第十二章「キレた」
第十二章「キレた」
「というわけで、今日あたり転校生が来たらもうそれは絶対怪しいと思うのよ!」
翌日、登校中からボクはけっこーピンチだった。
退院直後だがボクと同様に元気な美月ちゃんは一緒に登校中。
因みに感想は「いきなり皆勤賞はなくなったかー」だった。
そして話題は、魔法少女一色である、これならまだ付いて行けないおしゃれの話題のほうが精神ダメージが低い。
「もしくは、もう既に魔法少女は潜んでいるのか。やっぱ少女ってくらいだし学校には通ってると思うのよねー。篭りっきりってわけじゃないだろうし」
ニートの魔法少女、それは新しい。
「というわけで放課後一緒に聞きまわってみない? ユウキちゃん」
いやいやいや、それは完全に無駄な労力である。
「いや、ボクにはそこまで興味は……あと、やっぱり魔法少女さんも探されると流石に困ると思うよ? そりゃ姿を隠してこっそり活動しているわけだから」
ボクの苦労も分かって欲しい。
「たしかに、一理あるねー。でも私の目的は魔法少女とお友達になって第二の魔法少女になることだったりするのです!」
「それは困るっ!?」
おもいっきり素で突っ込むボク。
「何が困るの? やっぱ私魔法少女向きじゃないかなー。ユウキちゃんみたいに鍛えとけばよかったかも」
むん、と二の腕をまくり上げる美月ちゃん。
「いやー、そういう訳でもないんだけどね。あと、あんまりその話はしないほうがしないほうがいいと思うんだ」
何しろ佐藤あたりが本気になるとマジにやばい気がする――佐藤の命が。
「なんで? ユウキちゃん魔法少女嫌い?」
ボクの顔をのぞき込みながら言われると、言い訳が辛い。
「いや、そういう訳じゃないんだけど。多分ボク以外の人はあんまり信じてくれないんじゃないかなー、あまりにも突飛な話だし」
何しろボクが信じないわけにはいかない、本人だし。
「ユウキちゃんはちゃんと信じてくれるんだね。んじゃ、二人でこっそり魔法少女を探すことにしよう、名づけて『魔法少女クラブ』!」
ピンチだー!?
美月ちゃんがそれ以上深入りする前に、救いの手は訪れた。
「やぁ、そんなところでちんたら歩いていると遅刻するぞ」
タクシーに乗った黒衣の悪眼鏡が助手席から顔を出す。
「それって、先生的にはとっくに大遅刻なんじゃないですか?」
美月ちゃんが苦笑しながら言う。それに対して「いや確かに」と笑い返し。
「乗ってくか? たまには兄貴に甘えておけ」
ここは悪眼鏡の助けであってもひたすらに嬉しいところだった。
「ところでユウキちゃんのお兄さんって長いこと話してない気がしますけど。確かどちらかに留学していたんでしたっけ?」
悪眼鏡は火のついた煙草を振り回しながら。
「ああ、アメリカとイタリアとオーストリアにちょっとな、留学というより旅に近いよ、放浪癖があるのだ私は。まぁ、その辺はちょっと根回しにね」
うん、それはきっと根回しに行ったんだろうね。
「なんか自由人って感じがしますよね、お兄さんって」
「人は生まれた時から自由だよ――何だってできるし、何にだってなれる」
余裕のある哲学者のようにいう悪眼鏡、本性は結構人間臭い。
言いながら、ハルファスは紙袋をこちらに投げてよこした、ガチャッという音がして重い。
「今度は壊すなよ、貴重品だから入手するのには苦労するんだ」
重さと感触からして新しいフェイファーツェリスカだろう。
前のフェイファーツェリスカは、投げつけた際に歪んで修理に出したらしい。なお、これ一丁のお値段はあとで聞いたのだが何と百五十万円強。自動車並みのお値段である。
「所で、先生はなんで遅刻を? ユウキちゃんは朝早いのに」
