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空気は錆びてしまった。
水は腐るか涸れてしまった。
太陽は燦燦と輝き過ぎていて、大地は焼けてしまった。
木木は生きる為の養分を摂れず、痩せ細ってしまった。
それを糧に生きて来た生物は死に絶え、辛うじて生きているのは、『日蔭』と『膜』に逃げる事を許された、選ばれた遺伝子配列を持つ種だけになった。
生物学上ヒト科ヒト亜科と呼ばれる人と、食われるための家畜と、冷却のための植物と、濾過のための微生物。
選ばれた種は”ハウス”と命名されたドーム状の建築物の中で生き永らえていた。
二五〇〇年付近から本格的に上昇し始めた地球の気温により、ヒトは特殊素材で作られた”ハウス”内に街や国を作る事で、生物の生態を維持して来た。二〇世紀以降、人が目指した宇宙では、”ヒトらしい生活”が望めなかったためだ。ヒトには、地球の重力が必要だった。
そして驕り高いヒトは、未来永劫ヒトとして生き続ける事を諦められなかった。
二七九九年。幸か不幸か時間に於いて、画期的な発明がついに完成を遂げた。
時間を遡る事に成功したのだった。
それから約一〇〇年間の長期に渡り、その理論と発明を使用した実験を元にあらゆる観察をした結果、どうやら時間はある一定の法則に従ってループしているらしいという事が解った。
この発見により、歴史を見直し、今の時点で不都合の生じている事項について、”歴史を大幅に変えない過去の事項”を修正する事で解消しようと言う国際的な計画が発足した。
それと同時に地球の濾過のための計画も、倫理面から人として超えてはならぬ領域へ踏み込んだ。
自らの意思で移動し、外気を吸い込み酸素として吐き出し、触れた水分を体内に吸収し濾過して排出する機能を有し、機能低下を悟り毒素ばかりの外界で植物やその養分となって死期を迎える人工生物『フィルター』の生産計画が認可されたのだ。
この計画は、賛否両論が声高に上がる中、可決された。だが、賛成論者にとっても反対論者にとっても、可決の報は悦ばしいものとは言えなかった。
或いは『フィルター』が微生物であったり、昆虫のような姿だったならば、誰もがそれを受け入れたであろうと思う。
『フィルター』は、ヒトの形をしていたのだった…。