第六章「炎の魔人」
第六章「炎の魔人」
ハルファスの話によると、魂は奪われてもすぐ死ぬということではないらしい。
「むしろ魂が健在なら昏睡状態が続くだけで済む、使われてしまったらアウトだな。一応反魂の法というものがない訳ではないが、あれは成功者がいない。ただ、多少使われたくらいでは大丈夫だ。それくらい削られても人間の魂は頑丈にできている。すぐ再生するだろう。まぁ、少しは衰弱するだろうが」
強い雨は、突然降り止んだ。星空が見え始める。
「救急車は私が呼んでおいた、一刻も早く魔法儀式をしている魔人を探そう。昨日の虎の魔人が怪しいな、あれで奴は召喚獣を失っているはずだから……」
「だけど一体どうやって見つければいいんだ?」
「魔力探知をするしか無いな。私は余り得意ではないが、大掛かりなものならばすぐ分かるはずだ。今すぐ実行してみよう」
というなりボクの携帯の着信が鳴る。また母親かと思ったが着信相手を見ると。
「――佐藤?」
「おお、ユウキか。俺スゲェもん見つけてしまってんだ。放火犯を追おうと思って倉庫街に偶然行ってみたんだがな、今全身燃えてる男が歩いてたんだ。んで三番倉庫に入ったから追いかけてみようかと……」
唐突にハルファスが携帯を取り上げる。
「佐藤君と言ったね、君は今日何も見ていない。だから早く帰るんだ、分かったね?」
「ああ、わかったよ、んじゃあな」
佐藤は不自然な会話を一切気にすることなく電話を切った。
「記憶介入した、これで彼は安全だろう。しかし期せずして居場所が特定できたな。君の性別を疑った件もあるし、一体何者なのだ彼は」
まぁ、佐藤を知らない奴はそういう反応をするよな、しかしボクは佐藤に慣れている。
「佐藤だよ、それ以上でも以下でもない」
気がつくと重要な情報を握って、危険な目にあって。それでも何故か生きてるのが佐藤だ。
「普通の人間は事実より記憶を信用するものだがな、私にとって奴は鬼門かもしれん」
「いいから行こう、時間が惜しい」
走りだそうとするが、それをハルファスは手で制する。
「ちょっと待て、タクシーを使おう。お前の足では私は置いて行かれてしまうよ」
倉庫街は静まりかえっていた。
タクシーを降りたボクたちはハルファスの魔力探知を頼りに倉庫街を走る。
「おそらくこの倉庫だ、変身は済ませておけ。結界が張られているからおそらく侵入はばれているぞ」
腕輪を眼前に掲げ変身を済ませる。
拳銃のホルスターは大きすぎるため、ロングコートの下、背中に斜め掛けで装着していた。
「私は隠れている。携帯は私と繋いでおけ。後、あの扉には防御壁がかけられているからこじ開けるのは難しいぞ。並大抵なことでは破壊できないし、一応魔装を使って一応術式の突破を試みてみるか?」
「そんな物関係ないよ」
ボクは拳を握り締める。
炎の魔人は苛立っていた。
探査用の召喚獣とはいえ、ハルファスに負けるとは思わなかったからだ。
格下と思っていた相手だったが、思ったよりはやるらしい。
今度は戦闘用の召喚獣を呼び出す必要がある。
実際には自分が戦えば良いのだろうが、はっきり言ってこんな序盤で消耗したくはない。
魔方陣を描き、準備を終えたところで結界に反応があった。
「ハルファスめ、調子に乗って深追いにきやがったのか」
いいだろう、あの魔法少女はたしかにそこそこ強そうだったが、飛び抜けてはいない。
――返り討ちにしてくれる。
そう思ったところで、何かが扉を防御壁ごと吹き飛ばし飛び込んできた。
「やれやれ、無茶苦茶するな」
「お前が何とかしてくれるんだろう? あとで」