因みに早起きの習慣はあったのだが、昨日遅くまで出歩いてたせいもあって、今日は流石に寝坊である。いくらなんでもロードワークしてる余裕はなかった。二日連続でサボったとなると習慣になりそうで怖い。何とか気を引き締めないと。
「ああ、厳密には遅刻じゃないよ。一昨日ツインタワー付近で大規模な事故があったから、その関係で遅くなったのだ。学校への通達文を受け取ってきたりしてね」
うん、ここまで一応嘘は言ってない。微妙にニュアンスずらしてる辺りこいつらしい。
「ああー、今朝ニュースでやってました。最近物騒な事件多いですよね」
「まったく、気をつけてくれたまえよ。私の気苦労が増える」
それは多分、ボクが美月ちゃん絡みになると譲らないことにも起因するのだろう。
一昨日もあんな事があったばかりだし。さらに強い魔人がいるらしい。
タクシーは校門前まで到着した。
だが校門前の様子がおかしい。
いつもは人で溢れかえっているはずのこの時間帯に、誰もいない。
いや、いる。
全員校門前で倒れているのだ。
「なに、あれ……?」
美月ちゃんも気がついたようで青い顔をする――と、同時に身を乗り出したハルファスが美月ちゃんの額に指をピッと突きつけた、すぐさま眠りにつく。
運転手も、既に眠っていた。
扉を開け、外に飛び出す。ハルファスもそれに続いた。
校門前には誰もいない。すると、ハルファスが何かを差し出した。
「これを見給え。遠見の水晶球だが、透視効果もある」
覗き込むと校門前に、赤い馬に跨り、赤い装束を身に纏ったランスを持つ男がいる。その男の顔は深い傷がいくつも刻まれており、豊かな顎鬚をたくわえていた。まるで幽鬼のようにぼんやりとしていてその姿は見えにくい。
昨日教わったとおりの姿だ、残虐公ベリト。
出来れば出会いたく無い、と言われていたが、今はそんな場合ではない。
紙袋からフェイファーツェリスカを取り出すとセイフティーを解除し五発撃ち込む。
敵は見えてないが、手応えで分かる。狙い過たず五発はベリトに着弾した。わずかに馬の蹄が後退する音がする。ダメージはあるようだ。何も無いところから声がする。
「この姿見えしということは貴様、ただの人間ではないな――そこにいるのはハルファスか、ならばハルファスの魔法少女といったところか」
マントをはためかせるとぼんやりした姿ではなく相手の姿が肉眼でもはっきりと見て取れるようになった。あれが姿隠しの外套なのか――
「残虐公、そこで何をしている」
強い口調でハルファスが問いただす。
「なに、久しく愛馬に飼葉も与えてなかったのでな、食事に興じていたところだ。ここは良い牧場と見える、次もまた利用するとしよう」
「規約違反だ、使い魔の魔力は魔石を以て補給しろ」
ベリトは顎髭を撫で付けながら答える。
「ああ、せっかくの戦争だというのに人間の一人も殺せん忌々しいルールを作ったのは貴様だったな、ハルファス。何を勿体無いことをしているのだ、せっかくの戦争、派手に楽しく盛り上がろうではないか」
「ルールが守れぬのなら退場願おうか、残虐公よ。自ら立ち去るならば良し、立ち去らねば我が使い魔による鉄槌が加えられよう」
ハルファスは毅然とした態度を貫く。それに対してベリトは鼻で笑いながら持っている槍を振りかざした。
「断る、ワシがこの戦に加わったのはそもそも暴れ回る為だ。そろそろ好き勝手にさせてもらおう。そうだな、この建物の人間を虐殺して回るのも良い。ただ魂を奪うだけでは楽しみに欠けるからな」
――決めた、こいつはこの手で倒す。
「衣の腕輪よ!」
衣の腕輪をかざしコスチュームに変身する。
ロングコートも昨日の段階で新調しておいたので姿に変化は無い。
