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第五章「事件」

第五章「事件」


 放課後まで突っ込む機会が無かったから――他人の目があったからどうしようもなかった。

 だがここは放課後の屋上、その心配はない。

「どーゆーコトだこれはっ!」

「私が副担任になったことなら、そのほうが安全だと思ってな。なにより私にも社会的立場があると有利だ。社会にまぎれている方が目立たないからな。第一廃倉庫や廃ビルで寝泊まりするのは私の性に合わない」

 悪眼鏡は悠々と言いつつ続ける。

「因みに博士号や教員免許は実際に私が取得したものだ。その点に関してズルはしてないぞ。人間の学問というのは素晴らしい、魔界の古臭い錬金術師や魔術士は見向きもしないが。実に残念な話だ、自分たちが進歩していると疑わないのだな連中は。だから魔法主義というのはよろしくない」

 あまりに悠々と語るので突っ込みが追いつかない。というか頭痛い。

「どこでいつの間に取得したんだよそんなモン」

「通信大学で習った。因みに論文には常に目を通しているぞ、勉学は良い。我々の知識はまさに大海の一滴の水だと伝えてくれる」

 どうもその辺の話は彼の琴線に触れるらしい、さっさと切ったほうが得策だ。

「そういや、学園中の皆がボクのことを女だと知ってたり、生徒手帳まで変わってたりしたけどどんな手を使ったんだ」

 ああ、と悪眼鏡は言葉を切り。

「それは呪いの一種だよ、君が女性だという情報をジリジリと広がるようにいくつかの起点を元に拡散したんだ。じきにそれは街中で常識になるだろう。もっとも、私が特別記憶を弄らないといけないと思った人物は直接弄ってはあるが」

「呪いって……悪影響はないんだろうな」

「君の実生活以外はね、暗示の拡散なんて古来から伝わる呪いの形式の一つだよ。因みに戸籍や学生名簿は私が『弄らせた』人間は記録よりも記憶を優先する生き物でね、記録が間違っていると認識すると簡単に記録の方を修正する癖があるんだ。実際には記録のほうが正しかったとしてもね」

「でも、佐藤あたりは気づきかかってたぞ」

「佐藤か、確かにあの人間は危険だ、というかあいつは何者なんだ。先程も私の情報を得ようと根掘り葉掘り聞いてこようとしていた。他愛も無いことから私の確信を突くことまで……早めに消しておくか?」

「頼むから消さないでおいてやってくれ。佐藤は佐藤だから問題ないと思うよ」

 手をひらひら振りながら答える。佐藤は佐藤なので仕方がない。

 佐藤といえば思い出したことが一つ。

「所で、あのクレーター」

「ああ、あれか。多分昨日できたのだろうな。俺達が戦っていたように、ここで戦った連中がいたということだ。あの威力は竜の吐息ドラゴンブレス級と見て良い。あれだけ使える奴はそうそういないだろう。因みに、昨日気がつかなかったということは結界の張り方も上手いということだ、出来れば出会いたくない相手だな」

「それだけの敵がいるってことを覚悟しておけってことか」

 息を飲む、自分は今戦場に立っているのだと、意識しなければいけない。

「心配するな、単純な火力では押し負けるが戦いはそれだけじゃない。『柔よく剛を制す』がお前の習っている武術の極意なのだろう?」

「そうだな、火力だけが勝負じゃない」

 この差は埋めがたいが、それでも守り抜くと決めたものがあるからには、魔法少女を全うしなければならない。

「ああ、そうだ、火力で思い出した。さすがに飛び道具無しは不利だと思ってな。用意しておいたのだ」

 と言って、鞄を取り出すハルファス。なんらかの魔装を渡されると思ったのだが――


 舞台は変わって大型駐車場の一角。

 そこにぽつねんと自分は立っていた、横には悪眼鏡。

「魔装で結界は張ったから、人が入ってくる心配はない。思いきり撃ってみていいぞ」

 手にはずしりと重い物体、って言うかでかい。

 黒光りするそれは、ボクの知っているところで言う拳銃だった。ただしサイズが半端じゃない。下手するとボクの腕くらいの長さがあるんじゃないかという長さ、それに相応する大きさを持つ物体だった。拳銃がでかいんじゃなくてボクがコンパクトになったんじゃないかと一瞬錯覚したほどだ。

「そいつはフェイファーツェリスカと呼ばれる拳銃だ。基本的に特注品だから取り寄せるのが遅くなってしまったが間に合ってよかったな。なお、少女でも使いやすいようにグリップは細めにしてある」

「いや、これ、拳銃?」

 本当に拳銃と言うにはあまりにも大きすぎる。というか、これで殴ったほうが強いくらいの気がしてきた。

「れっきとした拳銃だぞ。本来象を撃ち殺すためのライフル用の銃弾を無理やり拳銃で使用しようってコンセプトの銃でな、六十口径弾を使用する。あまりのパワーに使いこなせる奴は殆どいないのだが、魔法少女のお前には玩具みたいなものだ。まぁないよりはマシだろう。とりあえずそこのトラックでも撃ってみろ」

