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第四章「ラブレター」

第四章「ラブレター」


「あら、今日は早いのねユウキ」

 朝、シャワーを浴びてジャージのまま食卓につき、用意してあるパンを齧った。ニュース番組は連日の放火魔事件について報道している。

 いつも朝は速いのだが、毎朝十五km程を一時間ほどかけてロードワークするのが日課だったりする、しかしそれが今日に限っては二十分で終わってしまったのだ。――因みに息切れもしていないのでハーフマラソンなら世界記録狙える気がする。これは明日からなにか重りでもつけないとトレーニングの意味が無くなりそうだ。

 因みに学校にも大体走って向かう。一kmほどなのと、中学までは毎日一緒に通っていた幼なじみ小鳥遊美月ちゃんと通うのが少し照れ恥ずかしいからだ。

 我ながら変なところがシャイである。

 ともあれ早くなったのは仕方が無い、弁当を持って悠々と歩いていくとしよう。

 ……と言うところで食卓には弁当箱がふたつ。

 片方の可愛いのは見覚えがある、あのピンクの包みはちのの弁当箱だ。だが、もう片方の可愛いのはなんだろうか。包みこそ青いがなんか可愛らしい。

 うん、本当は実は分かってる、あれがボクのだって。あの悪眼鏡、こんなとこにまで手を回しているのか、本当にやることが細かい。

「――そういえば、悪……ハルは?」

「朝荷物が届いたのを受け取ってから仕事に出かけたわよ、今日は遅くなるかもだって」

 そうか、あいつは社会人という設定なんだな。本当に細かい、気を付けないと何処までが現実でどこからが捏造か分かんなくなりそうだ。

 戦争は基本的に夜行われることが多いと言ってたから、昼間はなにか準備でもしてるのだろう。あいつの事だからえげつない罠でも張ってそうな気がする。

 因みに父さんが朝早いのは基本である。場合によっては会社で寝泊まりしてそのまま海外出張とかするバリバリのサラリーマンだ。普通なら体のひとつも心配してあげたいけどあの人の場合そうでもない。趣味は筋トレでムキムキの肉体派だからだ。

 親子揃ってフィジカル面が強いのは、何らかの遺伝が関係しているかも知れない。

「ちのは……寝てるか」

「うん、後で起こしてあげてー」

 ちのは普段はハイテンションだが朝だけローテーションだ。回転数をじわじわあげながら生きてる感じがする。トップスピードはたぶん昼くらい。

 半ば諦めつつ弁当箱を手に取り、鞄にしまう。あとうちの学校の制服がスカートなのも憎らしい。スカートじゃない学校のほうが珍しいけど。

 ふと気になって学生証を鞄から取り出すと、学生証の写真も女の子になっていた。しかも名前も『勇気』から『ユウキ』に変わっている。

「どんだけ芸が細かいんだあの悪眼鏡……」

 辟易としながらも、自分にはこれから戦う必要があるので二階に向かう。

 自分の部屋に入ると、架けてある可愛らしいブラウスその上着にスカート。うん、人気があるうちの学校の女子制服だ。因みに男子は詰襟学ランである、明らかにデフォルト。

 そこまでは良い、覚悟はしている。

 問題は、その中だ。

 昨日までは断固としてノーパン主義を貫いてきたが(魔法少女時除く)今度は自分でパンツを選ばなければいけない。

 とりあえずひとつ手に取り指で広げてみる。

「ううーん、わかんない」

 後やっぱり、用意してあるってことはブラジャーも着けなければいけないのだろうか。何より、なんで悪眼鏡は自分のサイズをこう完璧に知ることができたんだろうか。

 あとで問い詰める必要がありそうな気がする。『こっそり寝てる間に測ってました』なんて言ったらそれはそれで変態と罵りつつ腕の一本や二本へし折る必要がある気がする。

 格闘すること数分、色々試しているうちに脳がオーバーヒートしてきました。

 というか全裸で真剣にパンツを握ってる自分が情けなくなってきた。うん、適当でかつ無難なので行こう、こっちやあっちの変なのは絶対穿かないようにしよう。新しい世界に目覚めたらそれはそれで嫌だ。