「気をつけろ、こいつは純粋に強い。その上、人間を自分の愉しみの為だけに殺して回るような奴だ」
ハルファスが横で助言を入れてくれる。
「――良かろう、まずはその使い魔からズタズタに引き裂いてくれよう。先程の武器といい非凡な能力を秘めているようだ、魔法少女――貴様の名を問おう」
フェイファーツェリスカを取り出し、スイングアウトさせて弾丸を詰め込み、ハンマーを起こす。
その拳銃を突きつけながら答える――
「魔法少女ユウキ――今からお前を成敗する」
――相手の武器は槍。さらに馬に乗ってるので、間合いや高低差の関係で合気道を使うには条件が必要だ。だが、こいつにはフェイファーツェリスカが通用する。まずはそこから攻めていこう。
まずはグラウンドを広く使うため敵の横をすり抜けるように、校門を駆け抜ける。グラウンド中央まで来たところでフェイファーツェリスカを頭めがけて連射した。
ランスでそれを防ぐベリト――たかが拳銃と言っても、これは象撃ち用のライフル弾を使用している。ベリトの身体は僅かに傾いだ。
「たかが銃と思っていたが大砲並の威力がありか――舐めてはかかれぬな」
素早く銃をスイングアウトさせて銃弾を入れ替える。
――その間に馬を駆けさせベリトが突っ込んできた、ランスによる突撃だ。
ギリギリまで引きつけてグラウンド中央で突進を躱す。槍が想像よりも伸びてきた印象がある。ハルファスは魔界には武術はないと言っていたが、我流であれどあれだけ熟達していれば驚異だ。
すれ違いざまに銃を五連射、今度は防げないように体中に散らした。
一発は防がれるが残りは命中する。
――この展開なら勝てる、そう思った瞬間敵からの宣言があった。
「なるほどその武器厄介だが、本物の大砲というのはこういうのを言う――」
馬に跨ったまま空中に舞い、空中からランスをこちらに突きつける。
空中に紅い、光の玉が生まれてくる。
――アレはまずいと直感がそう言っている。
それが砲となってグラウンドに直撃するのと、ボクがベリトの方に飛んだのは同時だった。
爆風が背中を押す――ふと振り向いてみると、昨日グラウンドに作られていたのと同じクレーターが、そこにはあった。
「――威力の桁が違う」
拳銃で削り倒せると思った自分が甘かった。アレ相手に遠距離で戦っていては周囲に被害が出る。素早く拳銃をホルスターに収める。
「それが竜の吐息級だ気をつけろ!!」
ハルファスが遠くから声をかける。その声に気を引き締めた。
「さて、どう反撃する魔法少女――どこからでも掛かって来るが良い」
泰然自若とした態度で揺るぎないベリト……槍相手には危険だが
「遠距離で通じないとならば――近寄るまでっ!」
空気を蹴って一気に近寄る。やはり感じていたが馬が邪魔だ、上手いこと入身ができない。
突撃気味に手刀を振るうがそれはランスに受け止められる。
「――面白い、ワシ相手に突撃してきたのは貴様が初めてだ」
「この距離なら、槍のほうが不利なはずっ」
近距離で手刀を連続で振りかざす、それを巧みに受け止めていくベリト。
ぎりぎりの近距離まで持って行けば、槍では長すぎてその間合いを生かしきれない。この距離ならば、小回りの効くこちらが数段有利だ。
「――それはどうかなっ!!」
その槍を、大きく振り回すそれは掌で受け止めて、流した。
しかし、その槍を自分の方に手繰り寄せ、激しく突いてくる。
アガートラームで受け止めるが、危険と感じてすぐに突きの方向をずらす。
――そして同じような突きが何十回と雨のように降ってきた。
激しい鋼の鳴る音。
たまらず距離を離すが、それはつまり――
「――なかなか面妖な技を使うが、終いだっ!」
突撃が来るっ!!
