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第一話 春の嵐

このお話は前に投稿した「夏休みの教室」の続編です。なるべくこのお話から読んでも、前からの続きが分かるように書いていきますが、先に「夏休みの教室」を読んでおいた方が、より一層楽しめると思います!ぜひ、読んでみてください!

 春。それは別れの季節。

 春。それは始まりの季節。

 春。それは……。




「そこのキミ! ぜひ、うちのサークルに入らない?」

「私たちと大学生活を楽しみませんか?」

 今年もこの季節がやってきたかぁ……。

 俺、梶山かじやま 雪人ゆきとは、大学の校舎へと続く桜並木を歩いている。毎年この時期になると、満開の桜が俺たち学生を向かえてくれる。今年の冬は暖冬だと言われていたので、早く桜が散ってしまうんじゃないかと心配したが、どうやら入学式まで保ってくれたようだ。

 そんな桜の木が等間隔に植えられているのと同じように、新入生獲得のため、サークルの連中も等間隔に並んで声を張り上げている。

「サークルに入って友達をいっぱい作りませんか?」

「うちは初心者大歓迎!」

 風に舞う花びらに混ざって勧誘のチラシも舞う。俺の足元にもはらりとチラシが舞い降りた。俺はそれをひょいっと拾った。テニス同好会のチラシだった。ラケットのイラストが描かれてあった。

「あ、それ私のなんです」

 両手にたくさんのチラシを抱えた、こじんまりとした女の子が俺の目の前に現れた。

「……新入生ってのも大変だな」

 俺は拾ったチラシを女の子に渡した。ありがとうございます、とその子はぺこりと頭を下げた。すると彼女の両手に抱えられた数十枚のチラシが、頭を下げたためにバラバラと俺と彼女の間に散らばった。

「ご、ごめんなさいっ」

 女の子は耳まで真っ赤にして散らばったチラシを掻き集めた。俺はくすりと笑って彼女を手伝った。

 何だか、伊東みたいだな。

 きっと今は、高校の入学式に参加しているであろう、俺の大切な人、伊東いとう 小春こはるの顔が頭に浮かんだ。

 伊東と出会ったのは高校三年の夏休み。俺の机の中に、伊東の数学の答案用紙が入っていたのがきっかけで、彼女と仲良くなった。

 彼女は天然な性格のうえに、ドジっ子だった。教室のドアにぶつかったり、ラブレターと答案用紙を間違えたり。ちょっと……いや、かなり間抜けな伊東だけど、俺にとって一番の人になった。

「あの……?」

 チラシを拾い終わった女の子が、不思議そうな顔をして俺を見ているのに気が付いた。いかん、いかん。独りの世界にどっぷりと浸かっていたみたいだ。俺は持っていたチラシを彼女に手渡した。

「あの、もしかして梶山 雪人さんですか?」

「はい?」

 急に自分の名前を呼ばれたので、気の抜けた声で返事をしてしまった。

「やっぱり! こんなに早く会えるなんて、あたしってばツイてる!」

 チラシを拾ってあげた女の子が小さくガッツポーズをした。今度はチラシを落とさずにしっかりと掴んでいる。

「えーっと……?」

 俺はすぐに記憶の引きだしを開けて見たが、この子の顔がどこにも見つからない。すると女の子が『知らなくて当然ですよ』と、両手に抱えているチラシを鞄に詰めて言った。

「梶山先輩は知らなくても、あたし達はみんな知ってましたよ」

「どういう意味?」

 ……俺って何かやらかしたっけ? 急に背中が寒く感じ、サーッと血の気が引いた。真っ青な顔をした俺を、女の子はくすくすと笑った。

「大丈夫です。悪いことで噂になってるんじゃありませんから。実はあたし、梶山先輩の高校の後輩で、佐々ささき 夏美なつみって言います。ヤマ先生からいろいろ聞きましたよ」

 ヤマ先生。俺が高校三年生のときの担任だった先生だ。面倒見がよくて、他のクラスメートからも信頼されていた先生だ。

「そっか、まだヤマ先生、学校にいるんだ。……って、ヤマ先生から何聞いたわけ?」

「梶山先輩と伊東先輩のことですよ」

 『梶山先輩、伊東先輩のために頑張ってたみたいですね』と、女の子……佐々木さんは笑って言った。赤の他人に自分のことが噂になっているというのは、とても不愉快なものだけど、出所がヤマ先生となると怒りより恥ずかしさが頂点になる。俺の耳が真っ赤になってしまった。

「あたし、伊東先輩に憧れてたんです」

 佐々木さんの頬がピンク色に染まった。まるで桜の花びらが彼女の頬に溶け込んでいるようだ。

「こんなに好きな人に想ってもらえるなんて幸せだろうなって」

「い、いや、そんな特別なことしてないし」

 俺は伊東のことを考えて待っているだけだった。それぐらいしか俺には出来なかった。

 心臓が悪かった彼女が手術を受けるためにアメリカへ行ったときも、その手術をしているときも、俺はただただ、彼女の帰りを待っているだけしか出来なかったのだ。

「そんな謙遜することないです。帰りをずっと待ってるなんて、簡単に出来ることじゃないですよ。だからあたし決めたんです」

「決めた?」

 佐々木さんはこくんと頷き、俺と目が合うと彼女の血色の良い唇がきゅっと横一文字になった。

「あたし、梶山先輩が好きなんです!」

「……へ?」

 予想もしていなかった展開に、俺の心臓が一拍だけ脈を打つことを忘れた。

 春の嵐。それは桜の花びら、サークル勧誘のチラシ、そして恋の嵐を引き連れてやってきた。

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