 精神的に色々もぎ取られつつ着替えを終え、ちのの部屋に向かう。

 『ちの』と書かれたピンクのドアプレートは見覚えのあるままだ、部屋に入ってまずは思いきりカーテンを開ける。

「ほら、ちの、起きた起きた。そろそろ起きないと遅刻するぞ」

「うーん、ユウキ姉ぇ……あと五年」

 成人直前まで寝る気か。

「んなこと言ってないでとっとと起きる。ほら、布団剥ぎとるぞ」

 布団を剥ぎとると、布団ごとちのが付いてくる。こいつも結構フィジカル強いかも。

「落ちろ」

 げしっと脳天にチョップ、とっても手加減したつもりだが大分痛かったようだ。頭を押さえながらちのは涙目で訴えかけてくる。

「うー、ユウキ姉暴力反対―」

「こーゆーのは制裁というんだ、さ、着替えて下りてくるんだな」

「ん」

 ちのは両手を上げてポーズを取る。何の真似だかと、普通は思うだろうが兄妹時代えんえん繰り返した儀式なので当然分かる。

「脱ぐのは自分でやりなさい」

 ……ちのは今どんな下着を履いているんだろうか、参考になるかも。

 と一瞬思った脳にチョップをかましておく、かなり痛い。

 とりあえず玄関に向かい、靴を履き、扉を開けた。

 因みに靴のサイズとか身長とかは変わっていない。くそう、悪かったなちびで。

『いってきまーす』

 声がハモった、横を見ると、お隣さん。

 思わず横を向くと、目が合う。

「あ、ユウキちゃん、おはよう」

 思わず胸が高鳴る。暫く避けていただけにこのタイミングは新鮮だった。

「え、あ、うん、おはよう」

 朝日に背負った彼女の笑顔はまるで天使のようにとは言い過ぎかもしれないけど、ボクの目にはそう写ってしまう訳で。正直目を逸らしそうになるのを堪える。朝の雀の声しか聞こえない静寂とした空気の中での邂逅は心臓に大変な負荷を要求した。

「ユウキちゃん今日は早いんだね。いつもはギリギリに来るからどうしても合わなくって」

 まぁ、それはボクが避けてたのもあるんだけど。

「ああ、うん、ロードワークを早めに切り上げたんだ」

 もっとも、切り上げた理由はフルマラソンで世界記録を塗り替えそうだったからだけど。魔法少女とやらの力は恐ろしいものだ。

「じゃあ、今日は一緒に行こう? ユウキちゃんいつも走って行っちゃうんだもん。足速いから私じゃ追いつけないし」

 門戸を抜け、自然に横に立つ彼女。自然すぎてなんて言うか、しっくり来る。そのまま彼女はボクの手を握った。

 ボクは混乱寸前の頭だし既に心臓はオーバーヒート、こんなに緊張したのは金曜以来だ。

 だけど、自分が見にまとっている衣服を見て、ふと気がつく。

「あ、そうか、女同士なんだ」

 なんだか、一人でドキドキしているのはバカバカしくなった。そうだ、女同士だからこんなにも近くても平気なんだ。

 逆に言えば、『男女』と言う壁がボクと彼女の間にあったからこそ、こんな自然なことも出来なかっただけで。本当はそんな事を意識しなければいつでもできたんだろう。

 そして、その壁を作ってたのは、ボクの方だったわけで、そう思うと忸怩たる思いになる。

 ――それだけ、二人は仲が良かったんだ。

 この朝に女でよかったと思ったことがひとつだけ。

 そして、男でないことがちくりと胸に突き刺さりつつ。ここまで距離は詰められるけど、この先はないんだ。それを取り返すには、まず性別を戻さなきゃいけない。それまではあの悪眼鏡の言うことを聞いてなければいけないわけか。

 そう思うと急にテンションが下がった

「どうかした、急にため息なんかついて」

「いや、ちょっと悪眼鏡……兄貴が始末できないかと思って」

 学校につくまでの会話は、とりとめのないものだった。

 まず自分が入院した話から入って、おしゃれや最近の女の子の話題に入っていく。当然だが最近まで男をやっていたボクには、その話にはついていけない。必要な知識なのかも知れないけどその話題には頷くしか無かった。

「駄目だなぁーユウキちゃん、そんなに興味がないとなると。スポーツに熱心なのもいいとこなんだろうけど、リップの一本も持ってないなんて驚きだよ。あ、私のあげようか。これなんだけど、安いし」

 と言って、キュッとリップを回して取り出す美月ちゃん。……って、それって! 間接キスってことになるんじゃないかなっ!?