「ちいっ!! ――なんの!」
体勢は崩れていたが、槍を何とか流し、身体を丸めてその懐に入る。敵の襟首を掴み。
「捕った――!」
馬を足場にしてその馬から引きずり落とすように地面に投げつける。それに続いて自分も馬を蹴った――お互いに目指すのは地面。
先に落ちたのはベリトだった、その胸に掌打を叩き込みながら――一言。
「マジカル寸勁――」
地面に小さいがクレーターを穿つ。その一撃は確実にダメージになった。
関節に持ち込んでさらにダメージを与えようと、腕を取ろうとするが。ぞわりとした悪寒を感じて飛び退く。
見れば、ベリトは憤怒の形相でぎりりと奥歯を噛んでいた。
「ワシを地に付かせるとは何たる恥辱――この恨み、百倍にして返そうぞ」
「――これは、ひょっとするとマズかったかな」
敵は左手で剣を抜き放ち、突撃してくる。
それをアガートラームで受け止めるが、剣の腕も構えからバラバラだが速くて、上手い。正直、出鱈目でもここまでやれば達人と変わらない。反撃の糸口がつかめない。
――だが、怒りで我を忘れているのならば逆に好都合。
「――ここで、崩すっ」
剣を流す方向を僅かに操作して相手のバランスを崩す――バランスを崩した方向に更に軽く押してやって地面に転がした。
「貴様、一度ならず二度までも――」
背中からさらに掌底を決めてもう一撃。
「マジカル寸勁ッ!!」
その一撃で勝負が着くと、思っていた。
「ふぅ」
立ち上がり、一息つく。
なんとか片付いたと思った瞬間、冷気を感じた。
ガチャリと音を立てて、ベリトが再び立ち上がる。
「なるほど、魔法少女と侮っていたが訳が違うようだ、相応の強敵として相手するとしよう」
剣を収め、馬を呼び寄せる。再び馬に跨って立ち塞がった――
「ちょっと――まずいな、コレ」
ベリトは既に冷静さを取り戻している。
先程までは未知の武術であったのと、怒りに我を忘れていたのでこちらにも分があった。だが、相手に冷静さが戻ったとなると話は別だ。
槍と剣ではこちらは相手に敵わない――白兵戦で分が悪いとなると、こちらには切り札がない。かと言って遠距離に回れば周囲に被害が及ぶ。
――詰んだ、首筋にひやりとしたものが落ちる。
「こりゃあ、死んだかな――」
死ぬ気で突っ込んでの接近戦と、中距離での銃撃を交互に繰り返して出入りで何とかするしか無い。今までの敵とは武術というアドヴァンテージがない点が違う。
――命を賭けねば、勝てないだろう。
だが――こいつを許すわけにはいかない。
「はぁあああっ――ー!!」
全力でまずは突っ込み、距離を殺しにかかる。
「その意気や良しッ!」
ベリトは、槍を構えてこちらの応戦に出た。鋭い突きがこちらに迫る――
それを、皮膚が触れるか触れないかのところで躱す。このくらいのリスクを負わなければ実力の差は埋められない。
右腕でベリトの手首を掴み取る。
「貴様ッ……」
ベリトは力づくでそれを外そうとするが、そうやすやすと外れるものでもない。まだこちらの技は通用する。
その掴んだ腕を支点にして、左掌打を叩き込むが、それは左腕で受け止められる。――それで構わない。
「マジカル寸勁ッ!!」
ベリトと自分が同時に宙に浮いて、馬から落ちる。
お互いに倒れずに地面に立った。
腕を離すのと同時に、フェイファーツェリスカを抜き放ち同時に地面を蹴って離れる。離れ際の五連射――それを槍と抜き放った剣で防ぐベリト。
ホルスターにフェイファーツェリスカを収めて今度は空気を蹴った。身体は弾丸のように舞い戻る。ベリトは出入りのスピードについてこれていない。
その腹に拳を叩き込み、再度叫ぶ――
「――マジカル、寸勁っ!!」
ベリトの身体は大きく後ろにずれる。
さらに後ろに飛ぼうとするが、それを許すほどベリトも甘くはない。
剣を一閃すると、矢のような風切り音が響き。空気の塊が突然腹に突き刺さった。
「こふっ……」
小さく息が詰まると同時に槍の一撃が迫ってくる――アレは、喰らえない。
