第三章「マジカル寸勁」
第三章「マジカル寸勁」
深夜――
五体満足じゃない兄を除いて家族で夕食をとったり、一人の風呂なのにどぎまぎするという事態に陥ったりしていた。正直なところ少女生活はまだ当分慣れそうにない、というか最初に見た女性の裸が自分のものだというのも泣けてくる。
そして仮眠を取り深夜になってから悪眼鏡と二人、家を抜けだして近くの空き地にやってきた。空き地には鉄骨や土管なんか積まれている。以前ここは完全な空き地だったのでこんな資材はなかったのに。
「なんでこんな物用意してあるんだ?」
「いやなに、練習用にと思ってな」
なんの? と疑問の声を上げる前に、なにやら腕輪をひとつ手渡された。中央に宝石のようなものがひとつ嵌めこまれている。大きさは親指大ほどであろうか。
「これは?」
「それがお前の武器になる魔石と変身用の魔装である『衣の腕輪』だ、ぶっちゃけていうと変身リングだな。魔石はお前の魔力源になるから大切に管理するように」
「魔石?」
「ああ、今回の特殊ルールの一つだ。今回の戦争ではその魔石の奪い合いとなる。陣営から全ての魔石が失われた時が負けとなり、強制退場を受ける。魔石は魔力源として使用してもいいし、保管していても構わない。特に魔法少女と魔石の相性はいい。本来ならば魔人と乙女で純潔の契約をして始めて魔女となる所を、そいつが補ってくれる」
つまり無理に殺す必要はないってことか、少し安心する。相手が得体のしれない魔人とは言え、相手を殺すのは護身術である合気道の教えに背く。
『神武不殺』
師匠は優れた武術は殺さずに戦うことができるものだと常に言っていた。
「衣の腕輪は任意の衣装と武具を入れておくことが出来る。かざして命じれば一瞬にて装備を装着することができる魔装だ。武装としてお前はとりあえずこれを使え」
言うとアタッシュケースから、銀の篭手と羽のついた靴を手渡す、それに衣装一式。衣装は青を基調にした――やたら可愛くてひらひらした――薄手の服に、それとは真逆の黒のロングコートがひとつというよく分からない取り合わせだった。
「とりあえずお前が天属性だったので、それらしい装備を集めてみた。篭手の名前はアガートラーム、元々はヌアザの片手用の義手だが両手に使えるようにこちらで改造した。腕の頑丈さと攻撃力は飛躍的に上がるが、腕に魔力を集中させている分、一般的な魔法少女よりお前は他が弱い。気をつけておけ。次に渡した靴はヘルメスの靴だ」
「ブランド?」
「それはエルメスだ、ヘルメスは神話の神で履いているサンダルには空を駆ける効果があったとされる、そいつはそのレプリカだ。本人の意志次第で空気を踏むことができる、また機動力も相応に上がるはずだ」
ハルファスはそのまま服のほうを指さす。やたらひらひらして、自分には似合わなさそうな衣装だ。まぁ、これでピンクとかだったら発狂しそうなのでそこは救いだが。
「それはお前の魔法少女の衣装だ。多少の防御能力がある他に魔法迷彩を多重にかけてある。私謹製の魔術迷彩はほぼ魔界でも最強クラスでな、こちらから名乗っても相手は気がつかないほどだ。ある意味それだけが私のオリジナルの物だな。因みに少女に着せる予定だったためデザインに関しては異論を受け付けない。さて、最後にそのロングコートだが、デパートにて五万四千八百円で買い求めたものだ。さすがにその格好で動きまわると目立つからな、テキトーに隠しておけ」
もったいぶった割に最後だけ拍子抜けだった。
「市販品かよ。もうちょっと何とかならなかったのか」
「本当を言うと姿を隠すだけなら闇の衣が一番良いのだが。お前は天属性だからその辺の装備を着けると反動で全体の能力が下がる。そもそも私は属性が『冥』なのでお前の『天』とは相性が最悪となるのだ。そして私は実は『天』とは余り組む気はしなかったので『天』の装備がそれほど多くはないのだ」
ハルファスも困ったように答える。実際、苦肉の策なのだろう。
「相性が悪いというところだけは賛同しておく。だけどなんだそのテンとかメーって」
「属性だ属性、例えばお前の属性である『天』は光の属性と風の属性の間。私の冥は闇と地の間に位置する。四大元素とか八卦とか聞き覚えはないか?」
なるほど聞き覚えがあるような無いような。一番先に連想したのは合気道以外にも色々と思いつく端から指導する師匠が「流儀が似ているから」と言う理由で齧らされた八卦掌だったりするが。まぁ、ファンタジーの火水風土くらいならすぐに想像がつく。
「まぁ、ともあれ一度変身してみるのがいい。やってみろ」
「……って、ここで着替えるの?」