とりあえず、手近にあったフォークリフトで防御壁とやらごと扉を破壊する。
フォークリフトは炎上するが、気にせず炎を踏み越えていく。
炎を抜けて、魔人を見据える、距離は二十m程といったところか。
そいつは全身が燃え上がっている男だった。身に纏った鎧が赤熱している。身長はかなりの長身で痩せている、蛇をイメージする男だった。その手の中には燃え上がっている火球を持っている。
「お前が魂を奪っている魔人か」
簡潔に問いただす。
「いかにも、だからどうした」
そいつは、鮫のように笑い、当然のように答える。
全身に怒りが満ちていくのが分かる。敵を見据える視線で射抜けそうだ。
「お前がそれを当然だと思っているのなら、お前はボクにとっての敵だ。今なら許す、この戦いから降りて魂を返せ」
魔人は鼻で笑う。
「ハルファスの、しかも魔法少女風情が何を言うか。魔法少女など古来より雑魚にすぎん、魔人と比べればその差は歴然」
魔人は、火球を構えこちらを見下ろす。
「そうか、なら、その魔法少女が貴様の最後の敵になると思え――貴様はボクが倒す」
距離を考え、拳銃を手に取る。扉からの風がロングコートをはためかせる。
殺意が湧くが、それは押し殺す。魔人とはいえ、殺していい理由にはならない。
「面白い、我が名はアーイム、炎を自在に操る魔人だ。名はなんという」
肩幅に足を開き、やや斜になり、腰に手を当てる。
「ボクの名前は魔法少女ユウキ――行くぞ炎の魔人、この戦い、絶対に負けられない」
「まずは小手調べと行こう。行け!」
魔人の周りに複数の魔方陣が描かれると、そこから五羽の炎を纏った鷹が飛来する。
速度は昨日の虎よりも早いが――まだ、遅い。
悠々と拳銃を構えまずは一発、それで鷹は消滅する。
そして左手でハンマーを起こしまたトリガーを引く、この動作を四回繰り返す。ファニングショットと呼ばれる早撃ちの技法だ。
瞬く間の五連射で五匹の鷹は消滅した。
装弾数五発の拳銃なので、そこでシリンダーをスイングアウトさせて空薬莢を排出させてから銃弾を入れる。
先程幾度と無く繰り返した行為だ、動作は身体に染み付いていた。なお、銃弾は無限の矢筒と呼ばれる革製で小物入れ状の入れ物に大量に入っている。これをホルスターベルトにつけて使っていた。これも魔装らしい、地味な魔装なのだが、拳銃に前々から目を付けていたハルファスは事前に用意していたらしい。当然だが、元は矢を入れるための魔装だ。
「ほほう、魔力を感じない不可思議な武器だが、なかなかの威力のようだな。だが、これではどうだ?」
同じような小さな魔方陣が、今度は二十近く。なるほどそれでは拳銃では対応しきれない。
炎の鷹は再度宙を舞う。
今度は即座に五発を撃ち、一番早い五羽を撃ち落とす。
そしてそのまま地面を蹴ると、すれ違い様に手刀で残り十五羽をすべて斬って落とした。
炎の魔人と一瞬にして肉薄する。
「今度はこっちの番だ!」
肉弾戦が来ると見た魔人が身構える。その腕を取り、逃れようとする力を利用して、柔らかく投げた。地面に叩きつけられる魔人だが、ダメージは無いはずだ。しかし倒れているその腹に手刀を振りかぶって落とす。
床のコンクリートが砕けるほどの衝撃が魔人の背中から伝わる。
「ぐっふっ……! このっ」
魔人は突き出した腕から炎を噴射する。後転してそれを避け、距離をまた十mほど離した。
こちらはホルスターにフェイファーツェリスカを収め、構えを取りながら、機を待つ。魔人はゆらりと起き上がった。
