね」

 高史は、芽衣の使っている算数用ノートに間違えた分の問題文や数式を書き写し、正しい答えを悩むことなくすらすらと記述していく。

「あのう、高史先生、あまり芽衣さんを甘やかさない方が……」

 葉奈子は口を挟んだ。

「それもそうだね」

 高史は解いている途中ハッと気付き、手の動きがぴたりと止まる。

「あーん、ハナコン、余計なこと言わないでーっ。タカシっち、お願ぁーい」

「わっ、分かったよ」

 芽衣に背後から抱きつかれせがまれ、高史は仕方なく問題の続きを解いていく。

「もう、高史先生ったら」

 葉奈子は少し呆れていた。

「サンキュー、タカシっち。助かったぜ」

 算数の宿題を完成させたのを確認すると芽衣は礼を言って、高史の手を握り締める。

「いっ、いやあ、これくらいは出来て当然……」

 高史は頬を少し赤く染めた。

「高史ちゃん、ヒントは与えても、代わりに解いてあげるのはダメよ」

この時、桃香に理科の指導をしていた佐登子さんはこの光景を見て、眉を顰めてしまった。

「ごめんなさい」

 高史は慌てて謝る。

「芽衣ちゃんと麻恵も、高史ちゃんに解いてもらおうとしちゃダメよ」

「ごっ、ごめんねぇ高史くん」

「すまねえタカシっち」

 佐登子さんに優しく注意され、芽衣も照れ笑いしながら謝った。

「蓬莱さん、小学校の算数でつまずくと、後々本当に困るよ」

 高史は忠告する。

「でも、算数なんてやってらんないよ」

「わたしもだよ。難しい」

「高校になると、小中学校のと比較にならないくらい難しくなるよ。成績が悪かったら、居残り授業をいっぱいさせられるよ」

 高史はさらにこう伝える。

「じゃあ私、数学も頑張る!」

「タカシっちがそう言うなら、頑張ってもいいかも」

 麻恵と芽衣は強く言い張った。

「高史ちゃん、ナイス発言ね」

「高史先生のご意見は説得力がありますね。あの、高史先生、佐登子先生。わたし、ちょっとおトイレ行ってきます」

 葉奈子は許可を取ってから立ち上がり教室を出、そこへ向かってトコトコ走っていった。

 それから三分ほど後、

「ただいま」

 葉奈子は頬を赤らめて教室へ戻って来た。

「どうしたの? 葉奈子ちゃん。茹蛸さんみたいになって」

 麻恵は不思議そうに尋ねる。

「いやあ、麻恵さんの弟さんの、麻夫さんにばっちり覗かれたちゃったよ。わたしが用を足している最中に。すごく恥ずかしぃ」

 葉奈子はくすくす笑いながら伝え、両手で顔を覆う。

「葉奈子ちゃん、鍵かけ忘れたんだね?」

「うん。ついうっかり。あの子、ごめんなさいって頭を下げて謝って、すぐにドア閉めて逃げてっちゃったよ、かわいかったけど」

「麻夫くん、ショック受けちゃったのかな?」

 麻恵はにっこり微笑む。

「いや、こういうシチュエーションに遭遇出来てすげえ喜んでるんじゃねえの?」

 芽衣は笑いながら意見した。

(エロゲの世界では蓬莱さんの言うとおりだけど、実際に遭遇すると……すごい罪悪感と不安に駆られるだろうな)

 高史は心の中でこう思う。


「佐登子おばちゃん、高史お兄ちゃん、ばいばーい」

「それじゃ、先に失礼しますね」

 午後六時半を過ぎた頃、久実と葉奈子は見たいテレビ番組があるという理由でおウチへ帰っていった。

 高史がホワイトボードの前で待機していた最中、

「あのう、瀬戸山先生」

「なっ、なっ、何かな?」

 桃香に突然話しかけられ、高史はびくっとする。桃香から話しかけられたのは、初めてだったのだ。

「タカシっち、モモッカが質問したいことがあるんだって」

 芽衣は大きな声で伝えた。

「なっ、何で、でしょうか? 茶屋さん」

「あっ、あのう、瀬戸山先生は、子ども向けのマンガや小説は好きですか?」

 桃香は俯き加減で、ぼそぼそとした声で尋ねた。

「うっ、うん。一応」

 高史は緊張したまま答えた。

「じつは、ワタシもなんです。特に児童文学と童話と絵本が。ワタシ、ちっちゃい頃から物語を作ることも大好きで、童話賞や児童文学賞によく応募しているんです」

 桃香は照れくさそうに打ち明けた。

「アタシは少年漫画が特に大好きーっ」

芽衣は満面の笑みを浮かべながら言う。

「そっ、そうだったんだ」(かっ、かわいいな、この子達)