大きく背を反らせ、ぎりぎりのところで躱す、魔法少女の衣装が一部切り裂かれた。恐らく直撃を喰らえばそこに風穴が空くだろう。
「浅かったか、ではこれでどうかな!!」
剣閃の連撃が来る。軌道を何とか読みアガートラームで防ぐが、見えないというのは辛い。地面にいくつもの穴が穿たれていく。
完全にこちらの足が止まった――それと同時に放たれる槍の一撃。アガートラームで心臓からはそらすが、左肩を貫かれた。
燃えるように熱い感覚が痛覚として刻まれる。
――だが、こちらも一方的には終わらせない。ベリトの手が止まった瞬間、肩の槍をそのままにもう一歩踏み込み、ベリトの腹に手を当てる。
「――マジカル寸勁ッ!!」
ベリトの身体が浮き、吹き飛ばされると同時に肩から槍が抜け鮮血が腕を染める。
だが、勝負は互角だ――戦える。そう思った。
ベリトは身体を起こすと呵呵と笑った。
「先程から使っている技の数々、見事である。なるほどハルファスが貴様を選んだ理由も良く分かった――ならば、私も『残虐公』として恥じぬ戦いをせぬとな」
ランスの先がボクを向かない。
「――え」
紅い光球が向いてる先は、校門その付近には、倒れた学生が沢山いる。
「なっ―――」
砲が発射される瞬間に慌てて走り、正面に立つ。
「マジカル寸勁―――――っ!!!」
威力の桁が違う。全力を投じた魔法もあっさりとかき消される――それでも、両腕を合わせて何とか耐える。
何とか立っているが、立っているのが精一杯だ。全身は焦げ、ダメージのあまり膝が笑う。
ベリトは悠々と馬に乗りながら、笑っていた。
「ほう――これに耐えるか、大したものだな」
鮫のように笑っていた。
「―――てめぇ、わざとやりやがったな」
それでも、ぎりりと奥歯を噛み締めて拳を握る――
「何か――そこに撃ってはいけないというルールでもあったかね?」
そして、ランスをすっと校門の向こう側――タクシーのある方向へ向ける。
「では――次はあっちに撃ってみるとしよう」
「くっぉおおおおっ!!」
砲弾の速度は早くはない、全力で駆ければ間に合うものだ。――当然だろう、間に合わせるために撃っているのだから。
今度はマジカル寸勁で相殺する暇もなかった。なんとか背中で受け、砲弾を散らして地面に転がる。あまりのダメージに呼吸も出来ない。
「かはッ……ふっ……」
辛うじて、車に体を預けて立ち上がろうとするが、それもうまくいかない。ズルズルと崩れ落ちそうになる。
「さて、そろそろ限界のようだ、トドメと行こうか」
ランスを構えたベリトが突撃してくるのが見える、対抗する術はない。何しろもう指一本動かすことが出来ないからだ、その槍はそのまま自分を貫く――
はずだった――
自分に覆いかぶさる、黒い影。そして頬に振りかかる赤い雫。
「なんで――」
あれほど勝ちに拘った男が。
「なんで、お前が」
ハルファスが、自分の代わりにその胸を貫かれていた。
槍の穂先が、目の前に見える。
ハルファスは笑みを浮かべると、自分の手を握り、何かを渡した。
そして、声にならない声で――
――あとは任せた。と
彼が消えたあと、手の中には魔石が三個残されていた。
――ぶちん。
脳内で、何かが切れるイメージがする。
この感触は、久しぶりだ。そう、三度目になる。
最初は――
『返してよお、返してよお』
たまたま虐められていた女の子がいた。持っていた玩具――アレは魔法少女のステッキだったか――を取り上げられて、囲まれて。
無力な魔法少女はただただ泣き続ける。
誰も、見て見ぬふりをしていた。当然だろう、相手は大人げない大人だったのだから。それも『チンピラ』と呼ばれる類の悪い連中だった。でも、ボクはそれが許せなくて食ってかかったのだ。そして、殴られた瞬間に、切れた――
結果としては、惨敗だった。小学校三年生が大人五人に勝てるはずはない。
そう――たとえ相手のうち二人が空手の黒帯を持っていて。その二人が骨折、全員に手傷を負わせたとしても、ボコボコにされれば負けは負けだった。