「なるほど、言うだけのことはある。普通の魔法少女とはひと味違うようだ」
対して見た感じ、たしかに力は強そうだが合気道に対する動きは素人に思える。また、空手や他の武術などの構えは見られず、格闘技に対しても素人だと判断した。
「そうだ、それでいい。貴様の武術で相手を翻弄してやれ」
どこから見ているのか衣の腕輪に入れている携帯電話からハルファスの声がする。
――なるほど、奴がボクを選んだ理由はこれか。
魔人はたしかに見た目強そうだし実際強いのだろう。
だが武術を知らない。特に投げ技や関節技に関しては素人だと見て取れる。近寄ればこちらの独壇場だというのは明らかなことだった。
柔よく剛を制す。
強力な魔法を使う魔人に合気道を使うボクをぶつけたのだ。
炎は倉庫を燃やし尽くそうと暴れ回るほどのものだったが、熱さは感じない。これは防具によるものなのだろう。
「だが――ならば近寄らせなければ良いだけの事!!」
炎の魔人は宣言すると火球から渦巻くような炎を展開した。炎は魔人を守るように展開されその炎の一部をこちらに噴射する。
横に向かって飛ぶ、さらに炎を撒き散らす魔人。それを躱して円を描くように刻んで回避し続ける。――狙いは、距離を縮めること。こちらは真円で動いてはいない、螺旋気味に足を運んでいる。途中からは飛ぶ必要もなかった、歩法で距離を縮めつつ直線的な炎を回避する。炎はたしかに速く、当たれば痛いのだろうが。直線的な分避けやすかった。
「貴様ッ――――!!!」
こちらの動きを目で追いきれなくなった魔人は、己を守る炎を広げるように四方八方に拡散させた。
それを垂直に飛んで躱す。直後に真上の空気を蹴って魔人の懐に飛び込んだ。ピタリと、魔人の腹に掌を当てる。――そして魔力を一気に吐き出すように。
「マジカル寸勁ッッ!!」
魔人は、反対側の壁まで飛び。コンクリートの壁に激突した。
土埃が舞い、視界が悪い。手応えはあった、終わったかと思い目を細めると。
――嫌な予感がする、すぐ避けろ。
直感が叫ぶ通りその場から飛び退く。土煙を切り裂いて赤いレーザーのようなものが、先程まで自分がいた場所を通過した。
衝撃波が身体を浮かす。直線状の壁は円形にくり抜いたようになり、真っ赤に溶けていた。
「よもや、ここまでやるとは思わなんだ。ハルファスの魔法少女ユウキ、覚えておくぞ」
掌に先程までよりずっと赤い火球を構えている、炎の魔人。
――あれは当たるとまずい類のモノだ。
そしてこの距離は危険である。結果として完全に相手の射程になっている。敵は壁を背にしていて、円を描いて死角から近寄るのは不可能。距離にして百m近く、今の脚力なら一瞬だが、その一瞬に狙い撃ちにされる。
「因みに連射はしないなどという期待は持たないことだ。貴様を最強の敵と認めた以上、こちらも魔力の出し惜しみはせぬ」
「おい、その状態はまずい、一旦離脱して体制を……」
「うるさい、そんな暇なんかあるか!」
ハルファスの声を一蹴する。ここで退けば、相手は戦力補強のため迷わず召喚をするだろう。その時生贄になるのは美月ちゃんの魂だ。それだけはさせるわけには行かない。
「一撃勝負――耐えるか、耐え切れないかだ……!」
真正面から意を決めて、足を蹴る。今のボクの脚力なら百mは十分の一秒を切る。
蹴り足がコンクリートを破壊し、衝撃波で床を蹂躙していく。
「その意気やよし! 全力を以て応えようぞ!」
全力の火閃がこちらに向かって突っ込んでくる。その速度はこちらの脚力を超える。
――だが
魔法少女として、負ける訳にはいかないっ!!