「あ、これ、三本セットの奴だから新品だよ」

 あ、はい、さいですか。ここでちょっとがっかりするのも男心である。

 とりあえず手にとったリップを塗ってみるが、うまくいかない。

「ああ、そうじゃないって、ちょっと貸して」

 顔を近づけてリップをボクに塗り始める美月ちゃん。顔が近くて女同士だと分かっていてもついついドキドキしてしまう。

「はい、こんな感じかな、ユウキちゃん男の子に人気あるから。気を使えばきっとモテるようになるよ。なんでだろ、でもそれはそれでちょっと面白くない感じがするなぁ」

 ボクだって男にモテたくはありません。

「というかなんで男に人気があるって? そんな話聞いたこともないけど」

「だって、ユウキちゃんだいたい休み時間は男の子と一緒にいるじゃない。一緒にスポーツできるのが強みなんだろうけど、好感度高いと思うよ。格好良いよねーユウキちゃん。男子の中にいてもぶっちぎりだもの」

 ああー、そうか。悪眼鏡は記憶を改変してあるけど、ボクの普段の行動が変わったわけじゃ無いからそんな風になっちゃってるんだ。

 そうなると、ボクって女の子の友達が少なくて男友達が多いとかそういう事になるのか。なんか不思議な感じがしてきた。

 歩いていると、同じ服を着た人が増えてきて。その向こうに校門が見えてきた。

 市立中央音瀬高校。

 歴史はそれなりに古く、北と東ができたから後から中央を付け足した学校だ、略称は中音。

 偏差値はそれなりに高い進学校なので、地元以外からも結構な人数が通ってくる。

 スポーツ入学は陸上部くらいだろうか、野球部は弱小と聞いた覚えがある。

 ボクはスポーツではなく一般入学で入った口だが、そんなわけで中学時代からの友達とは結構離れ離れになってしまった。

 その校門前に、何故か校庭に人集りができている。

「なんだろう」

 問いかける美月ちゃんだが、さすがにこちらも理由なんて分からない。

「さぁ? なんだろーね」

 首を傾げていると、一人の男子生徒がボク達を見つけて駆け寄ってくる。

「よー、ユウキに小鳥遊さん、おはよ」

「なんだ佐藤か、おはよう」

「佐藤君、おはよう」

 こいつは佐藤、ボクの中学時代からの友人の一人だ。外見には特徴らしい特徴はない普通の高校生だが時々変なことを口走る癖がある。

「ところでさ、ユウキ。つかぬことを聞くんだが……お前、男じゃないよな?」

 ドキリとした、一瞬身構える。

 こいつは昔から何故か鋭いところがある。趣味は情報蒐集とか、夢は探偵より先に真犯人に気がついて殺される役とか言ってたっけ。

「い、いやだな。佐藤そんな事あるわけ無いジャナイカ」

「そうよ、佐藤君。ユウキちゃんはちょっとボーイッシュなところはあるけど、きちんとした女の子なんだからね。この可愛さが分からないなんてちょっとどうかしてると思うなぁ」

 小鳥遊さん、それはそれでグサッと来ました。

「あ、いや、それもそうだよな。でも、俺の記憶は女だと言ってるんだが俺のデータが男と語っているんだ。情報至上主義の俺としてはこの齟齬はどうも如何ともし難くてな」

 悪ぃと言って会話を切る佐藤。危ないところだった気がする。こいつは事件に首を突っ込んでは探偵顔負けの情報収集術で犯人を見つけ出す。警視総監賞も何度か貰っている強者だ、たまに『ところで犯人が俺の後ろで鉄パイプ振りかざしてるんだがどうしよう』なんて突込みどころ満載の電話を貰うこともあるが一応死んだことはない。