それは当然事件になったが――美月ちゃんの『もう良いよ、やめてよ』って泣き顔がどうしてもボクを止めようとしなかったんだ。
その結果、ボクは知り合いの合気道道場に入れさせられた――父親の理由は『力の使い方を覚えさせるため』だったが、ボクにとっては『さらなる力を手に入れるため』に貪欲になって力をつけていった。
次は、中学校三年生の冬だった。
たまたまその地域で大きく膨れ上がった不良グループが暴走し始めたのだ。
カツアゲをしようとしていたグループを正義感で止めようとした少女が、怪我を負った。
誰も、それを見て見ぬふりをしたらしい。
擦り傷だらけで登校してきた美月ちゃんを見てボクは、椅子を立った――
その時はもう受験の季節だったが、バレたらどうなるとか何も関係なかった――
『絶対に私闘に使うんじゃないぞ』と言われていた禁を解いてボクは、合気道を振りかざしてその不良グループを片っ端から叩き潰したのだ。
かかった時間は丸々二日、家にも帰らず不休で虱潰しに叩きのめした。
その不良グループのリーダーグループも殲滅し終え――気がついたときには血塗れで屍山血河の真ん中にいた。正確には殺していない。駐車場の真ん中で立ち呆けて『――ああ、終わったんだな』と、そんな事を考えていた。
正式な数は不明、だが、五百人とも千人とも呼ばれている。その日の病院は中高生で一杯になったそうだ。――こちらは事件にはならず、内部抗争か何かがあったのだろうと警察も片付けた。
力が足りなかった。
遠すぎて届かなかった。
――そしてこれで三回目だ、あまりにも許せない。今度のボクは遅すぎた。
自分の至らなさに、腹が立って仕方がない。
今回、それをぶつける相手は目の前にいる一人だ。
精神は至って冷静だが、体の奥底から得体の知れない力が湧いてくるのがわかる。
肩の痛みはいつの間にか消えている。痛みを感じなくなったのか、傷が消えたのかは確認しない。するほど、今のボクには余裕はない。
身体から沸き起こる感情と、そして力とが、今までとはケタ違いなことだけがわかる。ああ、そうか、魔力は感情に比例するんだっけ。
そっと渡された魔石を衣の腕輪に収める。倒すべき敵は目の前にいる。迷わないし、負ける気もしない、何をされてもかならず勝つ。
ボクは拳を握り締め立ち上がった――
「ほほう、アレを喰らってもまだ立ちよるか。大したものだ――だが、もう楽にしてやろう」
敵が何かを言っている。気にする必要は無い。――剣を抜いた、あれで戦うつもりか、それならこちらも手加減する理由はない。
今までのダメージでコートはほとんどが焼き焦げていた。邪魔なので引きちぎり、拳銃もホルスターごと地面に落とす。
――そして、動き出す。
先程までの速度とは桁外れの速度で距離を詰める。当然だ、今のボクは今までのボクとは中身が違う。それに加えて、魔石からは大量の魔力が身体に溢れている。速度が違うのは当然の理だった。
ベリトは目を丸くして剣を振るう。遅すぎる、蚊が止まりそうだ――
両の掌で剣を根元から挟み込む――真剣白刃取り。見よう見真似だが、案外出来るもんだ。そのまま一言呟く――
「――マジカル、寸勁」
両の掌から溢れた光は剣を粉々に打ち砕く。ベリトはあまりの驚きに狼狽する――
「よもや、魔界で鍛えられた我が愛剣を砕こうとは――!?」
くだらない。まだ砕くものはいくつも残っている。
馬が邪魔だ――下に滑りこんで、馬の腹に思い切り蹴りを叩き込んだ。馬はあまりの威力に転がりながら崩れ落ちる。
それを追いかけ、体勢の崩れたベリトの左腕を手にとって引きずり落とす、そのまま全力で捻り上げ、二の腕から断ち折った。
ごきんという音がして金属質のものがもげる、血は流れていないらしい――
「があアッ――!?」
「てめぇの腕の折れる音を聞くのは初めてか?」
もいだ腕を投げ捨てながら立ち上がる。ベリトは苦渋に顔を歪めながら立ち上がり。
「――貴様、本当に先程までと同じ人間か」