 言われるままに構えてみる。片手でも持てたが、なにか不安なので両手で保持する事にしてみた。シングルアクションと呼ばれる銃だそうで、ハンマーを起こしてから引き金を引くらしい。言われるままにハンマーを起こし、トリガーを思い切って引いてみると、轟音と腕にかかる凄い反動。

 そしてトラックが爆発した。

「なっなっなっなっ―――!?」

 炎上しているトラック、思わず銃を投げそうになるが空中で慌ててキャッチする。

「おー、当たり所が良かったみたいだなぁ。ガソリンにでも引火したか」

 当然のことのように言う悪眼鏡。いや、これは、ちょっと、待て。

「撃ったらトラックが爆発する拳銃なんかあるかー!?」

「あるのだから仕方が無い。そのフェイファーツェリスカに使われている弾丸は、600ニトロエクスプレス。元々象打ち用のライフル銃弾を無理やり拳銃に入れ込んだものだ。当然だが当たれば象だって倒せる銃だ、トラックくらいぶち抜けなくてどうする。因みに正面から戦車にも喧嘩が売れるぞ。さて、今度は片手での保持と連射のテクニック、それからコントロールの訓練でもするか」

「まだこれを撃つのっ!? って言うかトラックどうするのさっ」

「それは私が何とかする。因みに弾は死ぬほど買い占めたから安心しろ。普段はホルスターと一緒に衣の腕輪に入れておくように」

 こうして夜まで特訓は続くのだった。


 肉体的にというか精神的ショックの多い特訓の後とぼとぼと帰路についていた。

 今日は本当に精神的なダメージが大きい。

 横には悪眼鏡、朝とは大違いだ。

 ふと、携帯電話の着信が鳴る。出ると母親からだった。

「ユウキちゃん? 美月ちゃんと一緒じゃない?」

 声は少し緊迫している。こちらも少し緊張した口調で返す。

「どうかしたの?」

「それがね、小鳥遊さんの奥さんが『今から帰る』って電話を受けてから二時間以上戻ってないっていうからぁ……もしかしてとおもって」

 ドキリとする、まさか、という考えが頭をよぎる。

「ハルファス!」

 振り返りハルファスに呼びかける。

「聞こえていた。まさかとは思っていたが、無差別に一般人に手を出す奴がいるのかもしれんな。とりあえずその少女を探そう」

「ユウキちゃん、ハルも一緒なの? なら」

「悪いけど切るねっ」

 電話を一方的に切ると帰り道をダッシュで走る。後ろから「待て! 私はお前ほど速くはないのだぞ!」と声が聞こえるが気にしない。

 突然大降りの雨が降ってきた、足は止めない。まっすぐ進んでいると、桜並木までやってきた。そこに倒れている一つの影が――まさか。

 雨の中滑るようにブレーキを掛け、止まる。膝をつき、抱き起こすと想像通り倒れていた少女は小鳥遊美月。

 意識はない、土砂降りの中。眼を閉じて倒れている。

 顔には生気が感じられない。

 ついさっき守ると決めたばかりなのに。

 日常が目に見えない何かに喰い尽くされているのが分かる。

 こうなる前に何かできなかったのかと考える。

 自問に答えはない。

「ちっきしょおおおおおおおおお!!!!!」

 思いきり拳を地面に叩きつけると、派手な水しぶきを共に地面が抉れた。

 そこにハルファスが追いつく。

「魂を抜かれたな」

 ハルファスは冷静にそう告げた。

「人間の魂は魔人にとって有用な活用法はいくらでもある。生贄を集めての召喚獣を呼び出すか、それとも集めて自分の魔力に変換するか、どちらにしても規約違反だがな。今回の戦い、人間への殺傷行為は禁止されている」

「っ――ならなんで!!」

「犯罪はバレなきゃ合法だよ、ユウキくん」

 思いきり睨みつける。ハルファスはそれに屈せず続ける。

「この戦争が続く限りこういう奴は現れ続ける。だから、君はそれを討たなければいけない。君の日常を、大切なモノを守るために――だから」

 ハルファスは拳を握りボクに突き出す。

「改めて契約しよう。私の魔法少女になれ、魔法少女ユウキ。――それが、君が君の大事なものを守るたった一つの道だ」

 ぐっと右拳を握り締める。左腕には冷たい、だがまだ心臓は動いている命が一つ。

「もちろんだ、この街をそんな奴らの好きにはさせない。ボクが、必ず倒して見せる」

 ガッと音を立てて拳を合わせる。

「魔法少女の――名に賭けて」

 ハルファスが言う。

「分かった、魔法少女の名に賭けて、必ず」

 ボクはそれに答えた。

 雨は降り止む気配はない、散りゆく桜並木の中、ボク達は契約した。


 ある冬の日、僕と美月ちゃんは約束をした。

「ねぇ、勇気くん。何があっても、誰のためでももうこんな事しないで。お願い」

 彼女は、泣きながら、僕の血塗れの両手を必死に握り懇願した。

「……うん」

 正直、引け目はあった。美月ちゃんの身に何かがあったら、僕は多かれ少なかれなにか手を出してしまうだろう。

 だから先に謝っておく

「ごめん、美月ちゃん。ボクはまた間違ってしまいそうだ」

 この時ばかりは、魔法少女となれたことを幸運に思い。そして、後悔した。




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