第十章「愛情」
第十章「愛情」
翌日の放課後――夕方の空はどこまでも赤く、二人の影を長く伸ばしている。
リノリウムの床、丸椅子の上、ボクはベッドの上の美月ちゃんと対面していた。
勿論姿は魔法少女ではなく、学校の制服だ。
「というわけでこれが今日の分のノート、あとこれがプリントね」
美月ちゃんにノートと紙の束を渡しながら、告げる。
最近通り魔が出るようになったので注意。などと書かれた物騒なプリントが配布されるようになっていた。それだけ戦争は激化し始めているということだろう。
「ありがとうユウキちゃん」
超ニコニコ顔で返す美月ちゃん。なんだろう、この幸せなはずなのに危険信号が警鐘を鳴らしているような状況は。
「……なんか嬉しそうだけど、何か良い事でもあったの?」
思わず聞き返すボク。それは地雷だ! 踏んじゃいけない! と叫んでいる心のボクがいるがもう踏んでしまったんだからしょうがない。むしろ踏まなきゃ前に進めない。
美月ちゃんは満面の笑みを浮かべながら……
「あのね! 魔法少女はいたのよ!」
と説明してくれた。うん、知ってる。
「昨日私は道で倒れてたらしいんだけど……あ、見つけてくれたのはユウキちゃんのお兄さんらしいから後でお礼を言っておかないと」
今更思い出される恩人。まぁ、先に見つけたのはボクなんだけど。
「それは私が悪い怪物に襲われたらしくて、その魔法少女さんは私を助ける為に戦ってくれたんだよ。私が見たときは全部終わったあとで、ボロボロの魔法少女さんがちょっと痛々しくて気が引けたんだけど」
美月ちゃんは止まらない。やばい、どうやって止めよう。
「――でもその魔法少女さんは、私を助けてきたんだって言ったのよ、ほんっと覚えてないのが残念なくらい!」
そうだ、昔から美月ちゃんは魔法少女に憧れてたんだった。あれは何かのアニメか何かだと思ったんだけど、変身グッズなんかも買ってもらってはしゃいでいた記憶がある。
まさか今でも憧れてるとは知る由もなかったけど――
「ハハハ、ソッカー」
という訳でボクはけっこーピンチだった。
ボクが魔法少女だとバレてるわけではないのだけど、魔法少女に出会った美月ちゃんはやたらテンションがアップしていたからだ。
「んで、その魔法少女ユウキさんってのがこれが可愛いことは可愛いんだけど、影のある感じで格好良くてね。なんとなく可愛いイメージもあるけどヒーローっぽくて……そういえばユウキちゃんと名前同じだよね?」
ぎくっ。
「まぁ、そんなハズはないかぁ。うん、あんまり似てなかったし」
ハルファスの魔術迷彩は絶好調である。なんでも『識別と確認の相互をずらす』魔術を初めとした自慢の記憶操作魔法を重ねがけしており。目の前で変身でもしない限り、魔人でもこれは見抜けないだろうということらしい。
「ウン、キットソウダヨ」
ボクの演技力は多分大根だ、と自分でも認識出来る。こういう時は悪眼鏡が羨ましい。
「――ねぇ、さっきからユウキちゃんおかしいけど、大丈夫?」
「うん、いや、全然大丈夫、ほらこの通りリンゴも握りつぶせるしっ!」
持ってきたおみやげのリンゴを粉々に砕くボク、さすがにもう限界です。ヘルプミー、と思った瞬間神の助けは訪れた。
「やぁ、小鳥遊さん。元気そうで何よりだ、聞けば今日にも退院できるそうだね」
悪魔だった。
でもまぁこの際、悪眼鏡の助けでもありがたく受けよう。因みに美月ちゃんの記憶は消さないように、と念を押してある。
「あ、お兄さんありがとうございます。私が倒れていたときに救急車を呼んでくれたのはお兄さんだそうで……」
ペコリと頭をさげる美月ちゃん、流石に魔法少女の話題にはもう触れないようだ。
「いやいや、礼を言われてもただ単に通りがかっただけということだったしね。そんなに改まって言われるほどのことでもない」
それを手で制しながら答える悪眼鏡。