と、問うた。――それに対して答える答えは一つしか無い。
「ああ、魔法少女ユウキ――てめぇの死神の名前だ」
この場から逃がすつもりはない。逃げようにも、奴の愛馬は潰れているし、何より逃げたところで確実に追いつけるという確信がある。
「この――ならばっ!」
ランスを奥のタクシーに向けて突きつける。ランスの先には紅い光球。
「ツマンネェ真似してんじゃねぇよ、おらああああああああっ!!!」
前に立ち塞がり掌を突き出す。元々念じるだけで魔法は出る――マジカル寸勁は光の砲弾を完全に消し去っていた。
「――馬鹿な、竜の吐息を超えるだと!?」
ベリトは驚愕のあまり次の行動を決めあぐねている、そんな隙は逃さない。
「舐めた真似してくれた礼は、百倍にして返してやる――」
まずは、さっきから色々してくれたその槍だ。
一息で目の前まで近寄り、真正面から槍と右拳をあわせる。
アガートラームは目の前の赤いランスに負けることなく、その穂先をへし折った。
「はああああああああっ!!!」
次に左拳を槍の横から叩きつけ、へし折ると同時にベリトの手から引っぺがした。
「よもや、わが愛槍まで―――!?」
ベリトと自分の力関係は、完全に逆転、いやそれ以上の物になっている。
「喰らいやがれ! こいつはみんなに撃ってくれた分―――!」
右拳をわき腹に叩き込む、大きくへこむと同時にベリトの体はくの字に折れ曲がった。そのまま左拳で首を跳ね上げる――
「そしてこいつは美月ちゃんを狙ってくれた分」
右掌を上がった頭に叩きつけ、その頭蓋を掴んで地面に押し付ける。
「そしてこっからが、ハルファスの分だ―――――!!!!」
たっぷりと呼吸を込めて、全力の魔力を解放する。
「マジカル寸勁ッ!!」
地面に巨大なクレーターが出来あがり、ベリトの顔面が押しつぶされていく。
「もう一発!」
クレーターはその深さを増し、さらに高い威力の一撃がベリトを押し潰していく。
「まだまだだぁっ!!」
二発、三発、四発と叩き込んでいく、そのたびに地響きが響き苦悶の声が掌から漏れる――
「まだ死なねぇか、この―――!!!!」
最大級の一撃を叩き込もうと決めたとき、少女の声が響いた。
「もう良いよ!! もう良いからやめてあげて!! ユウキさん!!」
「――は」
振り返ると、クレーターの縁に両手をついている少女がいる、少女は必死の表情だ。
そうか、ハルファスが死んだからハルファスの術が解けて眠りから覚めたのだろう――
「魔法少女さん――もう十分じゃない!! そんなに辛そうな顔をしなくてもいいんだよ」
ボクは、そんな表情をしていたのか、自分でもよく分からない。
――ただ、ボクが禁を破ろうとしてたのは事実だ。
「神武不殺の心得か――」
まったく、師匠に合わせる顔がない、そう思いながら立ち上がる。
もはや原型をとどめていない――まだ生きてはいるだろう――ベリトの懐を探ると、七個の魔石が出てきた。それを手にした瞬間――ベリトは消えて行く。
――終わったか、と思い目をつぶる。
「美月ちゃん……」
クレーターから、飛び上がって彼女のもとまで行く。
「魔法少女さん、また大怪我してる――」
美月ちゃんは泣きそうな声で言っている、今彼女の涙は見たくない。
「皆のために戦うのがボクだからね、うん」
「だからって、そんなに辛そうに戦わなくてもいいんだよ、ユウキさん」
彼女の顔が、冬のあの日とかぶって見えた。
『ねぇ、ユウキくん。何があっても、誰のためでももうこんな事しないで。お願い』
あの日の約束がリフレインする。
ボクは彼女にしなだれるように寄りかかりながら、一言つぶやく。
「約束、守ることが出来なくてごめん」
「ユウキさん……?」
その時、腕からピシッと言う音がした。――見ると衣の腕輪にセットした魔石がひび割れかかって、輝きも薄れている――
「――って、やばっ」
慌てて、美月ちゃんの前から飛び去っていく。
彼女の視界から消え去ったところで魔力を使い切った魔石が砕け散った。