一式には下着らしきものもあるので、ここで素っ裸になるのはかなり抵抗がある。
「なんのために衣の腕輪を渡したと思うのだ、まずはその腕輪に魔石をセットして……」
しばし講義を終えて。魔石をかざして念じるだけで良いと言われたのでそのままに。
「普通こういうのって派手な変身セリフとかあるんじゃない?」
「以前も言われたが、そういうのって必要なのか?」
確かに言われれば、無い方が良い気がする。進んで『ミラクルレヴォリューションハートアップ!』とか叫びたい人種ではない、ボクは。
こうして大した前振りもなく変身は完了した、両腕には銀色の篭手。全身は青と白で構成されたコスチュームだ。出来ればズボンが良かった。たしかにスカートは動きやすかろうが、こう、スカスカして慣れない。後ひらひらして気になる、下着とか見えそうだし。
「どうだ、魔法少女になってきた感想は。素晴らしいだろう!」
両手を広げ高らかに言ってのけるハルファス。
ボクは即効ロングコートを羽織り、ボタンを閉めた。
「なるほど、確かにこれは便利だ」
何しろ下着が見えない、これは必須装備だと考えてもいいだろう。
「さすがに元が男だと超不評だな」
そりゃそうだ。こんな格好で町中ねり歩きたい、とか思う男がいたらそれは多分変質者だ。
「こんなコスチュームしか無かったわけか? せめてズボンは欲しいと思うんだけど」
「残念ながら魔法少女用のコスチュームだから、その辺は考慮してなかった。少女趣味的に受けが良さそうなのを中心にそれなりに気合を入れて用意していたわけだが……よもや男が着るハメになるとは。いや運命というのは皮肉だね」
肩をすくめる悪眼鏡、終いには極めるぞコラ。
「ともあれ魔石の魔力も全身に行き渡っているはずだし、身体能力は格段に跳ね上がってるはずだ。今のうちに切り札――お前の魔法を教えておこう。まずは地面に片手をついて見ろ」
言われるままにしゃがみ込んで地面に右手を添える。
「そのままじっとしていろ、魔術書二十一番から転送。―――――――――――――」
自分の額に手をかざし、なにやら呟くハルファス。後半はよく分からない言語の羅列になっている。そのうち、額に白い光がひとつ吸い込まれた。
「よし、『天』の魔法を転送した。念じるだけで使用ができる。属性は『天』だから光とかそういうものを、イメージは掌から直接叩き込むと言う感じで、射程は三十cm以内だから打撃を撃ち込む感じに近いか、押しこむようなイメージかもな。ともかくやってみろ」
「えっ? むっ……ん――」
掌に力を集中するイメージをしてみると。なるほど、そこになにか大きな力が集まってくるのがわかる。この力を直接叩き込む形にすればいいわけか。む? これって何かに似ているような。ひとまず、一呼吸入れ――
「はぁっ!!」
一瞬掌が光ったかと思うと、ずん! と地響きが周囲に響く、爆心地である自分は一瞬浮いたような錯覚を覚えた――錯覚ではない。実際、自分は浮いている。いや、地面が沈んでいるのだ。一秒後自分は穴にそのままの姿勢で落下した。
「なっ……」
自分の手は地面についたままだが、周囲を見渡すと、肘一つ高いところにいるハルファス。自分のいる場所は、どうやらクレーターになっているらしい。
「成功だな、『天』属性の魔法の一つだ。実際は光弾を撃ち出す魔術なのだが、改良を加えて射程を威力に変換した分、破壊力の効率を高めてみた」
――ああ、威力こそ違えどこれって結局。
「なるほど、これ、寸勁なんだ」
ボク自身も漫画で読んだものと、師匠から聞きかじった程度のものだがその程度には覚えがある。要するに密着状態から勁――筋肉の収縮による動き――を叩き込んで殴ったのと似たような力を伝える。ワンインチパンチとも呼ばれる技法だ。
「そんなイメージがあるのか。なら、これからは『マジカル寸勁』とでも呼んでみることだな。イメージが無いよりもあるほうが格段に魔法の効率が上がる」
もうちょっとマシなネーミングは無いのか。まぁ、確かにそのとおりだと思うんだけど。
ハルファスはボクの後ろを指差しながら。
「実際に実戦で使ってみる機会も出来た事だしな」
そう呟いた。後ろに振り返ってみると、そこには大型の虎。動物園でしか虎は見たことは無いけど、あれは大きいほうだと思う。その虎が燃えさかっている。比喩表現ではなく、炎を纏った虎なのだ。
「どうやら張っておいた結界を探りに来たらしい。探索用の使い魔である所を見ると、使用者は自分の実力に自身のあるタイプだな。属性は『炎』だ、火ぐらいは吐くかもしれないから気をつけろ」
えーと、自分に、あれと、戦えと?