「それにしても佐藤、この人集りはなんだ?」

「ああ、見てみりゃわかるよ」

 親指で指差した佐藤は、人混みをかき分けて入っていく。ボク達もそれに続いた。

「なんだこれ……」

 息を飲む、校庭の真ん中には、大きな穴が空いていた。

 昨日ボクが作ったようなクレーターだが規模が違う。深さにして十m直径はその倍ほどだろうか、ともかく凄まじいことだけが分かる。

「昨日、お前ん家の近くにある空き地にも同じようなクレーターが出来てたんだがな。こいつはそれよりもっと大きい。なんか調べ甲斐がある気がしてきたぜ」

 なにか張り切ってる佐藤、でもそれは完全に死亡フラグだ。というか昨日できたクレーターについてもう知ってるのかこいつは、相変わらず情報が早い。

「俺、これを調べ終えたら恋人に結婚申し込んで小さな喫茶店でも始めるんだ」

 謎なことを口走り始めたがいつもの癖だ、放っておいて校舎へと向かう。

 因みにあんな佐藤だが本当に彼女がいるらしい。クラスが違うからどんな彼女かは知らないが、見てみたいような見てみたくないような。


 下駄箱にたどり着く、ちゃんと場所が女子のところに日野原と言う下駄箱が存在した。女子のところもだが、男子のところもボクが抜けた分だけ一個ずつ順番変わってるし。あの悪眼鏡の用意周到さには呆れ返るほどだ。

「ほんと、悪眼鏡たいしたもんだわ」

「どうかした?」

「ああ、いや、なんでもないよ」

 と、下駄箱を開けるとバサっと落ちる紙の束。

 それは見ると全て封筒だった。

「って、……へ?」

「そ、それはラブレター!? まさか早速リップの効果アリって奴なの!?」

「んなわけないよ!?」

 だとしたらそれはもはや魔法のリップだ。

「ちょっと待て、これは何かの間違いだ、ほら、例えばこれが全部不幸の手紙だったり、全部同性からの手紙だったり、全部ドッキリだったりするかも知れない」

 一つ拾いあげてみる。裏をめくって、名前のところを見てみる。

「ほらやっぱり男からじゃないか、そんな話がそうゴロゴロ転がってたら驚き……」

「ユウキちゃん、男の子からなら異性だよ」

 ……。

「そうだったー!! うわ、なんか嬉しくないー!」

「素直に喜ぼうよー、まぁたしかにこの数はお断りするのに困りそうだけど――うーん、でも私も少し面白くないかも」

 少しむくれて嫉妬してくれる美月ちゃんが嬉しい。

 とりあえず紙束をほじくり返す。

 って言うか、この名前なんか見覚えあるな。こいつも、こいつもだ。記憶の端っこをほじくり返す。

「あ――こいつらって」

 分かる、入学当初に挨拶に来たからまだ思い出せる。全員、この学校の不良連中だ。去年の冬にボクがみんな纏めてぶっ飛ばしてしまった為、ボクはその辺の連中にしてみればカリスマも同然だった。そうか、カリスマって裏返すと愛情になっちゃうのかー。

 ボクは頭を抱えた。


 クラスに着くと、席は変わっていない。残念ながら隣は佐藤だ。

 窓際の席に腰を掛けると、嫌でもあのクレーターが目に入ってしまう。どう考えてもあのクレーターは、昨日ボクが体験したような『戦い』によって作られたものだろう。

 そう考えると、ボクとの差はクレーターの規模を考えても十倍以上。ひょっとしたら自分はとんでもないことに片足を突っ込んでしまったのかも知れない。

 クラスはあのクレーターの話で持ちきりだが、大部分は隕石ではないか? と言っている。だが佐藤だけは『いや、あれは兵器だね、恐らく戦争が始まるに違いない』と一歩先の答えを出していた。

 その佐藤が話しかけてくる。

「ところでユウキ、今ホットなニュースなんだが」

「下のクレーターならすっごい話題になってるな」

 佐藤はチッチッチと舌を鳴らし、指を振りながら。

「そっちのホットじゃねぇよ、今週に入ってから十三件目になる放火魔事件だ。放火魔だけにホットなニュースってな」

 今凄く寒くなったぞ、そのホットなニュース。

「俺も今調べていたんだが、昨日変なものを目撃してしまってな」

 首を傾げる、佐藤の話は九十九%分からないことが多い。

「家の隙間を走り抜ける超高速の虎だ。しかもなんとその虎、真っ赤に燃えてるんだぜ。いやまさか、俺も長い事事件に首を突っ込んでるがオカルトに突入したのは初めてだったな。やっぱ情報蒐集はこれがあるから面白い」

「ぶっ!」

 吹いた、もはやお前のそれは深夜徘徊だが、目撃されたのなら少しやばい気がする。ハルファスにでも後始末を頼むほうが……いや、こいつの場合それでも油断できないしなぁ。

 そんな事を考えると、チャイムが鳴り担任の教師が入ってきた。

 担任は女性、若い新米教師だ。名前は鈴鈴江すずすずえ佐藤の話によると学校で一番『甘い』先生であるということだから当たりなのだろう。

 新米らしく何事にも一生懸命だが。生来のドジなのか色々と新学期からしでかしている辺り生徒からの距離も近い。なんだかいい先生だとは、ボクも第一印象から思っていた。

 みんなからも『スズ先生』と呼ばれ親しまれている。スズ先生は理科を担当しているため、よく教材を運ぼうとして立ち往生しているのを生暖かい目で見つめられている。いや、手伝おうよそこは。

