あるマル秘計画! 第二回
ある大きな大陸の
ある小さな国の話。
「第二回 緊急会議をやるわよ!」
「まず、今回の議題は“なぜ、リリーシェルが走って行ってしまったのか”よ!」
「ああ。そういえば、泣いていましたね」
「まあ! ルクレティア様、リリーシェル様が泣かれたのですか?」
「ぐっ……」
その事を気にしないようにわざと言わなかったのに、容赦なくルクレティアの傷をえぐる二人。
こちらが泣きそうになるのを必死に隠すために、ルクレティアは声を張り上げた。
「その原因を探るために今こうして会議を開いているのよ! なにか有力なことは!?
特にお茶会に参加していたアーネスト、なにかある?」
はい、とアーネストはルクレティアのそばに近寄った。
「王女、手紙です」
「ん? なによ、こんなときに。
------まあ! リリーシェルからじゃないの!!」
“お茶会の件では本当にお世話になりました”
「ふふ。 気にしなくてもいいのに……。 そこがまたかわいいのよね」
念願の手紙をもらったルクレティアは、うきうきしなが読みすすめた。
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パタム。
手紙を最後まで読み終わったルクレティアは丁寧に、それをたたんだ。
「…………アーネスト」
「何でしょう」
「---------この手紙の宛て先、」
「私宛てですけど。何か?」
“だれも王女宛てとは言ってませんよ”とでもいうように、さらりと答えたアーネストにルクレティアはブチ切れた。
「“何か?”ですってぇぇ!? 問題ありまくりよ!
なんで、わたしじゃなくあなた宛てなの!?」
しかも、さりげなくわたしに自慢しているわよね!? そこがさらにむかつくのよぉぉぉお! と、『アーネスト宛の手紙』より『リリーシェルが書いた手紙』ということを優先してしまい、読んだ手紙を捨てずに捨てられないルクレティアは叫んだ。
「王女と私の差ですね」
「だ か ら な ん で、リリーシェルと会う時間も回数も同じなのに差がでるのよ……!?」
「“人徳の”差ですよ」
「……! よりにもよって、あなたに負けるなんて……!」
“これほどショックなことはないわ…!”とルクレティアは片手で顔をおおって打ちひしがれた。
「しかも“命を助けていただき……”ってなによ! 命なんてねらってないわっ」
「ほんとに何でしょうねえ」
「わたしたち、何もしてないわよね!?」
「ええ」
「はい!」
「セッティングもよかったし…… あっ! もしかして、肝心の気遣いができていなかった!?」
「私はしっかりやりましたよ。王女の命令通りに」
「えっ、いつよ?」
「紅茶を差し上げるとき、“危険です。お気をつけ下さい”と」
「犯人は、おまえかぁぁぁあ!!」
事件もおこりそうもない平和な国で、名探偵顔負けのきめ台詞が部屋中に響いた。
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「わざと!? わざとなの!? 絶対わざとでしょう!?」
「人聞きの悪い。ただ、入れたばかりで紅茶が熱いので“危険です。お気をつけ下さい”と」
りっぱな気遣いでしょう?と麗しい顔がにっこりと笑う。
“あの”アーネストが言うだけで、ただの言葉はまるで神様からのお告げかのように妙な強制力(まるめこむ力ともいう)がある。
そして凡人は、本人の自覚なしに(いや、むしろ嬉々として)アーネストの言ったとおりに動いてしまう。彼に歯向かうという気さえ普通は起きないのだ。
だが、今回の相手はもう10年以上の付き合いとなるルクレティア。
アーネストの笑みの威力が普段の二倍だろうと、むしろそれが怪しい、恐ろしいと思うぐらい相手のことを熟知している。
「分かっていてやったわよね、それ!?
前半言わないだけで、わたしが紅茶の中に毒を入れたみたいに聞こえるでしょう!?」
「おや、本当ですね」
いかにも今気づきましたというように、目を軽く見開き口元に手をあてるアーネスト。
「まあ! アーネスト様ったら、おっちょこちょいですね!」
「わざとらしいわ!!
そんな悪意の塊を無意識でやっていたら、もう鈍いとかの問題じゃないわ!
素でやっている人は、もはや天然記念物よ!」
「天然記念物だなんて。
たしかに私ほど完璧な人は大陸中探してももう一人といませんが、そうはっきり言われると照れますねぇ」
「ほめてないわっ!」
* * * * * * * * * *
ぜぃぜぃ、と怒鳴りすぎで息が上がったのを落ち着かせるために、ルクレティアは紅茶を一口飲んだ。
「リリーシェルが途中から挙動不審だった理由は分かったとして……」
「最初から挙動不審でしたよ」
にこやかに茶々をいれてくるアーネストに、額に青筋を立てつつもルクレティアは本題を問いかける。
「なぜ、リリーシェルは走って行ってしまったのかしら…?」
(お茶会の後に抜けられない大事な用があったとか?
いや、なら慌てていても泣かないわよね?
やっぱり、プレゼントに問題が?
いや、“あの”ネリネが調べた品だもの。間違いはないわ。
なら、なぜ……)
しばらく悶々と頭を悩ませていたルクレティアが、はっと何かに気づいたかのようにアーネストの方を見る。
「まさか、またあなた……!」
それは疑いというよりも確信に近かった。
「信用がないですねぇ。もう十年以上の付き合いですのに」
主人に疑われて嘆いているような言葉とは裏腹に、アーネストの表情は先ほどより笑みを深めていた。
「だから言っているのよ! ネリネはありえないし……」
「はい! ルクレティア様の命令通りにいたしました」
「ほら! ネリネはちゃんとやったわ!」
「リリーシェル様が一番嫌いな物を選びました!」
「--------え?」
ルクレティアは一瞬、ネリネが何を言ったのか理解出来なかった。
「一番、きら…い、な……もの…………?」
ぽかんとするルクレティアをよそに、ネリネは嬉々としてしゃべりだした。
「ただ、楽しかった・嬉しかったという経験はよっぽどのものでない限り、時が経つにつれて忘れてしまいます。
それに比べ、悲しかった・苦しかったなどのつらい経験は心に傷を負うためか、なかなか忘れません。
一番嫌いな物を送ることによって、『リリーシェル様の思い入れの深い物』を送れるのと同時に“一番嫌いなプレゼントを貰ったお茶会”として一生思い出に残すことができます…!」
“一石二鳥ですよ!? すごいでしょう? ほめて、ほめて!”といわんばかりに、胸をはるネリネ。
みごと熱弁した彼女のその表情は、どこか誇らしげだった。
「…………」
「よかったですねえ、王女」
“生で天然記念物が見られて”
こちらに向いているその微笑がいつもより意地が悪く見えてしまうのは、先ほどアーネストを疑った仕返しだと思ってしまう被害妄想のせいなのだろうか。
「………………っ!!」
ルクレティアは何かを言おうと口をぱくぱくさせるが、言いたいことがあまりにも多すぎて言葉にならず、結局あきらめた。
しかし、これだけは言わせてほしい。
「あなた達の“命令通りやった”ほど信用ならないことが分かったわ……」
さてはて。
今日も、ルクレティアの野望は遠のぞくばかりである。
いや、確かにこの二人は王女の命令には背いてはいませんよ?
背いてはいないのですが……。
……言葉は受け取り方次第ですね。
次話もよろしくおねがいします。