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ある王国の日常  作者: 晴耕雨読。
王女と彼と、あらたな住人
17/18

ある街の小さなお店



まだ、少女がお姫様ではなかった頃。

 



 ある大きな大陸の


 ある小さな国の話。








「おはようございます」


 少女のけして大きくはない、けれど澄んだ声が響く。


「おや?針子さんのところのお嬢さんじゃないか。今日は買出しかい?」

「はい。これを四つとそちらを三つ下さい」

「はいよ。1個ずつおまけしといたから」

「ありがとう!」


 少女はその優しさに、ほっと人を和ますような笑顔をみせた。

 “店のおばちゃん”はその笑顔に目を細めて、しっぽのように結い上げられた髪がゆれる少女の後ろ姿を見送る。


「ほんと、たいした子だよ。母親とあの子だけでお店を切り盛りして。あの年頃の娘ならおしゃれもしたいと思うだろうに。まあ、あの子ならおしゃれしなくても街一きれいだがね」


 そうだろう?


 彼女は問いかけた。


 すると、不思議なことに一瞬、空気が揺れた。

 まるで先ほどの問いに肯定するかのように。

 彼女の姿以外だれも見えないはずの店には、確かに他の“誰か”がいた。


「ふふ。今日も隠れて見ているだけなのかい?」


 初々しいねぇ。


 今度は彼女の茶化しに抗議するかのように、また空気が揺れた----





*************






 この小さな国には、先が王宮の敷地につながる石畳の立派な大通りがある。


 幅が大人が4人両手を余裕で広げられるほどの、一本の長い大通りに沿うように、いろいろな店が並ぶ。

 ここにくれば欲しいものは必ず手に入るという噂もありがち嘘ではない。むしろこの国をよく知っているものならだれもが口をそろえてこの「大通り周辺」を薦めるだろう。

 この国のあちらこちらの地域から来た農民や職人だけではなく、ほかの国からきた商人たちもこの大通りで売買をする。

 さまざまな人間が集まるここは、そのせいかこの国で流行の最先端をいくのがここであるといっても過言ではない。もちろん王宮で流行っていることがこの国一番の流行であるが、庶民ならではの流行もある。しかも、ほかの国々の商人もくるのだからここほど情報収集に適している場所はない。

 この小さな国の中で一番栄えていてにぎやかなところといったらこの大通りだろう。

 商売をする者。噂を聞きつけて来る人々。都会こがれる若者。王宮に行くもの者。貴族のお忍び。

 さまざまな目的でくる人々によって、幅の広い道路だがうめつくされ流れが途切れることはない。

 迷子はあたりまえ、たまにちょっとした乱闘がおこるもんだから警備隊も楽ではない。

 

 さて、そんなにぎやかな大通りだがその長い一本の道から何十本もの道がのびている。幅は大通りの3分の1ぐらいで、土がならされているだけだ。

 しかも、またそこからも道がのびてそのまた道がのびてまたそこから……。というように道が入り組んでいる。

 ほとんど同じような道は、その脇に建っている建物で違いを判別するしかない。

 それでも方向音痴な者ならば永遠に目的地につけない地獄のような場所だが、そこには宿屋や住民の家だけではなく大通りの店にはない“魅力ある”店たちがある。

 しかし、その“魅力ある”店は一見商売をしているとはおもえないような寂れた家にみえたりということが多いが。その分、モノにしても情報にしてもふつうでは得られないものが得られる。