 と、高史は感じてしまった。桃香と芽衣から感じられる初々しさに惚れてしまったのだ。

「瀬戸山先生、ワタシの書いた童話、ちょっとだけ見て下さい。これは、半年くらい前に童話賞に投稿した作品のコピーなの。人間の言葉が分かるヒヤシンスさんと、人間の女の子とのお話でして、落選しちゃったけど、素敵な記念品をもらえたので大満足です」

 桃香は四〇〇字詰め原稿用紙を五枚ほどクリアファイルから取り出し、高史に手渡した。

 丸っこくかわいらしい字で書かれていた。

「素敵なお話だね。登場人物の心情が伝わってきて、とっても面白いよ」

 高史は全部読んでみて、率直な感想を述べる。

「ほっ、本当? お世辞じゃない?」

 桃香は上目遣いで問い詰めてくる。

「うん、茶屋さんは、すごい文才があるよ」

「ありがとう、瀬戸山先生。ワタシが小説書いてること、褒めてくれて嬉しい。学校ではバカにしてくる子も多かったから。瀬戸山先生は、ワタシの書いた小説を褒めてくれた小学校の時の先生にも似てるの」

 桃香は照れくさそうに伝えた。

「そっ、そうなんだ」

 高史はちょっぴり驚く。

「ワタシもはなこちゃんと同じく、絵を描くことも大好きなんです」

 桃香は続けて、B4サイズのスケッチブックをランドセルから取り出し高史に手渡した。

「とっても上手だね。中学時代、美術は5段階の2か3しか取ったことのない僕なんかには、とても描けないよ」

 ページを捲りながら、高史は褒めてあげる。

キリン、ゾウ、リスといった動物の絵を中心に、メルヘンチックに描かれていた。

「ありがとう、瀬戸山先生」

 桃香は頬をほんのり赤く染めた。

「桃ちゃんらしさが伝わってくるわ」

「桃香ちゃんの絵、素敵。私、この中に入り込みたいよ」

「アタシも絵を描くの好きだけど、モモッカには敵わないよ」

 佐登子さん、麻恵、芽衣も褒めてくる。

「そっ、そんなことないよぅ」

 桃香の頬の赤みはさらに増した。

「モモッカ、照れ屋さんだな。アタシも児童文学の新人賞に初挑戦してみようかな。書ける自信は全く無いけどな」

 芽衣は呟く。

「それもいいけど、学校の勉強もおろそかにしちゃダメよ」

「はーぃ」

佐登子さんは笑顔で忠告しておいた。

「高史ちゃん、来週の土曜、八日から泊りがけで合宿に行くわよ」

「がっ、合宿があるんですか!?」

 突然知らされ、高史は当然のように驚く。

「うん。今年は一日目に遊園地でゆっくり過ごして、二日目が京都で紅葉見物よ」

「去年の秋合宿は倉敷へ行ったんだよ」

 麻恵は加えて伝えた。

「ここの塾、泊りがけ合宿があるのがいい点だな。アタシは初参加なんだ」

「ワタシは二回目です」

 芽衣と桃香もとても楽しみにしているようだった。

 その二人も帰った直後、

 ドドドドド。という音が教室内にいた麻恵、佐登子、高史の耳に飛び込んできた。

 麻夫が慌てて階段を下りて来たのだ。彼はトイレに入った。


「麻夫くん、ひょっとして、今までずっとおしっこ我慢してた?」

 麻恵は出て来たところを問い詰める。

「うっ、うん。だって、みんな、特にあの子と鉢合わせしちゃったら、嫌だから」

 麻夫は下を俯きながら、照れくさそうに答える。

「葉奈子ちゃんのことだね。あの子、全然気にしてないみたいだよ。麻夫くん、おしっこしたくなったら、みんな来てる時でもちゃんとおトイレ行かなきゃダメだよ。我慢するとお体に悪いからね」

 麻恵は困惑顔で麻夫に注意する。

「……うっ、うん」

 麻夫は下を俯いたまま、悲しげな表情で返事をした。

「麻夫ったら」

 佐登子さんはくすっと微笑む。

「麻夫くん、キミの気持ち、僕にもよく分かるよ」

 高史は苦笑いしながら優しくコメントしてあげた。


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