と言うジェスチャーをする。
「もちろん、敵としては丁度良い、相手もやる気のようだ。どうやら私は舐められているようだ、思いっきり。探索用の使い魔で倒せると踏んだようだなー」
虎はこちらににじり寄ってくる。虎が歩いた地面がそのたびに燃え上がり、火が起こる。
「と言うかお前が動かないと私が大ピンチだはっはっは」などと笑っているハルファス。こいつ、まじめに存在がどうかしてるぞ。
立ち上がって、とりあえず構えを取る。どうやらハルファスより先にボクを先に敵として認識したらしくこちらに向き直る。確かにあの悪眼鏡なら、あとでも楽々殺せそうな感じがするので反応としては間違ってない。
じりじりと間合いを詰めると、先に虎のほうが大きく地面を蹴って飛び掛ってきた。その速度はまるで矢のほうで――のはずなのだが、遅い。
神経を研ぎ澄ませば研ぎ澄ますほどにあの虎の動きがよく分かる。筋肉一本一本の動きまで見て取れそうなそうなほどだ。避ける挙動をしようと思い、ためしに横に一歩分ステップしてみると、飛びすぎてブロック塀に肩が当たった。
――体感速度が違う。相手も確かに速いのだろうが、桁外れにこちらが速くなっている為、認識にズレが生じているのだ。唐突に自分の身体のスペックが変わりすぎていて、その身体を使いこなせていない気がした。まるで自分の体がジェット戦闘機にでもなったような違和感を覚える。――これが、魔法少女の身体か。
炎の虎は認識を改めたのか、こちらの動きをよく見ている。狙いをよくつけて改めて飛び掛るつもりなのであろう。
「ふっ――」
自分が一息吐いて地面を蹴るのと、炎の虎が飛びかかるのは同時だった。
だが自分のほうが数段――いや、速度の桁が違う。虎の真下まで飛ぶと、今度はきちんと足を止める。ブレーキのかけすぎで地面がひび割れる音がする。そして虎の前足を握り、捻るように引く。虎が前に進もうとする力をずらし、斜め下に落とした。
仰向けに倒れている虎、こうなってはもう猫と変わらない。
その腹に右手を当てて、ひと魔力
「マジカル――寸勁」
その一言で勝負は付いていた。空き地には、並ぶようにもう一つクレーターが出来ていた。
「どうだった?」
虎が消滅するのを確認すると、ハルファスが聞いて来る。
「さっきより少し威力が上がってる気がする。あと敵の背面を貫くようにダメージが入った感じがあるね、これ」
自分の右手をのぞき込みながら言う。
「何より、ビックリするくらい自分の体が軽かった。腕力も上がってるみたいだし、なんか自分の体が高性能なものと入れ替わってしまったというか――なんかいきなりレベルが最大まで上がってしまった感じがする。少し慣れないと逆に動きにくいかもしれない」
「まぁ、その性能はこれからここで練習して貰うとしよう。渡した魔石一つでこの戦争全ての戦いを乗り切るほどの魔力は入っているはずだ」
確かにこれだけの身体能力を手にすればいけるかもしれない――そう思ってしまうほどだ。その辺の石を握ってみると、粉々に砕けてしまった。
「体感じゃあいまいち実感が湧かないんだけど。これってどれくらい能力が上がってるんだ? あの虎だって実際には野生の虎程度には動いてたと思うんだけど、スローモーションのように見えた」
「実際の野生の虎より明らかに強いはずだ。魔法少女の身体強化率は個体差があるけど、変身前で二~三倍。変身後はその十倍から二十倍に跳ね上がる。魔力の引き出しは感情の昂りと比例するから、お前の場合はひょっとすると百倍にも達するかもな。因みに言えば、思考速度や動体視力などそれに合わせて強化されている」
そうなると握力換算でボクが元々八十kg台を出せるから、約八千kgかー……八トンってえ? それって何の重機?
「と言う訳で、身体の使い方をマジ覚えよう。今のお前だと軽いスキンシップで人が死ぬ。私にさっきみたいに関節技でもかけようものなら木っ端微塵だ」
「ああ、うん」
ここで学んだこと。
人間は素手で鉄骨をへし折れる。
土管がまるで砂糖菓子、触れただけで砕け散る。
魔法少女凶器過ぎる。
あと空き地の管理をする人ごめんなさい。