「まぁ、ただの貧血ということでよかった。明日にも登校できるようだしね。しかし体調管理には十分気を付けるように、どうだい? 毎朝ユウキに付いて行ってジョギングでもしてみるというのは」
いやいやと手を振りながら答える美月ちゃん。
「絶対付いて行けませんって、ユウキちゃんそれはもう物凄いスピードで走るんだから。ほとんど自動車並みなんですから、自転車でも追いつけるかどうか」
今度はボクが否定する。
「いや、それはいくらなんでもないよ」
否定しつつ、今なら無理じゃないとは言えないなーと思うのが現実である。というか実際に走ったら多分追い抜く、自動車を。
「そういうお兄さんはどうなんです? 見た感じスポーツ万能そうですけど」
確かに見た感じだけで言えば。長身で均整のとれた体つきをしている悪眼鏡は、いかにもなにかやってそうな風貌だ。
「いや、悪いがこいつと違ってね、私はスポーツの類が全然ダメなのだ。才能は全部頭の方に回ったらしい」
タバコを咥えながら――なんでわざわざ禁煙の病院で咥えるんだか――頭の上を指先でちょんちょんと叩きながら悪眼鏡は言う。
「でもそれも凄いですよ――あ、先生」
先生と呼ばれる立場にある悪眼鏡の後ろに現れた先生は、先生は先生でもお医者さんの方だった。先生はボクに「やぁ、よく会うね」と挨拶をする、ボクを診てくれたのもこの先生だからだ。
先生は悪眼鏡の横を通ると美月ちゃんと話し始めた。
どうやら退院してもいいらしい。入院と言っても大した荷物もない美月ちゃんは、すぐに退院できる状況だ。
「んじゃあ、そういうことで、お大事に」
先生は手で挨拶すると去っていった。
「んじゃあ、二人は帰りなさい。私は学校に一度戻るから」
――変に気を使わなくてもいいのに。だけど、ボクも変に気を使う予定だからおあいこといえばおあいこだ。
「ちょっと待って、お手洗いに行ってくる」
ボクはそう言うと帰ろうとする悪眼鏡を追いかける。
「んじゃあ、私はちょっとリンゴのお掃除しておくね」
彼女は、ふきんを取り出して床を吹き始める。
「あ゛――」
握り潰したことは、すっかり忘れ去っていた。
「ちょっと待てよハルファス、あの子……水鳥さんには会って行かないのか?」
追いついたハルファスに、そう問いただす。
「会ってどうすると言うのだ、戦力外通告は手紙で行っている。彼女の家は音瀬市の外にあるからこれ以上関わらないように気をつければ危険はないだろう」
ハルファスは態度を崩そうとせず、ライターでタバコに火をつけた。
「だからと言って、そのまま放って置くわけにはいけないじゃないか。彼女、お前のこと凄く心配してたぞ。それにあの思いの強さは本物だ、その想いを受け止めたボクが言うんだから彼女の愛情は本物だったんだ。それを放ってお前は行っちゃっていいのかよ」
いらついたようにフィルターを噛み潰しながらハルファスは答える。
「お陰さまで記憶操作は失敗だ――記憶と記憶を繋ぐシナプスは一本でも残すと回復しやすいのだ。彼女の私に関する記憶は特に占めている範囲が大きい。私に関する記憶を残しておきたいというのは彼女のたっての希望だからな、最低限、それくらいの報酬はあってしかるべきだろう」
彼は、ほとんど吸ってないタバコを携帯灰皿に押し付けながら言う。
「お前、本当は怖いだけなんだろう?」
静かに、回答を言う。
「実際にお前は彼女の愛情を利用してたし、都合のいい駒のようにしか考えてなかった。だけど失って気がついたんだ、それが過ちだったことを。だからそれを取り返すためにボクを求めた――今度は間違えないようにきちんと距離を保ってな。あんな脅しみたいな手段で」
ハルファスはボクの言葉を切って言う。
「黙れ、お前に私の何が分かる。私は冷酷非道の魔人だ、虚偽を得意とし、全てを誑かす。だから私は彼女を騙したに過ぎんのだ。その結果がこれであるのは最善であり最良の結果に過ぎない。それともお前はまだ彼女と組めというのか?」