右手を突き出し、火閃に叩きつける――そして、叫ぶ。
「マジカル寸勁ッ――――!!」
炎と光がぶつかり合いせめぎ合う。そして、突き抜けた。
「うぉおおおおおおおおお!!」
力の入らない右腕をそのままに、突っ込む。
「ぐっ……! まだだっ!!」
火閃を更に放とうとするが、懐に入るほうが速い。
「させるかぁっ!」
右腕は動かないが、左腕がまだ残っている――
左腕一本で敵の腕を掴んで、強引に地面に叩きつける。先ほどの投げとは違う乱暴な投げにコンクリートが悲鳴を上げ、ヒビが入った。
そして、その腹にとどめとばかりに左掌打を叩き込み――最後にひと魔力
「―――マジカル寸勁ッ!!」
倉庫を揺るがすほどの激音が響く。
その一撃で、勝負はついた。
「やったか?」
戦い終わってハルファスが入ってくる。炎上している倉庫にやや苦心しているようだ。
「殺してはいない、神武不殺の心得だ」
優れた武術は人を殺さない。
師匠から教わった言葉を返す。見た目に反して血の気が多く、一度頭に血が上ると冷めにくい自分を戒める言葉として、心に刻んでいる。
魔人はピクリとも動かないが、気を失っているだけだ。まだ呼吸をしている。
ふと右腕を見ると、ロングコートは肩まで焼き切れていて。右掌から腕は黒焦げで動かすと痛みが走る、これは暫く使い物になりそうにない。
「それより、こいつが集めていた魂を、早く」
「慌てるな……よし、あった」
ハルファスは魔神の鎧を探ると二つの宝石――おそらくは魔石――を取り出した。
その瞬間、魔人はうっすらと消えて行く。
「これでこいつは脱落だ。陣営から魔石が全て失われた場合、魔界へ強制送還される。儀式に使っていた魂も霧散して元に戻るだろう」
よく見ると魔人の描いていた魔方陣から様々な色の光が散っているのが見える。
そうなると美月ちゃんの様子が気になった。
「ちょっと見てきてもいいか?」
ハルファスはその問に肩を竦めて。
「言うと思って調べておいた。お前が入っていたのと同じ総合病院に運ばれたらしい。面会時間は過ぎているから慎重にな。魔法少女のまま向かえば数分もかからんだろう。あと、念のため携帯は切らずにスピーカーのままにしておけ」
「わかった、お前は?」
「タクシーを使って後を追う」
ボクは頷くとすぐさま倉庫街を走っていく。
振り向くと、ハルファスは残り火でタバコに火を付けていた。
ハルファスは一人で先程の戦闘を思い出していた。
「今度の魔法少女の出来は予想以上だな。まだ自分の性能に振り回されている所もあるが、一日であの出来なら十二分だ。何より良い性格をしている、魔石と相性が良さそうだ。あとはあの特別な性質を上手く使いこなせれば、あるいは……」
やはり記憶を覗いたとおり、あの性格は便利だ。感情に火が入りやすく、冷めにくい。逆鱗に触れれば、その感情の炎は魔石から大量の魔力を引き出すだろう。
彼は一般常識には当てはまらない感性すら持っている、それはアドヴァンテージだ。
魔石から引き出す魔力は感情と比例する。彼の武術――アイキドウと言ったか――との組み合わせならば、きっと勝ち残っていける。
あとは魔法少女との信頼次第だ。今回の件はそれに大きく貢献してくれた。
「実際、嘘を付いたのがバレると大事だからな」
苦笑いをする。最初の会話を思い出したからだ。
彼は嘘を吐いてないかと聞いてきた。
その時点までは嘘は言っていない、だが、その直後に嘘を吐いている。
「私は君の記憶を弄っている。最初からトラックなど、存在しなかったのだからな」
そう――トラックに轢かれているはずがない。存在しないトラックに轢かれるなどということがあるものか。
トラックに轢かれそうになったという記憶だけが私が彼に植えつけた記憶。
現実には彼は普通に私と出会い、二日ほど儀式のため眠りについてもらっただけだ。ただ、その記憶ではあまりに私の印象が悪すぎるため、せめてもの恩人という関係を創りだした。
「悪いが真実をクリエイトするのは悪魔の取り柄でね――おっと、私は魔人か」
待たせているタクシーに向かって歩き始める。
騙して、脅して、潜り込んで――やっと勝ちの目を掴んだ。
隠れ回ってこの街を捜し歩き、見つけた二人目の魔法少女。
「今度は勝てそうだぞ――ミドリ」
だが――同時に嫌な予感もしていた。
「ミツキといったか、あの少女、おそらく、まだ」
嫌な予感ではない、確信に近い考えだ。
――おそらく、想像が正しければ。