 スズ先生は出席を取ると、HRを始める。

「……はい、田中くんはお休み、と。さて、今日は皆さんにお知らせがありまーす」

 ぱちぱちと自分で拍手しながら笑顔を振りまいているスズ先生。

「この学校に新しい先生がやってきて、このクラスの副担任をされることになりましたー」

 てっきり、クレーターの話題かと思ったが、その件には触れないようである。まぁ、触れてもどうしようもないのも確かなんだけど。警察あたりがやって来るんだと思ってたんだけど、その気配は一向になさそうだ。

「新しい先生の、日野原ハル先生でーす。どうぞお入りくださいー」

「ぶほはっ!?」

 思いきり吹いた。

 つかつかと教壇に立つ黒衣の眼鏡。もといハルファスはやる気無さ気に挨拶する。

「あー、と言う訳でこのクラスの副担任になった日野原ハルだ、よろしく。なお、私は心理学を始めとして様々な博士号を取得しているが。君たちに教えるほど初歩的なことではないのでとりあえず私の担当授業はない。そういう訳で頼む」

 というと、ハルファスは予め用意されていた黒板の横の椅子に腰をかけた。

 バトンタッチしたスズ先生は慌てて、今日の連絡事項などを伝えていく。

 最近事故が多いことや、放火魔が現れているので注意するように、などと言っていた。

「なぁ、ユウキあれってお前の兄貴だよな?」

「情報が早いな、佐藤」

「早いも何も俺は学校全員のパーソナルデータを確保してるぜ」

 お前は学生名簿か。

「なんでその兄貴がいきなり学校職員になったんだろうな。こんな情報、俺なら二週間前には入手しているはずなのに」

「それ、ボク達入学してないじゃないか」

 そうである、季節は春。ボク達は新入生として入学した。

 もちろん、この学校を受けた理由は美月ちゃんが受けると言ったからである。判定は十分だったが、確実に受かるために猛勉強した記憶がある。

 同じクラスになったときはこっそり喜んだものだ。

 斜め前の背中を見て思う。

 ひょっとしたら、放火魔事件や事故はハルファスの言う『戦争』と関係があるのでは、と。

 それならば、その事件をこの手で止めることができる。そのチャンスを与えられたことを幸運に思おう。少なくとも、この日常を守っていきたいと、そう思った。


 そういえば今日は体育がある。

 もう女子用の体操服がきちんと用意してあることあたりは突っ込まないが。よく考えてみよう、体育があるのだ。

 ボクは更衣室に行かなければ行けない。女子更衣室へ。

 ……こういうとき一般的な男子なら喜ぶべきなのだろうか。個人的には罪悪感しか無い。というかむしろ恥ずかしい。

「ユウキちゃん早く行かないと遅れるよ?」

「ああ、いおうえ、うん!」

 意味不明なことを口走りつつ頷く。ここは心に決めた!

 ボクは女なんだから堂々と入って堂々とこっそり隅っこで着替えるべきだ! 中途半端になってることはもう気にしない。

 そして更衣室、まずは入った瞬間、女の子の匂いにクラっとする。

 さらに色とりどりの下着や肌の露出が眩しい、直視してられない。

 そのまま麻痺した脳みそでロッカールームの隅っこに行き、黙々と制服を脱ぎ始める。道場通いが長いため脱いだ制服をきっちりたたむ癖は付いていた。

「ねぇ、ユウキちゃん?」

 後ろからかけられた声に思わず飛び退く。

「は、ハイなんでしょうか小鳥遊さん!?」

 自分が完全にテンパってることに今気がついた。もう後には引けないんだが。

「――あ、いやね、なんというか、その」

 その美月ちゃんはボクのテンパリ具合に驚きつつも答える。

 因みに美月ちゃんも下着姿でピンクの上下である。これが冷静でいられようか。

「その下着はどーかなーって思うのよ、私としてはユウキちゃんかなり自分の格好気にしないタイプなのは分かるんだけど、そのパンツにスポーツブラって言うのはあまりに素朴すぎるって言うかなんて言うか」