 その行き方にしても、見つけ方にしてもまさに「知る人ぞ知る」である。

 だからこの国をよく知っているものならだれもが口をそろえてこの「大通り周辺・・」を薦めるのだ。


 その大通り周辺に、----どちらかというと大通りから離れたところに----ひっそりと建つお店がある。

 一階建ての奥行きがある建物は全体的にこじんまりしており、よく言えばどこか情緒のある、悪く言えば古いといわれそうなそれは看板がなければ店だと分かりにくい。

 その看板にしてもひかえめに設置されており、木の板には「刺繍屋」とかわいらしく書かれている。

 しかし、その店は見た目に反してとても大人気である。

 ……一部の者たちから特に。

 従業員たちの手作りである丁寧な刺繍入りのハンカチなどの商品も男女関係なく人気であるが、お客の中にはそれらよりお目当てのモノがある。


 ----ギィ。 カランコロン。


 木の扉を引くと、右上についたベルが来客の訪れを知らせる。


 「いらっしゃいませ」


 ふんわりとした金髪を後ろで一本に結んだ少女が、ほっこりと笑う。

 カウンターで出迎えてくれたこの少女は、ここの看板娘である。

 そしてそう、この愛らしい少女が一部の者たち----独身男性たち----のお目当てのであった。


 窓から差し込む日の光でさらに輝く黄金の長い髪。この国自慢の豊かな緑の象徴のような、翠緑の瞳。

 化粧の気もないのに白くすべらかな肌は、街の少女たちに「いったいどんな手入れをしているの!?」と質問攻めにあうほど。

 同じ年代の子と比べると少しひかえめな胸も、彼女の華奢さをいっそうひきたてる。

 一見豪奢に見える髪色でも可愛らしい野の花のイメージを持たせるのは、彼女の慎ましい性格があらわであろう。

 さらに端正な顔立ちでもあるのだから着飾らないとはもったいないはずなのに、いやむしろ自然のままであることが彼女の美しさである!と町の者は力説する。

 そんな街のマスコットとしてみんなから愛されている少女を、虎視眈々とねらう男性が大勢いるのだ。

 それに比例してなのか、この店には女性客だけでなく男性客もよく訪れる。

 肉屋の息子。花屋の店員。どこかの貴族の男。無口な警備員。紳士なおじいさん。 

 その中にはもちろん彼女狙いではない男性客もいる。妻や恋人へのプレゼントを買う目的であったり。妹に頼まれて買いに来たり。

 彼女狙いでくる男性たちも同じような口実を使うのだが、しかし彼女を狙っている者は一目でわかる。彼らに共通していることは、ただひとつ。

 みながっくしと頭をさげて店を出ることだ。

 その背にどよーんとした空気を背負って。

 緊張気だったり。自信たっぷり気だったり。嬉しそうに店に入っていくのに、最後はみんなそろって同じ様子というなかなかおもしろい光景は、住人たちの名物化としている。

 誰が少女を落とすか賭けている者も少なくはない。

 

 そのようなことは露知らず、男たちは男たちで大変だ。

 従業員は少女とその母親だけのたった二人で切り盛りしていることを知っている者は、差し入れに来たりしてアピール。少女に話しかけてアピール。最後に商品を褒めて買うことも忘れない。

 ところがあの手この手と男性からアプローチされている当の本人は、親切な男性客も多いことに首をかしげながらも、天然パワーでみごとスルー。

 今でもかれらは女性へのプレゼントを買う目的で来ていると思っている。

 そのわりには見知った男性客たちが定期的に来すぎていることに気づこうよ……と、あまりにも報われなさに同情して住民がぽそりともらす。


 しかし少女は気づかず、その親切に恐縮しながらも嬉しそうに笑って、


 「ありがとうございます。本当にここの皆さんは親切で……」


 簡単なお返ししかできませんが……。とお礼に彼女の手作りのモノを渡す。日によって、物だったりお菓子だったり。

 だけど男たちは知っている。それで喜んではいけない。

 自分だけではないのだ。彼女にものをあげたことも、もらったことも。

 彼女から貰ったんだと自慢したら「俺も」といわれとのきの衝撃といったら……と経験者は語る。


 どちらかというと女性対象であるこの店。


 開店は、あちらこちらから笑い声が聞こえる頃。

  

 今日も、男たちの仁義なき戦いがはじまる。



 



お久しぶりです。


前回の投稿からこんなに間が……!


とてつもなくスローペースながらも、待っていてくださった方ありがとうございます。

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