ボクは首を振る。
「そうは言わない、ボクだって彼女にこれ以上の危険を犯して欲しくはない。だけど、お前に自分が悪役だと誤魔化したままで、終わってほしくないだけなんだ。だから、自分にまで嘘をついて誤魔化してしまうのはやめにしようよ」
ハルファスは、それでも首を振った――
「やめておく、魔人と人間は不必要に関わるべきではない」
「そうか、ボクは会いにいくよ」
「好きにするが良い」
硬い靴でリノリウムの床を叩きながら、全く素直じゃない魔人は去っていった。
病室を開けると、彼女はいた。
二週間近く病院に滞在していたとは思えないほど――昨日入院したのだから当然のことなのだが――こざっぱりした病室で、白いベッドの上に彼女は座っていた。
身体には、昨日ボクが手加減し損ねたせいであろうか、包帯があちこちに残っており痛々しい。彼女は、何か無くし物をしたような呆けた目で窓の外を見ていた。
「ハルファスさんの魔法少女――ユウキさんでしたよね」
彼女は、朗らかな笑みで出迎えてくれた。
ちょっと安心する、彼女の中で既に決意は付いてるのだろう。
「私と、ハルファスさんを助けてくれて、ありがとうございます」
「礼を言われる程のことをしたわけじゃないよ、ボクとしても譲れない戦いだったわけだし」
彼女はそれでもペコリと一礼する
「ところでユウキさん、住所って教えていただいてもよろしいでしょうか」
「――ん、それくらいなら」
ノートを一ページ切り取ってそこに住所を書き、渡す。
「では、魔法少女は交代ということで。本当は名残惜しいのですけど、きっと、貴女の方がハルファスさんの役に立てます」
彼女は、握手を求めてくるので、ボクはスカートで手を拭いてから握り返した。
がっちりと
がっちりと……
ぎりぎりと
「あ、あの? 水鳥さん」
というか、この人本当は魔力残っていやしないか、ボクが振りほどけないんですけど。
「魔法少女としてはこの度敗北いたしましたが。ハルファスさんのことはまだ諦めてません。その辺全力で行かせていただきますのでお覚悟お願いいたします」
「ひぃっ!? なんかよく分からないけど怖い!?」
「魔法少女なんてアドヴァンテージの一つに過ぎませんし。同じくハルファスさんを想う者同士、そのあたりはきちんと淑女協定を組んでいきましょう」
「いや! 思ってないから!? 百歩譲っても思ってないから!?」
彼女は、ようやくボクの手を離すとベッドの上に立ち上がった。
「分かっていますわよ! ユウキさん! あなたがいわゆるツンデレにおける『ツン期』にあることを、そのうちデレて『あ、あなたのために戦ってるわけじゃないんだからねッ』とか言い出すのは自明の理!」
「百万歩譲ってもデレるか――ー!!」
雨宮水鳥さん意外にお茶目な人だった。
できれば二度はお会いしたくない。
いくらなんでも二日連続で事件があってはたまらない。
美月ちゃんを送って行って、家に帰ると。『おかえりなさい』の二重奏が響いた。
「ただいま、兄貴は食事をハンバーガーで済ますらしいよ。部屋に篭ってる」
途中携帯電話で聞いたことだ、なんでも新しい魔装の調整をしたいらしい。
「あらまぁ、今日ハンバーグだったのに。教師って言うのも大変なのね」
「いや、あれは趣味じゃないかなー。あと何という被り」
「ハル兄帰ってきてずっと忙しそうだよね、せっかくの目玉ハンバーグなのに!」
ちのは食卓でボクの到着を待っているのか、足をバタバタさせている。昼はハイテンションだが、夜ごろになると彼女のリミッターは解除される。そして夜中に突然電池が切れる。
幼児からまだ脱出していない感じがするわが妹だった――
「そりゃごちそうだね、んじゃあボクは一旦着替えてくる」
さて、あのクローゼットの何を着ようかと本気で思案しながら階段を登る。今度、悪眼鏡の金で真剣に服を買いに行こう、できるだけ、ズボンを。