 因みに朝自分が掴んだパンツは白のコットンパンツ、上は青のブラである。なんか動きやすそうなのがあったので適当なのを選んでみた。

「そう、かな」

 たしかに一番地味そうなのを選んできたのだが。どれを選んでいいのか分からなかったのでしょうがない。

「そうだよ、今度一緒にランジェリーショップにでも行ってみる?」

「いや、いまいちこういうのって分かんなくて……」

 はっきり言って女子初日である、分かれという方に無理がある。

「って、うん? それってアクセサリー?」

 あ、衣の腕輪だ。常に携帯しておくように言われてたので着けているのだ。

「うん、さすがに武器には見えないでしょ」

 自分ならやりかねないなーとも一瞬思った。こう、メリケンサック状に。

「何だ、ちゃんと考えてるんだね、そういうのも。安心したよお姉さんは。確か今日からアクセサリーOKに校則変わったんだっけ」

 そこまで手を伸ばしていたのか、あの悪眼鏡。

「ところでその、そろそろ体操着を着よう。なんか裸のままだと、恥ずい……」

 体を抱きながら僕の声は、だんだんと落ちていくのだった。

 

 先日体育館内での体力測定を終えたので、本日はグラウンドを使った体力測定のはずだったのだが、グラウンドがあの状態なので仕方なく遊びのようなバスケットである。テキトーに参加してもしなくても良し、というあたりがアバウトで良い。

「よぉ、日野原」

「どうかしたか? 木村」

 ダムダムとボールをドリブルしながらやってきたのは、木村。これまた同じ中学出身でよくサッカーや野球などをやって遊んだものだ。というか勝ち負けに結構こだわるタイプで最近特に負けっぱなしなので、名誉挽回の機会を狙っている。

「ワンオンワンやらねぇか? 負けたほうジュースで」

 この辺は男子だった頃と反応変わらないのか、面白い。

「良し、乗った、何ならそっちだけ三人でもいいぞ」

 立ち上がりつつ自信満々に挑発してみる。

「なにを、ほざいたな、おい! 池田! 阿部!」

「やる気か、恥じかいても知らねぇぞ」

「ハッ舐めてるのはてめぇだってのよ」

 ぶっちゃけていうと、三人を要求したのはハンデのためである。現在運動能力が三倍ということは三人でも足りないくらいだろう。

「んじゃあ、始めっぞ」

 木村がボールを投げそれと同時に二人で飛ぶ。

 当然ながらボールを先取したのは、ボクだった。そのまま池田と阿部の横をすり抜けて軽々とダンクシュート。

「まずは二点、と」

 途中でやってきた佐藤がスコアボードを付ける。

「がんばれーユウキちゃーん!」

 美月ちゃんからの応援もあるし、ここは張り切らないとな。

「くっそ、こっからだ!」

 はっきり言って圧勝だった。三倍のパワーとスピードというのは一人で三人を圧倒するのに価する。それに加えて実はこっそり審判――佐藤だが――に見えないファウルも得意だったりする。合気道の応用だ、ちょっと手首をひねってやるとボールを落とす。やり過ぎると、折ってしまうので手加減必須だけど。

 個人的にはパワーアップした自分の能力確認位のつもりだったが、ついつい熱くなってしまった。点差は言わずもがな、三十分ほどやって五十七対三である。

「ユウキちゃーん、かっこいい―!」

 美月ちゃんからの声援で気分がいい。正直、これが聞きたいが為の張り切りぶりだった。

「………はっ!?」

 というか、調子にのってやり過ぎたような気がする。木村の方を見ると「女子ひとり相手に情けなーい」とか言われて完全に落ち込んでいる。……やっぱりどう考えてもやり過ぎたような気がする。

「心配するな木村! たまたまボクの調子が良かっただけだって!」

 気休めになりそうにもないことを言いつつ、背中をバンバンと叩く。痛みのあまりゴロゴロと転がり苦しそうに咳き込む木村。あ、パワーアップのこと忘れてた。

「痛てぇー……ほんっとお前が男だったら良かったのにな、そしたら陸上誘うのに」

 そうか、こいつは中学から陸上で県大会上位を狙うような奴だったか。昔の口癖も『お前が格闘技なんかやってないで陸上やってればなー』だった気がする。さすがに短距離では勝ったことはない。今だと世界新をぶっちぎってしまいそうなのでやめておくが。

「ボクは走るのは好きだけど、それでやっていこうって気はなかったからなー」

 毎朝のロードワークも足腰の鍛錬のためであって、別に何かの陸上競技を目指しているわけではない。

「しかし、お前毎年マラソン大会じゃダントツじゃねぇか……って言うかお前本当に女子だよな? 確か、長距離の男子選手もいたような??」

 や、やばい! そこで核心に辿りつかれるのはやばい!

「わ、忘れよう! さて、ジュースだったな、なにをおごってもらおうか!」

 体育の授業は余り本気を出してはやばそうである、と心に誓った。


 さて、問題のラブレターであったが、内容が。

 『本日の放課後、校舎裏で待つ』とか『昼休み、体育倉庫裏で待つ』ばかりだったので決闘かと勘違いしましたよ一瞬。

 いや、連中だったらやりかね……やらないな、徹底的に傷めつけたと思うし。

 というわけなので面倒だったので、一斉に昼休み校舎裏に集まってもらうことにした。

可愛らしいお弁当箱を平らげて『ちょっと用事があるから』と、美月ちゃんを引き剥がし、校舎裏へ。さすがに見せられた場面じゃない。

 そこにいたのはリーゼントやら金髪パンク頭やらの群れ、お前ら本当に日本人か。

「何の用だ、お前ら」

 少し殺気をはらませながら呟く。僕の不機嫌さに連中は少しざわついた。

 先頭のは白い特攻服を身に纏った――纏うなよ校内で――リーゼント。確か三年でこの学校では一番力関係の強い奴だったと思う。そいつがボクを見るなりバッと頭を下げると後ろの連中も習って一斉に頭を下げる。

「姐御、この度は我々のためにご足労ありがとうございましたっ!!」

 後ろの連中がハモって『シタッ!』と続く。よく訓練されてるなぁ。

「そして我々は姐御と対等に付きあおうなどという、そのような大それた真似は出来ません。むしろ姐御は我々にとっての女神に近い存在。ですがここで引き下がっちゃあ男ってもんが廃ります。そこでっ!」

 後ろの連中が大きな旗をかざす、そこに書いてあるのは『日野原ユウキファン倶楽部』の文字。

「―――へ?」

「我々ファンクラブを結成し姐御の素晴らしさを伝道していこうと考えやして、無論姐御が死ねと仰るのならば死ぬ覚悟でこのファンクラブ立ち上げた次第でありやす! ぜひとも我々に姐御を信奉するチャンスをくだせぇ!」

「え―――?」

 ここに到るまで正直脳みそが空白になった。

「姐御の応援歌も考えました、熱唱するぞお前ら!!」

「押忍!!」

「はっ恥ずかしいからやめろ――――!?」

 心からの絶叫であった、ほんとなんなんだこいつら。


「疲れたなんか今日は本当に疲れた……」

 精神的に疲労困憊の本日であった。

「疲れたねー、でも体育でも大活躍だったし、ユウキちゃん」

 いつの間にか横にやってきた美月ちゃんが笑いながら語りかける。

「いやまー他にも色々あったし」

「そういえば、手紙は全部断っちゃったの?」

 興味津々という風に顔をのぞき込みながら、聞いて来る。

「うん、それは何とかしたよ昼休み中に全部、全員ロクでもない奴だったしね」

 手をひらひらさせながら答える。本当にろくでもない。

「もったいないなー、でもそれは流石に疲れるか」

 たははーと笑いつつ答える。

 ペシペシと観月ちゃんはボクの肩を叩きつつ。

「んじゃあ、一緒に帰る? それともどっか寄り道していこうか、久しぶりに甘いものでも」

 あー、それは嬉しいお誘いなんだけど。

「悪い、兄貴に話があるから先に帰って良いよ、多分長くなるし」

 あの悪眼鏡には今日は話すことが山ほどある。って言うか腕に一本でも折るか、屋上から投げ飛ばしてやろうか。

「そう、でもユウキちゃんお兄さんが副担任になったのには驚いたね」

「うん、それくらいは知らせておいて欲しかった」

 理由を聞いたら『サプライズ』とか答えそうなのでやめておくことにはするが。

「んじゃあ、今日はここまでね、また明日、ユウキちゃん」

 笑顔で、手を振って教室を出る美月ちゃん。

 うん、やっぱりこの笑顔は守りたい。そう心に誓った。



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